スピードシンボリがデビュー戦を快勝し、そのまま2歳シーズンを終えて。
1966年、1月4週目。中山競馬場。
1勝を挙げた3歳馬のみが出走できる条件戦、若竹賞。芝1800m。
それにスピードシンボリが前走と同じ鞍上のまま出走したわけだが、結果からいえば楽勝だった。
馬群から難なく抜け出してという内容で。
中山競馬場の坂も苦にしていなかったし、この勝ち方なら、今後も勝ち上がれそうな予感がしている。
このまま牡馬クラシックにも乗り込めるのでは――陣営内からそんな声が囁かれるほどに、スピードシンボリは有望馬になりつつある。
鞍上も次走は野広騎手が継続して乗ってくれるということになっているので、史実を超えれそうな予感すらしている。
というわけで佐土原先生とも話し合いながら、次走を決めることとなり。
中山を苦にしない、距離は中距離以上がベスト、前走での勝ちっぷり……。
その要素を踏まえ、勢いのままにクラシック戦線、GⅡ弥生賞への滑り込みとなった。
もちろんこれがスーちゃんにとって、重賞初挑戦だ。
ただここからは間違いなく、前走のように楽々と勝てるとは思わないほうがいい。
重賞、それも牡馬クラシックへの登竜門ともされるようなトライアルだ。以前までとは比べものにならないほどの強敵が潜んでいるはず。
というか、実際いる。
昨年の朝日杯
弥生賞には、そんな強敵が出走を表明している。
弥生賞3着以内であれば、クラシック一冠目、皐月賞への優先出走権を得られる。
だが欲を出すなら、勝ちたい。
ここで昨年の2歳王者にして史実における皐月賞馬を、なんとか破っておきたい。
そんな欲望は叶うかどうか。
この時点ではまだ、わからなかった。
だが弥生賞当日。皐月賞と同じ芝2000m、雨天下での不良馬場。
それが間違いなく、このレースに大いに影響した。
スピードシンボリが外に出し、坂も不良馬場もなにするものぞとばかりに先頭を奪取。
不良馬場に脚を取られ、伸びあぐねるニホンピローエースに粘ることすら許さず。
この2歳王者に、初めて土をつけてみせた。
これで3戦3勝。無敗のまま、クラシックに臨めることとなった。
が、ゴール直後、下馬した野広騎手の表情は、どこかこの雨空を象る雲のように暗かった。
首を傾げ、なにかを訝しむような。
あまりにも気にかかり、話しかけてみると、
「すみません、次が晴れてたら、もう運の尽きだと思ってください」
はてどういうことか、と尋ねれば、
「今日負かしたニホンピローエースですが、確かに今日は負かしました。……ですが、皐月賞。晴れてしまったら、勝負はわかりません。総合力的にはこちらが上、ではあります」
そんな不吉な言葉を残したが、重賞初制覇。
もちろん陣営、それどころか俺の北東牧場ですら大盛り上がりだった。
しかし俺には、どうもその懸念が引っかかって仕方なかった。
重賞を制し、ここまで3戦3勝。無敗の重賞馬スピードシンボリ。
牡馬クラシック戦線でも新たな有力候補か、と囁かれているが、正直わからない。
野広騎手は皐月賞でも継続して騎乗可能。
佐土原先生にとって初GⅠ制覇のまたとない機会。
馬主なりたての俺ですら少し驚いている快進撃。
だというのに、
その時点で、
4月3週目、迎えた本番。
GⅠ皐月賞。牡馬クラシックの一冠目。
良馬場の中、開催される皐月賞。
1番人気は前走こそ惜敗したという2歳王者ニホンピローエース。
2、3、と続いて、スピードシンボリは4番人気に落ち着いていた。
これは鞍上による効果が大きいだろう。野広騎手は実績もあるし、実力もある。
「今日は差し切れるような位置取りができれば」と話していたが、その表情はやはり険しかった。
佐土原先生も「ニホンピローエースが一番怖い」と漏らしている。今相対している3歳馬の中では、飛び抜けているのだろう。
そんな懸念もあったからなのか、はたまたそうなる運命だったのか。
皐月賞は、あっけなかった。
『ニホンピローエース先頭! ニホンピローエースが先頭! やはり2歳王者が強い強い強い! 2番手スピードシンボリ! 前走大物破りだが、もう届かないか!? これはどうなのか!? 名手野広祐二が必死に押している!
依然ニホンピローエース! ニホンピローエース! ニホンピローエースです! ニホンピローエースの勢いが止まりそうにありません! やはり強かった尾花栗毛の逃げ馬!
ニホンピローエース、ゴールイン! やはり、やはり強かった2歳王者! 最後スピードシンボリが追い込んできましたが、追い込んできましたが、寄せ付けませんでした!』
【1966年皐月賞 芝2000m 良 着順
1着 ニホンピローエース 2.06.8
2着 スピードシンボリ 野広 1 3/4】
この時期の晩成型にはキツいクラシック……。