KSS警備学園奮闘記~うちの学校が廃校になりそうなので、先に独立することにしました~ 作:卵パサパサ感
「侵攻中の敵部隊、校舎より南10kmの地点まで接近!」
対策委員会の部室に、アヤネの緊迫した声が響く。
それを耳で拾いながら、私は紙コップに残っていた黒い液体を一気に飲み干した。
途端に口内に広がる、インスタントコーヒー特有の苦味。疲れた体を動かすにはピッタリの刺激だ。
「敵に増援の兆候はある?」
「いえ、ありません。依然として100程度の兵力と、2両の装甲車だけです」
「動ける分だけをかき集めて来たのでしょう。現状では向こうもこれが精一杯のはずです」
砂漠で交戦した車列がそのまま展開していれば、敵戦力は数倍に膨れ上がっていたに違いない。
しかしそれを運ぶための足は、つい数時間前にこちらが大半を吹き飛ばした。仮に歩いて辿り着こうとしても、あの場所からは最低でも数時間はかかる。
そうでなくてもあれだけの損害を受ければ、駐屯地に戻って再編成を行うのが当然だ。だから現時点で脅威となり得るのは、今捕捉している戦力だけと見て良いだろう。
「アヤネ、警告をお願い」
「……分かりました」
固唾を飲んでタブレットを叩くアヤネ。私と先生も席を立ち、背後からそっと机に置かれた端末を覗き込む。
そこに映し出されたのは、堂々とした隊列を組んで進軍するカイザーPMCの兵士達。その戦闘を僅かに弾痕が残る、2両の装甲車が先導していく。
その姿を画面越しに捉えたアヤネは数度深呼吸を繰り返すと、意を決したように口を開いた。
「進行中のカイザーPMC部隊に通達します」
「現在あなた達は、アビドス自治区との境界線に接近しつつあります」
「もし敵対の意思がないのであれば、直ちに進路を変更してください」
「これ以上の接近に対しては武力侵攻の意思ありと見なし、直ちに迎撃を実施します」
……だが、敵の動きに変化はない。先程までと何ら変わりなく、アビドス高校へ向けた進軍を続けている。
この警告は全周波数帯で発信されてる。つまり無線を有しているなら、聞こえていなければおかしいのだ。
にもかかわらず全く意に介さない以上、相手には明確な敵対の意思がある。既に分かり切った事だが、これで客観的な証拠が出来た。
「……やっぱり、何も反応はないね」
「もう一度行っておきましょう。聞こえなかったと言わせないためにも」
「分かりました―――繰り返します、進行中のカイザーPMC部隊に―――」
マイクに手をかけたアヤネが警告文を復唱しようとした、その時。映像の中のカイザー部隊が動いた。
鎌首をもたげる蛇の如く、上部に据え付けられた機銃を動かす装甲車。その銃口が向いているのは―――ドローンの方だ。
「アヤネさん、避けて!」
「は、はいっ!」
咄嗟にアヤネがドローンを動かすと、元いた所を通り過ぎる弾丸の雨。
しかも機銃はそのまま旋回し、逃げるドローンを執拗に追尾する。僅かに掠めた火線が機体を揺らし、映像が大きく乱される。
「ドローンに損傷は?」
「大丈夫そうですが……このままだと危険です!」
「一度撤退させてください。もう十分役目は果たしました」
警告を行うドローンに対する発砲。これは敵対的な意図を持っているという動かぬ証拠だ。
これでもう
「みんな、カイザーPMCが来るよ。準備して!」
「ζ小隊はポイントA2及びC3にて待機。ι小隊はFlak41改の発射準備」
タブレットを取り出し、通信機に呼びかける先生。
同時に私もインカムの通話ボタンに指をかけ、KSSへの後輩へと指示を飛ばす。
『ん、こっちは準備万端』
『こちらζ1、2両とも配置につきました』
『私達も準備OKよ。いつでも動けるわ』
『ι1よりOWL1、射撃準備完了。タイミングの指示をお願いします』
一斉に帰ってきたのは、各員からの威勢の良い返事。
数だけで見れば敵の10分の1程度。だが質で言えば決して負けていない。
それに加えて士気の高さと、以前から若干の改良を加えた防御陣地。これだけの要素が揃っていれば、勝算は十分にある。
「ι小隊、目標が距離3000まで接近次第射撃を許可する。装甲目標を優先して排除せよ」
双眼鏡を取り出し窓際から外を眺めると、既にカイザーの兵力は目視で捕捉できる範囲まで接近していた。
積もる砂を巻き上げながら、傍若無人な様子で進軍する軍勢。きっと彼らは負ける可能性など、万に一つも想定していないのだろう。
だとしたら教えてやらなくてはならない。慢心する軍の末路など、大概は決まり切っていると。
「砲弾を惜しむな。ここが使いどころだ」
『了解!』
校庭に露出した砲塔がゆっくりと旋回する。砲身が僅かに揺れ、照準を補正する。
その延長線上に見えるのは、カイザーの装甲車。重機関銃にも対応できる装甲を持つ、カイザー・インダストリーの最新モデルだ。
もし普通に戦っていれば、きっと相当厄介な相手になっていただろう。だがこちらにはいかなる装甲車両をも貫通しうる、とっておきの矛がある。
『距離3100……3050……3000!』
『
そして数瞬後、Flak41の砲口が瞬いた。
一瞬の間を置いて響く、耳をつんざくような金属的な破裂音。それに数秒遅れて、3km先の装甲車が爆散する。
高初速で撃ち出された砲弾は最も厚い前面装甲を容易く貫き、内部で炸裂したのだ。
突然の奇襲と損害に驚愕したのだろう。にわかに動きを止め、動揺を見せるカイザーの軍勢。
しかしそれも数秒の事。状況を理解した彼らは、即座に隊列を解いて散開し始めた。
流石はプロのPMCなだけはある。だがこちらにとって数秒の隙は、再攻撃に備えるには十分すぎるほどだ。
『次弾装填完了!』
『目標、敵装甲車!
次なる砲弾が、退避のために脇腹を見せた装甲車目掛けて放たれる。
開戦を告げる爆炎が、もう一つ立ち昇った。
「塀を乗り越えて来るよ! ノノミ、セリカ、迎撃して!」
「側面から迂回を試みる戦力を確認! 数20!」
「ζ1はポイントD3へ。便利屋と共に別働隊を包囲殲滅せよ」
数分後。開戦早々、戦いは既に佳境を迎えつつあった。
あちこちから響く銃声に爆発音。私達がいる教室も決して安全圏ではなく、窓ガラスには幾多もの弾痕が刻まれている。
だがその程度で動じる訳にはいかない。机を倒して作った即席の防壁の陰で、私はドローンを介して戦場を俯瞰する。
『まだ来る……本当にしつこい』
『来るならいくらでも来なさい! 全部まとめて追い返してあげるわ!』
『ここはホシノ先輩が帰ってくる場所なんです! あなた達には渡しません!』
校門付近は、既に大量の兵士達が転がる死地と化していた。
それもそうだろう。何しろ複数の機関銃陣地とFlak41という、屈指の火力が集中する地点なのだから。
加えて迎撃にあたるシロコ達は、陣地間を繋ぐ塹壕を介して神出鬼没の戦闘を展開。圧倒的多数のカイザーPMCを、ごく少数で食い止めることに成功していた。
だが当然カイザーも、馬鹿正直に校門から全戦力を投入してくるわけではない。
正面の守りが堅固なら、他の守りが薄い地点から攻める。そんな攻城戦の基本に則り、複様々な方向から攻め込もうと試みている。
しかしそれは今のところ成功していない。何故ならその戦法を見越した、もう一つの策を講じてあるからだ。
『こちらζ3、ポイントF2にて敵集団発見! 攻撃を開始します!』
『敵に対装甲火力なし! 一気に押し切る!』
それはζ小隊が駆る、2両の装甲車を用いた機動防御。
元々要人護衛用に追加装甲を施していただけあって、防御力は重機関銃にも耐えられるほど。さらに搭載する7.62mm機関銃は、歩兵相手なら十分な制圧力を発揮する。
そしてどうやら敵は対装甲火力に乏しいらしい。恐らく少しでも兵士を増やすために数を絞ったのだろうが、おかげで兵士達は小銃で装甲車に立ち向かう羽目になっていた。
『ζ1よりOWL1! ロケット弾を被弾、1号車走行不能!』
「人員の損害は?」
「ありません! ですが第1防衛ラインを突破されました!」
だが機動防御も完璧ではない。数が少ないので取り逃がす事もあるし、このように撃破されればその分だけ穴が空いてしまう。
しかしそれも織り込み済み。むしろ装甲車という手強い相手を切り抜けた後ほど、どうしても心の隙は生じるものだ。
「……見つけた!」
無線の情報を元にドローンで索敵を行うと、敵の姿はすぐに捉えられた。
人数は10人ほど。高校周辺の住宅街を迂回して、防御の薄い側面を突く算段なのだろう。
「この位置なら……4番、起爆!」
だが手元に数あるスイッチの一つを押し込んだ瞬間、その集団は差し掛かった十字路もろとも吹き飛んだ。
こういった迂回路や隘路として機能し得る地点には、先んじてC4爆弾によるトラップを仕掛けておいたのだ。
といっても、実際に設置したのは便利屋68の面々。彼女達の短時間でのトラップ設置技術には、我々から見ても目を見張るものがある。
……これでアウトローでなければ、講師として招いてみたかったのだが。
『こちら便利屋68号、後方の敵集団を発見したよー!』
『やっぱり良いわね、この名前! 本当に私達のものになったって感じがするわ!』
『ほら社長、手を動かして。車長は装填手も兼任してるんだから』
そしてその便利屋68はといえば、報酬になる予定の装甲車で後方の敵を叩いて回っている。
最高時速80kmの機動力と、5cm砲による火力。それはこの場における遊撃戦力としては、この上なく頼りになるものだ。
アル社長も念願の社用車で大暴れできるとあって、随分とご満悦な様子。だがその名前はアウトローにしてはあまりに安直すぎると思う。
『さあハルカ! 一気に敵を蹴散らすわよ!』
『わ、分かりました! アル様の敵は一人残らず私が轢きつぶします!』
『へ? あ、いや、そういう意味じゃ……』
「……もしかして便利屋のみんな、暴走してるのかな?」
「まあ……許容範囲でしょう。少なくとも仕事はしています」
文字通り敵を跳ね飛ばしていく装甲車から、そっと目を逸らす。
派手に暴れてくれるのなら、敵戦力の分散も狙える。まあ、悪い事じゃない。
「! 新たな車両の接近を確認しました!」
と、その時。周辺の監視を行っていたアヤネが、一際大きな声を上げた。
「中に乗っているのは……カイザーPMC理事です!」
「……あいつ、無事だったのか」
量は少なかったとはいえ、至近距離にC4を設置したのは事実。てっきり爆風に巻き込まれて後方送りになったとばかり思っていた。
だがタブレットの映像を見る限り、どうも自力で歩ける程度には無事らしい。中々悪運が強い奴だ。
しかし考え方次第では、こちらの方が好都合だ。この後の手間が一つ省ける。
「我々も行きましょう。向こうから来てくれるなら、この期を逃す事もありません」
「そうだね。ここで決着をつけよう」
「……はい」
防壁の陰から立ち上がり、教室の外へと足を進める先生。そしてどこかぎこちない様子で後に続くアヤネ。
そんな彼女の肩を、私は後ろからそっと叩いた。
「ひゃっ!?」
「そう緊張することはありません。いつも通りに振る舞えば、あなたならきっとうまくやれます」
「……本当にそうでしょうか」
「ええ、ホシノさんも言っていました。「アヤネちゃんなら任せられる」と」
「ホシノ先輩が……」
その言葉に目を見開くアヤネ。
しかしその表情は程なくして、決意を宿したものへと変わる。
「……分かりました。精一杯やってみます!」
「大丈夫。自信がなくても、胸だけ張っておけば何とかなりますよ」
「はい!」
元気よく答えると、アヤネは一歩を踏み出し教室の戸をくぐる。
その歩みには、一分の迷いも感じられなかった。
「……歓迎の花火にしては、少し過激すぎるのではないのかね?」
私達が校庭まで降りる頃には、既に理事も敷地の手前まで辿り着いていた。
双方の戦力が銃を向けあう中、私達は校門を境にして向かい合う。
そして幾何かの沈黙の後、一歩前に歩み出たアヤネが口を開いた。
「……学校はまだ私たち、アビドスのものです。侵攻は明確な違法行為に他なりません」
「ほう、だったらどうする?」
「連邦生徒会に通報します。自治権の侵害は、キヴォトスでも重罪です!」
「連邦生徒会に通報だと? 面白い、今すぐにでもやってみたらどうだ?」
アヤネの言葉をせせら笑う理事。
それを傍目に隣の先生へと目配せを送る。先生は頷き、抱えたタブレットを操作する。
「君たちはこの状況について、今まで何度も連邦生徒会に嘆願してきたのだろう? それで、一度でも動いてくれたことがあったか?」
「……」
「無かったはずだ。何せ連邦生徒会は今、動けないからな」
「…………」
「連邦生徒会だけではない。今までどこか他の学園が、君たちのことを助けてくれたことはあったか?……いや、一つだけはあったか」
「………………」
「まさかアビドスにPMCを雇えるだけの余裕があるとは思わなかった。これは毎月の返済額も、考え直した方が良かったかもしれないな?」
次々と投げかけられる理事の挑発。
だがアヤネは言葉を発しない。ただじっと歯を食いしばりながら、その時を待ち続けている。
「―――最後の生徒会メンバーである小鳥遊ホシノが退学した以上、アビドスの生徒会は、もう存在しないも同然。君達は何者でもない」
「!」
そしてその時は、存外早く訪れた。
校舎を見上げながら、自信に満ちた表情で嘯く理事。
「公的な部活も、委員会も、生徒会も、自治区すらも無いアビドスは、学園都市の学校として自立・存続が不可能だと判断……仕方ない、ここは我がカイザーコーポレーションが、この学校を引き受けるとしよう」
対するアヤネは―――そっと胸に手を当てる。
まるで何か、重大な決心をするかのように。
「そうだな、新しい学校の名前は「カイザー職業訓練学校」にでも―――」
「―――その必要はありません」
「……何だと?」
「アビドスは私達の学校です。あなたたちが割り込む必要なんて、どこにもありません!」
思わぬ反論に理事の顔が引きつる。
しかしそれはすぐに、意地の悪そうな笑みへと変わった。
「だからどうした? 君達がいくら主張しようと、アビドス生徒会は既に存在しない。つまりアビドスはないも同然なのだよ!」
「いいえ、アビドス生徒会はまだ存在しています」
「何を言っている? 小鳥遊ホシノは退学した! ならばどこに生徒会のメンバーがいるというんだ!?」
そう、彼女はずっとこの言葉を待っていた。
理事が―――計画の首謀者が「小鳥遊ホシノが退学すれば、アビドス生徒会は消滅する」と認識している。それを明確に示す言葉を。
そして今、彼の口からそれが飛び出した。私と先生、そしてここにいるアビドスとKSSの皆が証人だ。
一度吐いた言葉は戻せない。だから満を持して、切り札を切ることが出来る。
「……いますよ。今、目の前に」
「ふん、何を言い出すかと思えば……」
「ホシノ先輩は確かに退学しました。でも一通だけ、手紙を残していたんです」
アヤネの胸から手が離れる。
開かれた手が、固く握りしめられる。
「そこにはこう書かれていました―――」
そして彼女は、力強く言い放った。
この窮状をひっくり返す、最高の一言を。
「―――「後任の副会長として、奥空アヤネを指名する」と」