呪術廻戦IF:呪術悲劇ハムレット 作:役を解かれぬ者
月を砕いたステンドグラスが、祈禱室の床に色彩の死装束を広げている。
石畳に落ちた青は抉られた影のように沈み、金は腐り落ちた脂を思わせ、赤は説明を拒む生々しさでそこに澱んでいた。
その不浄な輝きの中心に、羂索は跪いている。
組まれた両手に、垂れた頭。石壁に吸い込まれる微かな震えとともに、偽りの儀式が始まっていた。
扉の影に潜む乙骨の耳に、忌まわしい声が届く。
「悟」
羂索が、その名を呼ぶ。
夏油傑の声、その口調、その親密な響き。
生前、二人きりの時だけに許された秘め事のような音色。
「……私の罪は悪臭を放ち、天まで届くだろう。兄弟のような君を殺した。……人類最初の罪の呪いを受けて――」
陳腐な芝居だった。
聖書をなぞる、「正解」へ寄せた懺悔の言葉。計算された震え。
乙骨は扉の影から、その模造品の浅さを冷徹に見据えていた。
「私は、君という光に耐えられなかった。だから、君という正しさを殺すしかなかったんだ……」
乙骨の指が、刀の柄に触れる。
今、この瞬間。無防備な背を貫けばすべては終わる。
跪き、帯刀すらしていない男は、ただの肉の塊に過ぎない。
だが――どす黒い拒絶が喉元までせり上がった。
「懺悔」という仕組み。
もしこの男が、自ら演じた悔恨によって魂を浄め、あろうことか「許された死」という形で幕を閉じることになったら。
……清らかな幕引きなど、一滴たりとも与えない。
先生を殺した手が汚れているというなら、その汚れを魂の芯まで抱えたまま終われ。
親友への情を語るなら、その情に絞め殺されながら沈め。
意地汚く、醜悪に。
千年分の欺瞞を背負ったまま、言い訳の余地もなく、自らの重さで地獄へ落ちろ。
――救いようのない悪行に耽っている時に、すかさず殺してやる。
指が、柄から離れた。
乙骨は音もなく踵を返し、廊下の闇へ消える。
重く冷たい鞘鳴りが、一度だけ響いた。
それは執行の猶予ではなく、より完全な破滅を期するための、不吉な宣告だった。
乙骨が去った後、羂索はゆっくりと顔を上げる。
「言葉は舞い上がり、心は地に留まる」
背後の闇に誰もいないことを確かめるように振り返り、続きの言葉を紡ぐ。
「……心の抜けた言葉は、天には届かないんだよ」
貼り付けたような微笑みが、自分を殺せなかった若者の「甘さ」を嘲っていた。
だが、羂索は気づかない。
ステンドグラスの青が最も深く沈む場所に、白い影が立っていることに。
五条悟の亡霊。
羂索が振り返ったその視線の直線上に、死してなお最強である男の蒼い双眸があった。
二人は見合っていた。
生と死の境界を越え、視線が祈禱室の中央で音もなく衝突する。
亡霊の目が、伏せられた。
それは羂索への哀悼ではない。
この空間を満たす汚濁への、静かな立ち合い。
蒼い光の中に白髪の残像が一瞬だけ揺らぎ、霧散した。
羂索の微笑みが深くなる。
自分だけがこの場に生き残り、すべてを統べているという万能感に酔いながら。
今夜、誰も殺れなかった。
だが祈禱室の石畳には、消えぬ鞘鳴りの記憶と、亡霊の冷徹な眼差しが、呪いの染みとして刻まれていた。