KSS警備学園奮闘記~うちの学校が廃校になりそうなので、先に独立することにしました~ 作:卵パサパサ感
ぱちりぱちりと、ドラム缶から火花が夜空へ舞い上がる。
その頃合いを見計らって、私は手にした布を放り込んだ。
何の防火処置も施されていない、安物の灰色の布きれ。それは瞬く間に炎に呑まれ、焼かれていく。
可燃物が加わったことで増す火勢。上がる炎で温まるように、翼を目一杯広げる。
やはり羽抜き穴のある、いつも通りの制服はいい。いくら慣れているとはいえ、身体の一部を縛り続けているとどうも調子が狂う。
微かに残る痺れを振り落とすように、ぱたぱたと翼を振る。煽られた炎が、ゆらりゆらりと形を変える。
「うへ~、精が出るね~」
背後から声がかけられたのは、そんな時だった。
別に恥じるような事はしていない。それでも気恥ずかしくなって、慌てて翼をたたんでしまう。
そして振り向こうとすると、ホシノの笑い声がそれを制した。
「いーよいーよ、そのままで。火事になったら大変だし」
「また
「まあ、そんなとこ。今日は派手に動いたし、ぐっすり眠れると思ったんだけどねー」
そうは言うものの、きっと初めから早寝するつもりはなかったのだろう。
昼間に銀行強盗を働いて、夜には自治区内の見回り。それでよく体力が持つものだ。
「そっちは何やってんのさ、こんな時間に?」
「証拠隠滅ですよ。こういう事は早めにやっておくに限ります」
また一つ、マントだった布を火に投じる。緩んでいた火が再び勢いを増す。
本当は覆面も処分しておきたかったのだが、対策委員会の満場一致で拒否されてしまった。
『ダメ、それはダメ。例え師匠の命令でも、これだけは譲れない』
……特にシロコの反対は凄まじかった。ああも半泣きで抗議されては、こちらも流石に折れざるを得ない。
まあ、あれは彼女が自作した代物。それだけに思い入れも半端なものではないということだろう。
ひとまず各員で厳重に管理する形に落ち着いたが、果たしてこれで良かったものか。
「うーん……分かっちゃいたけど、容赦ないなぁ。一着ぐらい置いておけばいいのに」
「元々これは使い捨てが前提です。そう何度も使えるものではありませんよ」
「いや、記念としてさ?」
「
ドラム缶の下部に設けた通気口に、翼で風を送り込む。
取り込まれた空気で火勢が安定したのを確かめると、私は再び口を開いた。
「それに、こいつは十分仕事を果たしてくれました。隠すべきものを隠すという、一番大事な仕事を」
「うん、そうだねー。おかげで制服も特定されずに済んだよー」
「だからこれは労いです。仕事を全うしてくれた、こいつらに対してのね」
「うーん……おじさんにはよく分からないかなぁ」
処分するだけなら、切り刻んでゴミに混ぜてしまえばいい。そちらの方が遥かに早く済む。
ただそれでは露見のリスクも上がるし、何よりあまりに素っ気なさすぎる。だからこうして、一つのマントとしてそのまま焼却している。
何が違うと問われれば、説明は難しい。しかし、確かに何かが違う気はする。
「そういえばさ、アヤネちゃんの制服ってどうしたの?」
「先程コインランドリーにかけてきました。明日返却するつもりです」
「どうせなら一着買っとかない? お安くしておくよー?」
「……そう言って、しれっと既成事実を作ろうとしてませんか?」
「ちぇっ、バレちゃったか。結構似合ってたから、いけると思ったんだけどなー」
シロコといいホシノといい、どうしてこうも人をアビドス生にしたがるのだろうか。
確かに悪い気はしないが、こちらにはそうできないだけの事情があるというのに。
「何も背負ってなければ、それもありだったかもしれませんけどね」
「お、意外と前向きじゃーん」
「少なくともトリニティよりは性に合いそうです」
「……カナメちゃん、結構トリニティに詳しいよねぇ。実は何か因縁があったりする?」
「まあ、色々と。聞かないでもらえると助かります」
最後の一枚となったマントが、炎の中に消える。
心なしか、これまでで一番多く火の粉が舞い上がる。
「それで、本題はなんです?」
「……うへ、やっぱりばれてたかぁ」
「ばれますよ。こうも露骨なら」
先程からホシノは一歩も動いていない。
こちらの隣に並ぶことも、距離を詰めることも、かといって立ち去ることもしていない。
それでいて次々と話題を繰り出して、話だけは続けようとしている。何か切り出そうとしながらも、それを引き延ばしている時の典型的な所作だ。
「話しにくい事なら、場所を変えましょうか?」
「ううん、いいよ。むしろこっちの方がありがたいかな」
そこで言葉は切れ、微かに息を吸う音が聞こえる。
それが数度繰り返された後、ホシノは再び言葉を口にした。
「……今日の話、どう思った? 特にアビドス生徒会のこと」
「それはまた、どうして?」
「いやー……セリカちゃんにはああ言ってたけど、もしかしたら本音は違う事を思ってたんじゃないかと思ってさぁ」
確かに私はあの場で、当時のアビドス生徒会を擁護する発言をした。
しかしそれはどちらかといえば、激昂するセリカを宥めるためのもの。だからあれが本音だと言えば嘘になる。
彼女はあれだけの言葉で、そこまで見抜いていたというのか。
「外の人の意見を聞ける機会なんて、そうそうないからね~。だからいいタイミングで会えた事だし、ここで一つ聞いてみようと思って」
……しかし彼女は、何を求めているのだろう。
「情けない」という叱責か、あるいは「仕方ない」という擁護なのか。あるいはもっと別の何かなのか。
ホシノがアビドス生徒会に対してどのような感情を有しているのか、今の私に推し量る事はできない。まだそこまで、彼女の事を知ることはできていない。
だから、下手に取り繕うのはやめよう。今は考えたままをぶちまけるだけだ。
「少しばかり、厳しくなりますよ」
「いいよ、教えて」
「結果だけ見るなら、アビドスの衰退を食い止める事が出来なかった組織です。それ以上でも、それ以下でもない」
幾度もの借金を重ね、土地さえ差し出してなお、衰退の元凶たる砂嵐を食い止める事はできなかった。
その結果、現在の砂漠と借金だけが残るアビドスを後世に残す事となった。
一切の感情を排して事実だけ述べるなら、アビドス生徒会とはそのような組織になる。
「……うへ~、ホントに手厳しいねえ。やっぱり、そんな感じに―――」
「……ですが同時にこうも思っています。結果と過程を混同して語るべきではないと」
「―――!」
結果が全て、終わり良ければ全て良し。そんな言葉はあまり好きではない。
例えどれだけ華々しい成果が挙がったとしても、その下で生じた犠牲が容認されてはならない。逆に取るに足らない敗北であったとしても、その中で勇戦した兵士がいたことは忘れられてはいけない。
結果は結果、過程は過程。突き詰めれば同じものかもしれないが、別の視点から評価されるべきものだ。
「その理屈で言えば―――彼女達は決して怠惰ではなかった。そして諦めも悪かった」
もし怠惰なら、借金などすることはなかった。諦めが良ければ、早々にこの地を捨てていた。
しかしそうはならなかった。少なくとも、そうしなかった人達がいた。だからこそ、今のアビドスがある。
「彼女達は選択を間違えたのかもしれないし、有意義な策を出せなかったかもしれない」
「……」
「ですが少なくとも、どんな逆境でも「アビドスを何とかしたい」という意思だけは捨てなかった」
「…………」
ホシノは何も言わない。何も応えない。
ただ、少しだけ早くなった呼吸音だけが耳を打つ。
「それに、歴代の生徒会が一つだけ残せたものがあります」
「……それは、何?」
「今のアビドスです。例え規模は小さくなろうと、「アビドス高等学校」を今日に至るまで繋げてきた」
それに何の意味がある、と嘲笑う者もいるだろう。
しかし私はそうは思わない。その事実にこそ意味があると断言できるから。
「だからこそ今日、カイザーの陰謀に気づくことができた。そしてこれから、抗う事ができる」
もし歴代の生徒会がアビドスを保ってこなければ、アビドスは既に歴史上の存在になっていただろう。
そうなればこの地は既にカイザーのものになっていた。反駁できる者も存在しなかった。
しかしそうなってはいない。アビドスはまだ残っている。カイザーの陰謀に声を上げられる者は、僅かでも確かに存在している。
「人も組織も、何かを変えられるのは生きている者だけです。死んだ者には何も変えられない」
「……」
「だから今日までアビドスが存続してきたというだけでも、彼女達の奮闘に意味はあった。少なくとも私はそう思います」
気づけばドラム缶の火勢はだいぶ弱まっていた。
少し熱が入りすぎたかもしれない。そう反省しながら振り向こうとした、その時。
「振り向かないで」
「!」
いつもより鋭さを増したホシノの一言が、こちらの動きを押し留める。
反射的にホルスターへ手が伸びるが、銃口が向けられている様子はない。何よりホシノの気配は、先程から全く動かないままだ。
そして生じた静寂を打ち破ったのは、やはりホシノの方だった。
「……いやぁ、ごめんごめん。カナメちゃんがあまりに熱く語るものだから、おじさんもついつい感じ入っちゃったよ」
「はは、それはすいません」
「やっぱりアビドス生の才能あるんじゃない? 今ならおじさんが斡旋するよ~?」
「丁重にお断りします」
あくまでいつも通り、呑気な最上級生として振る舞うホシノ。
しかしその声は、僅かに震えていた。
「そんじゃ、そろそろ散歩に戻ろっかな」
「遅くなる前に切り上げてくださいよ」
「カナメちゃんもね~。明日、先生と調査に行くんでしょ~?」
足音が次第に遠ざかる。同時に背後の気配も薄くなっていく。
同時に私も立ち上がり、傍らの蓋を持ってドラム缶へと歩み寄る。
「……ありがとね」
蓋を閉じる直前、何か小さな声が聞こえた気がした。