KSS警備学園奮闘記~うちの学校が廃校になりそうなので、先に独立することにしました~ 作:卵パサパサ感
これからも皆様のご期待に沿えるよう、努力してまいります。
「―――これは恐縮です。まさか風紀委員会の次席権力者にお出ましいただけるとは」
『そこまで大したものではありません。あくまで風紀委員長を補佐する、秘書みたいなものですから』
「そう謙遜しないでください。お噂はかねがね聞いておりますよ」
天雨アコ。ゲヘナ学園の風紀委員会で、事実上のナンバー2を務めている生徒。
戦術指揮や情報解析で戦場を支える参謀役にして、政治機関としての風紀委員会の舵取りを担う辣腕の持ち主。その秀でた能力に関しては、SRTにいた頃から聞こえてくるものがあった。
大方部下が窮地に追い込まれたので、選手交代に現れた……といったところだろう。だとしたら中々厄介な相手になりそうだ。
『ですが少々意外でしたね。
「その事情については、先程現地の方にお伝えしたところです。必要ならもう一度説明しましょうか?」
『いえ、その必要はありません。こちらでも会話については聞かせていただけましたから』
口調こそ慇懃だが、立体映像に映る目は決して友好的なものではない。隙あらばこちらをねじ伏せようとする、敵対者の視線だ。
対するこちらも、その瞳をすっと見据える。表情は崩さないまま、目だけをそっと細めながら。
『埋設されたペンスリット爆弾の位置と量を特定するために、張本人である便利屋達を取り調べる必要がある。故に身柄を引き渡す訳にはいかない……それがそちらの言い分でしたね?』
「ええ、その通りです」
『ですが先程迫撃砲の着弾を受けても、爆弾が起爆する兆候は見られませんでした。これを
そう言って口角を僅かに上げるアコ。
確かに迫撃砲弾の直撃であれだけの衝撃が生じていれば、敏感なペンスリット爆薬は即座に爆発していただろう。
しかしそうならなかった以上、ペンスリット爆薬は存在しない。そう言いたいに違いない。
「いいえ、幸運で間違いありませんよ」
だが、その程度の反論は織り込み済みだ。
「確かに便利屋の証言には虚偽が含まれています。現にこちらが発見したのは、ただのC4爆弾でした」
『では、やはりペンスリットは存在しないのでは?』
「それは早計ですね。一度引いただけで、くじの中身を全て決めつけるようなものです」
つとめて冷静に、こちらの隙を晒さないように。
迅速かつ慎重に言葉を選びながら、私は反論を展開していく。
「まとまった量のペンスリットを入手しようとすれば、どうしても先立つものが必要です。どうも金運に恵まれないらしい便利屋には、到底難しいでしょう」
「うっ……た、確かにそうだけど……!」
「ですが適切な箇所に仕掛けるなら、そこまで量はいりません。それ以外の場所は、安く手に入るC4で補えばいい」
そもそも敏感なペンスリットを大量に揃えれば、保管にだって一苦労だ。
だから要所にだけ仕掛ける少量を確保する方が自然ではある。
無論、嘘なので自然も何もあったものではないのだが。
「本命の地点にペンスリットを、それ以外にはC4を。大体4:6の割合で仕掛ければ、区画一つを吹き飛ばすくらいは訳ないでしょう。今回砲撃されたのは、
『では、あくまでペンスリットはどこかに埋設されていると?』
「少なくとも「ない確証」は得ていません。だから便利屋を取り調べるのですよ」
そう。「あるかもしれない」というだけで、こちらは便利屋から何としても情報を引き出す
風紀委員会がこれを否定するには、アビドス自治区にペンスリットが埋まっていないことを証明する必要がある。
つまり半分ほど砂漠に埋もれた広大な土地で、延々と探し続けなくてはならないのだ。極めて敏感で、それでいて探知が難しい爆薬を。
『……なるほど。そちらの懸念は理解できました』
いかにゲヘナ生といえど、流石に悪魔の証明に挑むのは御免だったのだろう。アコは思いの外すんなりと引き下がる。
『ですが、何故そのような危険な場所に留まり続けているのですか? 護衛対象が脆弱なら、なおさら速やかに離脱するべきでしょう』
しかし諦めた訳ではない。間髪を入れずに次なる指摘を繰り出してきた。
だがこれも予想の範囲内。私は皮肉げな笑みを浮かべながら、間を置かずに口を開く。
「私達も聞かされた瞬間には、そうしようと考えていましたよ。もっとも、直後に砲撃などされたせいで、予定も大きく狂ってしまいましたが」
『つまり離脱できなかったのは、
「他の解釈ができるなら、ぜひ教えて頂きたいですね」
捕縛したアルの口からペンスリットの存在を知り、直ちに離脱しようとしたタイミングで迫撃砲から放たれた砲弾が着弾。身を守るための行動に移っている間に、包囲で逃げ道を塞がれた。
でっち上げの時系列だが、向こうに否定できる要素はない。全て風紀委員会側の行動に由来するものなのだから。
そしてこの時系列なら、ι小隊による迫撃砲分隊の制圧も説明できる。砲撃による危険を封じるには、射点を潰してしまうのが一番手っ取り早い。
「護衛対象の安全確保のため、そちらの迫撃砲分隊に攻撃を行いましたが……申し訳ない、
形ばかりの謝罪を行うと、私はさらに言葉を続ける。
攻められてばかりではいつボロが出てもおかしくない。ここは一つ、こちらからも仕掛けておくべきだ。
「ところで天雨行政官。今回の作戦は風紀委員会の標準的な作戦行動と捉えてよろしいのでしょうか?」
『と、いいますと?』
「自校の規則違反者を捕縛するためなら他校の自治区にも無断で侵入し、人的及び物的損害を伴う武力行使を実施する……これが風紀委員会の標準的な作戦行動として規定されているのかと、そう聞いているのです」
ゲヘナ自治区では大規模な損害を伴う捕物は日常茶飯事と聞く。しかしわざわざ規則違反者捕縛のため、ここまで大規模な兵力を用いた作戦を実施する事は珍しい。
だからこそ攻撃の手段になり得る。相手の非を追及し、こちらの疑惑から目を逸らさせるための方法に。
『……樋渡会長は、何か勘違いされていられるようですね』
しかし予想に反して、アコは平然と切り返す。
『確かにそこはアビドス自治区と隣接していますが、権利的にはカイザーが権利を有する土地です。そのためこの作戦は他校自治区内での武力行使にはあたりません』
「……なるほど」
……まさかここで知りたかった情報が出てくるとは。
確かに大方そうだろうとは思っていた。だけど何も今、このタイミングで分からなくてもいいだろうに。
だがまだ軌道修正だ。先程の私の質問の中に、アビドスという言葉は一つも含まれていない。
「天雨行政官、誤解しているのはあなたも同じだ」
頬に汗が伝う。
それでも努めて動揺を隠しながら、私は次の言葉を繰り出す。
「私が聞いているのはアビドスに限定した話ではありません。この行動が他校自治区内での標準的なものなのかと尋ねているのです」
『いえ、そんなことはありません。これは便利屋68が凶悪な規則違反者であるためで―――』
「では凶悪な規則違反者であれば、同様の対応が行われる可能性が高い。そういうことですね」
ゲヘナに籍を置く問題児集団は数多存在する。
代表的なグループで言えば美食研究会に温泉開発部。その他細々した集団まで含めれば枚挙に暇がない。
それらと比較した場合、便利屋68は抜きん出て悪質という訳ではない。つまり彼女達だけ特別な措置が必要とは言い切れないという事だ。
「であれば私達の自治区における、ゲヘナ生の往来についても何らかの対応を検討せざるを得ません。今回の事例を基準にすれば、規則違反者が侵入しただけで武力行使の可能性が生じる訳ですから」
『……』
アコの眉がぴくりと動く。
恐らく今の言葉のどこかに、何かしら引っかかる点があったのだろう。しかしどこかはまだ確証が持てない。
考えられるのはゲヘナ生の往来に関する規制か。それとも今回の事例を基準にする方か?
『……分かりました。では、こうしましょう』
そんな事を考えていると、アコの方が口を開いた。
『この区域に埋設されている可能性のある爆弾の捜索及び撤去は、私達風紀委員会が担当します。そのための事情聴取のために、便利屋68全員の身柄を引き渡して頂いてもよろしいでしょうか?』
「随分と気前がいいですね」
『元を辿れば、ゲヘナ生が起こした問題ですから。同じゲヘナの生徒がその尻拭いをするのは、自然な形ではありませんか?』
「……確かに、筋も通っている。悪い話ではない」
「ちょっと!?」
小声で抗議の声を挙げるアル。それを目で制しながら、口元に手を当て熟考に入る。
確かに悪い提案ではない。これならこちらは最大の懸案である爆弾撤去の目処がつくし、風紀委員会も労せずして問題児の捕縛が可能になる。双方にとって益がある取引だ。
しかしこれを呑んでしまえば、便利屋68自身に尻拭いをさせるこちらの目論見は破綻してしまう。つまり事実上の敗北だ。
だが拒もうにも、この条件は理想的すぎる。拒否すれば十中八九、こちらに何か別の意図があることを見抜かれるだろう。
全く、厄介な手を打ってくれたものだ。
こうなればこちらの取る手は一つ。全力で話題を逸らし、別の突破口を探るまで。
「ですがそれは直ちに、遅滞なく行われるという認識でよろしいのですか?」
『いえ、流石にそこまでは。というか、なぜそのような認識に?』
「随分と兵力を投入されているようでしたので。これだけの数がいれば、即座に取り掛かれるのではないかと思ったまでですよ」
起点は先程よりも明らかに増えている周囲の足音。
先程まで1個中隊程度の規模だった雑踏は、最早聞き分けるのが難しいほどに雑然としていた。これほどの規模となると、もう1個中隊ぐらいは加わっていてもおかしくない。
『こちらι4、旧射点より迫撃砲を携行して移動中。なお南西より新たに2個中隊の接近を確認』
通信機越しに届く後輩の報告も、こちらの疑念を後押しする。
想定される敵に対して、投入する戦力量が明らかに過剰だ。これは明らかに何かある。
「……しかし、そちらは随分と便利屋を警戒しているらしい」
だから私はなるべく自然に、空とぼけながらアコへと問いを投げかけた。
「たかだか4人に4個中隊をぶつけるのは、いくらなんでも過剰すぎる。相当手を焼かされた経験がおありで?」
『……ええ。彼女達はゲヘナでも、大抵の悪事はしてきた問題児なので』
「問題児、ですか」
一見筋の通った説明ではある。しかしゲヘナの事情を知っていれば、こんな見え透いた嘘には騙されることは無い。
もし問題児に対処するのが目的なら、もっと別の手段がある。なのにそれが用いられていない以上、何か別の狙いがあるのは明らかだ。
インカムのモードを変え、ポケットの中のスマホのボタンを弄る。偶然だが、これで勝ちの目が見えた。
「時に天雨行政官。空崎委員長はご健勝ですか?」
『? いえ、特に普段とは変わりありませんが』
「そうですか。てっきりこの場に出てこられないので、ご体調を崩されたのかと」
『……!!』
その瞬間、アコは双眸を大きく見開いた。
しかしすぐに容姿を取り繕い、何でもないかのように話し始める。
『委員長はお忙しいのです。今日も出張に行かれているのですよ』
「となると、今日便利屋68の捕縛を決めたのはどなたが?」
『……』
答えは沈黙。しかしその沈黙は下手な発言以上に雄弁だ。
明らかに過剰な戦力、自治区を越えての問題児への対処という珍しい活動、そしてそれがトップ不在の状況で行われているという事実。
それらを線で結んでみれば、一つの構図が見えてくる。
「天雨行政官……あなた、何を狙ってるんですか?」
問いかけの後、場に流れるしばしの沈黙。
それを打ち破ったのはーーーアコの小さな笑い声だった。
『……なるほど。これが噂に聞く、樋渡カナメの洞察眼ですか。確かに侮れるものではありませんね』
その顔に浮かぶのは、自信に満ちた笑顔。
目論見を見破られた者にふさわしくない表情のまま、アコはさらに言葉を続ける。
『ですがこちらの方が、かえって話は進めやすくなったかもしれません。交渉で話がつくのなら、こちらとしてもありがたい話ですから』
理知的な、それでいて優越心を帯びた視線が、まっすぐこちらの瞳を見据える。
『樋渡会長、一つこちらと取引をしませんか?』
「……内容は?」
『そう難しいことではありません。先生の身柄を引き渡して頂きたいのです』