KSS警備学園奮闘記~うちの学校が廃校になりそうなので、先に独立することにしました~ 作:卵パサパサ感
皆様の期待に添えるよう、これからも精進して参ります。
シャーレがあるD.U.シラトリ区から、アビドス自治区まではさほど距離はない。電車ならものの数時間で辿り着くぐらいだ。
車で向かった場合はもう少しかかる。それでも通常なら半日を超えることはない。
安全確保のための迂回や休憩を考慮しても、何事もなければ日が落ちる前にアビドス高校に辿り着ける。それが当初の予定だった。
……そう、何事もなければ。
「これはすごいな……っ!」
激しい突風に、装甲板を打つ無数の砂塵。
それらが起こす激しい音に、向かいの席に座る先生が思わず顔をしかめる。
慣れてない人からすれば、こんな音をひっきりなしに聞かされ続けるのは相当な苦痛だろう。
だからといって止めることもできない。何しろ相手は自然現象―――砂嵐なのだから。
(まさかこんな事になるとは……)
出発前に取得した気象情報では、砂嵐発生の兆候は一切なかった。なんなら1時間前に確認した時も、天候はきわめて安定しているはずだった、
しかし30分前に急に風が荒れだしたかと思えば、あっと言う間に砂嵐化。私達はその真っ只中に突っ込む形になってしまったという訳だ。
幸い、装甲車の方に問題はない。
砂漠用の防塵措置が施されたエンジンは快調に唸りを上げているし、空調装置のおかげで車内の空気に砂が混じることもない。
むしろ問題が生じているのは……どちらかといえば
「今度はGPS信号途絶!? さっきから一体どうなってるのよ!?」
「無線の方は? ι小隊と繋がった?」
「ううん、駄目。さっきから周波数を変えて呼んでるんだけど……」
砂嵐が引き起こす様々な問題を前に、ζ小隊の面々は既に問題処理能力のキャパシティの限界を迎えつつあった。
これは良くない傾向だ。いくら車が無事だったところで、それを操る人間の方が冷静さを失えば、遭難リスクは格段に跳ね上がる。
「優先事項は……GPSの復旧?!? それとも……」
そしてそれを統括すべき小隊長もまた、混乱の真っ只中にある。まさしくホナミが指摘した課題点が露呈した形だ。
流石にこれはまずい。見かねた私は彼女の肩を掴み、こちらへ向き直らせた。
「ζ1、まずは深呼吸だ」
「え、なんで―――」
「いいから」
疑問符が浮かんだ様子のまま、言われるままに数度深呼吸を繰り返す小隊長。
その顔にいくらか落ち着きが戻ったのを見計らい、言葉を続ける。
「今生じている問題は?」
「は、はい。GPSの機能不全による現在位置のロストと、2号車との通信途絶です」
「SRTの教本を思い出せ。どちらも類似した状況への対処法が書いてあったはずだ」
「教本、教本……」
目をつぶり、しばしの間考え込む小隊長。
そして次に目が開かれた時、彼女の顔から迷いは消えていた。
「そうだ、思い出した!」
そう叫んで操縦席に駆け込んだかと思うと、取り出してきたのは地図とコンパス。
地図を空いている座席の上に広げた小隊長は、助手席に座る小隊員を呼ぶ。
「ζ2、手伝って! 今から現在位置と進行方向を割り出す!」
「分かった! 何を手伝えばいい?」
「信号が途絶する直前の座標と、オドメーターの走行距離を参照して! そこに進んだ方角を付け足せば、今の位置も求められる!」
自信に満ちた表情で、地図上にペンを走らせる小隊長。
恐らく今の彼女に他のことを気にする余裕はない。ここは一つ、お節介を焼かせてもらおう。
「ζ3、リアフォグランプを3秒間隔で明滅させろ。近くにいるならきっと見えるはずだ」
「わかりました!」
「ζ4は短波通信に切り替えて呼びかけを継続。何かしらの返事があるまで続けてくれ」
「了解!」
割り当てられた役割に基づき、ζ小隊の隊員達は己の役割を果たしだす。そこに先程までの混乱はどこにもない。
彼女達は能力がない訳では無い。さっきは単に想定外の状況のために、何をすればいいか分からなくなっていただけだ。
だからそれさえ分かってしまえば、後はどうとでもなる。
「……申し訳ありません。お見苦しいところをお見せしてしまいました」
奮闘する小隊員から視線を外し、先生に向かって頭を下げる。
護衛は泰然自若でいるからこそ信頼されるもの。なのに今のような浮足立ったところを見せてしまえば、彼にも不安を抱かせてしまったかもしれない。
しかしこちらの予想に反し、先生は笑顔のまま首を横に振った。
「見苦しくなんてないよ。みんな精一杯頑張ってくれているんだから」
「そう言っていただけると助かります」
「だけど、こういう事ってよくあるの?」
「いえ。そんな事はありませんが……」
SRT製装備は、どれも一般に流通しているものより高性能のものが揃っている。
この装甲車だって例外ではない。いくら型落ちの旧式とはいえ、普通なら並の砂嵐程度で通信やGPSが機能不全に陥るはずがないのだ。
なのにこうなっている以上、この砂嵐は何かおかしい。根拠があるわけではないが、何か得体のしれないものが関わっているのかもしれない。
後で砂のサンプルを回収しておこう。
そんなことを考えていると、傍らがにわかに騒がしくなった。
「現在位置、特定できました!」
「2号車との通信回復! 視認範囲内です!」
次々と喜びの声をあげる小隊員達を、先生は微笑ましげな目で見つめる。
「すごいね、こんなに短時間で解決するなんて」
「ええ。まだひよっ子ですけど、プロですから」
その後どうにか砂嵐は抜け出せたものの、その時には既に日暮れ時。
砂嵐の影響を受けた装甲車の応急整備も必要だった事から、その日は近くにあった廃屋で野営を行う事になった。
「うーん……!」
「まだ慣れませんか、あれの乗り心地には」
「想像していたよりは、ずっと楽なんだけどね……」
そして翌朝。
私達は閑静な住宅街の一角で、小休止をとっていた。
アビドス高校までは後少し。ただ辿り着く前に先生の体の方に限界がきそうだったのだ。
やはり兵員輸送車の椅子は、一般人が長時間座り続けるには不向きなものだったらしい。
『ドローンによる索敵継続中。依然として人影なし』
『動体センサーにも反応ありません』
「了解。引き続き警戒を頼む」
もちろん装甲車から出ている以上、警戒は怠らない。
上空には偵察用ドローンが飛び回り、地上では装甲車に備わった動体センサーが目を光らせている。
肩を大きく回して凝り固まった身体をほぐす先生。
そんな彼を傍目に見ながら、私は周囲の音に耳をすませる。
聞こえてくるのは風に砂が運ばれる音や、装甲車から響くエンジン音。人の会話や生活音は、どこからも聞こえてこない。
「静かな街だね」
「ええ。この地区はだいぶ前に放棄されたそうです」
立ち並ぶ家屋はどれも立派なものだが、どれも住む者がいない廃墟。まさしくゴーストタウンだ。
そしてそうなるに至った理由も、街中のそこかしこに広がっている。
「車内で話は聞いたけど……ここまでとは思わなかったよ」
「砂漠が迫る土地には暮らせない、ということでしょう」
屋根に、塀に、道路に。所構わず振り積もった、大量の砂。
知識としては知っていたつもりだが、やはり実際に見ると改めて実感する。確かにこんな事になってしまえば、かつての三大校も衰退するわけだ。
いかなる栄光も等しく埋めてしまう砂漠の大地。その拡大は数十年前から歯止めがかからないというのだから、住民がアビドスに見切りをつけてしまうのも無理はないことだ。
それでも全ての住民が諦めているわけではない。
現にアビドス高校の生徒達は戦い続けている。手持ちの物資が欠乏してもなお、
個人的な感傷なのは重々承知している。ただ、それでも……どうにも他人事だとは思えない。
『人影発見! 12時の方向、距離1200!』
と、その時。左耳につけたインカムから、一際大きな声が響いた。
その言葉に私も思索を打ち切り、現実へ意識を引き戻す。
「数と所属は分かるか?」
『数は1、制服はアビドスのものです』
「アビドス生か。偽物じゃなければ、ちょうど良いタイミングだな」
ここまで来ればもう道に迷うことはない。
ただ取り次ぎの事などを考えれば、アビドスの生徒による案内があった方が良いのも事実だ。
そう考えると、ここでアビドス生に接触できるのはとてもありがたい。
『対象はロードバイクに搭乗。時速約30キロでこちらへ接近中』
「分かった。こちらで接触する」
インカムのボタンから手を離すと、私は先生の方へ向き直る。
「先生は一度、車の方へお戻りを」
「いや、私も残るよ。もし本当にアビドスの生徒なら、ちゃんと挨拶しておきたいからね」
「ですが、まだ本物とは限りません」
「その時はカナメ達に守ってもらう事にするよ」
相変わらず柔和な表情で答える先生。しかしその瞳にはしっかりとした意思が感じられる。
どうやら己の職責に真摯な人らしい。これでは梃子でも動いてくれなさそうだ。
「分かりました。では、ひとまずこちらに」
せめて少しでも安全を確保するため、先生を自分の背後へと誘導する。
そしてライフルの安全装置を解除して待つこと数分。チェーンが回る軽やかな音と共に、その少女は現れた。
「……あなた達、誰? ヘルメット団じゃなさそうだけど」
青いマフラーを巻いた、灰色の獣耳が特徴的な生徒。
彼女は道の傍らにロードバイクを停めると、訝しげな視線をこちらへ投げかける。
だがそれが私が制する右手の後ろにいる先生を捉えた途端、彼女の瞳は一瞬だけ大きく見開かれた。
「大人の人……もしかしてあなたがシャーレの先生?」
「私のことを知っているの?」
「ん、アヤネが言っていた。多分今日には来るはずと連絡があったって」
「連絡……?」
身に覚えのない話に首を傾げる先生。そんな彼に私はそっと小声で囁く。
「勝手ながら、こちらから通達を送らせて頂きました。場合によっては自治区内での戦闘となる可能性もありましたので」
衰退しているとはいえ、アビドスもれっきとした自治権を有する立派な自治区。その中で他校が無許可で戦闘を行えば、いくら自衛目的でも面倒な事になるのは目に見えている。
だからKSSの方からアビドス高校へ、訪問と自衛目的での戦闘行為が生じる可能性を事前に通達しておいた。今回の任務は秘密裏に行うものではないから、知らせておいても問題ないと判断した上でだ。
実際には通達よりも1日遅れでの到着になりそうな訳だが……そこは外交折衝担当のアヤが気を利かせて、続報を送ってくれたのだろう。
そしてこれではっきりした。この少女はほぼ間違いなくアビドスの生徒だ。
KSSの業務用通信回線は一般のものよりセキュリティが強固なもの。少なくともヘルメット団のような武装集団が、興味本位で覗き見できるほどヤワじゃない。
「ちょうど良かった。みんな待ってたところ」
得心したように頷いた少女は再びロードバイクに跨り、こちらへと振り向く。
「ついてきて。案内してあげる」
「ありがとう、えっと……」
名前を呼ぼうとして、まだ知らないことに気づき口ごもる先生。
そんな彼に少女は、表情を変えないまま言葉を続けた。
「シロコ、砂狼シロコ。よろしくね、先生」
「見えました、アビドス学園です!」
「こんな道があったなんて……さすがは地元の人
」
それから10分後。私達は無事アビドス高校へと到着することができた。
シロコが案内してくれた道は、こちらが想定していたルートよりもはるかに近道。おかげで時間も予定の半分ほどに短縮できた。やはり餅は餅屋ということか。
「ん、んん?」
しかしその時、ペリスコープで外周監視を行なっていた隊員が疑問の声をあげる。
「どうした?」
「いえ、その……なんて言えばいいんだろう、これ……」
「そんなに難しい状況なのか」
「はい、なんというか……一部の生徒が過剰にこちらを警戒しているみたいです」
なるほど、確かに今一つ要領を得ない状況だ。言いたいことは分かるが、どういう状況なのかが想像できない。
ここは自分の目で見た方が早いだろう。そう考えた私は後部ハッチを開き、装甲車から飛び出す。
そして正面に回り込むと、ちょうどこちらに目顔を向けたシロコと目が合った。
「どうかしたのですか?」
「……後輩が一人、ちよっと勘違いをしちゃってるみたい」
少し困ったような顔で視線を学園に向けるシロコ。
その視線の先を辿ると―――
「やっぱりどう見ても、ヘルメット団ではなさそうな……?」
「うーん、やっぱりセリカちゃんの早とちりじゃない?
「何言ってるのよ二人とも! シロコ先輩、今助けるからっ!」
―――今にもこちらに飛びかからんばかりの気迫を放つ猫耳の少女。そしてそれを宥める2人の生徒の姿があった。