KSS警備学園奮闘記~うちの学校が廃校になりそうなので、先に独立することにしました~ 作:卵パサパサ感
ブラックマーケットという区域は、いつ来ても全く変わらない。
昼間から派手なネオンを輝かせるアーケードに、一見しただけでは意味を把握しにくい看板の数々。それらの合間から聞こえる会話に罵声、それにかすかな銃声。
決して良い方向ではないが、確かに活気がある。いわばくぐもった熱がこもった街だ。
「ここがブラックマーケット……まさか街一つの規模だなんて」
「わあ☆ すっごい賑わってますね!」
「本当に。連邦生徒会の手が及ばないエリアが、ここまで巨大化してるとは思わなかった」
「普段私たちはアビドスにばっかりいるからねー。学区外は結構変な場所が多いんだよー」
そんな街並みを物珍しそうに眺めながら歩く対策委員会の面々。遠隔操作のドローンで付いてきたアヤネも、さりげなくカメラを旋回させている。
まるで観光客のようだが、そんな気分で歩いていい場所ではない。ここぐらい
「皆さん、くれぐれも私から離れないで下さい。特に先生」
「うん、分かった。頼りにさせてもらうよ」
「……あれ? カナメちゃん、出るときと銃が変わってない?」
「ええ。直前に備品と交換させてもらいました」
ホシノの指摘通り、今私が携行しているのは普段と異なるアサルトライフル。
初日にヘルメット団から鹵獲して、アビドスの備品となっていたものを借りた形だ。
「変装を完璧にするには、あの銃だと都合が悪いんですよ」
「別に誰もそこまで見ていないと思うけど」
「普通の場所なら、ね」
ここはブラックマーケット。裏の世界御用達の武器商人や
そんな者達から見れば、旧式とはいえSRT制式仕様の武器は一目で見抜かれてしまう。そして流通が限られる代物である以上、その出所も程なく突き止められる事だろう。
そのリスクがあるが故に、ブラックマーケットでの潜入任務で別の銃を使う事は、SRT時代から往々にしてよくあった。むしろ今回は
「それで、どこから回るの?」
「旧式の装甲車両を扱う店を幾つか知っています。まずはそこから―――」
記憶の中から昔の情報を引き出しながら足を進めていた、その時。
「待て!!」
「う、うわああ!まずっ、まずいですー!!つ、ついてこないでくださいー!!」
「そうはいくか!」
銃声と共に、悲鳴と罵声が飛び込んできた。
見ればそこにいたのは脇目を振らずに逃げる生徒と、それを追いかける数名のチンピラ。
追われている方の制服は、意匠からしてトリニティのもの。この場にはあまりにもそぐわないものだ。
『あれ? あの制服って……』
「そ、そこどいてくださいー!!」
アヤネがそれに気づいたのも束の間、進路上のこちらへ向けて突っ込んでくるトリニティ生。
咄嗟にその身体を受け止め、そのまま身体を半回転して勢いを相殺。どうにかどちらも転倒しないまま、彼女を背中に庇う形へ持っていくことができた。
「わわっ! ご、ごめんなさい!」
「怪我はありませんか?」
「は、はい! 大丈夫です!」
「なら平気……な訳ないか。追われてるみたいだし」
前方に視線を移し、ぽつりとつぶやくシロコ。
その言葉の通り、追手のチンピラ達は私達の前で立ち止まる。
「どけ! アタシたちはそこのトリニティの生徒に用があるんだ!」
「あ、あうう……わ、私の方は特に用はないのですけど……」
『トリニティ……あっ、思い出しました! その制服、トリニティ総合学園です! キヴォトス随一のマンモス校の!』
「そう、そしてキヴォトスで一番金を持っている学校でもある! だから拉致って身代金をたんまり頂こうってわけさ!」
「拉致って交渉! なかなかの財テクだろう?」
……ここまで短絡的な連中って、まだ生き残っていたのか。それとも最近の治安悪化でまた湧き出てきたのだろうか。
もし本当に有効な作戦なら、なぜ悪党の常套手段と化していないのか。冷静に考えれば、その理由も思い当たりそうなものだが。
まあ敵として相対するなら、そこまで頭が回らない事はかえって幸いだ。
「どうだ、おまえらも興味があるなら計画に乗るか? 身代金の分け前は……」
自信満々にこちらへ呼びかけてくるチンピラ達。
それを尻目に、背後のホシノとシロコへ視線を送る。こちらの意図が伝わったかは分からないが、少なくとも頷きは帰ってきた。
それを確認すると、私は一歩チンピラ達へ歩み寄る。
「―――いいですね、それ! ぜひ参加させてください!」
「え、えええっ!?」
「ちょ……何言ってるのよ!?」
背中に突き刺さるトリニティ生の悲鳴と、セリカの怒鳴り声。
それを意に介する事無く、私は笑顔を作って言葉を続ける。
「こう見えて私、トリニティにはちょっと詳しいんですよ」
「おっ、そうなのか? はは、これはちょうどいいや!」
「私の見立てでは、こいつはかなりの上玉ですね。何しろ……おっと」
そこで言葉を切り、わざとらしく口を塞ぐ。
するとチンピラの一人が、興味深そうに首を伸ばしてきた。
「なんだよ、もったいぶるなって!」
「いえ、大声じゃ言えないことなんですよ……ちょっと耳をお借りしても?」
「マジかよ、そんなにやばい情報なのか!?」
こちらの促すまま、彼女は顔をこちらに近づけてくる。
そんな彼女ににっこりと微笑むと―――私は右手で、その首元をつかみ上げた。
「―――え?」
そのまま左手で相手の腕をつかみ、素早く体の重心を横に移動させる。
油断していた以上、受け身など取れるはずもない。呆然と目を見開いた表情のまま、勢いよく地面に叩きつけられるチンピラ。
「え、な―――?」
「お、お前、何を―――」
そのまま動かなくなった仲間を前に、残りのチンピラは反射的に後ずさる。
だがそこに叩き込まれる銃撃。片やショットガン、片やアサルトライフルを至近距離から叩き込まれた彼女達は、何が起きたか理解する間もなく地面に倒れ伏した。
「これでよし、と」
「うへ~、カナメちゃん演技上手だねえ。こいつらすっかり騙されてたじゃん」
「おかげでこっちも気取られずに接近できた」
「意図が伝わっていたようで何よりです」
だがここでのんびりもしていられない。もし仲間がいるなら、騒ぎを聞きつけて駆けつけてくる可能性もある。
騒ぎを起こしたら即撤収。それがブラックマーケットでの基本戦術だ。
「皆さん、こちらへ!」
「分かった。皆、行こう!」
「えっと……つまりさっきのは演技だったってこと?」
「そういうことみたいですね!」
「あ……えっ?えっ?」
未だに事情が理解できていない者が若干二名いるものの、今は説明している暇はない。
目についた路地に向けて、私は先陣を切って走り出した。
「あ、ありがとうございました。みなさんがいなかったらどうなってた事か……」
追手が撒けるまで走り、ようやく立ち止まった路地の隅。
そこで息を整えた生徒―――ヒフミは、私達を見回しながらお礼の言葉を口にした。
「ひとまず、何事もなくて何よりです」
「はい。それにこっそり抜け出してきたので、何か問題を起こしたら……あうう……想像しただけでも……」
「えっとー、ヒフミちゃんだっけ? トリニティのお嬢様が、なんでこんな危ない場所に来たの?」
ホシノの疑問はもっともだ。ここはトリニティスクエアでの買い物と同じ感覚で訪れるような所ではない。
それに彼女の言葉と時間からして、どうやら授業を抜け出してまで来ている様子。一体何がそこまで彼女を駆り立てているのだろうか。
疑問に思いながら状況を見守っていると、ヒフミはおずおずと口を開く。
「あ、あはは……実は、探し物がありまして……」
「探し物?」
「もう販売が終了しているものなのですが、ブラックマーケットでは密かに取引されているらしくて。それで探しに来たんです」
「密かに取引……もしかして戦車?」
「もしくは違法な火器?」
「化学武器とかですか?」
「えっ!? いえ、そんな物騒なものじゃありません!」
慌てて否定しながら、スマホの画面を向けるヒフミ。
「えっとですね、ペロロ様の限定グッズなんです」
「ペロロ様の……限定グッズ?」
「はい!ペロロ様とアイス屋さんがコラボした限定のぬいぐるみで、限定生産で100体しか作られていないグッズなんですよ。ね?可愛いでしょう?」
そう言って差し出されたのは―――アイスを口に突っ込まれて事切れたとしか表現できない、白い鳥のマスコット。
素のペロロ様は見方次第で可愛げを見出す事もできるが……うん、ちょっとこれは難しいな。
「……これはまた、愛嬌のあるペロロ様ですね」
「ですよね! もしかしてあなたもモモフレンズを知っているんですか?」
「はい。どちらかと言えばウェーブキャット派ですが」
「カナメさんはウェーブキャットさんが好きなんですね! 私はミスター・ニコライが好きなんです」
「分かります! ニコライさんも哲学的なところがカッコ良くて」
ファンだったのか話に食いつくノノミに、同好の士を見つけて嬉しそうなヒフミ。
私も知っている事は知っているものの、あくまで親戚に付き合わされて知識を得た程度。とても彼女達のモモフレンズ談議には付いていけそうにない。
「……」
「……いやぁー何の話だか、おじさんにはさっぱりだなー」
「ホシノ先輩はこういうファンシー系にまったく興味ないでしょ」
「ふむ、最近の若いやつにはついていけん」
それは他の面々も同じようだ。
シロコは呆れた目で二人を眺め、ホシノはセリカを相手におじさんムーブを決めている。
「というわけでグッズを買いに来たのですが、先ほどの人たちに絡まれて……みなさんがいなかったら今頃どうなっていたことやら」
「……随分とペロロ様がお好きなんですね」
グッズのために単身ブラックマーケットに飛び込むのは、もはやただのファンという域を超えているだろう。
熱心というか、向こう見ずというか……最近のトリニティにはこんな生徒もいるんだな。
「ところで、アビドスのみなさんは、なぜこちらへ?」
そんなことを考えていると、今度はヒフミの方が問いかけてくる。
「私たちも似たようなもんだよ。探し物があるんだー」
「そう。今は生産されていなくて手に入れにくい物なんだけど、ここにあるって話を聞いて」
「そうなんですか。似たような感じなんですね」
ホシノとシロコの言葉に頷くヒフミ。
そんな彼女を見ていると、ふと一つの案が脳裏に閃く。もしかすると彼女の方が、最近のブラックマーケットには詳しいかもしれない。
「時にヒフミさん」
「は、はい。何でしょう?」
「正直に答えて頂きたいのですが……この数か月で何度、ブラックマーケットに足を運びましたか?」
「え、えぇ!? 何でそんなことを!?」
「実のところ最近の事情については、私もあまり詳しくないのです。なのでもしご存じなら、知恵をお借りできないかと思いまして」
私の記憶にあるのは、半年前に潜入任務を行った時のブラックマーケット。
何かと流動性が高いこの地では、それだけの間隔が空けば様変わりしていてもおかしくない。なので最新の情報を持つ案内人がいるなら、それに越したことはない。
「どうかお願いします、ヒフミさん」
「えっと、その……内緒にしてくださいね?」
少し圧を強めながら頭を下げると、ヒフミは躊躇いながら片手を開いて突き出す。
見たままに受け取るのなら、それはすなわち指の数が来訪回数という訳で。
「……ホシノさん。この方、私よりもブラックマーケットに詳しいかもしれません」
「うへ、本当に? 人は見た目によらないねえ~」
こちらの報告を受けて驚いたかと思えば、すぐに目を閉じて考え込みだすホシノ。
そして数秒後、その目を開けた彼女は……とても悪い笑みを浮かべていた。
「よし、決めた。助けてあげたお礼ってことで、私たちの探し物を手伝ってもらおっか!」
「わあ、いいアイデアですね!」
「なるほど、誘拐だね」
「は、はいっ!?」
突然の決定に目を白黒させるヒフミ。突然誘拐などと言い出されたら、そうなるのも当然だ。
まったく、どうしてこうも物騒な単語ばかり飛び出すのだろうか。
「誘拐じゃなくて、案内をお願いしたいだけでしょ? もちろん、ヒフミさんが良ければ、だけど。
「……分かりました。アビドスのみなさんにはお世話になりましたし、喜んで引き受けます」
幸いセリカのフォローのおかげで、彼女も協力を決意してくれたらしい。
現地協力者の確保は作戦遂行の基本。思わぬ形だったが、おかげでうまい具合に運べそうだ。
「では、早速ですが……この名前に見覚えはありますか?」
油断は禁物。とはいえ若干の楽観を覚えながら、私は事前に用意していたメモをヒフミに差し出すのだった。
「あ、ここはもうありませんね。後、こっちのお店も」
「……なるほど」
前言撤回。
あまりいい流れは来ていないかもしれない。
「ありませんねぇ……」
「そうですね。まさかここまで当たりがないとは」
それから数時間後。調査は極めて難航していた。
こちらがピックアップしていた候補はことごとく収穫無し。追加でヒフミの心当たりも当たってみたのだが、それでもめぼしい情報は得られていない。
ここまで捗らない調査も久しぶりだ。1年前にカイザー秘密工場の捜索を行っていた時以来ではないだろうか。
「買ってきましたよー! さあ、みんなで食べましょう!」
「いやぁ、ちょうど甘いモノが欲しかったところだったんだー」
あまりの不調を嘆いていると、そこにノノミが戻ってきた。その手にはたい焼きが入った紙袋が抱えられている。
皆が疲れてきたタイミングでたい焼き屋の屋台を見つけたので、小休止を兼ねて間食とすることになったのだ。
「うん、おいしい!」
「あはは……ありがとうございます」
「……ほら、先生も」
「いただきます」
早速袋からたい焼きを受け取り、食べ始める面々。
それを離れた位置から傍観していると、こちらにノノミが歩み寄ってくる。
「はい、カナメさんもどうぞ」
「いえ、私は……」
「今はKSSの護衛じゃなくて、私達と同じアビドスの生徒。ですよね?」
「……」
確かに今はヒフミの目もある。KSSの存在を完全に秘匿するためにも、合わせる方が賢明かもしれない。
にっこり微笑むノノミからたい焼きを受け取り、一口かじる。小豆餡の優しい甘みが口内に広がる。
……後で護衛のローテーションを変更しておこう。12時間ほどは様子を見た方がよさそうだ。
「……妙ですね。ここまで情報がないなんてありえません」
やがて皆がたい焼きを食べ終えたころ、ふとヒフミが口を開いた。
「お探しの戦車や火砲の情報……絶対どこかにあるはずなのに、こんなに探しても出てこないなんて」
「そうですね。売買の記録どころか、保管記録すらないというのは異常です。それも複数店舗でというのが」
企業の在庫という線を除けば、廃番の兵器はブラックマーケットを介してしか流通しない。つまり誰かが買い、誰かに売るというプロセスが必然的に生じることになる。
そして戦車や火砲の売買となれば、キヴォトスでも相応の金額が動く。その記録を一切つけていないというのは、裏社会がどうという以前に商売人として失格だ。
まして保管記録さえないのは明らかにおかしい。まさか無から生えてきたとでもいうのか。
「明らかに何者かが情報の統制を図っています。そうじゃないと説明がつかない」
「ですがいくらここを牛耳っている企業でも、ここまで徹底してブラックマーケットを統制することは不可能なはずですよ?」
「いえ、要所さえ抑えてしまえば可能ではあります。もっとも、相当な資本が必要になるでしょうが」
ふと王冠を被ったタコの社章が頭の中に浮かぶ。
……あそこなら可能な財力も有している。それにやるかやらないかで言えば、必要さえあれば間違いなくやるという負の信頼もある。
しかしそれはあくまで推測。明確な根拠がないうちは、決めつけるのは早計だ。
『―――カナメ会長、応答願います』
と、その時。左耳に装着していたインカムから声が届く。ι小隊の小隊長からだ。
咄嗟にポケットの中のスマホを操作し、ダミーの着信を生じさせる。
「すみません、少し席を外します」
「あ、分かりました」
そのまま電話に出る振りをしながら、ヒフミからの距離を確保。
十分離れた所で、スマホとインカムをブルートゥース機能を同期。これで傍からはただスマホで通話しているようにしか見えない。
「どうした?」
小声で呼びかけてみると、向こう側から返ってきたのは少し息の上がった声。
『例の発信機に顕著な動きがありました。なので伝えておこうと思いまして』
「ああ、その件か。別に事後報告でもいいんだぞ?」
確かに発信機を仕掛けはしたが、それはあくまで機会があったからというだけ。別に急ぎで報告するようなものでもない。
ι小隊に監視を命じたのも、発信機による追跡の訓練のため。だから例え何か動きがあったとしても、私の帰投後に報告すればいいと指示していたはずだ。
『いえ、これは今すぐ共有する必要があります。少なくとも私はそう判断しました』
「……分かった。何があったんだ」
どこか焦っている声色に、一歩も譲らない姿勢。これはきっと何かある。
そう判断した私は気を引き締め、小隊長の発言を促す。
すると彼女は少し息を吸い込むと、幾らか冷静さを取り戻した声で報告した。
『当該反応は現在ブラックマーケットを進行中―――進路ははそちらと交錯するものと推測されます』