KSS警備学園奮闘記~うちの学校が廃校になりそうなので、先に独立することにしました~ 作:卵パサパサ感
『封鎖地点の突破を確認。この先は安全です』
「ふぃー……よかった、これで大成功ね!」
アヤネの報告に、セリカが覆面を脱ぎ捨てながら満面の笑みを浮かべる。
逃走開始からおよそ数分。狭い路地を駆け抜けた私達は、どうにか予想される警戒網の外へと逃げおおせることに成功していた。
もちろんまだ油断はできない。だが少しばかり肩の力を抜いても許されるだろう。
“みんなお疲れ様。無事でよかった“
「先生もありがとねー。おかげで随分助かったよ~」
「カナメさんもお疲れ様でした。カワセミ作戦、大成功でしたね!」
「ええ、どうにかうまくいってくれました」
「あはは……本当に成功しちゃって良かったんでしょうか……」
水中に飛び込んで魚を獲るカワセミの如く、短時間で目標をかっさらって離脱する。
そんな単純ながら難解な作戦は、想定以上の成功を収めることができた。これも対策委員会の面々の、高い練度のおかげだ。
だがカワセミはしばしば、捕らえた獲物を取り落とす事もあるという。私達の場合は大丈夫だろうか。
「ブルー……シロコさん、集金記録の書類はちゃんとありますか?」
「大丈夫だよ、
覆面を被ったまま、どこか自信たっぷりに鞄から書類を取り出すシロコ。
……ちょっと待て。今何か変な呼び名が聞こえたような。
「……シロコさん、その「師匠」というのは?」
「あなたは間違いなく、私以上の銀行強盗。だからこれからは師匠と呼ばせてもらう」
「うへ~、シロコちゃんが弟子に取られちゃったかあ。でも、アビドスから連れて行っちゃ駄目だからね?」
「いえ、別に弟子に取った覚えもないのですが……」
別に慕われるのは構わない。自分の技量が尊敬の対象となるのは、面映ゆくも嬉しいものだ。
ただその理由が銀行強盗の成果というのは……ちょっと素直に喜べそうもない。
「今の私では5分を切るのは到底無理。だから色々教えてほしい」
「……そうですね。また、折を見て」
曖昧な返事を返しながら、目を輝かせるシロコから視線を外した―――その時。
『……!!待ってください!何者かがそちらに接近しています!』
アヤネの緊迫した声が、インカム越しに耳朶を打った。
咄嗟にずり下ろしていた口元のバンダナを引き上げ、ライフルを構える。しかし周囲から敵意のようなものは、どこにも感じられない。
「まさか、追っ手のマーケットガード!?」
「いえ、これは……べ、便利屋のアルさん!?」
「方角は?」
「そちらから見て6時の方向です!」
指示された方角へ振り向くと、確かにそこにはそれらしい人影が一つ。
桃色の髪に、側頭部から生えた一対の角。確かに記憶にある陸八魔アルだ。
やがて覆面を被りなおした対策委員会が警戒を向ける中、アルは息を切らしながら立ち止まった。
「はあ、ふう……ま、待って!! わ、私は敵じゃないわ!」
「何であいつが……撃退する?」
「どうかなぁ。戦う気もなさそうだしねぇ」
「お知り合いですか……?」
「まあねー、そこそこー」
予期せぬ客の来訪に、小声で対策を話し合う対策委員会。
そんな様子を気にする事もなく、アルは興奮した様子で言葉を続けていく。
「そ、その……銀行の襲撃、見せてもらったわ。ブラックマーケットの銀行をものの3分もかからず攻略して、しかもそのお金をばらまきながら撤収していくなんて……あなた達、とんでもないアウトローね!」
「はあ、それはどうも……」
「正直、すごく衝撃的だったというか、このご時世にあんな大胆なことができるなんて……感動的というか」
……なるほど。要はあの銀行強盗で、私達のファンになってしまったという事だろうか。
確かに彼女はアウトローを目指す変わった……いや、稀有な目標の持ち主。そんな彼女が目の前で銀行強盗など見てしまえば、憧れてしまうのは理屈としては分からなくもない。
現に彼女の瞳は先程からきらきらと輝いている。ちょうど先程私を「師匠」と呼んでいたシロコのように。
「わ、私も頑張るわ! 法律や規律に縛られない、本当の意味での自由な魂! そんなアウトローになりたいから!」
「そ、そういうことだから……な、名前を教えて!! 正式な名称じゃなくてもいいから……私が今日の雄姿を心に深く刻んでおけるように!!」
どこか熱に浮かされたような様子で、次々とまくし立てるアル。
別に名前なんてないし、何なら必要もないと思うのだが……多分何かしらを名乗らない限り、今の彼女は引き下がらないだろう。
一体どうしたものか。そう頭を悩ませていると、グリーンの覆面を被ったノノミが歩み出る。
「……知らずば聞かせてあげましょう。私たちは人呼んで……覆面水着団!」
「覆面水着団!? な、なんてクールなの!! カッコ良すぎるわ!!」
……それでいいのか、二人とも?
というかそれ、前の定例会議で出ていたスクールアイドルのユニット名を流用しただけじゃないか。実は採用されなかったことを、密かに根に持っていたんだろうか。
そして表情を見るに、アルも本心からカッコいいと思っている様子。単にイメージに引っ張られているのか、あるいは意外とセンスが独特なのかもしれない。
「本来スクール水着に覆面が正装なんだけどね、ちょっと緊急だったもんで、今日は覆面とマントだけなんだー」
「そうなんです! 普段はアイドルとして活動してて、夜になると悪人を倒す正義の怪盗に変身するんです! そして私はクリスティーナだお♧」
「きゃ、キャラも立ってる!?」
「目には目を、歯には歯を。無慈悲に、孤高に、我が道の如く魔境を行く。これが私達のモットーだよ!!」
「な、なんですってぇ!!」
そして調子に乗り始めたのか、明らかにでまかせの設定を並べていくホシノとノノミ。それを全て鵜呑みにしてボルテージを上げていくアル。
……まあ、情報攪乱になっているのは間違いない。とはいえ、あまり長々とやっていたくもないものだが。
適当な所で退却を切り出そう。そんなことを考えていると。
「そしてこっちは師匠。どんな銀行の防備も、師匠の前にはないも同然」
「シ……ブルー!?」
なんとシロコが思わぬ方向から突き刺してきた。
あれか、自分の師匠を自慢したかったのか。だとしても唐突すぎるだろう。
「師匠!? 一人だけ覆面じゃないと思ったら……覆面を被る必要もない程の実力者だったという訳ね!」
そしてこんな情報を前にしては、アルが食いつかないはずがない。
途端に向けられる、憧憬の感情が篭った視線。これをどうにかしない事には、退却することは難しそうだ。
いかにも師匠の名に恥じない、実力者らしい挙動。咄嗟に脳裏でそれを練り上げた私は、まじまじと彼女の顔を見つめる。
「……な、何かしら?」
そして彼女が疑問を覚えてきたところで、くるりと背を向けて一言。
「―――励めよ」
長々と語らず、短い言葉で全てを伝える。
昔読んだ漫画の記憶が確かなら、実力者は大体こんな振る舞いをしていたはず。だから今回はこれで十分だろう。
それにこの動きを選んだおかげで、どうにか退却の糸口を見出すこともできた。
「帰るぞ、皆」
そのまま振り返ることなく、前方に広がる道を歩き出す。
私が師匠格だというなら、この場の音頭を取るのは何もおかしくない。
「それじゃあこの辺で。アディオス~☆」
「行こう! 夕日に向かって!」
「夕日、まだですけど……」
そして対策委員会の面々も、適当な口上と共にこの場を立ち去るのだった。
「……」
覆面水着団が立ち去った後、アルはその場から動けずにいた。
心の内からあふれ出る感動と衝動が、彼女から行動する余地を奪い去っていた。
それも無理はないだろう。目の前で心を昂らせる出来事が、こうも立て続けに起こってしまったのだから。
自分が諦めた闇銀行での銀行強盗を、こともなげに成し遂げてしまった集団。
その勇姿に惹かれて後を追った事で、幸運にも彼女達と出くわすことが出来た。そして彼女達が、自分の想像を超える存在である事を知った。
覆面水着団という最高にクールな名前。昼はアイドルで夜は正義の怪盗という二面性。そして座右の銘にしたいほどに格好いいモットー。
だが一番衝撃が大きかったのは、やはりあの「師匠」との邂逅だろう。
髪の間から垣間見えた、琥珀色の輝きを湛えた瞳。それに見つめられた時、アルはとてつもない圧を感じた。精神に直接揺さぶりをかける、とてつもない圧を。
(あの人、確かに周りの団員とは格が違ったわ。きっととんでもない修羅場を乗り越えてきた、稀代のアウトローよ)
実際は「師匠」という言葉の先入観と、アルの思い込みがそう感じさせていただけだ。しかし彼女がそんな事を知る由はない。
『―――励めよ』
短い、でも確かにアルを肯定する言葉。それは現状も相まって、彼女の心を強く揺さぶっていた。
社運を懸けた依頼に失敗し、依頼元からは「演習」呼ばわりされ、闇銀行からは足元を見られ融資を断られる。そんな苦境の連続は、徐々にアルから夢を信じる力を奪いつつあった。
だが、そんなアルを「師匠」を否定する事無く、励むように伝えたのだ。何もかもうまくいっていない、アウトローから程遠い現状のアルを。
(あれだけのアウトローが認めてくれたのなら……きっと私の夢は、生き方は間違っていないんだわ)
実態とは全く異なる、100%アルの曲解でしかない理解。だがそれは今の彼女の心を奮い立たせる、何よりの起爆剤になっていた。
人は起きた事の影響を受ける訳ではない。起きた事への理解に影響を受けるものなのだ。
「よし! 我が道の如く魔境を……その言葉、魂に刻むわ! 私も頑張る!」
拳を握り、強く天に向けて宣言する。
何事にも恐れず、何事にも縛られない、ハードボイルドなアウトロー。そんな自分の理想に向けて、再び歩き出すために。
「事実を伝えるべきなんだろうけど……いつ伝えるべきだと思う?」
「もう少し放置でいいんじゃない? アルちゃんも元気出たみたいだし、何より面白いからさ」
そんなアルの奮起を、ムツキとカヨコは背後から生暖かい目で見守っていた。
実のところ、彼女達は既に覆面水着団の正体を見抜いていた。マントの隙間から見える制服や、口調などである程度は目星がついていたのだ。
まず十中八九、彼女達はアビドス生に違いない。その場合全校生徒が5人だけなのに、あの場に6人目がいたことは引っかかるが。
だが二人とも、今すぐにアルへそれを明かすつもりはなかった。
せっかく社長が感じ入っているところに水を差すほど、彼女達も無粋ではない。もっとも流石に、事務所に帰った辺りで明かそうかとは考えていたが。
「た、ただいま戻りましたぁ……」
と、そこに背後から声が飛んでくる。
見ればそこに立っていたのは、便利屋68の平社員。伊草ハルカだ。
「お帰り。どこに行ってたの……って!」
「ちょ、ちょっと何やってたのさ? そんなにボロボロになって!」
その姿を見た二人は、途端に目を丸くする。
服はあちこちが破れ、そこから露出した腕や顔には、少なくない数の痣や出血の痕。
それは一目見ただけでも、誰か大多数の相手に袋叩きに遭った事を理解させるものだった。
「え、えへへ……アル様のために、精一杯頑張りました」
だがそれよりも目を引いたのは、その手に握られた鞄。
はちきれんばかりに膨れ上がった鞄の端からは、幾らかの紙幣がはみ出ている。
そう、それは覆面水着団がばらまいた数多の紙幣。ハルカは熾烈な争奪戦を制し、その大半を手に入れることに成功していたのだ。
驚愕を隠せない二人に、ハルカはいつも通りの控えめな笑みを見せる。
「……これでもう、食事を抜かなくてもいいですね」