KSS警備学園奮闘記~うちの学校が廃校になりそうなので、先に独立することにしました~   作:卵パサパサ感

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紫関ラーメンの危機(前編)

翌日。私と先生は予定通り、アビドス自治区の調査へと赴いていた。

 といっても、やることは自治区の住民に対する簡単な聞き込み。カイザーから何か要求を受けていないか、あるいは最近妙な嫌がらせが頻発していないか。そんな事を尋ねていくだけだ。

 そしてそれだけの事でも、事態がこちらの想像以上に悪いことが分かってきた。

 

「これは……まずいですね」

 

“……そうだね。まさかここまでの事になっていたなんて“

 

「退去勧告、それに……権利の移譲。はっきり言って、想定した中でも最悪の事態です」

 

 多くの住民が口にしたのは、少し前からカイザーからの退去通知を受けていたということ。

 いくら抵当にしているといっても、まだ差し押さえていない土地の住民を退去させる事はできない。グレーゾーンを攻める事に定評のあるカイザーといえど、ここまで露骨に真っ黒な事をするとも思えない。

 だからもう少し踏み込んで尋ねてみた結果、やっと確信を掴むことができたーーー既に数年前に、土地と建物の所有権はカイザーに渡っているという事実を。

 

“カナメはこの事を予想していたの?“

 

「可能性の一つとしては。できれば外れていてほしかったのですが」

 

 抵当として抑えるのではなく、土地と権利を直接的に買い取る。確かにコストはかかるが、手間と時間はこちらの方が抑えられる。

 だが個人的には、この可能性はあまり考えたくなかった。カイザーがここまで露骨な手段に出ることへの疑問があったのと……仮にもしそうなら、対策委員会の勝算は大きく失われてしまうからだ。

 しかし事実として知ってしまった以上、認めざるを得ない。アビドス高校と対策委員会は、想像以上の窮地に陥っている。

 

「まだ確かな事は言えませんが……既に自治区内の相当な土地が、カイザーのものになっているかもしれません」

 

 手持ちの地図に視線を落とす。その大半に手書きで記された赤いバツ印は、カイザーに権利がある事を示す証。

 砂漠と化した土地の売値など、たかがしれている。それでも借金返済のためにまとまった額を得ようとすれば、一気に大量の土地を売り払わなければならない。

 もしそれが何度も繰り返されていれば……もうアビドスに権利がある土地は、ほんの一握りしか残っていないかもしれない。

 

 全てはアヤネが調べていてくれる、地籍簿の調査結果待ちだ。

 だが今から最悪の事態を覚悟しておいた方がいいだろう。十中八九、そうなるだろうから。

 

「 “カナメ、次に行く所なんだけど“

 

 そんな思索に耽る思考は、先生の呼びかけによって現実に引き戻された。

 

「はい、どちらですか?」

 

“この辺りにしようと思うんだ。まだ行ってない所だからね“

 

 先生が指さしたのは、地図の少し端の方。

 まだ一度も行ってないために、何の印もついていない箇所だ。

 

「ここは……柴関ラーメンがあるところですね」

 

“そう。顔なじみだったら、話も聞きやすいでしょ?“

 

「確かにいいと思います。ですが今はやめておいた方が良いのでは?」

 

 腕時計が指す時間はちょうど昼前。飲食店が最も忙しくなる時間帯だ。

 そんなタイミングでは聞き取りもまともに行えないだろう。行くとしても別の時間帯を選んだほうが賢明だ。

 しかしこちらの懸念に反し、先生は首を横に振る。

 

“今じゃないと、セリカが来ちゃうから“

 

「……ああ、なるほど」

 

 何かと直情的な彼女の事だ。聞き込みの内容次第では、思わぬ形の暴走を起こす恐れもある。

 朝聞いた話では、今日の彼女のバイトは午後から。それを踏まえれば、出くわさないタイミングは今しかない。

 

“よし、決まり。じゃあ早速行こうか“

 

「分かりました。ですが、随分乗り気ですね?」

 

“こういう事は、少しでも早い方がいいからね“

 

 ただ聞き込みに向かうだけというのに、随分張り切った様子の先生。

 確かに言っている事は正しいが……それにしては少しテンションが高すぎる気もする。今までの聞き込みでは、こんな事はなかったはずだ。

 何か別の意図があるのだろうか。私は首を傾げながらも、インカムを通して指示を出す。

 

「これより柴関ラーメン前へ移動する。ι小隊は到着次第、周辺の索敵(クリアリング)を実施せよ」

 


 

「おう、いらっしゃい」

 

 柴関ラーメンの扉をくぐると、ホールから柴大将の威勢の良い声が飛んできた。

 

「悪い、今手が離せなくてな。まあ、適当なとこに座ってくれ」

 

「あ、いえ。私達は……」

 

「分かりました」

 

 私が訂正するよりも先に、カウンター席についてしまう先生。

 もしかして空腹だったのだろうか。そんな事を考えながら店内を一瞥すると、そこには既に先客の姿が。

 

「来たぁ!! いただきまーす!」

 

「ひ、ひとりにつき1杯……こんなに贅沢してもいいんですか?」

 

「アビドスさんとこのお友だちだろう。替え玉が欲しけりゃ言いな」

 

 見ればボックス席に座っているのは、見覚えのある4人組―――便利屋68。

 普通にラーメンを食べに来ているあたり、前回の一件のおかげで常連になったのだろう。しかし気になるのはそのテーブルの上。

 彼女達の前に並ぶのは、一人一杯ずつの柴関ラーメン。つい先日まで金欠で、一杯のラーメンを分け合う窮状だったにもかかわらずだ。

 

 それはすなわち、それだけの金銭的余裕ができたということ。つまり彼女達が再度アビドスを襲う余地が生まれたということでもある。

 背後にカイザーがいるなら、すぐに資金が補填できるのも納得できるが……あの連中、そんなに下請けに優しい性分だっただろうか。記憶が正しければ、使えないなら容赦なく切り捨てていたような気がするのだが。

 だがそれはさておき、想像以上に便利屋の回復が早いのは事実。これはもう一度アビドスの防衛体制を見直した方がいいかもしれない。

 

 無線の周波数を、校舎に残るζ小隊のものへ変更。

 そして通話ボタンに指をかけた、その時。

 

“ほら、カナメも座って“

 

 先生の呼びかけが、その動きを封じ込めた。

 

「いえ、私は護衛ですので」

 

“うん、知ってる。でも隣にいた方が、護衛はしやすいでしょ?“

 

「ですが客でもないのに、席を使う訳にはいきません」

 

“大丈夫。今日のカナメはちゃんとお客さんだから“

 

 今一つ要領を得ない先生の言葉。

 思わず再び首を傾げると、先生は軽く笑いながら言葉を続けていく。

 

“護衛は護衛対象と同じものは食べれない。前にそう言っていたよね“

 

「はい。ですから―――」

 

“だったら私がラーメンを食べなければ、カナメは食べられるって事でしょ?“

 

「……はい、理屈の上では」

 

 確かに先生がラーメンを食べないのなら、私が食べても何の問題もない。護衛の原則に従うなら、そういうことになる。

 そこまで考えた所で、脳裏に浮かぶ確信じみた推論。

 

「先生、まさか今日はこのために?」

 

 護衛として私を選んだこと。そして昼前時という聞き込みには適さないタイミングで、柴関ラーメンを対象に選んだこと。

 その節々に見えていた不自然な挙動を併せて考えれば、自ずとその狙いは見えてくる。

 何のことはない。先生は私に柴関ラーメンを食べさせようとしていたのだ。

 

“前に来た時に、食べたそうにしていたからね“

 

「気づかれていましたか……お恥ずかしい」

 

 まるでいたずらがバレた子供のようにはにかむ先生。

 ただこちらとしては、隠していた食欲を見抜かれていたのがどうにも気恥ずかしい。これでも元SRTの最上級生だというのに、護衛対象にこんな弱みを見せてしまうなんて。

 思わず熱くなった頬を隠すため、周囲を警戒するふりをしてそっと顔を逸らした。

 

“だから今日はカナメが好きに注文していいよ“

 

「……分かりました。では、お言葉に甘えて」

 

 多分こうなってしまったら、先生は簡単には引き下がらない。余計な問答で時間をとられるよりは、素直に従っておいた方が合理的だ。

 内心でそんな言い訳をしながら、先生に向けて一礼。そして忘れずに通信機のボタンを押し、通信をつなぐ。

 

「OWL1よりζ1、応答せよ」

 

『こちらζ1、何かありましたか?』

 

「昼食の後でいいから、アビドスの防衛設備をもう一度点検しておいてほしい。どうも近いうちに使う事になりそうだ」

 

『分かりました! 食べ終わり次第、すぐに取り掛かります!』

 

「慌てるなよ、ちゃんと噛むんだぞ」

 

 元気の良い声に苦笑いしながら通信を切り、周波数を元に戻す。

 そして軽く周囲を見回し、席に着いたーーー次の瞬間。

 

『こちらι2、緊急事態発生!』

 

 イヤホンから、耳をつんざかんばかりの叫び声が飛び込んできた。

 

「どうした!」

 

『柴関ラーメン周辺に多数の爆発物を確認! 種別C4、数量特定不能!』

 

「何だと……!?」

 

 さっと血の気が引く。

 多量の爆薬を用いた一斉起爆。建物を吹き飛ばす際の常道だ。

 もし報告が正しいなら、柴関ラーメンは跡形もなく吹き飛ぶことになるだろう。当然、中の人間も無事では済まない。

 

『地面に掘り返した跡があったので確認してみたら……とにかく、今すぐ避難を!』

 

「分かった! そちらもすぐ退避しろ!」

 

 通信が切れるのを待つ間もなく、やにわに立ち上がる。

 もうラーメンなど食べている場合ではない。今すぐここを離れなければ、先生の命が危うい。彼の脆さは私達生徒の比ではないんだぞ。

 

「私に必要なのは冷酷さと無慈悲さと非情さなの! 私が一人前の悪党になるには、こんな店は要らないのよっ!!」

 

「いや、それは考えすぎなんじゃ……」

 

 ボックス席から届く喧騒を聞き流しながら、私は慌てて先生へと向き直る。

 

「先生、緊急事態です。今すぐここを離れましょう」

 

“何かあったの?“

 

「説明は後です。さあ、早く!」

 

 事情が飲み込めていない様子で立ち上がった先生の背を押し、出口へと向けて誘導。

 しかし避難させるべきは先生だけではない。店主の柴大将もまた、生徒のような頑丈さを持たない一般市民だ。

 彼の姿を探して、私は店内に視線を巡らせる。

 

「それって……こんなお店はぶっ壊してしまおうってことですよね、アル様?」

 

 そんな時だった。

 不吉な言葉を口にしながら立ち上がる、伊草ハルカの姿が目にとまったのは。

 

「……へ?」

 

「良かった……ついにアル様のお力になれます」

 

 恍惚とした声色と共に取り出されたのは―――起爆スイッチ。

 

 それを認識した瞬間、自然と身体が動いていた。

 翼を大きく広げ、力強く羽ばたかせる。同時に足にも力を入れ、一気に大地を蹴りつける。

 店内が大変なことになるだろうな。そんな思考もよぎるが、躊躇っている暇はない。今ここで止められなければ、私がここにいる意味がない。

 

「起爆装置?なんでそれを……」

 

「ハルカ、ちょ、ちょっと待っ……」

 

 仲間の制止にすら耳を貸さず、スイッチを指にかけるハルカ。

 脚力と羽ばたきが生む加速により、急速に縮まる距離。だが駄目だ、僅かに距離が足りない。

 極度に狭まった視野の中、私は反射的に腕を伸ばす。

 

「待てっ!」

 

「え、えっ!?」

 

 それにより数十センチ伸びたリーチは、僅かに開いた間隙を埋め合わせた。

 掲げられた手首を力強く握る右手。その握力が生じさせる痛みは、ハルカの動きを一瞬だけ硬直させる。

 それだけの隙があれば、後は十分だ。

 

「―――ぅっ!?」

 

 手首を外側に捻り上げ、力が抜けた手の内から起爆スイッチを奪い取る。

 そしてスイッチを近くのテーブルへ置き、手を強く引いてハルカの体勢を半回転させる形で崩す。そのまま彼女の首に腕を回して背後から拘束すると、ホルスターから拳銃を引き抜いた。

 

「動くな!」

 

 リモコンのアンテナを撃ち抜きながら大声をぶつけると、目を丸くして硬直する便利屋の3人。

 その隙に首をよじり、店内の先生と柴大将に向けて叫ぶ。

 

「早く逃げてください! 店に爆弾が仕掛けられています!」

 

“分かった! さあ大将、早く!“

 

「お、おう! しかし一体誰が……」

 

 柴大将を伴って店を出る先生。

その後ろ姿を確かめると、ハルカを拘束したまま出口へと後ろ向きに歩き出す。

 ひとまずリモコンは無効化できたが、これが全てかは分からない。彼女、あるいは他の誰かが、もう一つ隠し持っている可能性もある。

 それを使わせないためにも、もうしばらくはこの状態を保たなければ。

 

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