KSS警備学園奮闘記~うちの学校が廃校になりそうなので、先に独立することにしました~   作:卵パサパサ感

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1000件以上のお気に入り登録、まことにありがとうございます。
ここまで皆さんにご愛読いただけるとは思っていませんでした。これからも精進して参りますので、どうかお付き合いいただけると幸いです。


ホシノ奪還作戦:1

“ホシノが囚われている場所が分かった“

 

 先生からそんな連絡が届いたのは、ι小隊の定時報告が終わってすぐの事だった。

 聞けば情報源は、件の黒服と呼ばれる存在。どうやら彼の招待に応じ、面を突き合わせて交渉した末に引き出した情報らしい。

 

 罠かもしれないのに、何故敵の招きに乗ってしまったのか。乗るなら乗るで、どうしてこちらに話を通してくれなかったのか。

 護衛の視点から見れば、先生の行動に言いたいことは山ほどある。いくらι小隊が護衛についていたとはいえ、あまりにも迂闊すぎだ。

 ……だが、おかげで助かった。この情報のおかげで、救出作戦を前倒しで実行できる。

 

「情報が正しければ、救出対象が囚われているのは第51地区の中央付近。発信器の信号が途絶した状況からして、地下もしくは特殊な室内にいる可能性が高い」

 

「駐屯地の最深部ですね……もし罠なら、これ以上ない配置ですよ」

 

「本当に信頼できる情報なの? 正直、経緯を聞くとそうは思えないのだけど」

 

「確度は保証できない。だが最優先で捜索する価値はあると思う」

 

 けたたましくローター音を響かせながら、闇夜の中を飛翔する「ネスト」。

 その機内で、私達は作戦前の最後の確認を行なっていた。

 向かいの座席から言葉を交わすのは、マスグレーの空挺服に身を包んだホナミとアヤ。久方ぶりに見る、夜間降下作戦時の正装だ。

 

「降下後は私とOWL2で当該地区の制圧を実施。安全確保の後に対象の確保へ移行する」

 

「予測される敵の数と制限時間(タイムリミット)は?」

 

「目標は10分で30人。当然、隠密戦闘でだ」

 

「上等。いい肩慣らしになりそうね」

 

 こちらの言葉に鼻を鳴らすと、余裕げに微笑むホナミ。

 それはあまりにも傲慢さを感じる言葉。何も知らない者が見れば、ただ驕っているようにしか聞こえないかもしれない。

 しかし実際にはそうでない事はよく知っている。もしただの増長なら、手元の端末に映る地形図を食い入るように見つめているはずがない。

 

「OWL4はハッキング用の端末確保を優先。それが完了次第、ネスト突入時の脅威となる対空火器の破壊準備に回ってくれ」

 

「今回は静かにいきますか? それともド派手に?」

 

「派手にいこう。寝起きドッキリというのも悪くない」

 

「分かりました! とびっきりド派手なのを打ち上げますねっ!」

 

 どこかおどけた様子で、びしりと敬礼を決めるアヤ。

 かと思えばすぐに携行する予定の爆薬を取り出し、再度信管や起爆装置を確認し始めた。

 日頃は何かとドジを踏む彼女も、肝心な時にはしくじらない。いざという時に憂いが起きないよう、こうしてしっかりと備えているからだ。

 

「OWL3はOWL4が端末を確保次第、セキュリティの掌握を頼む。その後は上空待機に入り、対策委員会と合流後に強行突入だ」

 

「任せて。今回もしっかり迎えに行くわ」

 

「砂漠での運用は初めてだが、ネストの調子は問題なさそうか?」

 

「大丈夫、とってもいい音色よ」

 

 ()()。それはカノンだけが理解できる特殊な感覚。

 一体それがどのようなものなのかは、長い付き合いを経てきた今でも分からない。ただ一つ確かなのは、おかげで彼女には少しだけ違う物事の見方ができるということ。

 だからこそ彼女はこの小隊に欠かせない。己と違う視野に立つ者がいるから、人は過ちにも気づけるのだから。

 

「これがKSSとしての、OWL小隊(わたしたち)の初任務だ。くれぐれも気は抜くなよ」

 

「うひゃー……そう言われると緊張しちゃいますよぉ」

 

「アヤ、あなたらしくもないわね。要はいつも通りやればいいのよ」

 

「ああ、そういうことだ」

 

 そっと空挺服の左腕に描かれた、部隊章へと指を這わせる。

 翼を大きく広げ、嘴にナイフを咥えたフクロウのエムブレム。思えばこの部隊章を初めて身に着けた時から今日まで、挑んできた任務は数知れない。

 一つの区切りだからと大げさに言ってみたが、結局は今回もその一つだ。侮らず、されど臆さず。日頃の訓練を信じて挑めば、どうとでもなる。

 

「―――高度3500メートルに到達。皆、準備はいい?」

 

 そんな事を考えていると、操縦席からカノンの声が飛んできた。それに促され、改めて自分の装備を確認する。

 他の隊員と同じ空挺服にボディアーマー。グローブ、ゴーグル、ヘルメット。どれも一つとして欠けはない。

 確認が終わったところで、傍らに置いていた荷物へと手をかける。側面にウェポンケースが固定された、大型のバックパックだ。

 

「本当にあなたが運ぶのね。そういう重量物は私の領分なのに」

 

「そっちも今回は大荷物だろう。替えのベルトリンク、いくつ詰め込んでるんだ?」

 

「侮らないで頂戴。これくらいで音を上げる程、やわな鍛え方はしていないわ」

 

「だとしてもこれは私が持っていく。そうじゃなきゃケジメがつかない」

 

「……本当に相変わらずね、そういうところ」

 

 腹部にバックパックを固定すると、ずしりと体を襲う重量感。

 だがこの程度なら問題はない。後一つくらい増えても問題なく動けそうだ。

 数度体を動かし、固定状態を確認する。そして周囲を見渡してみれば、既に二人とも準備を終えていた。

 

「いいぞ、開けてくれ」

 

「了解」

 

 次の瞬間、後部のランプドアがゆっくりと動き出す。

 同時に機内へ流れ込む、上空3500メートルの大気。強烈な冷気に薄い酸素という、人間が長居することを許さない過酷なものだ。

 それでも私はひるむことなく、一歩ずつ足を踏み出していく。開き切ったハッチの先に広がる、どこまでも深い暗闇の方へ。

 

『風向、風速共に規定範囲内。いつでも行けるわよ』

 

「分かった。皆、忘れ物はないな?」

 

 振り向き尋ねてみても、返事は返ってこない。代わりに翼だけが大きく広げられる。

 それが私達の中での合図。いつでも飛び立てるという、どんな言葉よりも確かな証。

 そして返す言葉も決まっている。降下前には必ず口にする、お決まりの合言葉だ。

 

「―――地上で会おう!」

 

 そう叫ぶと、ランプを駆けて宙に身を投げ出す。

 同時に翼を大きく広げれば、風を掴んだ翼は体をふわりと舞い上げた。

 


 

 今回滑空する距離はおよそ11キロ。風の影響を考慮しなければ、到達までは十数分。

 その間は優雅な空の旅、というわけにはいかない。少しでも油断すれば風に流され、降下地点を大きくずれてしまう。

 まして今回の作戦は、空から敵拠点に乗り込むことに意味がある。外れて砂漠に降りてしまえば、その時点で作戦は失敗と言っても過言ではない。

 

 だからこそ、一秒たりとも気は抜けない。

 左腕にマウントした端末に映る位置情報。それを参考に体の重心を傾け、リアルタイムで軌道を修正し続ける。

 時折強い風が吹き付ければ、塗料で黒く染めた翼を少し畳み、風上に体を向ける。風に流される分を相殺し、コースの逸脱を最小限に抑えるテクニックだ。

 

「……目標施設を視認」

 

 そうして風に抗いながら進むうちに、ついに目標の駐屯地が近づいてきた。

 闇夜に呑まれた砂漠の中で、燦然と輝く人工の灯り。例え光量は小さくとも、周囲の暗闇と比較すれば、まるでそこだけ昼間を切り取ったかのようにさえ思える。

 そして外周に向けられたサーチライトの中に、上空を照らすものは一つもない。それはすなわち、こちらの接近に敵が気づいていないということ。

 

 大方索敵網は地上に重点が置かれていて、空にはさほど警戒が向けられていないのだろう。

 一般的な対空レーダーくらいはあるのかもしれないが、それでは私達は捉えられない。低速で滑空する人間という、極めて特異な対象は。

 

『司令部と思しき施設を視認。直接降下を仕掛けます』

 

「了解。無理はするなよ」

 

 そんな通信と共に、後方に控えていたアヤが動く。

 カラスに似た翼を絞り、徐々に低空へと降下。目標が近づけば即座に降下できる姿勢だ。

 視界の下方へと移動していく彼女を見送りながら、私は一つ大きな羽ばたきを打った。

 

「目標の1キロ圏内に降下したい。見つけたら教えてくれ」

 

『了解。ちょうどいい平地を作ってくれてるといいのだけど』

 

 堅牢なフェンスを遥か眼下に越えながら、探すのは程よい降下地点。

 障害物がなく、警備が手薄で、なおかつ目標地点にほど近い。そんなポイントを数十秒のうちに見つける必要がある。

 一度高度を下げれば、もう取り戻すことはできない。だからこそ神経を集中して、地表の景色に目を走らせ続ける。

 

「見えた!」

 

 幸いほどなくして、良い候補が見つかった。

 倉庫と思しき施設の間に走る、それなりの幅を持つ道路。周囲を照らす灯りも、歩哨に立つ兵士の姿も見受けられない。

 端末を見れば、目標地点までの距離も遠くない。降りるならここだ。

 

「降下ポイント特定。先行する」

 

 隣に並ぶホナミに通信とハンドサインで合図をすると、一気に翼を畳む。

 揚力を失ったことで急速に地表へと降下する体。やがて高度が一定の域に達した瞬間、胸元のハーネスに付いた解除紐(クイックリリース・タブ)を勢いよく引いた。

 途端に胸元から外れ、先んじて地表へと落ちるバックパック。その自重に引かれるようにして、私は足元から地面へと舞い降りる。

 

「っ!!」

 

 足裏から始まり、体をよじって脹脛と太腿。さらに勢いに従って尻から背中へ。

 適切な挙動で衝撃を5点に分散したことで、体へのダメージは最小限に抑えられた。

 そして体を起こすと同時に、もう一つのタブを引いて体に固縛されたストラップを解除。身軽になった体を立ち上がらせると、私はぐるりと周囲を一望する。

 

「ここは……学校か?」

 

 周囲に点在するのは、すっかり砂に埋もれた建造物とおぼしき痕跡。

 微かに見える時計や窓の痕跡からして、元は校舎か何かだったかもしれない。もしや砂嵐に埋もれたという、アビドス高校の本校の残骸なのだろうか。

 だとしたらカイザーも随分趣味が悪い。かつての栄光を踏みにじる形で、こんな拠点を建てているなんて。

 

 そんな事を考えていると、背後から響く大きな物音。

 見ればそこには私と同様に、模範的な5点接地を決めるホナミの姿があった。

 素早く起き上がった彼女は軽く体の砂をはたくと、暗視装置(NVG)をかけた顔をこちらに向ける。

 

「相変わらず上手い着地だな」

 

「当然よ。それで、目標までの距離は?」

 

「620メートル……それに、一発目から大当たりらしい」

 

 左腕の端末に表示されているのは周辺の地形図。だがそこには先程まで存在していなかった、一つの赤い光点が映し出されている。

 これは間違いなくホシノに仕掛けた発信器の反応だ。恐らく彼我の距離が縮まったことで、減衰した信号でも受信できるようになったのだろう。

 

「やはりブローチを渡しておいて良かった。あれの信号が一番強力だからな」

 

「だからといって、無闇に他人へ渡すのはどうかと思うけど」

 

「分かってる。だが、今回はこれが最適だったんだ」

 

 こちらに突き刺さる、不満と呆れが入り混じった視線。それをどうにか宥めながら、私は再び端末の画面へと視線を落とす。

 これでやっと居場所を突き止められた。この信号が示す先に救出すべき対象が、ホシノが囚われている。

 ……後少し、本当に後少しだ。どうかもう少しだけ待っていてくれ。

 

「!」

 

 だがそんな思いとは裏腹に、微かな足音が耳朶を打った。

 やはり人一人を捕まえているだけあって、相応の警備を敷いているらしい。まずはこれを片付けなければ、接近すらままならないだろう。

 

「……10時の方向、距離400。軽装歩兵が2人」

 

「気づかれたかしら」

 

「いや、巡回だろう。一気に片付けるぞ」

 

 ホルスターからハンドガンを引き抜く。同様にホナミもまた、自分のハンドガンに初弾を送り込む。

 その先端に装着されているのは、SRT制式仕様のサプレッサー。発砲音を大幅に抑え込む、潜入作戦時の頼れる相棒だ。

 とはいえ発砲すれば発覚のリスクはどうしても生じるもの。できる事なら撃たずにカタをつけたいところではある。

 

「私が先にやる。2人目を頼む」

 

「ええ、フォローは任せなさい」

 

「ああ、頼りにしてる」

 

 やがて曲がり角から姿を現す二人の歩兵。

 何やら雑談に興じている彼らは、こちらの存在に気づいていない。奇襲をかけるなら絶好のチャンスだ。

 翼を大きく広げ、足に力を込める。そして同時に開放すれば、一気に縮まる彼我の距離。

 

「何だ……ぐあっ!?」

 

「て、敵―――ごっ!?」

  

 そして兵士の腕と首を掴み、地面へと叩きつける。

 何が起きたか理解が及ばず、一瞬動きを止めるもう一人の兵士。その頭部へ向けて、ホナミの掌底が叩き込まれた。

 


 

 小鳥遊ホシノはひどく穏やかな気分だった。

 状況としては最悪極まりない。明かりもろくにない部屋に閉じ込められ、手足は赤い糸のようなもので固く拘束されてしまっている。

 それでも顔に浮かんでいるのは、達成感に満ちた微笑。何故なら彼女は既に、成すべきことをやり終えていたからだ。

 

「……これでいいんですよね、ユメ先輩」

 

 アビドスを廃校に追い込もうとする、カイザーの謀略は見事に退けられた。その過程で抱えていた借金も、元の半分以下まで減らすことができた。

 これで後輩達が抱える負担もぐっと楽になる。それでも苦しい事には変わりないが、先生の助けがあるならきっと大丈夫だ。

 それだけの物を遺せたのなら、自分の人生にも意味はあったのだろう。失敗と間違いだらけだった、この人生にも。

 

 黒服が行おうとしている()()とは何か。それはホシノには皆目見当がつかない。

 だが不思議と後悔はなかった。どんな結末が待ち受けているにせよ、抗おうとする意思は起こらなかった。

 

 諦念と満足が入り混じった吐息を漏らした、その時。

 ふと胸元のブローチが目に入る。

 

(……約束、守り損ねちゃったなぁ)

 

 白い羽を象った、金属製の無機質な装飾品。それは思わぬ形でできた友人が、自分に預けてくれたもの。

 必ず取りに行く。別れの時、彼女は確かにそう言っていた。しかしこの状況ではそれも難しいだろう。

 もしかすると、今も救出のために動いてくれているのかもしれない。だとしてもそれが間に合うと思えるほど、ホシノは楽観的な思考の持ち主ではなかった。

 

 大切なものだと言っていたし、できればこれだけでも彼女の元に戻したい。

 いっそ黒服に頼めば、送り届けてくれないだろうか。わざわざ実験体になったのだから、それくらいの頼みは聞いてくれてもいいはずだ。

 そんな詮無い考えが頭を支配し始めた、その時。

 

「……?」

 

 静まり返った室内に、微かな異音が響き渡った。

 気のせいかと思ったが、どうもそうではないらしい。カツン、カツン、と金属質な音が、一定のリズムで聞こえてくる。

 

「何、この音……?」

 

 耳をすませてみれば、音が聞こえてくるのは上の方から。

 だが見たところ、特筆すべきものは見受けられない。広がるのはどこまで広がっているともしれない、暗い天井だけだ。

 そうしているうちに、音はカチャカチャと何かを弄るようなものへと変わる。やがてそれすらも止むと―――天井の一部に、ぽっかりと穴が空いた。

 

 そして幾らかの間を置いて、穴から何かが飛び降りる。

 自身の目の前へ静かに着地した人影。それは今まさに、ホシノが思い浮かべていた相手だった。

 

「どうやら、間に合ったようですね」

 

 服装は見慣れぬ迷彩服だし、大きな翼は何故か黒い。

 だがその白髪と琥珀色の瞳を、見間違えることなどあるはずがない。

 

「……カナメちゃん!? ど、どうやってここに……!?」

 

「通気ダクトですよ。ちょうどいいのがありましたので、使わせてもらいました」

 

 違う。聞きたいのはそこじゃない。

 驚きのあまりそんな突っ込みすら出せないホシノをよそに、彼女を縛る赤い糸をナイフで断ち切るカナメ。

 突然戒めが解けたことで、反動で体がつんのめる。だが地面に接するよりも早く、それは後ろから伸びた手に抱きとめられた。

 

「今は無理に動かない方がいい。さあ、これを」

 

 そのまま床に横たえられると、手渡される飲料水のパック。

 それを反射的に受け取りながら、ホシノは目をしばたかせる。

 

「……本当に来てくれたんだ」

 

「ええ、そういう約束でしたからね」

 

 白髪の少女は、僅かに口角を吊り上げた。

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