KSS警備学園奮闘記~うちの学校が廃校になりそうなので、先に独立することにしました~   作:卵パサパサ感

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アビドス砂漠へ……行く前に

「すでに砂漠化した、本来のアビドス高校本館。それに周辺数千万坪の荒れ地。そしてまだ砂漠化が進んでない、市内の建物や土地……これらは全て、カイザーコンストラクションが所有権を有することになっていました」

 

 対策委員会室にアヤネの説明と、指示棒がホワイトボードを打つ音だけが響く。

 他に声を発する者は誰もいない。誰もが皆、予想外の現実を前にして言葉を失っているのだ。

 それは私も同じこと。いくら前もって知っていたとしても、改めて説明されるとやはり衝撃も大きい。

 

「所有権がまだ渡ってないのは……この校舎と、周辺の一部の地域だけでした」

 

 ホワイトボードに記された地図に、一点だけ記された赤丸。これが法的に見た場合に残っている、最後の「アビドス自治区」。

 それ以外はもはやアビドスであってアビドスではない。その権利は全てカイザーによって握られてしまっている。

 これが抵当だったなら、まだ所有権はアビドスにあった。しかし売却という形が取られている以上、もはやそこは完全にカイザーの土地だ。

 

「……アビドスは、悪質な罠に嵌められたのかもしれない」

 

 誰もが沈黙を保つ中、口を開いたのは先生だった。

 

「そういう手口も、決して珍しくはないからね」

 

「……最初から土地を売らせるために、金を貸し付けたという事ですか」

 

 初めから返せる見込みがない金を貸し、返済のために言葉巧みに土地を売り払わせる。確かに悪質な地上げの手法として、たまに聞くことがあるやり方だ。

 これならゆっくりだが確実に、しかも合法的にアビドス自治区をカイザーのものにする事ができる。

 しかも悪辣なのは、貸す側と土地を買う側が、事実上同じ相手だということ。アビドス側の窮状を手に取るように把握できるのだから、買うときも足元を見て値切る事だって容易だったに違いない。

 

「アビドスにお金を貸した時点で、こうなるように全てを……」

 

「だいぶ前から計画してた、大掛かりな罠だったのかもね。それこそ、何十年も前から」

 

 事実を追認するように呟くノノミと、それに頷くホシノ。

 

「……何よそれ。じゃあアビドスはこの数十年間、ずっとカイザーに弄ばれてただけって事!?」

 

 そんな中、一際過激な反応を示した者がいた。セリカだ。

 彼女は荒々しく両手で机を叩くと、勢いのままに立ち上がりながら語気を荒げる。

 

「なんで生徒会のやつらは、こうなるまで気づかなかったのよ!? いくら苦しかったからって、だからってこんな詐欺みたいなやり方に……!」

 

「セリカ、落ち着いて」

 

「先生……でもっ!」

 

「悪いのは騙されることより、騙すことだと思うよ」

 

「……」

 

 ヒートアップしていくセリカを優しく諌める先生。

 おかげで幾分か頭が冷えたのだろう。荒れた息をそのままにしながらも、再び席へと腰を下ろすセリカ。

 

「……分かってるわよ、騙した側が悪いって事は。私だって何回も騙されてる側だし」

 

 俯く彼女の真下の机上に、ぽつぽつと数滴の水滴がこぼれ落ちる。

 

「でも……悔しい。ただでさえ苦しんでるアビドスに、どうしてこんな事をするのよ……っ!」

 

 ―――その叫びが耳を打った刹那。眼前に別の光景が重なった。

 瓦礫の山の中で蹲る一人の女性。その腕の中には、力なく腕を下げた子供が抱えられている。

 彼女が叫ぶ言葉はうまく聞き取れない。でも、きっと、それは―――。

 

「っ!」

 

 咄嗟に目元を抑え、数度まばたきを繰り返す。乱れた呼吸を即座に立て直す。

次に目を開いた時、その光景は跡形もなく消えていた。視界に広がるのは先程までと同じ、対策委員会の教室だ。

 

「カナメ?」

 

「いえ、何でもありません」

 

 ……油断していた。少しでも気を抜くと、すぐにこうなる。

 落ち着け。今は振り回されている時じゃない。

 

「……でも、どうしてカイザーはここだけ残したんだろう」

 

 重苦しく停滞した場の空気。

 それを動かしたのは、シロコが発した問いだった。

 

「ここだけ残すのは不自然。全てまとめて買い上げてしまえばよかったのに」

 

「……きっと、生徒会がなくなっちゃったからだろうね」

 

「ホシノ先輩?」

 

「ほら、最後の取引が行われたのは2年前。ちょうどこの辺りで、アビドス生徒会はなくなったんだよ」

 

 そう言いながら、電子データの先頭を指し示すホシノ。

 確かに自治区内の土地を売買する権利を持つのは、それを管轄する生徒会だけ。その生徒会がなくなってしまったとすれば、取引が行われなくなったのも当然のことだ。

 ……いや、ちょっと待てよ。となるとアビドスに生徒会は、もう既に存在しないのか?

 

「対策委員会は生徒会の後継組織ではなかったのですか?」

 

「ううん、対策委員会はあくまで非公式の組織。生徒会は2年前に解散しちゃってるよ」

 

「……となるとホシノさんが、その最後のメンバーだったということですね」

 

「うへ、よく分かったねえ」

 

「2年前から在籍しているのは、あなただけですから」

 

 なるほど、これで納得がいった。

 生徒会が存在しない学校は成立し得ない。だが元生徒会メンバーであるホシノが在学しているのなら、生徒会は事実上存続していると見なされる。

 

「え? ホシノ先輩って、アビドスの生徒会だったの?」

 

「そだよ〜。ま、新任の生徒会長と私の二人だけだったけどね」

 

「それは……随分と苦労したことでしょう」

 

「いや〜、本当に無茶苦茶だったよ。生徒会長は校内でも随一のバカな無鉄砲で……私の方も、嫌な性格の新入生でさ」

 

 そっと目を閉じて、過去を懐かしむように語るホシノ。

 ただ思い出話にしては、その表情にはどこか陰りが見える。口調にもどこか、自嘲じみた色が見え隠れしている。

 それはまるで、過去の選択を悔やんでいるかのように。

 

「あちこち行ったり来たりして、色々バカなことやって……そのくせ、何の成果も出なかったなぁ」

 

「でも、そのおかげでアビドスの命脈は途絶えなかった。ならそれは立派な成果ではありませんか?」

 

「ん、その通り。少なくとも対策委員会ができたのは、ホシノ先輩のおかげ」

 

「あはは……成果って言っていいのかな、それ」

 

 前に2人きりで交わした言葉を、もう一度繰り返す。期せずしてシロコも援護射撃を加えてくれる。

 それが少しは効いたのだろう。ホシノの顔にかかっていた陰は、ほんの少しだけ薄らいだ。

 

「それにしても、校内随一のバカが生徒会長って……どんな生徒会だったのよ、それ」

 

「成績と役回りは別だよ、セリカ」

 

「そもそも、セリカちゃんも成績はそんなに……」

 

「わ、分かってるってば!! どうして急に私の成績の話になるわけ!?」

 

 顔を赤らめて反論するセリカ。それをきっかけに、教室は再びにぎやかになり始める。

 大事な会議の場にしては随分とやかましいが……まあ、今はこれくらいがちょうどいいのかもしれない。

 いつまでも俯いたままでは、ロクな意見も出るはずがない。なら空元気でも、前を向いていた方がいい。

 


 

「でも……どうしてカイザーはそこまでして、アビドスの土地を欲しがっているのでしょうか?」

 

 そして数分後。

 ようやく場の盛り上がりが落ち着いたところで、ノノミが一つの疑問を投げかけた。

 

「アビドス自治区は、もうほとんどが荒れ地と砂漠、砂まみれの廃墟になっているのに」

 

「……そうですね。こんな土地を奪ったところで、何か利益があるとも思えません」

 

「何か地下資源の類を狙っているのでは?」

 

「いえ、それは考えにくいかと。過去に行われた調査でも、アビドス自治区内に有望な地下資源は確認されていないんです」

 

 こちらの意見を首を振って否定するアヤネ。

 確かに金になる地下資源があるなら、歴代のアビドス生徒会がとっくに目をつけているはずだ。 

 他に考えられるのは、交通の要衝としての価値に、新たな学校の建設用地の確保。しかしそれにしても、自治区を丸ごと買い占めようとする理由としては薄い。

 

 思いつく限りでは、どうにも説得力のある動機が見当たらないカイザーの謀略。 

 何か手がかりがあるとすれば……やはりヒナが言及していた、アビドス砂漠での企みだろうか。

 

「……砂漠といえば、ちょっと耳に入れたいことがあるんだ」

 

「先生?」

 

 どうやらそれを知るもう一人の者も、同じ考えに至ったらしい。

 

「ヒナ……ゲヘナの風紀委員長が言うには、どうもカイザーはアビドスの捨てられた砂漠で何かを企んでいるらしいんだ」

 

「そ、そんなことをどうしてゲヘナの風紀委員長が……?」

 

「それに、どうして先生に……?」

 

 情報というには抽象的な言葉に、それをゲヘナの風紀委員長という外様の人間が知っていたという事実。

 そんな謎が謎を呼ぶ情報を前に、一様に首をかしげる対策委員会の面々。

 

「ああもう! そんな難しいことを考えるより、先にやることがあるでしょ!」

 

 そんな空気を打ち破ったのは、すっかり元気を取り戻したセリカだった。

 

「わからないならこの目で直接確かめた方が速いって! アビドス砂漠はうちの自治区なんだから、実際に行ってみればいいじゃん!」

 

「……ん、そうだね」

 

「いや~、セリカちゃん良いこと言うねえ。こんなにたくましく育ってくれたなんて、おじさん泣けて来ちゃったよ」

 

「な、何よこの雰囲気!?私がまともなこと言ったらおかしいわけ!?」

 

「いえ、ナイスアイデアだと思いますよ」

 

 伝聞だけでは分からないことがあるなら、実際に自分の目で確かめてみる。どんな戦場でも変わらない、鉄板の原則だ。

 それにこのまま議論をしていても、答えなど出るけもない。だったら足を使って情報を稼いだ方が、時間の使い道としても建設的だろう。

 ……ただ、手放しで賛同できる訳ではない。この案には一つ、大きな問題がある。

 

「ですがセリカさん、一つ大事なことを忘れていませんか?」

 

「大事なこと? 何よ、それ」

 

「当該の砂漠は確かにアビドス自治区内ですが、所有権は既にカイザーのものです。つまり私有地である可能性が非常に高いんですよ」

 

「……確かに。私有地に無断で立ち入れば、それは立派な犯罪です!」

 

 アヤネの言葉に、私は頷きを返す。

 既に権利が渡っている以上、アビドス砂漠はカイザーのものだ。そしてカイザーが開放を認めない限りは、そこはカイザーの私有地ということになる。

 そして私有地への無断侵入は、このキヴォトスにおいても立派な犯罪だ。

 

「犯罪だからって何よ! 私達はもう銀行強盗だってやったのよ!?」

 

「問題はそこではありません。こちらが踏み込めば、カイザーは法的にアビドスを攻撃できるようになってしまうんです」

 

 不法侵入への対処を大義名分とした生徒の拘束。あるいはアビドス高校を相手とした損害賠償請求。

 どちらもアビドスの現状を鑑みれば、決して無視できない痛手となる。

 法律は弱者ではなく理解する者の味方。誰が言った言葉かは忘れたが、まさにその通りだ。

 

「合法的にアビドスを攻撃できる機会が来れば、きっとカイザーは一切躊躇することはないでしょう」

 

「……じゃあ、手がかりを前にして諦めろっていうの?」

 

「いいえ、そんなことはありません。ただ少しだけ、一工夫すればいいんです」

 

 悔しげに歯噛みするセリカに、少しだけ口調を和らげながら答える。

 確かにアビドス生がカイザーの私有地へ踏み込むリスクは大きい。だが裏を返せば、アビドスと気付かれなければそのリスクは踏み倒せるということ。

 だったら自分達の身元を偽ってしまえばいい。つまりは変装だ。

 

「出発を明日に延ばしてもらう事は可能ですか? その間に、こちらで準備を整えてしまいます」

 

「別にいいんじゃない? どうせ急いだところで、どうにかなる話でもないだろうからねー」

 

「でも師匠、今度は何をするつもり?」

 

「ちょっとした()()()ですよ。カイザー(やつら)の目を欺くためのね」

 

 変装で大事なのは、極力違和感を消すこと。

 そもそも疑われることがなければ、怪しまれる事はない。だからその場にいることに対して違和感がない格好ならば、どのような場にも適応できる。

 そしてこのキヴォトスには、うってつけの存在がいるではないか。どこにいてもさほど不思議ではない、身元不明の雑多な集団が。

 


 

「―――皆さん、準備はできたようですね」

 

 翌朝。アビドス高校の校門前には、見慣れぬ格好をした集団の姿があった。

 揃いの黒い制服に、ドクロが描かれた黒いフルフェイスヘルメット。それらは紛れもなく、彼女達がヘルメット団である何よりの証拠だ。

 こんな連中が学校の前でたむろしていようものなら、間違いなく対策委員会が排除のために現れるだろう。しかしいくら待てども、彼女達が姿を現すことはない。

 

「うへ~、ヘルメット団に変装するなんて、カナメちゃんも考えたね~」

 

「うう……まさかあいつらの格好をすることになるなんて……」

 

「大丈夫ですよ、セリカちゃん。とっても似合ってますから!」

 

「ん、どこからどう見ても立派なヘルメット団」

 

「嬉しくないわよ、そんな褒められ方っ!」

 

 それもそうだろう。何しろこのヘルメット団こそが、対策委員会のメンバーなのだから。

 

 なぜわざわざこんな格好をしているのか。それはヘルメット団という組織が有する特性にある。

 武装不良集団であるヘルメット団は、とにかく数が多い。その派閥や分派の数たるや、SRTでも全てを正確に把握できていなかったほどだ。

 おかげで彼女達の姿は、キヴォトス全土で見かけることが出来る。ブラックマーケットはもちろんのこと、シラトリ区やアビドス、そして名も知らないような中小校の自治区にまでも。

 

 それはつまり、ヘルメット団がどのような場所にいようと違和感が生じないということ。

 これから向かうアビドス砂漠だって例外ではない。一攫千金を目論んだ馬鹿な分派が、宝探しに乗り出した……そんなカバーストーリーを作りさえすれば、きっとヘルメット団の姿があることを誰も不思議に思わない。

 ましてその中身がアビドス生であるなどと、疑う事すらないだろう。

 

「でも、よくホシノ先輩に合う制服がありましたね?」

 

「リナリア学園のもので、ちょうどいいサイズがありましたので」

 

「……これ、盗品じゃなかったんだ」

 

「なんで少し残念そうなのよ……」

 

 それに変装が容易という利点もある。

 ブラックマーケットで仕入れてきた廃校の制服と、フルフェイスのヘルメット。そこに簡単なペイントを施せば、誰だって立派なヘルメット団だ。

 ……もっともその仕入れのために、本物のヘルメット団の制服を()()する必要もあったのだが。

 

「みんな、準備はできたみたいだね」

「こうして見ると、本当に見分けがつきませんね……」

 

 と、そこに先生とアヤネが見送りに現れた。

 ヘルメット団に先生が随伴しているのは色々と都合が悪い。そのため今回、先生はアヤネと共に後方から指揮を取る事になっている。

 最初は同行しない事を渋っていた先生も、事情を説明したらどうにか納得してくれた。流石は大人、物わかりが良いのはとてもありがたい。

 

「万一通信障害が発生したら、ζ小隊に伝えてください。専用の回線を用意させています」

 

「分かった。でも、くれぐれも気を付けて」

 

「了解。……不本意ですが、リーダーとしての務めを全うします」

 

 そう言って対策委員会の方へ振り向くと、向けられるのはバイザー越しにでも分かるからかいの視線。

 

「よっ、リーダー。決まってるよ~」

 

「……やっぱり、誰か代わりにやりませんか?」

 

「それは無理。この中でヘルメット団の経験があるのは、師匠しかいない」

 

「経験者にお任せ、です!」

 

「仕方ないわよ。ヘルメット団のやり方なんて、私達は全く知らないんだから」

 

 ……こんな事になるなら、言わなければ良かった。潜入捜査のために何度かヘルメット団に扮した事があるなんて。

 すでに生徒会長である以上、別にリーダーをやることが嫌なわけではないが……このメンバーにリーダー呼びされるのは、どうにも気恥ずかしくてかなわない。

 

 とはいえ今更悔やんでも後の祭り。私はリーダーの象徴である赤いヘルメットとガスマスク、そしてゴーグルを身に着ける。

 翼を縛り顔も隠した以上、今の私は樋渡カナメではない。ただの弱小分派を率いる、しがないヘルメット団のリーダーだ。

 そう意識を切り替える意味も込めて、私は銃を天に突き上げながら声を張り上げた。

 

「よーし! ポカポカヘルメット団、出撃するぞぉ!」

 

「……ごめん、やっぱり別の名前にしない?」

 

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