KSS警備学園奮闘記~うちの学校が廃校になりそうなので、先に独立することにしました~ 作:卵パサパサ感
誰もいない教室に、規則的な呼吸の音だけが響く。
マットレスに身を預け、堅く瞼を閉じてみても、去った眠気はもう戻ってこない。
元々の体質に加え、SRTの訓練で根付いた短時間睡眠の習性。任務中などは何かと役に立つが、こういう場面ではかえって不便なものだ。
仄かに光が差す暗闇の中、頭に浮かぶのはアビドスの事。そしてカイザーの狡猾な陰謀の事。
アビドス砂漠から戻った後に何度か考えてみたが、やはり隙はどこにも見つけられなかった。今回の件でカイザーは、ほとんど法的に正当な立場にある。
少なくとも土地の売却が合法的に行われている以上は、アビドスに取り戻す術はない。相応の対価を払って買い戻すという、現状では到底不可能な手段の他には。
唯一瑕疵があるとすれば、不良や便利屋を雇ってアビドスを襲わせている事ぐらいだろう。
これに関しては証拠もある。ポカポカヘルメット団としての取引は、しっかりとボイスレコーダーに収めておいた。
だが、弱い。仮にこれを武器にカイザーを糾弾したところで、恐らくあの理事が首を切られるだけだ。
そうして別の首に挿げ替えられて、同じことがより巧妙に繰り返される。あそこはそういうことを平然とする企業だ。
「……」
大きく息を吐き、瞼の上に手を当てる。
このままでは先に力尽きるのはアビドスの方。この状況を打開するには、どうにかカイザーから譲歩を勝ち取らなくてはならない。
合法的な手では勝ち目がない以上、手段は二つに一つ。非合法な手段に手を染めるか、相手を非合法な立場に引きずり下ろすか。
前者を勧めることは可能な限りしたくない。アビドスの将来のためにも、できることなら後者でケリをつけることが望ましいのは間違いない。
……しかし、どうやって?
様々な案が浮かんでは消え、堂々巡りを繰り返す思考。
そうしているうちに、心の内からもう一人の自分が語りかけてくる。あくまで事実だけに基づく判断を下そうとする、もう一人の自分が。
もうアビドスに打つ手はない。少なくとも、一個人の手に負える範囲はとうに超えている。
どうあがいても後数年でアビドスは廃校になり、自治区はカイザーのものになる。だがそれは過去からの積み重ねの結果であって、対策委員会の皆に責任があるわけではない。
それにお前はKSSの生徒会長だ。自分の学校の事もあるのに、他所の学校の事情に深入りする余裕がある訳でもないだろう、
―――だから
「そんなわけないだろ……!」
思わず声が漏れ出たその時。無機質な電子音が鳴り響いた。
枕元へ手を伸ばしてスマホを引き寄せ、液晶をタップしてアラームを止める。そのまま点灯した画面を見ると、護衛を交代する時間が近づいていた。
幾らか仮眠を取ったおかげで、先の戦闘の疲労もだいぶ癒えた。これなら問題なく任務にあたれるだろう。
差し込む夕日を浴びながら、強く両手で己の頬を張る。
諦めるな。どれだけ隙がないように見える計画だろうと、それを作ったのは人間に違いない。人に完璧は有り得ない以上、必ずどこかに綻びがある。
それにこの世界で新たな生を受けた時、確かに誓ったはずだ。決して己を誤魔化すために、「仕方ない」という言葉は使わないと。
「お疲れさまです、カナメ先輩」
「ああ、お疲れ……だが、これはどういう状況だ?」
数分後。対策委員会の部室に着いた私を出迎えたのは、教室の前に佇むζ小隊の面々だった。
……だが妙だ。交代時間はまだ10分は先である以上、最低でも誰か一人は先生の側についていなくてはならない。しかし今この場には、4人の小隊員全員が並んでいる。
一体何があったのか。その疑問を口にする前に、小隊長が声を抑えながらこちらに囁く。
「先生の要請です。どうやら2人だけで、込み入った話がしたいそうで」
「相手は?」
「ホシノさんです」
「なるほど。なら確かに、2人きりの方が話しやすいだろうな」
ホシノは気楽そうに見えて、裏では色々と抱えていそうな性格だ。それは今まで接してきた中で、何となくだが察せられる。
恐らく彼女も今日の一件で、何かしら思う所があったのだろう。そして先生がそれを打ち明けさせるため、気を利かせて2人きりで話せる場所を作った。経緯としてはこんなところだろうか。
確かにそれなら護衛は邪魔になる。先生が席を外すように頼むのも自然な流れだ。
「出る前に小型カメラを設置しておいたので、中の状況は把握可能です」
「盗聴器は?」
「設置済みですが、スイッチは入れていません」
「いいぞ。かなり理想的だ」
護衛対象が2人きりになりたいと要求してきた場合、それに対応するのは意外と難しい。
要求を鵜呑みにしてしまえば、セキュリティに致命的な隙を作る事になる。かといって護衛を優先してしまえば、護衛対処のプライバシーを著しく損なう事になってしまう。この両立が難題なのだ。
しかしその点、ζ小隊は中々うまくやっている。少なくとも教本通りの対応は卒なくこなせているらしい。
「後は先生の打たれ弱さまで考えられていれば、完璧な対応だったな」
「あっ……そうか! もっと発砲を躊躇させる備えが必要だったんだ!」
「そういうことだ。まあそれはこっちでやっておくから、早く休憩に入れ」
「わ、分かりました! 後はお願いします!」
「カメラの周波数は既定です。すぐペアリングで接続できるかと」
「ああ、助かる」
敬礼を返し、慌ただしく離脱していくζ小隊。
そんな彼女達の背中を見送ると、私はスマホを取り出しペアリングの設定を行う。
数秒後、画面に映し出される教室の光景。部屋の隅から俯瞰する形の映像を見る限り、中にいるのは報告通り先生とホシノだけらしい。
その映像を眺めながら、そっと耳をそばだてる。
盗み聞きは護衛にあるまじき所業なのは理解している。ホシノが先生に何を伝えようとしているのか、それは是非とも知っておきたい。
何しろ彼女は在学生の中で最もアビドスに詳しい。もしかすると彼女しか知らないことが、カイザーの目論見を崩す手がかりになるかもしれない。
「……ホシノ、今はこの退部届について聞きたいな」
―――だが真っ先に耳へ飛び込んできたのは、先生の思いもよらぬ、優しくも真剣な言葉だった。
慌ててスマホの液晶をタップし、先生とホシノの間に並ぶ机を拡大する。すると確かに、そこには1枚の書類が置かれていた。
解像度の限界のために、文字は鮮明には認識できない。それでも読み取れたのは……標題に記された「退部・退学届」という文字列。
「……うーん、逃がしてくれそうには……ないよね~?」
「聞かせてくれる?」
「面と向かってっていうのも何だし……先生、ちょっとその辺一緒に歩かない?」
「別にいいけど……その場合、KSSのみんなも付いてくることになるよ」
「そっかぁ……ならここでいっか」
そしてホシノの反応は、半ば諦念じみた納得。
否定も驚愕も示さない以上、この退学届はホシノの意思で書かれたものに他ならない。それはすなわち、彼女に退学の意思があるということ。
……有り得ない。よりにもよって彼女が退学を検討しているなんて。それが何を意味するか理解できないほど、彼女は愚かではないはずだ。
『え? ホシノ先輩って、アビドスの生徒会だったの?』
『そだよ〜。ま、新任の生徒会長と私の二人だけだったけどね』
だが昨日の記憶が、その認識に対する反証を組み上げる。
もし新任の生徒会長と二人だけという特異な生徒会の環境が、正確な知識の伝承を妨げていたのなら。そして誰も教える者がいなかったことで、知識が更新されないままだったとしたら。
「……まさか、知らないのか?」
だとしたら、彼女が自身の重要性を理解していないのも不思議ではない。
例えどんな賢人であろうと、未知の事象に対しては全くの無力なのだから。
「 ……先生、正直に話すよ」
そんなこちらの戦慄など知る由もなく、先生に向けて語り始めるホシノ。
私もどうにか動揺を抑え、再び耳を傾ける。
「私は2年前から、変なやつらから提案を受けてた。提案というか……スカウトなのかな、あれは」
「スカウト? 一体誰に?」
「カイザーコーポレーションの……よく分からない奴。私は黒服って呼んでる」
「黒服……」
「怪しいやつだけど、今まで特に問題を起こしたことはない。でもその割には、あのカイザーの理事ですら、あいつの事を恐れてるように見えた」
黒服―――そう呼ばれる存在に、生憎と心当たりはなかった。
恐らく外見から取った異名なのだろう。しかし黒いスーツを纏ったカイザーの関係者など、文字通り掃いて捨てるほどいる。
ただ、あの理事すら恐れていたという話は引っかかる。何か相当な権力を持った、カイザー本社直属のスカウトマンか何かなのだろうか?
「あいつ、どうやらPMCで使える人材を集めているみたい。だから昔からずっと、破格の条件で何度も勧誘してくるんだ」
「その条件って、一体?」
「……私があいつらの企業に移ったら、今アビドスが背負っている借金の半分近くを肩代わりするって」
だがそんな些末な疑問は、続いて飛び出した言葉を前に一瞬で消し飛んだ。
一兵士を雇用するには、あまりに破格の見返り。そして見返りとして要求された、ホシノの退学という条件。
それらの事実は今まで集めた情報を結び付け、一つの構図を描き出す。
「……そうか、そういう事か!」
もしこれが事実なら、私はとんでもない思い違いをしていた事になる。
カイザーは面倒だから何もしていなかった訳ではない。もうすでに
例えるなら今のアビドスは、大量の爆薬が仕掛けられた建造物。スイッチさえ押されれば、一瞬にして跡形もなく消え去ってしまう。
しかも事もあろうに―――起爆スイッチを握らされているのは、その建物に最も愛着を持つ者だ。
「―――失礼します!」
次の瞬間、私は教室の扉を勢いよく引き開けていた。
もう護衛の役割などとは言っていられない。今ここで彼女を止めることができなければ、取り返しのつかない事態になってしまう。
それだけは、そんなことだけは許してなるものか。
「うぇっ!? カ、カナメちゃん!?」
「カナメ!? 一体どうしたの!?」
突然の乱入者に、驚きの声をあげるホシノと先生。
だが非礼を詫びている暇も、事情を説明している余裕はない。私は真っすぐホシノの下へ向かうと、両手を荒々しく机へと叩きつけた。
「ホシノさん、駄目だ。その提案だけは受けては駄目だ!」
「も、もしかして……今の話を聞いてたの? カナメちゃんも意外と―――」
「もし受けてしまえば……アビドス崩壊の引き金を、あなたが引く事になるんだぞ!」
「―――っ!?」
黄色と青の瞳が、大きく見開かれた。