1965年、10月1週目。
今年も出産シーズン、馴致シーズンをなんとか乗りきり、ようやくひと息つける頃になってきた。
が、競馬というのは1年間通して休みなどほとんどない。
それは、競走馬を生産・育成する牧場だってそうだ。
ひと息つけるのは、ほんの一瞬。
あとはまた、なだれ込んでくるものを手早く片付けなければいけない。
……だが、今年は、ある意味で違う。
今年2歳になったスイートインの63――我々北東牧場は
俺にとっては、初めて自分の名前で走らせる馬になる。
今までは、いや今でもそうだが、牧場として馬の売却に専念していたために、今の今まで自分が馬主として走らせることなどなかった。
というわけだから、胸が弾んでいるのが正直だ。
自分で馬名をつけるというのも初めてだ。まあ、
そういう意味では、俺は運がいい男なのかもしれない。
父の人脈、付近にシンボリ、譲ってもらえた名馬……。
ただこうなると、自分がどれだけいけるかというか、どこまでついていけるかが少し心配ではある。
「新さーん! 調教師の先生、いらっしゃいましたよ!」
「え、来たの!?」
思わず声が上擦る。
もうそんな時間、と大慌てで事務所の扉を開く。
それにしても、わざわざ足を運んでくれるとは。
ここまでしてくれるのは、本当にありがたい。
預託先の調教師がわざわざ来てくれた、とあって足早にスーちゃんのいる放牧地に向かう。
と、ふたつの人影が目に入る。
ひとりは牧場長だろう。先に対応してくれていたようだ。
であるなら、もうひとりは。
「すみません
近づくと、スーちゃんがその頭を、調教師の佐土原先生の肩に置いているではないか。
「すみませんね、スーちゃん、人見かけるとたまにこうしてくるんで」
確かに微笑ましい光景なのだが、牧場長もなかなか肝が座ってらっしゃる。
調教師が肩に頭を置かれ、さらに髪を弄ばれるとなったら。さらにその所有者が俺ならもう冷や汗が止まらないが……俺だ、間違いない。
「だっ、大丈夫ですか!? 佐土原先生!」
「ああ、こんにちは。髪ハムハムされてますが痛くはないです。頭髪には悪いかもですけどね」
「すみませんッ!」
どう、どうとスーちゃんを宥め、一度離れてもらい、改めて調教師の先生と対面だ。
「改めまして、
「よろしくお願いします。すみません、来てもらったのにこんなことを起こしてしまって……」
「気にしてないです、全然。うん、まったく」
「あ、ああ……はい……」
「まあそれより、馬ですよ、本題は」
乱れた髪をさっさと整えながら、佐土原先生が切り出す。
「スーちゃん、でしょうか。改めて見ると、まだ馬体が出来上がってない印象でした」
「……ふむ」
「すみません、語弊がありました。まだ成長途上、という意味です。もちろん預からせてください」
俺からすると、頷くしかない。
だって晩成型なのは間違いないのだから。
というか、なんとなく見抜けてるのか。
「…………しかしその分、この馬は化ける……のかもしれませんね」
「おおっ、そう言っていただけるとは!」
思わずといったように牧場長が声をあげる。
それは間違いない。よほど不測の事態が起きない限りは。
「骨太で頑丈そうですし、よく走ると思います。いい牡馬を見つけられましたね」
「は、はい……」
「この馬を鍛えるのが楽しみです。確か馬名は……」
「
「はははっ、お任せください。きっちり仕上げますから」
斯くして、スーちゃん――スピードシンボリは、美浦の佐土原嘉伸厩舎に入厩することとなった。
その後は予想以上に鍛え上げれているようで、当初の予定を変更し、12月2週目の中山競馬場の2歳新馬でのデビューに決まった。
鞍上を務めてくれる騎手は、一旦佐土原先生のほうで探してくれるという。
どのような騎手が乗ってくれるかは、自分にとっては未知すぎる。
だから胸を弾ませ、予定どおり中山競馬場でスピードシンボリの勇姿を見届けようとしたわけだ。
……そう、したわけ、なのだが。
「初めまして、今日スピードシンボリに乗らせていただく、騎手の
……まさかの大物で、顎を外しかけてしまった。
『ウイポ』関連の二次創作が増えてて嬉しいんですが!
もっと増えてくだせぇ……。