「ただいまー!!」
僕は笑顔で家の扉を開き、別の部屋にいるであろう妻の愛美まなみに聞こえるように大きな声で帰宅の挨拶をした。
何かを焼いている...料理の音が聞こえてくる。
小走りで愛美のいるキッチンまで向かう。
「まーなみ!!ただいま〜!!」
愛美に駆け寄り優しくハグをする。
「重い、邪魔」
愛美は僕のことは一瞥もしないでただフライパンだけを真剣に見つめている。愛美は大きめのハンバーグを焼いているようだ。
(今日の晩御飯は、僕の大好きな愛美の手作りハンバーグだ...)
「今日もご飯を作ってくれてありがとう!何か手伝うことある?」
「別に、何も。まだ少し時間がかかるから、風呂入るか部屋で少し休んだら?」
「愛美も疲れてるでしょ、僕も何か手伝うよ」
「別にいいよ、つーか邪魔」
愛美は僕の手を振り解き、僕に目も合わせずひたすらハンバーグを焼いている。
「わかった。とりあえず、寝室で部屋着に着替えてくるね」
僕は愛美の首筋にそっとキスをして、寝室に向かおうと後ろを向くと、
「その...えっと...いつも、ありがとう」
愛美は僕に聞こえるか聞こえないほどの小さい声で呟いた。
僕は寝室に入り、ベットにダイブして枕に顔を埋める。
「あぁぁ〜〜かわいいいいいいい〜〜!!」
(愛美って、付き合った当初から本当にずっとツンツンしてるんだけど、ああ言う時にちょっとデレるのかわいいんだよなぁ〜!!)
布団を抱きしめながら、まるで片想いに悩む乙女のように足をジタバタ動かして愛美の可愛さに悶えた。
「おいおーい、いい歳した大人が乙女みたいな反応して、きもちわりぃーなぁ...」
「あ!!!」
突如、ベッドの下から声が聞こえてきた。
(この声は...さっき逃げた悪霊の声!?)
ベットの下から羽をはばたかせ、悪霊(ふわもこ太郎)がふわふわとおでましだ。
「ど、どうやってここに!?ついてきたのか!?」
(いや、そんなわけない。ふわもこ太郎が逃げた後、後ろをつけられてないか細心の注意を払いながら帰ったんだ...だとしたら、先回りされていた?)
僕は慌ててゴーストシューターを取り出し、ふわもこ太郎に向けて構える。
「お前...まさか先回りしてたな!!妻に何かしたのか!!」
ふわもこ太郎は僕のベッドの上にちょこんと着地し、めんどくさそうな顔をしている。
「おいおいお前さぁ、妊娠中の妻がいるってのに、ここで騒ぎにするのはどうよ?そもそも、お前の妻に危害を加えるつもりなら、お前が帰ってくる前にとっくにやってるよ」
ふわもこ太郎はそう言いながら、ベッドでゴロゴロし始めて「ふかふかで気持ちいいな〜」なんて呑気にしている。
僕は銃を構えたまま、ふわもこ太郎に問いかける。
「じゃ、じゃあ何が目的なんだよ...」
「何が目的って...えーーー!!あれって有名な“ふわプー”だ!“ふわふわトイプードルシリーズ”のぬいぐるみだー!!僕欲しかったやつー!!可愛いー!!」
ふわもこ太郎は、突然僕の部屋にあった、超絶可愛い“ふわふわトイプードル”のぬいぐるみを見て、目を子供のように輝かせている。
先ほどよりも高速で羽をバタバタとさせ、興奮しているのがこちらにも伝わってくる。
「え、えぇ....何?急に子供みたいに...」
「え...おっほん...ま、まあ今のは置いといてだな...私は今日、あの子供に化ける悪霊からお前を助けただろ?私の目的は、その義理を返してもらおうってとこだ」
「義理を返す...?僕が悪霊に何をすればいいんだ?命をくれとか言われたって、あげないぞ!!」
「そーんな物騒なこと言うわけないだろ、お前。私が欲しいのは、それだよ、それ」
ふわもこ太郎は、自身の羽で僕のつけている腕輪を指差した。
「この腕輪?」
「そーだよ、その霊力を隠す効果のある腕輪を私にくれ」
「な、なんで知って...」
これは榎本君が開発したハイドリング。黒色のリングの真ん中に、黄色の石がはめ込まれている。
強い悪霊は霊力に敏感な者も多く、僕や蓮さんのように一般人よりも多い霊力を持つ人は、近づくと悪霊に気づかれる可能性が高い。
だから、この“自分の霊力を少なく見せる”効果のある腕輪は、僕たちにはかかせないんだ。
霊力を完全に消せるわけではなく、あくまで少なく見せる効果のため、僕は腕輪をつけると一般人よりちょっとだけ少ないくらいの霊力に見えるらしい。
(蓮さんは腕輪をつけても、自分の霊力が多すぎて隠しきれないんだよな〜まあ、つけないよりはマシだからいっかってよく言ってたな...)
「私は見ての通り、こーんなに霊力が少なくて非力な悪霊だ。探知機で見つかってゴーストファイターに出くわしたらまず勝てない。
そこでお前の腕輪だ。お前の会社特製のその腕輪があれば、私は探知機から逃れらて、始末させられずに済むって話だ」
ふわもこ太郎は、僕の腕輪の上に飛び乗り「これだよ、これ」と言わんばかりの表情で、羽で腕輪をツンツンと触っている。
「始末っていうか成仏なんだけど...そ、そんな物騒な言い方しないで...。それに、この腕輪は霊力を完全に消す効果ではなく、本来の霊力より少なく見せる効果だけだよ?」
「問題ねーよ、ほら」
ふわもこ太郎は羽を器用に使って俺の腕輪をくいっと引っ張って、自分の体につけた。
腕輪が大きくて、まるで黒いタスキをかけているような見た目になっている...
「あ、すごい...ほとんど霊力が見えないね」
腕輪つけたふわもこ太郎の体からは、ほとんど霊力が見えなくなっていた。
「すごいだろ?私の霊力は元々、かなり少ないから、腕輪をつけてしまえばほぼ無いも同然になるんだよ」
「たしかに、こんなカスみたいな霊力は探知機で感知するのは難しそうだ...」
「おい誰がカスみたいな霊力だ!!!」
怒ったふわもこ太郎が凄い勢いで羽をはばたかせ、こちらに体当たりしてきた。
ふわもこ太郎がつけている腕輪の硬い部分が僕の顔に当たって少し痛い...
「ごめんごめん、だってこんな少ない霊力、人間でも幽霊でも見たことないからさぁ。
でも、いくら義理を返すためと言っても、これを君に渡すのは難しいかな。これを外したら、僕の仕事に支障が出るし...」
「そーんなの、もう一個腕輪ん作ってもらえばいいだろ」
「いや...でも榎本君が言うには、結構貴重な素材使っている高級品らしいし...
それに!!探知できなくなった君が悪さをする可能性だってあるじゃないか!そしたら、僕たちゴーストファイターは困るよ!」
「おいおい、こんなカスカスの霊力で悪さできると思うか?」
ふわもこ太郎はなぜかドヤ顔で自分の体を指して「ほれ、カスカスだろ?これ」と言っている。
「で、でも、霊力を少なく見せていると言う可能性も...」
霊力の多い悪霊ほど、能力も強く探知機にも大きな反応が出やすいため、ゴーストファイターたちの標的になりやすい。
それゆえに、悪霊の中にはあえて霊力を少なく見せる力を持つ者もいる。
ふわもこ太郎がその可能性もあるが...
疑いの眼差しを向ける僕を見て、ふわもこ太郎は俯き、落ち込んだような表情で話し始めた。
「はあ...お前って本当に不義理なやつだな。私はお前のことを守ってやったし、別にお前の妻になーんにも危害を加えてないのに...
こんな非力な私でも、もう少しこの現世にいたいんだよ...だから腕輪を少しの間だけ貸して欲しいと言ってるだけなのに...うううっ...」
ふわもこ太郎は羽で顔を覆い、「うううっ...」と言い泣き出してしまった。
「え!?あ、ちょっと、ごめん!!そんな泣かなくても...それに、まあ少しの間だけなら、まあ、うん、いいよ!!貸してあげる!!」
僕は慌ててタンスからハンカチを取り出して、泣いているふわもこ太郎のそばに駆け寄った。
すると、ニヤリと不気味に笑っている彼の顔が見えた。
「はい、言質取れたー!!!!!!」
ふわもこ太郎は急に泣き止み、大喜びで腕輪をつけながら空中を飛び回っている。
(こいつ...そのためにわざと...!!)
「お前、さっきの嘘泣きだろ!!やっぱり腕輪返せ!!もう義理とか恩義とか知らない!!」
僕は必死に、部屋中を飛び回るふわもこ太郎を捕まえようとする。その姿が面白くてたまらないのか、ケタケタと馬鹿にしたように笑いながら飛び回っている。
なんて...なんて腹立たしいんだ!!
「あーそういえばさ、お前は理想のパパになりたいんだっけ?義理も恩義も知らねーとか言ってるけどさ、子供にもそうやって教えるのか?」
「...っ、いや、そ、それは」
ふわもこ太郎は僕の手が届かないタンスの1番上に着地し、僕を嘲笑うかのように見下ろして、こう言った。
「さあ、理想のパパさん、ちゃんと恩義を返すところを見せてくださいよ?」