KSS警備学園奮闘記~うちの学校が廃校になりそうなので、先に独立することにしました~ 作:卵パサパサ感
「先生、こちらにサインをお願いします」
「うん、分かった」
アヤネから手渡された書類に、先生がペンを走らせる。
アビドス生徒会副会長の承認印の隣に記される、アビドス廃校対策委員会顧問としてのサイン。これでこの書類は明確な公文書としての効力を発揮する事になる。
そしてその上に書かれた「小鳥遊ホシノ」の名前を確認すると、私は大きく頷いた。
「……これでホシノさんには、「新たにアビドスの生徒となる」権利が発生しました」
「だけどカイザーが不当にその行使を妨げている。だから私達にはホシノ先輩を救出する資格がある……そういうことだね、師匠」
「でも、なんでこのタイミングじゃないと駄目だったの? アヤネちゃんが副会長って隠すため?」
「ホシノさんが契約を結ぶ時に、この権利がまだ発生していない。その構図を作ることが肝心だったんですよ」
「……?」
一般に契約とは、締結時点で当事者が保有する権利義務を対象とする。将来新たに発生する権利まで拘束するには、その旨を明示した条項が必要だ。
つまりホシノが契約でいかなる権利を束縛されていたとしても、契約が結ばれる際に存在しなかった「新たにアビドスの生徒となる」権利は制約を受けない事になる。
もっとも「将来獲得する権利」も対象になっている場合はその限りではないのだが……ホシノには契約の際に、そのような文言があれば破談にするよう言い含めてある。その上で契約が締結されているのだから、何も問題はなかったのだろう。
「よく分からないけど……ホシノ先輩を取り戻す大義名分ができたって事でいいのよね?」
「平たく言えばそういう事です」
「でもちょっと不思議な感じですね。一度退学した学校に、そのまま入り直せちゃうなんて」
「退学した生徒の編入を許可しない。そんな校則はアビドスにありませんでしたからね」
ホシノが帰ってくる根拠ができた。その事でにわかに明るくなる教室の空気。
だがシロコが首を傾げながら放った一言が、場の空気を一変させた。
「それで師匠、どうやってホシノ先輩を奪還するつもりなの?」
「言われてみれば……私達、ホシノ先輩がどこにいるのかも分からないんですよね」
そう、ホシノは未だカイザーの手の内にある。これを奪還しなければ、真の意味での勝利とは言えない。
そしてそのためにはまず、彼女の現在地を割り出す事から始めなくてはならない。
だがそれも既に織り込み済みだ。何しろこうなることが前提の作戦なのだから。
「それなら問題ありません。こちらをご覧ください」
ポケットから作戦用の携帯端末を取り出し、机の上で何度かタップする。
すると画面に映し出されたのは、CGで描かれたキヴォトスの地図。そしてその中で一際輝きを放つ、一つの赤い光点。
「ホシノさんには発信器を携行してもらっています。この通り、場所は既に把握済みです」
「この座標……間違いありません! 一昨日訪れた、カイザーPMCの駐屯地です!」
それに付随する座標情報を見た途端、アヤネが身を乗り出す。
流石はアビドスのオペレーター。まさかこれだけの情報から、ホシノの所在を言い当ててしまうとは。
おかげでこちらも説明の手間が省けた。今は時間が惜しい以上、話が早いのはとても助かる。
「ええ、その通りです。ホシノさんは今、アビドス砂漠のカイザー駐屯地にいます」
「……でも、どうしてあんな所に?」
「地元の生徒だから、土地勘が活かせるアビドスに割り振ったのでしょうか?」
「そんなの何だっていいわよ! 要はホシノ先輩は、まだアビドスにいるって事でしょ?」
「その通りです。どうも運はこちらに味方してくれているらしい」
カイザーPMCの活動範囲は多岐にわたる。それこそキヴォトスの外にまで及んでいるという話もあるほどだ。
もしそんな所までホシノが飛ばされていれば、いくら権利があろうと奪還する事はきわめて難しい。そうでなくとも別の自治区にいるだけで、奪還に動けば他校とのトラブルが生じることは避けられなかっただろう。
しかし今彼女がいるのはアビドス。既に自治区ではないにせよ、アビドス領内である事には変わりない。これなら考えるべきこともぐっと少なくなる。
「この配置がいつまで続くかも分かりません。動くなら速い方が良いでしょう」
「ん、分かった。なら今から―――」
「待ってください! シロコ先輩もさっきの戦闘で消耗してるはずですよね!?」
「これくらいなら全然大丈夫。すぐにだって動ける」
今にも銃を引っ掴んで駆け出さんとするシロコ。それを慌てて引き止めるアヤネ。
分かってはいたが、シロコはホシノを相当に慕っているらしい。それだけ彼女も良い先輩だったということだろう。……もっとも、多分本人は認めようとしないだろうが。
そんな事を頭の片隅で考えながら、シロコを引き留めようとした―――その時。
「っ!?」
「……えっ!?」
端末に映る光点が、忽然とかき消えた。
途端に周囲の面々に走る驚愕と動揺。私も決して例外ではない。
それでも反射的に画面をタップ。それでも反応がない事を確認すると、すぐさまアプリを再起動する。
しかし再び開いた画面には、何も映らない。ただ無地の地図が空しく広がるだけだ。
「い、一体何が起きたんですか……!?」
「端末側の問題ではありません。恐らく……発信器の問題かと」
「まさか、破壊された?」
「いえ、それはあり得ません。一つや二つならともかく、全てが一斉に壊れるはずがない」
襟元に一つ、靴の中に二つ、そしてブローチに仕込んだものが一つ。
それぞれ違う個所に仕掛けた発信器が、一斉に壊れる可能性は限りなく低い。もしそんなことになれば、十中八九ホシノの体も原型を留めていないだろう。
それより現実的なのは、電波が遮断された可能性だ。発信器の信号すら届かない地下、あるいは電波を遮断する構造の部屋。もしそんなところにホシノがいるとしたら。
「……恐らくホシノさんは、カイザーに幽閉されたものかと」
「そんな……!」
「どういうこと!? スカウトしておいて閉じ込めるなんて、無茶苦茶すぎるじゃない!」
激昂するセリカ。だが今回ばかりは彼女を窘める言葉が思いつかない。
黒服の名目はあくまでカイザーPMCへの勧誘だったはず。なのにいきなり幽閉に踏み切るのは、どう考えても筋が通らない。
こちらの罠にはまった理事による報復か? それとも黒服とやらが、何か別の目的のために動いているのか?
「こうしちゃいられないわ! すぐに助けに行かないと!」
しかし悠長に思索に耽っている暇はなかった。
自分の銃を取りに走るセリカ。そんな彼女を、私は咄嗟に引き留める。
「待ってください! 今動いても、ホシノさんの居場所は分からない!」
「カイザーの駐屯地にいるんでしょ! それだけ分かっていれば―――」
「それではコンパスもなしに砂漠を走り回るようなものだ!」
「……っ!」
アビドスに住んでいる彼女だからこそ、その無謀さが理解できたのだろう。セリカは取りかけていた銃をそっと戻す。
「それに敵の数は多い。このまま向かっても、ただ返り討ちに遭うだけです」
「……そうだね。きっと今の私達だけじゃ勝てない」
事実、カイザーが擁する戦力の数は対策委員会の比ではない。いくらか手傷を負わせたとはいえ、把握しているだけでも相当な数が駐屯地に控えている。
その中を手がかりもなしに探し回れば、ホシノに出会う前に殲滅されてしまうだろう。
「けど、このままじゃホシノ先輩が……!」
「私が潜入して確かめる。徹底的に準備して、師匠の協力もあれば何とかなるはず」
「そんな! いくらシロコちゃんでも危険すぎます!」
にわかに生じたホシノの危機に、紛糾し始める会議の場。
この状況を打開する術は一つ。私がカイザー駐屯地に潜入して、ホシノの身柄を確保するしかない。
情報は皆無に等しい、難易度が高い潜入だが……決してできない事ではないはずだ。
「―――カナメ会長」
だがそれを提案しようとした刹那、アヤネが先んじて口を開いた。
そのただならぬ雰囲気と聞き慣れぬ呼び方に、周囲の面々も言葉を失い彼女を見つめる。
そして教室の視線が一身に集まる中、アヤネはさらに言葉を続けていく。
「KSSの業務内容には、要人奪還も含まれていますか?」
「はい、ですが……まさか」
「そのまさかです。私はアビドス生徒会の副会長として―――KSS警備学園にホシノ先輩……いえ、小鳥遊ホシノ救出の支援を依頼します」
それは確かにこの状況を打開しうる一手。しかし同時に、あえて思考の外に置き続けていた一手でもある。
依頼という形にしてしまえば、報酬を支払う義務が生じる。そしてアビドスにそんな余裕がない事は、今まで交流してきた中で十分に把握している。
だからこそこちらから口にする事はなかった。ただでさえ苦しい彼女達の高校生活に、これ以上の負担を増やさないために。
「……確かにζ小隊とι小隊、それに追加で2個小隊を投入すれば、あの駐屯地を陥落させる事は可能でしょう」
その禁断の選択肢を、他ならぬアビドスの方から切り出してきた。
その事に少なからぬ衝撃を受けながらも、私は努めて冷静に言葉を選ぶ。
「ですがその場合、我々も相応の料金を要求しなくてはならない。依頼という形になれば、こちらとしても妥協はできません」
「……大丈夫です。いつもの利息の支払いが、ちょっと増えるだけですから」
一瞬だけ、アヤネの顔に不安の影が差す。
それでも彼女はそれを振り払い、毅然とした表情をこちらに向けた。
「そんな事よりも……ホシノ先輩を取り戻せない方が、ずっと嫌なんです!」
「それにポカポカヘルメット団として、カイザーからせしめてきたお金がある。だから今月分の利息は大して苦にならない」
「私もバイトを増やすわ! 少しは足しになるはずよ!」
「いざとなったら報酬は私がこれで払います。だから、どうか……お願いします」
そして残るアビドスの生徒達も、アヤネの決断を後押しする。
どこからか取り出した札束入りのアタッシュケースを引っ張り出すシロコに、手を握りしめながら叫ぶセリカ。そして金色のカードを取り出しながら、こちらに頭を下げるノノミ。
そんな彼女達は皆、瞳に揃いの光を宿していた。何としても大切な先輩を取り戻したいという、この上なく強い意志の光を。
「……」
だが、だからこそ、こちらも素直には頷けない。
彼女達の意思は確かなものだ。だからこそ尊重したい。だが尊重して要請を受け入れることは、彼女達に今以上の重荷を背負わせることに直結する。
それでいいのか。もっと他の手があるのではないのか。頭の中で、答えの出ない問いがぐるぐると循環する。
「私にいい考えがあるよ」
そんな葛藤に光をもたらしたのは、状況を静観していた先生だった。
「カイザーに対抗できる戦力を出せば、アビドスの負担が大きくなる。カナメはそれを気にしているんだよね?」
「ええ、お恥ずかしながら」
「だったら私が、他に協力してくれそうな生徒を探してくる。そうすればKSSから出す戦力も、その分だけ減らせるはずだ」
「……そうか、シャーレの力なら!」
所属や学籍によらず不特定多数の生徒の協力を仰ぐことのできる、キヴォトスでも屈指の権力を持つ
そして戦力を別の形で補完できるのなら、KSSとしても派遣する兵力を削る事が可能だ。当然その分だけ、アビドスに要求する報酬も抑制できる。
「ですが、協力してもらえそうな生徒のアテがあるのですか?」
「一応ね。まあ、こっちは任せておいて」
そう言っていつも通りの、穏やかな笑みを浮かべる先生。
そんな彼に一礼を返すと、目を閉じ脳内で電卓のキーを叩く。
部隊の運用コストから見込まれる報酬と、それによりアビドスに生じる負担。その釣り合いを最適な形で取るのなら……やはり、この手しかない。
「……分かりました」
そして数秒の沈黙の末、私は開いた目でアヤネをしっかりと捉えた。
「KSS学園の生徒会長として、この依頼を受諾します」
「!……ありがとうございます!」
「ただしこちらから出せるのは1個小隊だけです。後は先生、お願いします」
「うん、任せて」
頭を下げるアヤネと、力強い頷きを返す先生。
そんな二人に背を向けると、インカムを専用の周波数に合わせる。
予算の制約から、投入できるのは1個小隊だけ。その上で先生が不首尾に終わった場合を想定し、単独でも任務を達成できるだけの戦力が必要だ。
「―――OWL1より、OWL小隊各員に通達」
そんな部隊は私が知る限り一つしかない。
そしてその部隊であれば、私が一番よく知っている。
「緊急の任務だ。至急、アビドス高校へと集合せよ」
なにしろ、他ならぬ自分が小隊長なのだから。