『今朝未明、佐瀬市(させし)の阿楽川(あらかわ)付近で遺体が発見されました。警察は事件として調査しており、先月の殺人事件と同様に------」
「また殺人事件ですか、先月もありましたよね?怖いですね...」
事務所のテレビをつけると、今朝発見された遺体についてのニュースでもちきりだ。
僕の住む佐瀬市(させし)は、大都会!!とっても栄えている町!!....と言うわけではないけれども、治安が良く、ファミリー層に人気が高い。
大きなショッピングモールや娯楽施設の多い新永市(しんえいし)と佐瀬市(させし)は隣関係にあるため、この佐瀬市(させし)は、治安の良さと交通の便の良さが売りになっている。
(わざわざ移り住む人も多いから、こんな物騒な事件が起きたら不安だろうな...)
「あ!!」
不安そうにテレビを眺めていると、突然、テレビ番組が切り替わった。
蓮さんが番組を変えたようだ。子供番組のようで、知らないマスコットキャラクターが子供たちとどんちゃかわんちゃかと踊っている。
「暗いニュースを見ても気に病むだけだぞ。私たちがこの件に関して出来ることといえば、死んだ人が悪霊にならないよう祈ることくらいだな」
蓮さんは手を合わせて、テレビに向かって祈っている。
「ええ、そうですよね...でも僕は、妻が妊娠して、これから子供が出来る!ってなってから、“もし、自分の子供が事件に巻き込まれたら”なんて考えるようになっちゃって...」
今までも痛ましい事件のニュースに心を痛める性格ではあったけど、子供ができるとなると、事件と子供をつい重ねて考えてしまい、より一層胸が痛くなる。
(これが世間のパパの気持ちなのかな...大変だなぁ...)
「あーあ、誰も死なない世界ができれば、みんな幸せだし悪霊だって生まれないのにな〜」
僕は椅子にもたれ掛かり、天井をぼーっと見上げる。
蓮さんは席を立ち上がり、キャビネットから本を取り出して読んでいる。
本の名前は『我々は地球に生かされている』。昔、榎本君が購入して、「読み終わったからもういいや」と言ってキャビネットにしまっていた本だ。
「春野、知っているか?この本にはな、面白い考えが書いてあるんだよ。
昔、地球を見た宇宙飛行士が「地球は青いオーラのようなものに包まれている」と証言した。
その青いオーラは私たちと同じような霊力ではないかと言われており、地球は膨大な霊力に包まれているのではないかという考えがあるんだ」
「それなら僕も知っていますよ!!有名な話ですよね」
僕が生まれるよりもっと昔の時代は、霊力や悪霊の存在が知られていなかった。
しかし、最近は霊力や悪霊に関しての本が出版されるほど一般常識となっている。だから僕たちゴーストファイターも隠れず堂々と仕事をすることができる。
(まあ、それでも悪霊も霊力も見えない一般人がほとんどだから、その存在を信じていない人もまだまだいるんだけどね...)
「この本は、そこからある仮説を立てている。
我々、生物の霊力は元々、地球から分け与えられているのではないか、という説だ。
私たちがどうして霊力を持って生まれるのかは解明されていない。この本ではその理由として、膨大な霊力を持つ地球が、自らの霊力を地球上の生物に分け与えているのではないか、という考えが記されている。
しかし、その仮説には問題がある。地球がすべての生物に霊力を分け与えていたら、いくら地球に膨大な霊力があったとしても、いつか地球の霊力が枯渇してしまうだろ?」
「た、たしかに...僕も、これだけたくさん買えばすぐには無くならないぞ!と思っていたお菓子を、無心で食べていたら1日ですぐに無くなってしまいました...この世に無限なんてないんですもんね...」
「........うん、まあ、その話と今回の話を比べるのは違う気がするが、まあ、その、一旦置いとくとしよう」
蓮さんは呆れたような眼差しで僕を見ている。
(ぼ、僕は何か変なこと言ったのだろうか...)
「さっきの話の続きをしよう。それじゃ地球はどうやって霊力を回収してるかって話だ。その方法として、地球は亡くなった人から霊力を回収しているのではないかという説をこの本は唱えている。
人は死ぬと、霊力を失う。幽霊や悪霊になるものは霊力を残すが、それはあくまで一部の人で、基本的に人は死んだら霊力は完全になくなってしまう。
その無くなった霊力はどこへ行く?それが、地球に還るのではないか、と、この作者は考えている。
さらにこの作者は、地球が1日に活動するための霊力は決まっていて、生命が誕生するのと同様に、霊力を回収するために、地球は人の死の運命を握っているんじゃないかとも書いてある」
「人の死の運命...?」
ここまでの話は、勉強があまり得意ではない僕でも理解できるけど、突然話が飛躍し始めてきて、頭を抱える。
うーん、うーん、と悩む僕を横目で見ながら、蓮さんは話し続けた。
「極端な話、1日に何百万もの生命が誕生したのに対して、その日に誰も死ななければ、地球は霊力の消費だけをし、回収ができないことになるよな。
つまり地球が霊力を回収するためには、もしかしたら地球は1日で何人分の命を回収するかをすでに決めていて、誰が死ぬかもすでに決めている。つまり私たちの運命は地球に握られている、なーんて突飛なことがこの本には書いてあるんだよ」
蓮さんは片手で本をトントンと叩き、僕を見て、「どう思う?」と意見を求めた。
「うーん、でもその仮説が正しいとすると、死んだ幽霊や悪霊に霊力が残るのっておかしいんじゃないですかね?地球が回収するんでしょう?」
「そうだな。この世に強い執念がある人が、幽霊や悪霊になりやすい。
地球から霊力を回収されこの世からいなくなる、という運命に唯一抗えるのは、科学でもなんでもなく、案外、人の“心”なのかもしれないな。
まっ、結局霊力の真偽なんて解明されてないし、よく分からんがな!」
蓮さんさんは本を閉じ、キャビネットにしまって自席に戻っていく。
「それじゃ、なーんで急にこんな話したんですか...」
「テレビを見て気に病むくらいの時間があるなら、本でも読んで勉強しろってことだな」
「ちょ、ちょっと蓮さん...勘弁してくださいよ〜...。
あれ、そういえばこの本の元々の持ち主である榎本君は休みですか?」
榎本君がいつも横になってぐーすか寝ているソファが空席だ。かばんも見当たらないし、今日はまだ来ていないか、もしくは休みだろうか。
「ああ、彼女の具合が悪いらしいから、今日は休みを取らせてもらいますと連絡が来ていたよ」
「え!!そうなんですか!?彼女さん、熱でも出たんですかね...」
「いや、足の小指をタンスに強打して痛めたらしい...それくらいで休みを取るなんて榎本君は本当に変わっているというか」
「なんてこった!!!!一大事だ!!!大切な彼女が体を痛めているなんて当然会社なんて休みますよね!!!ね!!!」
僕は机をバンッと叩き立ち上がり、拳を振るわせ熱弁した。自分の大切な人が体を痛めているんだから、当然病院に連れていくし、その日一日はずっとそばにいるのは当たり前だ!!
「...うん、まあ、そうだな。是非、彼女や奥さんを大事にしてやってくれ...」
蓮さんは少し戸惑っているが、いつもと違ってどこか嬉しそうに笑っていた。
蓮さんは、いつも彼女や奥さんにうつつを抜かさず働け!!と言うスパルタタイプなので、正直、驚いた。
まあ、いつも文句は言いつつ、なんだかんだ休みは認めてくれる人なんだけどね。
(蓮さんも前に結婚したいって言ってたし、ちょっと僕たちのことが羨ましいのかな...)
「それで、最近は完璧なパパさんになりたいってよく言ってるけど、春野はそのために何かしてるのか?」
「はい!!子供と愛美...じゃなくて、妻のために、最近は休日に料理を作っています!見てください!こないだは卵焼きを作りました!!」
僕はスマホで撮った写真を蓮さんに見せつけた。
そこには真っ黒で少しだけ黄色が残っている何かが写っている。
蓮さんは目を丸めて、スマホと僕を交互に見つめて、数秒ほどの沈黙流れた。
「...うん、まあ、何もやらないよりは、まずは何かやってみることは大事だよな」
蓮さんの優しいフォローが僕の心に、出刃包丁レベルに重く深く突き刺さる。
「やめてくださいいぃぃぃちゃんと下手くそだって言ってください!いつもはもっとはっきり言うのに、最近子供ができたからって変に優しくしないでくださいよ~!!!分かっているんです、こんなんじゃ理想のパパに近づけない!
うおおおお!!今日は定時にあがって料理の特訓をするぞー!!」
「って意気込んでるところ悪いけど仕事だよ。早く終われば定時で帰れるとは思うけど」
蓮さんは意気込んでいる僕の頭の上にペシっと資料を置いた。
「ここ最近盗みを働く悪霊が出没しているとの話だ。
盗む物は様々、洋服、雑貨、食べ物など。基本的に高価なものや一点物などが盗まれているところが共通点だな。まあ、とりあえず資料に目を通してくれ」
蓮さんが渡してくれた資料には、重要な部分に付箋が貼り付けられている。
いつも蓮さんが作成する事件資料は、ページがバラバラになっていたり、誤字脱字が多いが、今日はとても綺麗だ。
「今日の資料はとても綺麗ですね!!いい感じです!!」
「え?ああ、今日、私は先に帰るから、私がいなくても資料だけで十分事件が分かるように、作っただけだよ」
「え、蓮さんもう帰っちゃうんですか?」
蓮さんはすでにデスクを片付け始めている。
「ああ、悪い。昨日、残業があってな。私は少し疲れたから今日は早めに帰らせてもらうよ。
春野もあまり無理するなよ。何かあったら携帯に連絡してくれ」
「あ、はい!!お疲れ様です!!」
(たしかに、蓮さん、今日は顔色があんまり良くないな...あの蓮さんが疲れて帰るって一体どんな重労働だったんだ?僕の想像もつかないような強い悪霊と戦ったのかな?それとも榎本君に人体実験でもされちゃったのか...!?そうだ、榎本君ならやりかねない...)
「蓮さん...!!どうかお元気で...榎本君を許してあげてください...」
僕は涙を流しながら、両手で祈るようにして蓮さんに懇願した。
「お前は榎本をなんだと思っているんだ...」
蓮さんは不思議そうな顔をして、そして、荷物をまとめて事務所を後にした。
「みんな、いなくなっちゃった...」
蓮さんも榎本君もいない日は初めてかもしれない。
蓮さんの椅子だけ他の人より上等な物なので、誰も見ていないこの間に座りたいと言う欲求を抑えて、僕は事件の資料に目を通そうとすると、
「っげぇ!!??」
僕以外誰もいないはずの事務所。
なのに、そこにはまるで命を帯びたようにひとりでに動く資料があった。