「ぎゃー!!ドアが!!事務所のドアが破壊されましたー!!」
見るも無惨にボロボロにされたドアを見て、僕は叫びながらその場に腰を抜かして座り込んでしまった。
破壊されたドアの隙間から獣の足のようなものが見える。
「ひぃ、ひぇー!!!猛獣だ!!食べられる!!!」
「あーー!!!この研究が間違いなわけない!!必ず成功するはず!!計算に狂いはない!」
僕の叫びと榎本君の発狂が合わさって、事務所は大混乱状態。蓮さんは「お前ら、うるさい!」と言いながら、両手で耳を塞いでいる。
「だって、だって、食べられちゃいますよー!!!うわー!!」
(こ、これから子供が産まれてパパになるっていうのに、ぼ、僕の人生これでもうお終いなんだ!!ああ、こんなパパを許してくれぇー!!)
死を覚悟して目をつぶる。何か生暖かい物が顔にあたっている。
...これは、舐められている。ペロペロペロと、舐められている。完全に味見されている。
「お、お願い食べないでー!!!」
「おい、落ち着け!ちゃんと目を開けて確認しろ」
蓮さんの言葉を信じてゆっくりと目を開けると、そこには可愛らしいワンちゃんが1匹、僕の顔を一生懸命ペロペロと舐めていた。
あまり見たことがない犬種だ。柴犬に似ているような気もするけど、柴犬よりも色がオレンジに近く、体格も大きいように見える。
「安心するザーマスよ!私(わたくし)の愛犬、ポンデフル・タ・ルノールですわよ!霊力の匂いを嗅ぎ分けられる特別な素晴らしいワンちゃんザマスよ〜!」
クリスチーヌさんが両手を広げると、ポンデフル(以下略)は、尻尾をぶんぶんと振り大喜びでクリスチーヌさんの胸の中に飛び込んでいった。
「春野、あれは業界では有名なゴーストバスター犬(けん)だ。まだ業界での数は少ないが、大手の事務所には訓練されたゴーストバスター犬が大抵2、3匹いるもんだ。人間ではかぎ分けられない悪霊の霊力の匂いを嗅ぎ分けてくれる優秀な動物だ」
「それは大変ありがたいワンちゃんですけど、ドアを破壊して入ってくる理由はどこにあるんですか?匂いを嗅ぎ分ける訓練の前にドアを破壊しない訓練はしてないんですか?」
「おい春野、何を言っている。クリスチーヌさんとポンデフル・タ・ルノールに失礼だろう」
「ドアを破壊するほうが失礼では!!??」
僕は破壊されたドアを何度も指差した。
「ワン!ワン!ワン!ワン!」
ポンデフルは、突然蓮さんに向かって吠え始めた。威嚇しているのかそれとも甘えているのか、表情がずっと可愛いままなのでよく分からない。
「あの、ずっと吠えてますけど。クリスチーヌさん、これは、ポンデフルさんはなんて言っているんですか?」
クリスチーヌさんはポンデフルの頭を撫で撫でしながら、耳を傾ける。うんうん、と頷きながらポンデフルの鳴き声をじっくりと聞いているようだ。
クリスチーヌさんは少し嘲笑するような笑いを見せたあとに、扇子で蓮さんの頭を軽くつつきながら、こう言った。
「この子、あなたの霊力がとてもとーっても、臭(くさ)いって言ってるザマスよ〜!オッホッホ〜!」
どうやら、ポンデフルは蓮さんの匂いがただ臭(くさ)いという理由だけで吠えていたらしい。嘲笑された蓮さんの顔をバレないように横目で覗くと、青ざめている。
僕もあんな可愛い犬に体臭(というか霊力)が臭すぎるなんて言われた暁にはショックで倒れてしまうかもしれない...
「あれぇ、蓮さーん。もう加齢臭始まったんですかぁー?」
発狂タイムが終わって落ち着いた榎本君が、追い討ちをかけている。
僕は突然自分の体の匂いが心配になり始め、脇や腕、足など身体中の場所を嗅ぎ漁った。
「僕のは!?僕の霊力も加齢臭が始まってませんよね!?」
「おい、僕の霊力『も』とはなんだ。私の霊力の匂いは加齢臭と決まったわけじゃないだろ...少し独特な匂いがするだけだろ............多分...」
蓮さんはずっと俯いている。匂いを嘲笑されたことがよほどショックなのかもしれない。
僕よりも遥かに強くて、打たれ強いメンタルの蓮さんが、臭(くさ)いと言われてひどく落ち込んでいる姿はなんだか新鮮だ。少し笑いそうになって緩んでしまう口元を、きつく閉じた。
「きゅーん、くぅん、くぅん」
ポンデフルは僕にすりすりと近寄ってきた。優しく頭を撫でると、とてもふわふわでこちらまで気持ちよくなる。
もこ太も撫でたらこんな感じなのだろうか、と一瞬だけ想像したが、僕の脳内もこ太が「おいお前!!ベタベタ触ってんじゃねーぞ!!」と言いながら体当たりしてくる姿が容易に想像できてしまったので、すぐに脳内から追い出した。
「あーら、良かったザマスね。あなたの匂いはとても良い匂いみたいよ〜」
ポンデフルは僕の匂いが気に入ったらしい。すりすりと体をすり寄せた後に、お腹を見せながら地面に倒れ込み、甘えている。
(僕は良い匂い、か...)
思い出したくもないが、あの悪霊も霊力の匂いについて話をしていた。僕の霊力の匂いをいたく気に入っているような発言が、気味が悪かった。
(そういや...たしか蓮さんの霊力を臭(くさ)いって言ってたっけ?頭を強く打ってフラフラしていたから記憶が曖昧だけど...)
僕が今まで対峙した相手の中で、あの悪霊は群を抜いて霊力の量が多かった。霊力が多ければ多いほど悪霊は強くなれる。強くなれば、それだけ霊力に敏感になり、ゴーストバスター犬のように、匂いも分かるようになるのかもしれない。
それとも、ただあの悪霊が匂いに敏感なだけなのだろうか...
「はい。それじゃこれが、探して欲しい悪霊っす」
榎本君は、クリスチーヌさんに透明の瓶を手渡した。中には青黒い霊力が入っている。僕が戦いの際に奇跡的に回収できた、あの悪霊の霊力を閉じ込めた瓶だろう。
「安心ザマースよ!すぐに私(わたくし)とポンデフル・タ・ルノールでアジトを特定して差し上げますの〜!!あ〜...興奮してきたザマス!
震えて待ってなさいクソカス悪霊ども!高貴でエレガントな私たちにブッチブチに駆逐されるのよ!!
...まあ、私(わたくし)は戦闘しませんけどね、オーッホッホッホッ!!」
(と、とても高貴な人が発する言葉とは思えない...)
興奮して鼻息荒く捲(まく)し立てるクリスチーヌさんが、あの悪霊よりも一瞬だけ恐ろしく見えてしまった...