呪術廻戦IF:呪術悲劇ハムレット   作:役を解かれぬ者

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第7話 宣誓

 

 

 

世界は白濁に浸されていた。

 城壁を包む霧は、今夜、万物の輪郭を奪うために降りてきたようだ。

 

石段を上る乙骨憂太の足音は、湿った大気に吸い込まれて響かない。

 背後の王宮から漏れ出る祝祭の喧騒さえ、この白銀の(とばり)には届かなかった。

 

霧の奥深くに、さらに白い「影」があった。

 五条悟の亡霊は、石灰よりも白く、雪よりも冷たく、光を拒絶してただそこにいた。

 

その姿が、音もなくこちらへと揺らぎ始める。

 石畳が凍てつくような、硬い冷気が足元を這い寄ってくるのと同時に、白はいつの間にか乙骨へと迫っていた。

 

眼前に、五条の顔があった。

 目隠しのない蒼の輝きが、乙骨の瞳に直接触れる。

 その視線が、逃げ場のない真実となって、乙骨の脳を内側から焼き上げた。

 

親愛の証でもある、ブランケットを掛ける手つき。

 その裏で、五条の耳へと流し込まれた汚濁。

 

思考は断絶し、最後に「羂索」という二文字が刻み込まれた。

 

 

亡霊の口が、微かに開いた。

 その穢れた記憶の底で、亡霊はただ一つの、あまりに個人的な祈りを紡ごうとしていた。

 

――傑を、助けてやってくれ。

 

だが、六眼は見てしまった。

 愛弟子の目に宿る青白い炎を。

 既に地獄へ片足を踏み入れている、その覚悟を。

 

最強が、言葉を呑み込んだ。

 その沈黙は、五条悟が最期に残した「愛」だった。

 

だが、乙骨はその沈黙を、別の意味で受け取った。

 

……ああ。先生は、どこまでも優しい。

 僕を危険から遠ざけるために、一人で地獄の門を潜ろうとしている。

 

その純粋な「誤読」が、乙骨の心臓を、歓喜に似た殺意で脈打たせた。

 

「先生。……言わなくてもわかります」

 

乙骨の声は、嵐の前の水面より静かだった。

 

「先生が言えないその言葉を、僕が形にする」

 

亡霊の手が動き、乙骨の頭へ向かって伸びた。

 だが、指は虚空をすり抜ける。

 重さも、温度も、そこには何一つなかった。

 

乙骨は、自らの左手を見た。

 薬指に光る、銀の指輪。世界で唯一の、帰るべき場所。

 

それを指の腹で確かめ――躊躇いもなく、引き抜いた。

 

指輪が離れた瞬間の薬指は、恐ろしいほどに「軽かった」。

 その軽さは、自由などではない。

 里香という生者との細い繋ぎ目を自ら断ち切った、絶対的な「虚」の始まりだった。

 指輪を喪服の内ポケットへ沈めたとき、乙骨憂太という人間を繋ぎ止める最後の一線が、霧の中へ霧散した。

 

 

蒼の輝きが、消えた。

 

乙骨が刀の柄を握ると、指輪の重さを失った薬指が、夜の冷気に曝される。

 代わりに、氷結した喪服が皮膚へと癒着し、剥がせぬ(よろい)となって乙骨を復讐の闇へ縫い付けた。

 

「……安心して。おやすみなさい、先生」

 

瞳の奥に、青白い炎が静かに定着した。

 それは、もはや誰にも消すことのできない、澄んだ狂気の輝きだった。

 

「羂索は、僕が殺します。……地獄の底まで追いかけてでも」

 

宣誓を聞く者は、霧の他には誰もいない。

 ただ、刀の柄の硬さだけが、乙骨の手の中にあった。

 

白濁が満ち、喪服の黒が夜に溶けた。

 

 

 

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