KSS警備学園奮闘記~うちの学校が廃校になりそうなので、先に独立することにしました~ 作:卵パサパサ感
「ヒ……ヒナ!? なんで風紀委員長までここに!?」
ヒナの姿を認めた途端、にわかに取り乱すアル。
無理はない。何しろ相手はゲヘナの問題児にとっての天敵、泣く子も黙る風紀委員長だ。
顔をみるだけで戦意を喪失した生徒がいた、彼女のお面が出回ったらゲヘナの犯罪率が2割減少した……そんな逸話があるほどに恐れられている相手が出てくれば、後ろ暗い者は誰だって怖がるだろう。
「無理無理無理!? 早く逃げないと!!」
「落ち着け」
思わず手の拘束を解こうとする彼女の肩に手を置き、その行動を制止する。
そもそも逃げると言っても、一体どうするつもりなんだ。既に厳重な包囲網を敷かれている上に、部下は全員気絶しているのに。
「約束は守る。例え空崎委員長が相手でも、手出しはさせない」
「ほ、本当ね!? 信じるわよ!?」
「ああ、任せろ」
小声でそう答え、再び件の相手へと視線を移す。
そこではちょうど、ヒナがアコに事情を聴いている。
『そ、その……これは、素行の悪い生徒たちを捕まえようと……』
「ええ、そのようね。けどたった4人のために、ここまでの戦力が必要?」
『それは、その……万一に備えて、万全を期すために……』
先程こちらと
しどろもどろに弁明するアコに対して、ヒナは淡々とした口調で徐々に問い詰めていく。
その強烈な圧力を伴う詰問を前に、アコが白旗を上げるまでは、さほど時間はかからなかった。
『え、えっと……委員長、全て説明いたします』
「……いや、もういい。察するに政治的な活動の一環―――ゲヘナにとっての不安要素の確認及び排除、といったところね」
『……』
「でもアコ、私達は風紀委員よ。そういうことは、万魔殿のタヌキにでも任せておけばいい」
『……はい』
「詳しい話は帰ってから。通信を切って校舎で謹慎していなさい」
通信が途絶し、立体映像が消える。
するとヒナは小さくため息を吐くと―――気だるげな様子でこちらへ向き直った。
「さて……次はこっちね」
「ひっ……!」
同時にアルへ向けられる、鋭い視線と機関銃の銃口。
それを認めた瞬間、私は身をすくめるアルの前へと立ちはだかった。
「待ってください、空崎委員長。彼女は陸八魔アルではありません」
「……樋渡カナメ」
目を丸くして、こちらの顔を眺めるヒナ。
しかしそれも一瞬の事。次の瞬間には再び目を細めた彼女は、僅かに小首を傾げる。
「言っていることの意味が、よく理解できないのだけど」
「
「……なるほど、そういう事」
呆れ交じりの口調でヒナが呟く。
そしてしばしの沈黙の後、彼女は銃口を地面に向けた。
「周りで気絶している生徒も、あくまで人違いということになるのかしら」
「ええ」
「そんな風に庇いだてして、一体何を企んでいるの?」
「彼女達には取るべきケジメがある。それだけの事です」
「……そういうところ、本当にあなたらしいわね」
「知っての通り、これだけが取り柄ですから」
口調や態度の節々から察するに、彼女に交戦の意図はないようだ。正直のところ、かなりありがたい。
何しろ相手はキヴォトス屈指の実力者。いざ戦うとなれば、十中八九尋常ではない消耗を強いられることになる。
短期決戦で全て使い果たせる状況ならまだしも、今は護衛任務の真っ最中。避けられる戦いは避けておきたいところだ。
「いいわ。そういうことなら、今回は見逃す」
その予想通り、怯え切ったアルの顔を一瞥しながらそう告げるヒナ。
かと思えば、その視線はそのままこちらの顔に向けて固定される。
「……事前通達無しでの無断兵力運用。そしてそれにより、そちらの任務に支障を生じさせたこと」
そして彼女は言葉を切ると、こちらに向けて頭を下げた。
「このことについては私……空崎ヒナより、ゲヘナの風紀委員会の委員長として公式に謝罪する」
……なるほど、公的な謝罪という形で幕引きを図る算段か。
それ自体は決して悪い事ではない。こちらの目標は既に達成されているし、わざわざ問題を長引かせて得られる利益もない。
ただまあ、予想外に委員長がこの場に現れたのだ。この機会にもう少しだけ
「こちらも任務遂行のためとはいえ、そちらの戦力に損害を与えてしまいました。その点については、KSSの生徒会長として謝罪させていただきます」
その第一歩として、私もまた頭を下げる。ヒナだけでなく、この場にいる風紀委員会全員に見えるように。
これで向こうが一方的に頭を下げた形にはならない。互いに非を認め合ったのだから、その立場は対等だ。
「そのお詫びといってはなんですが……空崎委員長、昼食はもうお済みで?」
「いえ、まだだけど」
「でしたら一つ、良い店をご紹介しましょう。すぐそこなのですが」
そう言って視線をすぐ隣へと向ける。
そこには玄関口が瓦礫の山と化した、紫関ラーメンの店舗があった。
「……ごちそうさま、おいしかったわ」
口元を紙ナプキンで上品に拭きながら、ヒナが箸を置く。
その眼前には空になったラーメン丼。スープまで飲み干しているあたり、よほど味が気に入ったようだ。
迫撃砲の着弾で玄関が吹き飛んだ紫関ラーメンだが、幸い厨房の機能はなんとか無事。それに作り手である柴大将も健在で、なおかつ乗り気だった。
だから紫関ラーメンは半壊した状態ながらも、こうしてなんとか営業を再開できている。
バリケードを構築していた事もあって、店内は雑然としたまま。それに席も全てが使える状態ではない。それでもそんな状況であっても、柴大将が作る味はいつものままだ。
もっとも、私は食べたことないけれど。
「でも会長、良かったんですか?」
隣に並ぶι小隊の小隊長が、そっと耳打ちする。
「これだけの人数にラーメンを奢ってしまったら、会長のお財布が大変な事になるんじゃ……」
「問題ない、装備重量の削減になったと思えばな」
「十分問題じゃないですか!?」
和解の印として、ここのラーメンをご馳走させてほしい。そんなこちらの申し出に応じたのは、ヒナと20人ほどの風紀委員会の生徒だった。きっとみんな昼時で腹が減っていたのだろう。
一番安い紫関ラーメンに限定したものの、それでもこれだけの規模になると出費はかさむ。おかげで財布はすっかり軽くなってしまった。
幸い口座にはまだ貯蓄はあるが……戻ったらATMの位置を調べる必要がありそうだ。
「何でそこまでするんですか? この店の玄関口を吹き飛ばしたのは、あいつらなのに」
「だからこそだ」
「……どういうことです?」
「壊したものの価値が分からないのでは、心の籠った謝罪もできないだろう」
形だけの謝罪ならいくらでもできる。しかし真の意味での謝罪は、自分がしたことを理解しなければできるものではない。
だからこうしてラーメンを奢った。いくら問題児確保のためとはいえ、自分達の行いがどんな影響をもたらしたのかを知ってもらうために。
「確かにおいしかったですが……この被害規模だと、次に食べられる機会は遠くなりそうですね」
「命令通りにやったことだけど……ちょっと悪いことしちゃったかな」
そして予想通り、風紀委員会達には一定の効果があったらしい。
あちこちから聞こえてくる、自分達の行いを悔いる声。元々ゲヘナで風紀委員会に入るような人達なだけあって、一般的な善性は持ち合わせているのだろう。
そんな彼女達を代表するように、席を立ったヒナは柴大将へと向き合う。
「大将。こちらの行動のために店舗に被害を及ぼした事、ゲヘナの風紀委員長として正式に謝罪するわ」
「そっちも仕事だ、そう頭を下げなくてもいいさ。とはいえ、次からはもう少し気を付けてくれよ」
「ええ。それに店舗の修繕費用も、風紀委員会が全額補償させてもらう」
「構わねえよ。どの道、じきに畳むつもりだった店だ」
「だとしても、何もしない訳にもいかないわ」
どうにか償いをしようとするヒナと、受け取るまいとする柴大将。
どちらも人がいいだけに、かえって交渉は長引きそうだ。そんなことを考えながら、その光景を眺めていると。
「おい、ちょっといいか?」
不意に誰かが横合いから声をかけてきた。
見ればそれは先程まで対峙していた生徒の一人。イオリだ。
「なんでしょうか?」
「結局、ペンスリットとかいう爆薬は本当に仕掛けられてるのか?」
「さあ、私達にはなんとも」
「そんな事言わずに教えてよ。さっきからずっと気になって仕方ないんだ」
「イオリ、食べている時からずっと気にしてましたよね。この店が吹き飛ぶかもしれないって」
「ちょ……それは今言わなくてもいいだろ!?」
チナツに心配を暴露され、頬を赤らめながら怒るイオリ。
既に風紀委員会の撤退は決まっているから、ハッタリと明かしても問題ないのも事実。とはいえ一度言った以上は、バレるまで貫き通したいところではある。
「それを知っているのは便利屋68だけです。ですが彼女達が爆薬を店舗周辺にしかけていたのも、また事実です」
「ふーん……タチの悪い奴だな、お前も」
「そうでなければ、指揮官などやっていられませんよ」
「そうね。だとしてもあなたのタチの悪さは、折り紙付きだと思うけど」
と、そこに乱入してくるヒナ。どうやら大将との話は終わったらしい。
「そちらは終わったのですか?」
「ええ。どうにか受け入れてもらったわ」
「委員長、どういう事ですか? こいつのタチの悪さが折り紙付きって」
「……ああ、イオリは知らないのね。まあ、2年前の一件を知らないなら当然か」
そう言いながら、こちらに半目を向けるヒナ。
「自分の目的を通すためなら、どんな大それた手段を用いることも躊躇わない。おかげで周りを盛大に振り回すくせに、一番いい落としどころに落ち着ける……そういう人間なのよ、樋渡カナメは」
「本人の前で下す評価でもないと思いますが」
「あら、違うの?」
「いえ、その通りですが」
別に良いだろう。この人生こそは自分の思いに正直に生きようと決めているんだ、こっちは。
それにそういうことをするのは、あくまで必要な時だけ。年がら年中無茶苦茶をしている訳じゃない。
「今ラーメンを奢ったのだって、あなたの策略のうち。そうでしょう?」
「否定はしません。ただ、どの道必要な事だったでしょう」
「……ええ、まあね」
呆れ顔で短く返すヒナ。2年前から、ずっと彼女はこんな感じだ。
と思いきや、ヒナはそのまま先生の方へと歩み寄る。
「……シャーレの先生、あなたに伝えておきたい事がある」
「うん、何かな?」
「あなたは今、アビドスに深く関わっていると聞いた……だったら、これは伝えておいた方がいいと思って」
そう言って声を潜めるヒナ。
先生はそれに合わせて耳を近づけ、私も耳をそばだてる。
「カイザーコーポレーションのこと、知ってる?」
「まあ、ざっくりとは」
「アビドスの捨てられた砂漠……あそこで、カイザーコーポレーションが何かを企んでる」
「アビドスの砂漠で……カイザーコーポレーションが……?」
「そう、これは風紀委員会だけが掴んでいる情報。本来なら教える義理もないのだけど……一応、ね」
「……」
砂漠で何かを企んでいる。曖昧で要領を得ない内容だが、それでも今の状況では非常に有力な情報だ。
もしかするとカイザーがアビドスの土地を買い漁っている事も、この事に何か関係があるのかもしれない。その繋がりを明かすことができれば、カイザーの陰謀に対抗する手がかりもきっと見えてくるだろう。
しかし、何故ヒナはそれを先生に明かしたのだろうか。それも風紀委員会のみが独占していた情報を。
思わず首を傾げると、再びヒナはこちらへと振り向いた。
「……これでアコの作った借りは、差し引きゼロということにしてくれると嬉しい」
……なるほど、やはり感づいていたのか。
まあ、こちらもいつまでも続く貸しだとは思っていない。こんな形で清算できるなら、それでも構わないか。
「ええ、分かりました」
「感謝するわ……ほら、帰るよ」
「待ってください委員長! 食べたばっかりで走るのは……!」
にわかに号令がかかると、あわてて店を出ていく風紀委員会達。
そして最後の一人が店を出ていくと、残っているのは柴大将と先生、それにι小隊の小隊長と私だけになった。
「ふぅー……」
それを確認すると、私は大きく息を吐く。本当なら適当な椅子に倒れこみたいところだが、護衛中なのでそれは許されない。
……やはりこういった戦い方は疲れる。これならまだドンパチしていた方が、少なくとも精神的にははるかに楽だ。
だがおかげで、真っ向から撃ち合っても勝てない相手から成果をもぎ取る事はできた。それなら骨を折った価値はあるというもの。
「カナメ、お疲れ様……私ももう少し、役に立てれば良かったのだけど」
「そんなことはありません。先生なしでは、こうもうまくはいきませんでしたよ」
先生がいてくれたおかげで、チナツはこちらのハッタリを強固なものにしてくれた。そしてアコは欲を出して、こちらに弱みを曝け出した。
そう考えれば、先生は十分な役割を果たしてくれたと言えるだろう。
「……さて、これでやっと本題に入れる」
「本題?」
「はい。本来の目的はこれからです」
今までの戦いは、例えるなら回り道。直通の道が落石で塞がれたので、迂回路に回ったようなものだ。
正直に言えば、そっちの方で体力の大半を費やしてしまった気もする。だが、だからといって本題を投げ出すわけにはいかない。
改めて気合を入れなおすと、私は瓦礫を乗り越え店の外に出る。
「ほんっと信じられない! よりにもよって大将の店を爆破しようとするなんて!」
「いえ、決して本命ではなかったのよ。あくまで万が一に備えたサブプランだったってだけで……」
「計画していたのは同じでしょ!?」
目に飛び込んできたのは、正座して横一列に並んだ4つの人影。
対策委員会の包囲の下、セリカに怒声を浴びせられる便利屋68の姿だった。