「ここが僕の調査するアジトで合ってるよな...?」
目の前には、大きな灰色の倉庫のような建物が立っている。
建物の中には、電気が付いていない。けれども、窓からの陽の光があるおかげで、部屋はほのかに明るい。暮らしていくには不便そうだが、調査する分には問題ないだろう。
足音を立てないように慎重に歩を進めていく。
ポケット探知機を確認すると、弱い反応がいくつかある。
(反応はある...けど、妙に小さな反応だな)
今回の調査は、危険な悪霊の調査。力の強い悪霊というのは、基本的に普通の悪霊よりも霊力が多い。
悪霊の霊力に反応するこのポケット探知機は、霊力が大きければその分大きな反応を示してくれる。
けれども、今、ポケット探知機が示している反応はあまりにも小さい。
(この反応、もこ太と同じくらい小さな反応なんだよな。まさか、もこ太がついてきてたりする...?でも複数あるしなぁ)
数カ所ある内の1つ、ポケット探知機が示すところにゆっくりと近づくと、そこにはダンボールが数個積み重なっていた。
緊張しながら一つ一つダンボールの中を確認していく。が、特にもこ太の姿も悪霊の姿も確認できない。
中にあるのは壊れた扇風機や電子レンジ、ボロボロのぬいぐるみなど。
最後のダンボールの中身を確認しようと、手を伸ばした時
「何してんの?」
「ぎゃー!!!!!!!!!」
突如背後から声が聞こえて、驚いて奇声を上げてしまった。振り返るとそこには、灰色の帽子を被った小学生ほどの男の子がいた。サッカーボールを両手に抱えている。
(あれ?この子はたしか、行方不明リストにいた子だよな?しかも、つい昨日行方不明になった子だったはず...)
僕は腰を屈(かが)み、子供の視線に合わせながら話し始める。
「君、1人?どうしてここにいるの?」
「ここにいるように言われたんだよ。あとで楽しいところに連れて行ってくれるって。それより、おじちゃんこそだれ?」
「お、おじちゃんじゃないよ!僕はまだまだお兄さんだよ!!そんなことより、ここは危ない場所なんだ、早く親御さんの元へ帰ろう」
僕は子供が怖がらないように笑顔で話しつつ、手を差し伸べた。が、子供は先ほどよりも暗い表情になり俯いてしまっている。
(お、おじちゃん発言に怒ったのが悪かったのかな...?それとも知らない人だから警戒しているのかも)
「ほ、ほら〜!そんな暗い顔しないで!お兄さんが一発ギャグしてあげるから」
「え?ギャグ?」
俯いていた子供はギャグと聞いてすぐに顔を上げ、ワクワクした表情でこちらを見つめている。
(僕は、自分の子供が落ち込んだ時のために、とっておきのギャグをずーっと考えていたんだ!爆笑必須!これでもくらえっ!!)
僕は先ほど見つけた、壊れた扇風機を抱(だ)き抱(かか)えながら、コマのように体をくるくると回転させ、こう叫んだ。
「扇風機旋風!!!!!!!!!!!!!!!」
「...つまんな」
僕は抱えていた扇風機を地面に落とした。扇風機はバキッと音を立て、その音と共に僕の心もバキバキになった。
(うわあああああああ!!!!!!!嘘だろ!?こんなに面白いギャグが、ダダ滑りしたぁー!!!もうお家に帰りたいよー!!)
「あ、あの、おじちゃん。ギャグはつまらなかったけど、その、気持ちは嬉しかったよ」
泣きそうになった僕のメンタルを察してくれたのか、子供は励ましの言葉をかけてくれた。子供に気を使わせてしまったという事実がさらに僕の心に突き刺さる。
「うう、ありがとう。と、とにかくここは危ないからね、一緒に帰ろう」
「あら、虫が一匹」
背後から女性の声がした。振り返らなくても分かる。
それ程のとてつもない霊力の圧を感じた。今まで感じたことのない霊力に、心臓が駆け抜けてどこかにいってしまいそうなほど高速でバクバクと音を鳴らしている。全身に汗が伝う。
振り返ると細身の女性が立っている。黒く綺麗な長髪と整った顔立ち。20代か30代くらいだろうか。誰もが見惚れてしまうような美しい顔立ちをしている。
涼しげな白いワンピースを着ているが、なぜか首元にはマフラーを巻いている。
体を纏う霊力の量は、そこらの悪霊とは比べ物にならない量だ。
すかさずゴーストシューターを構える、が体が急に宙を浮き天井に叩きつけられた。
「いっでぇ!!」
そのまま天井から急降下して、今度は床に叩きつけられる。
「うっ...」
榎本君が作ってくれた特製の防護服を着ていたため、衝撃は緩和されたが、それでも体が痛い。軋(きし)む体の痛みに耐えながらゆっくりと起き上がる。
「へぇ、これで立ち上がれるなんて、丈夫な坊やね。でも、銃が無いんじゃ何も出来ないんじゃない?」
「!!」
先ほど天井に叩きつけられた衝撃で、どうやらゴーストシューターを落としてしまったらしい。女は僕が落とした銃を拾っており、端から端まで物珍しいそうに眺めている。
「これって、対悪霊専用武器なのよね?見た目は普通の拳銃と変わらないように見えるけどなぁ。不思議ね〜」
「返せ!!!」
僕は銃を取り返そうと、女に走り寄り飛びかかろうとする。
が、その時、女はそばに落ちていた扇風機を僕目掛けて思いっきり投げ飛ばした。
扇風機は僕の顔面に直撃してしまった。頭から血が垂れている。
「ゔっ...」
防護服のない頭に直撃してしまったため、クラクラとめまいがする。立たなきゃいけない、のに、立て、ない。
女はゆっくりと僕に近寄り、倒れている僕の顔を覗き込み、くんくんと匂いを嗅いでいる。
「うん、やっぱり、あなたってすっごくいい匂いがするね。あなたの霊力って、綺麗な花畑のような甘い匂いがするの。私、匂いには敏感だから、あなたの匂い、とても好きよ。どれくらい好きかっていうとね、ずっと殺さず監禁しておきたいくらいには、好きよ」
女は不敵な笑みを浮かべると、僕の頭を「よしよし」と言いながら撫で始めた。
「可愛いね、可愛い、弱いって可愛いよね。
可愛くて可愛くて...本当に醜いよね。弱い人っていうのはこうやって、強い人に従うしかないもんね。本当に可愛いね」
女は髪をかきあげながら、頬を染め恍惚とした表情で僕を覗き込んでいる。
(こいつ...何考えてんだ...この状況...なんとかしないと...)
目眩のする中、僕は必死に何かしなければと脳を絞り出し、あることを思い出した。ポケットに手を入れて、「あれ」を取り出す。
「くらえ!!!」
僕は女に向かって、榎本君から貰った失敗作のボールペンを突きつけた。そして、ボールペンの上部分をカチッと押す。