KSS警備学園奮闘記~うちの学校が廃校になりそうなので、先に独立することにしました~ 作:卵パサパサ感
「カナメ、まずは落ち着いて」
なおも言葉を続けようとする私を、背後から制止する先生。
その困惑した顔を見た途端、頭に昇っていた血が、すっと引いていく。
確かにホシノを止めるのを優先するあまり、少し度を失っていたかもしれない。まずは今抱えている認識を共有するところから始めなければ。
「……申し訳ありません。少々、取り乱してしまいました」
「どういう事か教えてくれるかな。どうしてホシノの退学が、アビドスを崩壊させることになるの?」
「はい―――先生はキヴォトスにおける、学校の成立要件というものをご存知ですか?」
「学校が成り立つのに必要な要素、という事だよね」
「ええ。厳密に言えば大小様々なものがありますが……最低限必要なのは校舎と生徒会、そして連邦生徒会の承認です」
この3つが揃っていれば、理論上は誰でも学校を新設することが出来る。
だからこそ私達はKSS警備学園という、自治権を有する新たな学校を創り上げることができたのだ。
だがそれはどれか一つでも欠ければ、その時点で学校は成立しなくなるということでもある。
「特に生徒会の有無は非常に大きな要素です。これ無しでは自治能力を有さないと判断され、連邦生徒会からの承認はまず降りる事がないでしょう」
「……ちょっと待って。確かアビドスの生徒会は、2年前に解散しているんだよね?」
「でも今まで連邦生徒会から、学校の認可取り消しなんて通知は来たことはないよ。もしカナメちゃんの言う通りなら、とっくに来てないとおかしいんじゃないの?」
こちらの意見に疑問を抱く先生。そして事実に基づく反論を投げかけるホシノ。
その曇りのない瞳を見て確信する。やはり悪さをしていたのは、この認識だ。
「ホシノさん、一つ確認をしておきたい」
だから私はホシノを見つめ、次の言葉を繰り出した。
「あなたが所属していた、二人だけの生徒会。その生徒会長は……正式に生徒会の解散を宣言したのですか?」
「!!」
刹那、ホシノの顔に明らかな動揺が浮かんだ。
明らかに焦点が揺れている瞳に、一瞬だけ詰まる息。己の後ろ暗いところに触れられた者が見せる、典型的な兆候だ。
「……ううん。特にそういう話は、聞いたことがないかな」
それでもホシノは、絞り出すような口調でそう答えた。
恐らく彼女にも何かしらの事情があるのだろう。しかしそれを追及している暇はないし、そもそも人の弱みを穿り回す趣味もない。
だから私は頷きを一つ返して、再び口を開く。
「であればアビドス生徒会は存続しています。ホシノさん、あなたがいることでね」
「でも、もう生徒会は私一人で―――」
「縦え一人でも役職に就く者が在籍している限りは、生徒会は存在すると見なされるのが一般的です。少なくとも他の学校では、ですが」
アビドスの校則には詳しくないが、わざわざ例外の規定を設ける理由もない。
例え機能停止状態だったとしても、ホシノがアビドスにいる限りは生徒会は存在していると見なすべきだ。
だからこそ連邦生徒会も学校としての認可を取り消すことはなかった。もっともその代わりに、特に支援なども行ってはいなかったようだが。
「そしてカイザーが直接侵攻を躊躇していたのも、未だにアビドス高校が正式な学園として認められているから。だからこそアビドスはいまだに自治区であり続けられるのです」
「……そうか、じゃあホシノが退学してしまえば!」
「生徒会は失われ、アビドスは事実上学校とみなされなくなる。カイザーは嬉々としてこの校舎を制圧しにかかるでしょうね」
だからこそ黒服とかいうスカウトマンは、執拗にホシノを勧誘していたのだろう。
借金の半分という魅力的な餌をちらつかせれば、いつかホシノは誘惑に負ける時が来るか。そう信じて2年もの間、ずっとその時を待ち続けているのだ。
そしていざその時になれば、のうのうとしらを切りながら言ってのけるに違いない。何も嘘はついていない、知らない方が悪い……と。
「……本当に狡猾で、反吐が出る計画ですよ」
思わず歯を強く噛みしめる。
人の無知を利用して、希望を騙り破滅へと追いやる。それは前世でも、そしてこの世界でもありふれた悪人の常套手段。
だがありふれているからといって、決して許せるものではない。そんなやり方を平然と使いこなす悪人を、「仕方ない」と許容できるはずがない。
―――だから私は、SRTを志したんだ。
「……そっか、そうだったんだ」
と、その時。教室に細く、弱弱しい声が響く。
見ればその出所はホシノ。力なく俯く彼女の頬には―――一筋の雫が流れ落ちていた。
「ごめん、先生。私、先生を騙すつもりだったんだ」
「騙すって……どういうこと?」
「この場では諦めたように見せかけて、後でもう一枚退学届けを出すつもりだった。対策委員会のみんなに向けた、手紙と一緒に」
「アビドスの借金を少しでも減らすために、ですか?」
「今のままじゃ、アビドスは少しずつカイザーにすり潰されていくだけ。でも少しでも借金がなくなれば、きっとみんなの負担も減る。そうすれば何か別の戦い方だって見えてくるかもしれない」
そこまで口にしたところで、ホシノは言葉を途切れさせる。
「……そう思ってたんだけどなぁ。まさかこれ自体が罠だったなんて」
そして面を上げた彼女が浮かべていたのは……あまりに空虚な笑顔だった。
ただ自嘲と虚勢によって吊り上げられた口角。それに相反して目尻から零れる涙。
……この世界では初めてかもしれない。ここまで見ていて辛いと思える笑顔を目の当たりにするのは。
「私……また取り返しのつかない事をしちゃうところだったんだ」
「それは違いますよ」
だから気づけば、自然と言葉が口をついて出ていた。
「以前お話しましたよね。結果と過程を混同して語るのは、あまり好きではないと」
「……うん、そうだね」
「確かにあなたは誤った道を選ぼうとしていました。それは事実です」
「……」
「ですが、そう決断するに至った理由―――アビドスの皆を思う気持ち自体は、何も間違ってなどいません」
後輩が背負う事になる負担を少しでも減らしたい。そんな思いは、誰かを慮る気持ちの表れ。何ら間違ったことではない。
それが学校を潰すための罠に利用されたのは問題だが、それも真に責められるべきは掛かった方ではない。罠を仕掛けた方だろう。
無知は罪、善人は馬鹿をみる。確かに正論だが、それは大抵騙す側が唱える理屈だ。
「悪いのは騙される側じゃなくて、騙す方だ。だからホシノは悪くないよ」
「……ありがとね。先生、カナメちゃん」
だが私のフォローも先生の擁護も、今のホシノにはどうも効き目がない。
多少は晴れたとはいえ、顔には依然として表情は空虚な笑みを見せたままだ。
きっとマイナスをゼロに戻すだけでは、彼女の心は動かない。ゼロを越えて、プラスに至るまでのものがなくては。
「―――それにホシノさんのおかげで、逆転の方法も思いつきました」
だから私は、マーカーを手にホワイトボードの前に立った。
「逆転の……方法?」
「何かカイザーへの対抗手段を思いついたの?」
「ええ。といっても、難しい事ではありません」
二人の疑問に答えながら、ホワイトボードに手早く文字や記号を書き込んでいく。
ホシノが打ち明けてくれたおかげで、敵の狙いと手法は手に取るように分かる。標的が移動する先も、その移動ルートも全て把握しているようなものだ。
ならばその道中に罠を仕掛けるのは、さして難しい事でもない。
「ひとたび状況が整えば、奴らはまず成功を疑わないでしょう―――そこを足元からひっくり返してやるんですよ」
そして一通りの図式を書き終えたところで、ホワイトボードを力強く叩く。
「ウツボ作戦」―――大文字で記された作戦名が、窓からさす夕日に照らされた。
「……よし、こんなところかな」
それから数時間後。
背後から聞こえてきた声に、私は砂漠の夜景から視線を移す。
見ればそこでは机に就いたホシノが、したためた書類を確認しているところだった。
「完成しましたか?」
「うん、ばっちり。一応確認してもらってもいい?」
傍らに歩み寄ると、差し出される二通の書類と一通の手紙。
それを受け取り、ざっと目を通す。……どうやら何も問題はなさそうだ。
「……ええ、問題ありません。必要な事項は全て記載されています」
「よかったぁ。ここに抜けがあったら、折角の作戦が台無しだもんねぇ」
いつも通りの気が抜けた声を出しながら、返却された書類を封筒に入れるホシノ。
だがいつもとは違い、その声色にはどこか堅さがあった。感情を押し殺そうとするあまり、過剰に抑えつけてしまったような堅さが。
……無理もない。これから彼女は、一世一代の賭けに出るのだから。
「じゃあこれ、先生にお願いね」
「分かりました。出撃前までには、必ず渡しておきます」
「確か今は……連邦生徒会に提出する書類を作ってくれてるんだっけ?」
「ええ。どうやら先生には、決裁の順番に干渉する方法があるそうなので」
一通の封筒を受け取りながら、今はここにいない大人へと思いを馳せる。
今頃連邦生徒会に提出する書類を急ピッチで仕上げるために、死に物狂いで頑張ってくれているのだろう。
申し訳ない気もするが、これも作戦に必要な事だ。後で何かお礼をさせてもらおう。
「それにしても……先生かぁ」
そんなことを考えていると、ぼそりとホシノが小さな声で呟いた。
「あの人、結構変わってるよね。私達の我儘にも、文句も言わず付き合ってくれるしさ」
「そうですね。事情が事情とはいえ、まさか銀行強盗にまで協力するとは思っていませんでした」
「……実はさ、最初はあの人の事も信用してなかったんだ。また変な大人が来たな、なんて思ったぐらいだもん」
「今はどうなんです?」
「……うへ。そういう事、面と向かって聞いちゃう?」
僅かに頬を赤らめて、視線を逸らすホシノ。こういうところを見ると、彼女もまた年相応の少女なのだと実感する。まあ恋慕か親愛なのかはまだ分からないが。
……だがそんな彼女は、今から危険に身を晒そうとしている。他ならぬ私が立案した作戦のために。
「ほらほら~、また顔が堅くなってるよ~?」
ふと、温かいものが頬に触れた。
そのままホシノの両手に摘まれた両頬は、まるでパン生地のごとくこね回される。
「カナメちゃんが気にすることないよ。私から立候補したことなんだしさ」
「ですが、それを採用したのは私です」
安全策ではなく、相応のリスクを伴う代わりに確度も高い策を取る。そう決断したのは、ほかならぬ自分自身だ。
確かにホシノの強い要望はあったが、それは責任を転嫁する理由にはならない。作戦に参加する将兵に対する責任は、立案者が総じて負うべきものなのだから。
「……ホシノさん、一つだけ約束してください」
そっと頬の両手を取り払い、まっすぐホシノの瞳を見据える。
こちらの真剣さにあてられたのか、ホシノもまた真剣な面持ちに切り替わる。
「説明した通り、この作戦は相応の危険を伴うものです。ごく低い確率ではありますが……命を失う可能性もあることは否定できません」
「うん、知ってる。何度も聞いたからね」
「ですが、どんな状況におかれても……生きることだけは諦めないでください」
極限の状況で生死を分けるもの。それは究極的には生きようとする意思だ。
それがある限り、人は生存のためにあらゆる努力を尽くす。しかし失われてしまえば、急速に死へ向けて転がり落ちてしまう。
そうなればいくら助けが来ようと、手遅れになる可能性の方が高くなってしまう。
「我々はあなたを決して見捨てません。万難を排してでも、必ず助け出します」
そう力強く宣言すると共に、ブレザーの襟に着けた小さなブローチを取り外す。
白い羽根を象った、掌に収まるサイズの装飾品。手から放り出されたそれは、反射的に差し出されたホシノの手へと収まった。
「これは?」
「小隊のトレードマークのようなものです。なくすと仲間から滅法叱られます」
「……そんなもの、貰っちゃっていいの?」
「預けるんですよ。必ず、取りに行きますから」
絶対に助けに行く。だから必ず、貴方の手で返してほしい。
そんな思いが伝わったのかは分からない。しかしホシノはブローチをしばしの間眺めると……ぎゅっとその手に握りしめた。
「……最初はね、あなた達の事も信用してなかった」
「でしょうね。私もあなたを怪しんでいましたよ」
「うへ~、似た者同士だ……で、今はどうなの?」
「それは戻ってからのお楽しみという事で」
「そうやって逃げるのはずるくなーい?」
ホシノが笑いながら、ブローチを胸元に取り付ける。
艶消し加工が施された金属製の羽根が、電灯の光を受けて無機質な陰影を際立たせる。
「……じゃあ、そろそろ行くよ。あいつとの待ち合わせもあるしね」
「接触の直前に連絡をお願いします。それがこちらへの合図となりますので」
「うん、分かってる」
そう応えて、こちらに背を向けるホシノ。
だが数歩歩いたかと思うと、再びこちらへと向き直った。
「最後に一つだけ、聞いちゃってもいい?」
「最後にしないならお答えしますよ」
「……どうして私達に、ここまで協力してくれるの? ぶっちゃけアビドスと仲良くしたって、KSSにあんまりメリットってないでしょ?」
……なんだ、そんな事か。
確かにKSSの生徒会長としては、アビドスとの関係を深めるメリットはあまりない。顧客としてもあまり期待できないし、何か特別な恩恵が見込める訳でもない。
それを抜きにしても、今回の依頼はあくまで先生の護衛。先生が乗り気と言うのを抜きにしても、入れ込みすぎている事は重々承知している。
「決まってるじゃないですか―――そうしたいからですよ」
だがそんな事は、己の意思の前には関係ない。
ルールに背くならこじつけて合わせる。利益が見込めないなら出す方法を考える。そうやって倫理や規則に反しない形で、自分の意思を貫き通す。
少なくともこの17年間、ずっとそんな風に生きてきた。今回もその一環というだけだ。
「……なるほどねぇ。だからシロコちゃんも懐いたんだ」
こちらの明け透けな言葉を前に、ホシノは再びおかしそうに笑う。
それは夕方とは全く違う、ずっと見ていたくなる笑顔だった。