呪術廻戦IF:呪術悲劇ハムレット   作:役を解かれぬ者

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第16話 救済

 

 

 

月を砕いたステンドグラスが、祈禱室の床に色彩の死装束を広げている。

 石畳に落ちた青は抉られた影のように沈み、金は腐り落ちた脂を思わせ、赤は説明を拒む生々しさでそこに澱んでいた。

 その不浄な輝きの中心に、羂索は跪いている。

 

組まれた両手に、垂れた頭。石壁に吸い込まれる微かな震えとともに、偽りの儀式が始まっていた。

 

扉の影に潜む乙骨の耳に、忌まわしい声が届く。

 

「悟」

 

羂索が、その名を呼ぶ。

 夏油傑の声、その口調、その親密な響き。

 生前、二人きりの時だけに許された秘め事のような音色。

 

「……私の罪は悪臭を放ち、天まで届くだろう。兄弟のような君を殺した。……人類最初の罪の呪いを受けて――」

 

陳腐な芝居だった。

 聖書をなぞる、「正解」へ寄せた懺悔の言葉。計算された震え。

 乙骨は扉の影から、その模造品の浅さを冷徹に見据えていた。

 

「私は、君という光に耐えられなかった。だから、君という正しさを殺すしかなかったんだ……」

 

乙骨の指が、刀の柄に触れる。

 今、この瞬間。無防備な背を貫けばすべては終わる。

 跪き、帯刀すらしていない男は、ただの肉の塊に過ぎない。

 

だが――どす黒い拒絶が喉元までせり上がった。

 

「懺悔」という仕組み。

 もしこの男が、自ら演じた悔恨によって魂を浄め、あろうことか「許された死」という形で幕を閉じることになったら。

 

……清らかな幕引きなど、一滴たりとも与えない。

 

先生を殺した手が汚れているというなら、その汚れを魂の芯まで抱えたまま終われ。

 

親友への情を語るなら、その情に絞め殺されながら沈め。

 

意地汚く、醜悪に。

 千年分の欺瞞を背負ったまま、言い訳の余地もなく、自らの重さで地獄へ落ちろ。

 

――救いようのない悪行に耽っている時に、すかさず殺してやる。

 

 

指が、柄から離れた。

 

乙骨は音もなく踵を返し、廊下の闇へ消える。

 重く冷たい鞘鳴りが、一度だけ響いた。

 それは執行の猶予ではなく、より完全な破滅を期するための、不吉な宣告だった。

 

 

 

乙骨が去った後、羂索はゆっくりと顔を上げる。

 

「言葉は舞い上がり、心は地に留まる」

 

 背後の闇に誰もいないことを確かめるように振り返り、続きの言葉を紡ぐ。

 

「……心の抜けた言葉は、天には届かないんだよ」

 

貼り付けたような微笑みが、自分を殺せなかった若者の「甘さ」を嘲っていた。

 

だが、羂索は気づかない。

 ステンドグラスの青が最も深く沈む場所に、白い影が立っていることに。

 

五条悟の亡霊。

 羂索が振り返ったその視線の直線上に、死してなお最強である男の蒼い双眸があった。

 

二人は見合っていた。

 生と死の境界を越え、視線が祈禱室の中央で音もなく衝突する。

 

亡霊の目が、伏せられた。

 それは羂索への哀悼ではない。

 この空間を満たす汚濁への、静かな立ち合い。

 

蒼い光の中に白髪の残像が一瞬だけ揺らぎ、霧散した。

 

羂索の微笑みが深くなる。

 自分だけがこの場に生き残り、すべてを統べているという万能感に酔いながら。

 

今夜、誰も殺れなかった。

 だが祈禱室の石畳には、消えぬ鞘鳴りの記憶と、亡霊の冷徹な眼差しが、呪いの染みとして刻まれていた。

 

 

 

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