KSS警備学園奮闘記~うちの学校が廃校になりそうなので、先に独立することにしました~ 作:卵パサパサ感
これからも皆様の応援を励みに頑張って参ります。
『もうちょっと右の方を照らしてくれる?』
「分かった。この辺か?」
『オッケー。そのままじっとしてて』
その日の夜。私はアビドス高校の校庭で、鹵獲した装甲車へと懐中電灯を向けていた。
装甲板へ灯りを向けると、その焦点へ向けて偵察用ドローンがゆっくりと移動していく。どこか光に吸い寄せられる虫を思い起こさせる光景だ。
そうして外周をぐるりと巡り、ハッチを通っている車内も通過。そして一通り見終えたところで、ドローンの操り手―――カノンは、どこか察していたような様子で呟いた。
『うん、やっぱり改造品ね。多分2cm機関砲搭載型の砲塔を挿げ替えたモデルだと思う』
「改造型か……出元の特定は難しそうだな」
『そうねえ。ライセンス生産している企業だけで、10以上はあるもの』
この装甲車の5cm砲搭載型の生産数は少ない。しかし派生型の2cm機関砲搭載型となれば、その数は桁違いに跳ね上がる。それこそゲヘナに行けば嫌というほど目にすることができるだろう。
それを母体に改造しているのなら、車体の生産元を特定することは不可能に近い。
加えて車体各部のメーカーを示す刻印も、綺麗さっぱり削り取られてしまっている。これではパーツから製造元を辿ることもできない。
どうやら相手も中々のやり手のようだ。おかげでこちらもアテが外れてしまった。
『ただこの5cm砲、調べてみたら廃番になった旧式のモデルみたい。砲身に使い込んだ跡もあったし、これだけは中古品で間違いないと思う』
「となるとメーカーの在庫の線はなくなったな。後はジャンク品の転用か、あるいはブラックマーケットで調達したか」
『状態は比較的良い方だから、多分ブラックマーケットじゃないかしら。だとしたら、あまり深入りしたくない場所ではあるけど』
「分かった。とりあえず対策委員会の方にも、今の話は伝えておく」
舞い降りてきたドローンを受け止め、電源を切る。
そして話の流れを終わりへ誘導しながら、インカムのボタンへ手を伸ばす。
『―――それはそうとカナメちゃん、ちょっといいかしら?』
だがボタンにかけた指の動きは、インカムから響いた声によって阻まれた。
「……どうした? 何か学園の運営に支障でも―――」
『1年生の子達から聞いたわよ。また無茶な運転をしたんですって?』
……待て、誰から聞いた。というか誰が話した。
いや、今はそんな事はどうでもいい。問題は通信先ののカノンが既に説教モードに入っていることだ。
こうなるとまずい、非常にまずい。この状態になったら最後、彼女はとことん止まらない。
「無茶なんてしてない。任務遂行の上で必要や挙動を取っただけだ」
『つまり、したのね?』
「いや、だから」
『したのね?』
「……はい」
カノンは怒っても決して語気を荒げることはない。あくまで口調はいつも通り、柔らかで穏やかなままだ。
しかしそれはあくまで傍から聞いている場合の話。向けられている側はその裏に隠された、言葉で形容しがたいプレッシャーを浴びせられる事になる。
まるで羽毛布団で締め付けれているかのような、柔らかくも強烈な圧のあるお説教。いくら反論してみても全く動じないそれを前にしては、最終的に屈する他に道はない。
『カナメちゃんのことだから、多分本当に必要だったんだと思う。でもそれとこれとは話が別。人も物も、何事にも限界というものがあるわ』
『そして無茶をすればするほど、限界に向けて疲労は蓄積していく。今回は大丈夫だったからって、次は大丈夫って保証はどこにもない』
『私はそれが
「……そうだな」
実際、カノンが言っている事は間違っていない。彼女がこちらを慮ってくれている事はとても伝わってくる。
唯一難点があるとすれば……慮りすぎるあまりお説教も非常に長くなること。きっと今回の休憩時間の大半は、これで潰れることになるだろう。
だがそれも自分の身から出た錆だ、黙って受け入れよう。そう考えながら体を装甲車へもたれかけさせたーーーその時。
「!」
砂を踏み分ける音が、こちらへと近づいてきた。
数は一つ、音の重みからして先生ではない。
それにこの足音のテンポは、以前も一度聞いたことがある。
「すまない、来客だ。続きは今度聞く」
『……嘘ではないみたいね。うん、分かった』
「助かる」
それなりに長い付き合いになれば、声の機微で真偽も伝わる。
すんなり中断を受け入れてくれたカノンに礼を返し、通信を切断。それと同時に反射的にライフルを握った手を解く。
予想が正しいのなら、これが必要になる相手ではない。
「あらら、もしかして取り込み中だった?」
「いえ、むしろ助かりました。なにしろ説教中だったもので」
「うへ、そうだったんだ。会長さんも大変だねぇ」
振り向き見れば、そこに立っていたのは桃色の髪の生徒。
鞄を持たず、愛用のショットガンと盾だけを携えたその姿は、どう見ても忘れ物を取りに来たという風ではない。
何か意図があってここに来た。状況だけ見れば、そう考えるのが自然だ。
「ホシノさんはなぜこちらへ?」
「いやぁ、今日は少しお昼寝が長すぎたみたいでさ〜。全然眠れないから、ちょっとお散歩してたんだよ〜」
いつも通りの間延びした口調で答えるホシノ。しかし今に限っては、その態度もいつもよりどこか引き締まっているように感じられる。
「そっちこそ何してたのさ? 装甲車の周りでがさごそしてたみたいだけど」
「気になることがあったので、うちのメカニックと少し調査を。……残念ながら、高値はつかない代物のようです」
「うへぇ、残念。売れば借金返済の足しになるかと思ったのになぁ」
言葉のやり取りを交わしてみても、やはり彼女の真意は見えてこない。これまで接した時と同じように。
……やはりトリニティ式のやり方は性に合わないな。ここは一つ、こちらから踏み込んでみよう。
疑念を抱えながら接することは、長期的に見れば得策ではない。それに今の彼女……夜の小鳥遊ホシノが相手なら、良きにつけ悪しきにつけ、何か得られるものがある気がする。
「……ところで、散歩はまだ続けるつもりですか?」
「うん、眠くなるまで続けるつもりだよ〜」
「でしたら、ご一緒させていただけませんか? 私もお説教が潰れて、少し時間が空いていまして」
体を装甲車から離しながらそう尋ねると、ホシノは目を丸くした。
「……変わってるねぇ。何も面白いことなんてないよ?」
「構いません。現地の人と歩くだけでも、学べることは多いですから」
「ちょっと仕事熱心すぎやしない? 休憩時間なんだったら、もっと休んだりすればいいのに」
茶化すように返しながら、くるりと背を向けるホシノ。
流石に急に踏み込みすぎたか。そう思った直後、彼女はさらに言葉を続ける。
「いいよ。おじさんも少し、話をしてみたいと思ってたからさ」
普段よりも少し、トーンの低い声色で。
「くそっ、ついてねぇ! なんで今日に限って2人もいやがるんだよ!」
「覚えておけ! この借りはきっちり返してやるからなっ!」
捨て台詞を残して逃げ去っていく、ボロボロの
スケバンの集団。
その姿が曲がり角に消えたところで、私は構えていたハンドガンを下ろした。
同様に隣で臨戦の構えを解いたホシノも、一息つくと、背後に蹲る犬獣人の方へと振り向く。
「いやぁ、危なかったねぇ。怪我とかない?」
「は、はい! 何とお礼を言ったら良いか……!」
「この辺は何かと物騒だからねー。夜になったらあまり近づかない方がいいよー?」
「はい、以後気をつけます! 今日はどうもありがとうございました!」
立ち上がり、何度も頭を下げながら立ち去っていく犬獣人。
そんな彼の背中を見送りながら、安堵の息をつく。
武装したスケバンにとって無防備な一般人は絶好のカモだ。まさか命までは取られないだろうが、それ以外の全てをカツアゲされることになっていたかもしれない。
「それにしても、なかなかやるね〜。ハンドガン一丁であそこまで立ち回るなんてさ」
「ホシノさんが奴らを引きつけてくれていたおかげですよ。一人ではああうまくはいきません」
「でもなんでライフルを使わなかったの?」
「休憩時間中に消費した消耗品は、経費では落ちないんですよ」
「……うへぇ。思ったより世知辛いんだねぇ、そっちも」
そうなる前に駆けつけられたのは、この小柄な少女のおかげ。
もしホシノが
これは決して偶然ではない。繁華街の路地裏、町外れの廃虚、それに人通りの少ない街道。彼女が
「こういう事はよくあるのですか?」
「まあね〜。ほら、アビドスってどんどん過疎化してるでしょ? だから放っておくと不良やら何やらがどんどん集まってきちゃうの」
「なるほど。だからこうして
「別に毎日やってるわけじゃないけどね。眠れない時の時間つぶしみたいなものだよ」
いつも通りの口調で、涼しい顔でそう言ってのけるホシノ。
だがそれはきっと嘘だ。ここまで回ってくる間に、見かけた不良の数は驚くほど少なかった。アビドス高校の治安維持能力と過疎化の進行度を踏まえて考えれば、異様と言ってもいいかもしれない。
不定期に行う巡回だけでは、ここまでの効果は見込めない。恐らくは毎日、もしくはそれに類する頻度で、彼女は自治区を見回り続けているのだろう。
……だとすれば私は、一つ大きな思い違いをしていた事になる。
今までホシノが日中眠たげなのは、彼女がその実力を隠すようなためだと思っていた。昼行灯を装い、凡愚として偽装するための演技だと考えていた。
しかし頻繁に夜間パトロールを行っているのなら話は違う。こんな夜行性の生活を送っていれば、昼間眠くなるのは当然のことだ。隙あらば眠ろうとするのも、睡眠不足なら何らおかしくもない。
なぜ実力の割にアビドスの外で名前を聞かなかったのかも、おおよそ説明がつく。
日々こんな形で治安維持に尽力していたなら、外に打って出る機会など皆無なはず。現在のアビドスの知名度を考えれば、名を知られる事がなくても別段不思議でもない。
もちろん大半は推測で、事実と異なる可能性は大いにある。それでも、もし事実なら……私の懸念は根底から間違っていたという事だ。
「それで、次はどちらに?」
それを確かめるためにも、これからは色眼鏡抜きで彼女をみるようにしなければ。
そんな考えを頭の片隅に置きながら、次の行先を問いかける。
「……んー、ちょっと一休みしよっか。いい加減歩き疲れてきたしね〜」
しかし予想に反して、ホシノは肩に担いだ盾を地面へと置いた。
「分かりました」
私もハンドガンをホルスターへ納め、建物の壁へと体を預けた。
そして何気なく空を見上げると、そこに広がっていたのは満天の星空。
流石に山奥ほど鮮明ではないが、都市部なら十分すぎるほどの眺めだ。これがトリニティやミレニアムなら、同じ景色は見られないだろう。
「……いい夜空だ」
「だよねー。おじさんも結構気に入ってるんだ。まあ人が減ったせいと思うと、ちょっと複雑だけど」
「町中でこれだけ見られるなら、天体観測ツアーでも開けば需要もありそうですね」
「もう少し砂嵐の頻度が収まれば、それもありかもね〜」
こっそり視線を下げて、対面にいるホシノの顔を盗み見る。
同じように空を眺める、とても良い笑みが浮かんだ横顔。そこに込められた感情に虚飾がないことは、一目見るだけで感じ取れる。
それを見ているうちに、気づけば自然と口から言葉が転がり出ていた。
「本当に好きなんですね、アビドスの事」
「んー? どしたの、急に」
「好きでなければ、こんな巡回なんて長くは続けられない。そうでしょう?」
「……まあ、それだけって訳でもないんだけどね」
その呟きとともに、ホシノの顔に僅かな影が差したような気がした。
だが次の瞬間にはそれは消えうせ、彼女は先ほどまでと同じ顔色で言葉を続ける。
「でも好きか嫌いで言えば……好きかもしれないな〜。なんやかんやで、いろんな思い出があるところだし」
ふと、ホシノが顔を下げる。
青と黄色の双眸が、まっすぐこちらを見つめる。
「そういうあなたは、どうだったの?」
「私ですか?」
「だって元の学校から離反までしちゃった訳でしょ? だからよっぽど不満でもあったのかなー、って」
口調こそ今までと同じ軽いもの。しかし向けられる視線に込められた感情は、先程までの比ではない。
間違いない、これが本命の質問だ。彼女はこれを切り出す機会を作るために、
少なくとも今の時点では敵意は感じられない。だがホシノの手には、いまだに彼女の愛銃が握られている。
恐らくここでどう答えるかが彼女との、そしてアビドスとの関係を決定づける事になるだろう。
それでも迷いはなかった。こういう時にどうすれば良いかは、前世からよく知っていたから。
「……好きですよ。色々と文句を言いたい事もありましたが、それでも私の母校である事には変わりありません」
「なのに離反しちゃったんだ」
「そうしないと、守れないものがありましたから」
どこまで話して良いか、どこまで話すべきか。
一瞬そんな思考がよぎるも、そのまま脳内に作られた流れを押し通す。
こんな時に下手に考えるのは悪手。己の思うまま、感じるままを貫く方が、大抵の場合うまくいく。
「船が難破しそうな時、積み荷の一部を海に投げ込めば、船が助かる確率は上がります。我々はその可能性に賭けてみたかったんです」
「……でもそれ、自分達だけ先に逃げたって思われてるんじゃない? 元の船の人達にはさ」
「でしょうね。それも覚悟の上です」
どんな理屈をつけようと事実は変わらない。いかに正当化しようと、裏切者という誹りから逃れられる権利はない。
何も悩まなかったと言えば嘘になる。それでも、躊躇う理由にはなり得なかった。何故ならーーー
「―――何もせずに後で悔やむよりは、よほどマシですから」
(―――ああ、やっぱりそうなんだ)
その答えを聞いた瞬間、ホシノの疑問は氷解した。
今までよく分からない人物だった樋渡カナメの、行動を貫く軸となるものがようやく分かったからだ。
出会った当初、ホシノはカナメに良い印象を持っていなかった。何ならかなりの悪印象さえ有していた。
混乱に乗じて自らがトップに立つ学園を興すほどの野心家。そんな相手にアビドスで好き勝手させることを許せば、どんな影響が出るか想像もできない。最悪の場合、苦境にあるアビドス高校にとどめを刺す存在になりかねない。
だから「大人」である先生と同等かそれ以上に、ホシノは彼の護衛を警戒していた。もし変な動きを見せれば、すぐに対処できるように。
―――アビドスの生徒にもあるんだろう。無茶や無謀を承知で貫きたいもの、守りたいものが。
―――それを愚弄できる権利は誰にもない。私たちにも……この世界の誰にも。
その認識が揺らいだのは、初日の夜。警戒のため、密かにカナメを見張っていた時のこと。
彼女が後輩に語った言葉の数々は、ホシノが想像だにしないものばかりだった。彼女の考えている通りの人間なら、アビドス生の努力を肯定するような事はまずあり得ないからだ。
後輩を宥めるために適当を言っているのだろう。その時はそう結論づけたが、同時に生じた疑問は消えなかった。
そしてセリカ救出の一件で、疑問は確信へと変わった。
カナメは「先生の指示で動いた」と言っていたが、それが不可能だった事はホシノが一番よく知っている。何しろ柴関ラーメンを出てからというもの、ホシノはずっと先生と一緒にいたのだから。
そんな自分が認知していない以上、先生はカナメに指示など出していない。つまり彼女は自分の意思で行った行動の成果を、先生へと譲った事になる。
嬉々として雑用を引き受け、己の成果を誇示することなく、手柄さえも他人に譲ってしまう。
これだけの行動が積み重なってしまえば、ホシノといえどカナメを野心家と見なすことは難しくなっていた。
だからこそ分からなかった。野心によるものでないとすれば、何故離反からの独立などという大それた事をやってのけたのか、ということが。
しかしその疑問も今、答えが出た。
彼女の言葉のためではない。もちろん参考になったのは間違いないが、それが全てではない。
最大の要因は、言葉を口にした時の表情。一瞬だけ悲しげに細められた琥珀色の瞳が、全てを物語っていた。
(この人も何か後悔してるんだ。それもとても大きなものを)
「何もせずに後で悔やむよりはよほどマシ」という言葉と、その際に見せた表情。それだけの情報が揃っていれば、ホシノが察しをつけることは難しくなかった。
何故なら彼女もまた、同じものを抱えているのだから。
「うへー……そっかそっか。そっちも色々、苦労してるんだねぇ」
そんな気づきをおくびに出すこともなく、ホシノはあえておどけてみせる。あくまでいつも通りに、何も気づかなかったように。
「でも、おかげでおじさんの疑問も解決したよ〜。これで今晩からはぐっすり眠れそうだぁ」
「もう既に今晩も終わりそうですけどね。夜明けまで後2時間です」
「あれ、もうそんな時間? うへぇ、ちょっと気合入れてやりすぎたかなぁ」
「よろしければSRT式の睡眠導入法をお教えしましょうか? 短時間の睡眠でも、良い感じの質を確保できますよ」
以前ならこんな申し出も、きっとそれとなく断っていたのだろう。
でも今は不思議とそんな気にはならない。むしろ純粋な興味さえ湧いてくる。
認識のズレを修整し、共感できるところがあると理解した。たったそれだけの事で、人との向き合い方はこれほどまでに変わるものか。
内心でそんな事を考えながら、ホシノはカナメの提案に応える。
0から1に変わった理解を、さらに大きな数字へとするために。
「それは気になるねぇ。教えてよ、