僕の突きつけた『失敗作』に悪霊は一瞬驚き硬直する、が、それが『こないだ何の役にも立たなかった物』だとすぐに分かったのだろう。
動揺していた表情から一変、眉間に皺を寄せ怒りを露わにしている。
「坊や!!悪あがきも大概に...」
ボールペンを取り上げようと凄い剣幕で悪霊が近づいてくる。
僕の手にある失敗作は、カチッという音と共に、上部の蓋が開き、閉じ込めていた霊力が悪霊の目の前で溢れ出した。
「...!!!!やっ...くさっ!!」
そう、僕はこの榎本君お手製の『失敗作』に蓮さんの霊力を格納してきた。
あの悪霊は匂いに敏感だ。蓮さんの霊力を『鼻がひん曲がりそうなほど臭い』と言っていたほどだ。
その蓮さんの霊力をあのボールペンの格納部分に入れてきた。そう、すべては匂いに敏感なこの悪霊との戦いで使うために。
...もし、僕が『強い存在』だったら、ここまで油断することもここまで不用意に近づかれることもなかっただろう。僕が弱くて、惨めな存在だからこそ、やつは油断して僕にわずかな隙をつかれた。
案の定、悪霊は鼻に手を当て、苦しそうな顔で後退りしている。僕はすかさず悪霊からゴーストシューターを奪い取り、頭目掛けて撃ち抜いた。
「...くそ!!!」
外した!!悪霊は少し体を右に避けることで、僕の弾丸は頬を掠める程度になってしまった。頬から空気に溢れ出す霊力を片手で抑えて僕を睨みつけている。
「お前お前お前...可愛がってやろうとしたのに生意気なことしやがって...!!!」
(怯(ひる)むな、もう一発だ!!)
僕はもう一度、悪霊に銃口を向ける。どんなに強い悪霊でも、頭(人間でいうと『脳』の部分)を撃ち抜いてしまえば回復ができない。ゴーストファイターとして強い悪霊と対峙する時こそ、頭をいち早く撃ち抜くことが大切だ。
悪霊は、片手で傷ついた頬を押さえながらもう片方の手で、親指と人差し指で銃のような形を作り僕に向けている。
(次は、外さない!!)
強い想いを弾丸に込め、頭に狙いを定め引き金を引いた。
「...え?」
...が、弾丸が発射されない。
銃口を覗いてみると、あの悪霊の霊力が銃の中に詰まっていて、弾が発射されなくなってしまっているようだ。
悪霊は先ほどと同様に指で銃の形を作り、まるで銃口から出る煙を消すかのように、その人差し指に向かってわざとらしく「ふっ」と息を吐いた。
「私の霊力はね、他者の霊力を混ぜ合わせる内に、どんどん進化していったの。次第に、自分で自分の『霊力』を引っ張り出して放出することができるようになったんだよ。わずかな量だけどね〜。
さらに、ねっ?私の霊力はあらゆる生物の霊力と融合した結果、物質に近い存在になって、壁や床に張り付いたり、こうやって銃口を塞ぐこともできるようになったんだよ?ふふ、すごいでしょ。びっくりしたぁ?坊や」
僕は何度も引き金を引くが、悪霊の言う通り霊力で塞がれていて弾が発射されない。何度も何度も、ただカチカチと引き金を引く音だけが、廊下に響いている。
(出ない、出ない!!くそ!!くそっ...!!)
「でもね〜、1日に何発も連続で放出できないのがちょっと不便なの。だからこうやって毎日こつこつ少しずつ壁や床に私の霊力を付着してきたのに、坊やとあの男にだーいぶ消されちゃってショックだなぁ」
悪霊は、ひたすらに引き金を引き続ける僕の腕を掴み、優しくそっとゴーストシューターを奪い取り、微笑みかける。
ゴーストシューターを僕の手の届かないところに投げ飛ばし、僕の両腕を掴みながら、僕を床に押し倒す。
両腕から首にかけて撫でるように這うように触り、最後に首元を両腕で力強く締め付ける。
「がっ...!!!」
(苦しい、息がっ、できない...)
悪霊に首を絞められ息ができない。必死に足をジタバタとさせるが、その細い腕とは裏腹に、凄まじい力で押さえつけられていて腕を解くことができない。
「死ね、死ね、死ね、死ね」
僕の首を絞めながら小さな声でひたすら死ねと呟いている。いつも人を馬鹿にしたように笑っている癖に、今は一才笑わず、苦しんでいる僕の顔を無表情で眺めている。僕を見ているような、どこか遠くを見ているような...虚な目をしている。
(苦しい、苦しい。息が...できない...まな、み...)
首元が熱い。締め付けられて息ができない。
死を目前とした時、自分の脳内に浮かんだのは、妻の愛美の姿だった。
今、何時だったかな。今日は帰りが遅くなってしまいそうだ。愛美はまだ僕の帰りを待っているのだろうか。それとも、もうとっくに寝ているかな。
いや、僕が連絡もせずに帰ってこなかったら、愛美は心配して僕が帰ってくるまで寝ないでずっと待っているような人だ。早く、早く、帰りたいな。帰って愛美を安心させたいし、僕も、愛美の顔を見て安心したいな。
これから生まれてくる子供は、愛美と僕、どっちに似ているだろうか。どんな子でもきっと可愛くて愛おしいだろう。
『子供の恥とならないよう、子供に誇れる完璧なパパになるために、今日から頑張るぞー!!』
ああ、そうだ。愛美が妊娠して、嬉しくて、完璧なパパになりたくて、こんなこと、言ってたっけな。事務所で。
完璧ってなんだっけ...
完璧って、そうだな、料理や掃除、全ての家事をささっとこなすことができて、蓮さんみたいに強い悪霊に怯まず戦えて、榎本君みたいにずっと彼女を大切にできる...愛美のことを愛し続けて、それでいて、子供の見本となるような、正しい振る舞いをして...
周りからも家族からも誇れる、誰からも認められる、完璧なパパになりたいんだった。
(ああ、そうだ。僕はまだ家事も仕事も...なにも完璧にできてないじゃん。ここで死んだら、完璧なパパなんて、なれるわけ、ない)
「うわっ、ああああああああ!!!」
廊下に響き渡る、まるで獣のような咆哮。
僕は言葉にならない叫び声をあげながら、悪霊の腕を掴み、首を締めている手を掴み、首元から必死に引き剥がす。
(死んでたまるもんか...!!こんなんで諦めて何が『完璧なパパ』になりたいだ...!!ふざけんな僕!!負けてたまるか!!)
「負け...ない!!!」
「無駄な抵抗しないで、さっさと死ねっ...!!」
悪霊も僕に負けじと力を入れ、再度首に手をかける。
(なんであんなに腕細いのに、こんなに力が強いんだよ...!)
心の中で文句を垂れ流しながらも、僕も決して力緩めない。お互いの力比べの時間が続く...と思われたが、
「ふえ!!??」
悪霊の腕から力が無くなったかと思うと突然悪霊の首が切られ、床に落ちていった。
「時間稼ぎご苦労様。間に合ってよかったよ」
転がり落ちる頭に剣を突き立てる男が、僕の目の前に立っている。
「...蓮さぁぁん!!!」