KSS警備学園奮闘記~うちの学校が廃校になりそうなので、先に独立することにしました~   作:卵パサパサ感

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形勢逆転

「……何、だと?」

 

 理事の顔に動揺の色が浮かんだ。

 これまで余裕に満ち溢れていた男が一転して見せる、明らかな焦りと驚愕。それは彼の計画が根本から揺らいだ証に他ならない。

 だからこそ私は畳み掛ける。この揺らぎをさらに増幅させ、崩壊させるために。

 

「何もおかしなことはないでしょう」

 

「!」

 

「自ら職を退くのなら、信頼できる者に後任を託す。円滑な組織運営のためには、当然のことだと思いますが?」

 

 唯一の生徒会メンバーだったホシノが退学すれば、生徒会の消滅によりアビドスは学校としての資格を失う。それは決して間違った理論ではない。

 だが一点だけ致命的な見落としがある。それはホシノが役職の引き継ぎを行うだけで、この理屈は根本から成り立たなくなるという事だ。

 生徒会についての認識が誤っていた一昨日までのホシノなら、まず考えつく事もなかっただろう。しかし彼女は気づき、そして決断してくれた。全てはこの学校を守るために。

 

『カナメちゃん、前に言ってたっけ。歴代の生徒会が何とか守り抜いてきたから、このアビドスは今日まで残ってるって』

 

『……だったら私も一つくらい、それっぽいことはしておかないとね。今までなーんにもできてなかったんだから』

 

 ふと、その時のホシノの顔が脳裏によぎる。

 長い葛藤の末、どこか寂しげな笑顔と共に頷いてくれたホシノ。だからこそ、その決断を無駄にする訳にはいかない。

 ―――この唯一無二のチャンスで、理事の陰謀にとどめを刺す。

 

「だがそちらには、そんな考えは毛ほどもなかったようだ」

 

「ぐっ……!」

 

「思いつかなかったのか、それとも端から考えるつもりもなかったのか……それは分かりませんが、そんなことはどうでもいい」

 

 そこで言葉を切ると、私は理事の顔をぎろりと睨みつける。

 

()()()は誤った認識に基づき、アビドスの自治権を侵害した。それだけが事実だ」

 

 これこそが「ウツボ作戦」の真の狙い。

 奴らの作戦の肝である「生徒会の消滅」を、副会長職の引き継ぎという形で無効化する。その上で誤解に基づく侵攻を誘発させ、自治権侵害という重罪をカイザーPMCに押し付ける。

 これで奴らはもう合法的な立場にはいられない。自治権を有する学校の武力併合を試みた、キヴォトス屈指の重犯罪者だ。

 

「……ふざけるな!」

 

 だが理事もそう簡単に負けを認めるつもりはないらしい。

 その手を大きく振るうと、口角から泡を飛ばしながら反駁し始めた。

 

「そもそも口頭ですらない、手紙による引き継ぎなど認められるか! そんなものが有効であるはずがない!」

 

「かもしれません。なので今朝、全校生徒を対象とした信任投票を実施しました―――結果は全校一致での可決です」

 

「全校一致だと? 笑わせるな、たった4人しかいない学校の分際で!」

 

「だとしても、それがアビドスの総意である事には変わりません。私は今、アビドスの代表としてここに立っているんです!」

 

 理事の反論に毅然と反論するアヤネ。

 彼女は何も間違っていない。たとえたった3人の支持であったとしても、それは今アビドスに在籍する全生徒の支持を得たということ。であれば彼女が新たな副会長となることが、アビドスの総意と言い換えても過言ではない。

 そして精一杯の勇気を振るうアヤネの背を、そっと先生が後押しする。

 

「この人事は既に連邦生徒会も承認している。これがその証拠だ」

 

 そう言って彼が見せつけたのは、タブレットに映る1枚の電子データ。

 それは生徒会での人事異動があった場合などに用いられる、連邦生徒会宛ての書類。スクロールする事で表れた承認欄には、既に連邦生徒会長代行の判が押されている。

 それはすなわち、この人事異動が連邦生徒会に正式に認められたということ。奥空アヤネ副会長の存在は、キヴォトスにおいて公認されたという事だ。

 

「……馬鹿な、もう承認が降りているというのか!?」

 

「どれだけ理屈を重ねようと、現にアビドス生徒会は存続している。この事実を否定させはしない!」

 

 そう啖呵を切る先生の目元には、うっすらと隈が浮かんでいた。

 無理もない。何しろこちらが動いている間にも、彼は対策委員会の顧問として必要なことを一手に引き受けていてくれたのだから。 

 提出する書類の用意に、対策委員会のメンバーへの事情の説明と説得。そして信任投票の監督に連邦生徒会との交渉。それらを先生が担ってくれたからこそ、今この場がある。本当に感謝してもしきれない。

 

「……第一、先に攻撃を仕掛けてきたのはそちらの方だ!」

 

「……攻撃? 何のことですか?」

 

「しらばっくれても無駄だ! そこにいるKSSを雇って、こちらを襲わせたのは分かっているぞ!」

 

 そんな事を考えていると、理事が新たな方向からの反撃を試み始めた。

 大方先に攻撃を受けたのだから、自分達の行動はあくまで反撃のためと言い張るつもりなのだろう。

 だとしたらこちらの出番だ。既に反論の材料は用意してある。

 

「我々は不当な攻撃の報復を行っただけだ! それを被害者のようにーーー」

 

「……理事、あんたは一つ勘違いをしている」

 

「勘違いだと?……ふん、白々しい! 何を勘違いしているというんだ!」

 

KSS(われわれ)とアビドスの間には、いかなる契約も存在しない」

 

「……!?」

 

 これは想定外だったのだろう。さっきまでの威勢はどこへやら、言葉を失う理事。

 そんな彼に向けて、私はさらに畳み掛ける。淡々と、あえて感情を抑えた口調で。

 

「我々は連邦生徒会からの依頼に基づき、シャーレの先生の護衛を担当している。よってアビドスとはいかなる雇用関係も存在しない」

 

「そんな訳があるか! ならこの防衛陣地は何だ!」

 

「護衛対象の安全を確保するための措置だ。()()()ヘルメット団やら何やらの襲撃が相次いだからな」

 

「我々の部隊を襲撃したのも、あくまで護衛のためだというのか!?」

 

「当然だろう。アビドス自治区に接近する正体不明の武装勢力に対して、()()()()()()で威力偵察を行ったまでだ」

 

 そう、何も間違った事は言っていない。陣地を構築したのも、先刻カイザーの部隊に奇襲をかけたのも、全ては先生の安全確保のためだ。

 たとえ構築した陣地がアビドスを利する形になったとしても。襲撃がホシノの()()した

結果になったとしても。そしてカイザーの襲撃を前に()()共闘する事になったとしても。KSSとアビドスの間には何一つ契約は存在しない。

 だからこそ、理事の理論は破綻する。それも彼を最も害する形で。

 

「要はあんたは勘違いで、()()()()アビドスの自治権を侵害した訳だ。そちらの理屈に従うなら、の話だが」

 

「む、無関係だと!? 現にお前達は―――」

 

「ならどうして説明しなかった? 見当違いな自治区の講釈よりも、もっと説明することがあったんじゃないか?」

 

「……っ!!」

 

 そんな事ができるはずもない。何しろ彼らの狙いは、他ならぬ()()()のアビドスなのだから。

 それに仮に勘違いだったとしても、それでカイザーの罪が薄れる訳でもない。アヤネの警告を無視し、あまつさえ発砲までした以上、明確な敵意を持って自治区に侵攻した事は明らかだ。

 

「……まあ故意でも勘違いでも、どちらでもいいんだ」

 

 歯噛みしながら、こちらを凄まじい形相で睨みつける理事。

 そんな彼を一瞥すると、私は首をアヤネの方へと向ける。

 

「どちらにせよやることは変わらない。そうでしょう、アヤネ副会長?」

 

「……ええ、そうですね」

 

 それだけで意図は伝わったのだろう。アヤネは軽く頷きを返すと、再び正面を見据える。

 そしてそっと息を吸い込むと、固く結んだ唇を開いた。

 

「本件については、既に連邦生徒会への通報を行っています」

 

「な……なっ!?」

 

 ついに理事の喉から、隠しきれない動揺が漏れ出した。

 反対に微かに口端を吊り上げ、もう一撃を叩き込むアヤネ。

 

「あなたが言ったんですよ? 「今すぐにでもやってみたらどうだ」と」

 

『連邦生徒会に通報だと? 面白い、今すぐにでもやってみたらどうだ?』

 

 それはつい先ほど、理事がこちらを嘲笑いながら口にした言葉。

 だからお言葉に甘えて、先生に通報してもらったのだ。武力侵攻による自治権侵害の現行犯として。

 当然ドローンが撮影した映像も、全てが連邦生徒会に転送されている。これでもう武力による揉み消しも意味がない。

 

「……そ、それがどうした! さっきも言っただろう、連邦生徒会が動くはずがないと!」

 

 もし彼に汗がかけるなら、今頃は額に滝のような流れが出来ているだろう。

 そう思えるほどに焦りを顕にしながらも、なおも虚勢を張り続ける理事。

 なるほど、中々しぶとい相手らしい。ここはもう一発、直撃弾を与える必要がありそうだ。

 

「……なら、動くようにしてあげましょう」

 

 そう口にすると、私は理事を睨みつけながら言葉を続ける。

 

「極めて恣意的な理屈に基づく、自治権侵害を目的とした武力侵攻―――KSS警備学園もこれを深く憂慮し、連邦生徒会に通報を行うものとする」

 

 そもそも自治権侵害レベルの問題が生じているなら、調停のために連邦生徒会は高い確率で動く。

 まして二校が連名で通報を行っている状況なら、どれだけ腰が重かろうと動かざるを得ない。これで動かないようなら、もはや存在価値はない。

 しかも内容はといえば、どう見てもカイザー側が黒一色。連邦生徒会長の失踪以来、いいところのない連邦生徒会にとっては、いい実績稼ぎになるはずだ。

 

「……!!!」

 

 対する理事は―――何も答えない。

 まるで時が止まったかのように硬直する体。そして狂った機械のように、明滅とパターンの変化を繰り返す目

 これはロボ型の市民にしばしば見られる変化。そうなる時といえば……大抵の場合、ろくな事は起こらない。

 

「り、理事?」

 

「……ふ」

 

「は?」

 

「ふざけるなあああぁっっ!!」

 

 そしてこの場においても、それは同様だった。

 自分を心配して寄ってきた兵士を裏拳でなぎ倒す理事。それでもなお収まらぬ怒りのまま、彼はこちらに向けて吠えたける。

 

「私が……私がどれだけこの計画に力を注いできたと思っている!」

 

「それが滅びかけの学校に残る連中に……所詮はPMCの猿真似でしかない連中に……っ!!」

 

「こんな形で……計画がっ……私の計画があああああぁっ!!!」

 

 それはもはや大人でも、企業のトップでもない。

 一瞬にして全てを失った男の、悲嘆と怨恨にまみれた悲鳴だった。

 この騒動がどのような形で終わるにせよ、自分が生き残る事はない。真っ先に切られるトカゲの尻尾だと、この短時間で理解してしまったのだろう。

 

 だが同情の余地はない。

 好き好んで違法スレスレのラインで反復横跳びしていたのは、他ならぬ彼自身だ。それが一つ小突かれて破滅に転がり落ちたからといって、至極当然のこととしか思えない。

 それに一つ違っていれば、彼がこの怨嗟を受けながら笑う側だったのだから。

「理事、落ち着いてください!」

 

「離せ……離せえええぇっ!!」

 

 両脇を兵士に固められ、なおも喉が枯れんばかりに叫び続ける理事。

 そんな彼を呆然と見つめる兵士に、私はそっと声をかける。

 

「どうする? このまま残っていれば、次に責任を問われるのはお前かもしれないぞ?」

 

「……くそっ!」

 

 舌打ちを一つすると、兵士は無線機を取り出した。

 

「総員撤退だ! 理事の体調が急変された!」

 


 

「……敵戦力の退却、確認しました」

 

「ええ、そのようですね」

 

 逃げるようにアビドス高校を後にする、カイザーPMCの車列。

 その最後の一台が地平線の向こうに消えるのを確認すると、アヤネは僅かに微笑む。

 同時にふっと力が抜け、崩れる体。だがそれは地面に倒れるよりも早く、先生の腕に抱きとめられた。

 

「アヤネ、大丈夫?」

 

「す、すいません。緊張が解けたら、急に体の力が抜けちゃって……」

 

「本当にお疲れさまでした。立派な副会長でしたよ」

 

 自分がホシノの後継だと彼女が知ったのは、ほんの数時間前のこと。

 その僅かな間に説得を受け、覚悟を決めたアヤネは、見事に副会長として理事と渡り合って見せた。

 その心労は察するに余りある。本当によく務めを果たしてくれた。

 

「アヤネ、ありがとう。今回アビドスを守れたのは、間違いなくあなたのおかげ」

 

「とってもかっこよかったですよ、アヤネちゃん!」

 

「見たでしょ、あの理事の狼狽えっぷり! 私達、本当にやったのよ!」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 それは見守っていた対策委員会も同じ気持ちだったらしい。

 一斉にかけより、先生もろともアヤネを取り囲む面々。口々に飛んでくる賞賛の言葉に、アヤネの顔がどんどん赤く染まっていく。

 ……だが、足りない。この場には本来、あと一人加わっていなければ。

 

「まだ、終わっていませんよ」

 

 だから私は、あえて空気を乱す言葉を投げかける。

 

「これでアビドスは守れました。次は対策委員会の、最後のメンバーを取り戻す番です」

 

「……ん、そうだね。ホシノ先輩もいないと、本当の意味で終わりじゃない」

 

「でも、どうするの? 作戦とはいえ、退学しちゃったんでしょ?」

 

「大丈夫。ちゃんとホシノから預かっているものがあるんだ」

 

 そう言ってスーツの内ポケットから、一枚の封筒を取り出す先生。

 その表面に記された文字を認識した途端、皆の顔が驚きの色に染まる。

 

「そ、それって……」

 

「そう。ホシノの()()()だよ」

 

 編入届。退学した生徒が、再び学校に入学する際に必要な書類。

 それこそが私達と彼女をつなぐ、最後の糸だった。

 

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