KSS警備学園奮闘記~うちの学校が廃校になりそうなので、先に独立することにしました~   作:卵パサパサ感

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本話でアビドス編は完結です。


一杯のラーメン

 そんな小恥ずかしいやり取りから一週間。

 たったそれだけの間に、アビドスを取り巻く状況は大きく変化していた。

 中でも一番大きいのは……抱えている借金が、大幅に減ったことだろう。

 

 あの後、カイザーの本社はアビドスに()()を申し込んできた。

 連邦生徒会から本格的に睨まれれば、キヴォトスでの商売がやりにくくなる。だから今回の一件は()()()()()だった事にしてほしい、と。

 実際はもっとそれらしい言葉で覆い隠していたけど、結局はそういうことに変わりない。自分達で潰そうとしておいて、なんとも虫がいい話だとは思う。

 

 でも今は副会長のアヤネちゃんは、その要求を受け入れる事に決めた。

 なんでもカナメちゃんから「頭を下げてきたなら、受けておいた方がいい」とアドバイスされていたらしい。

 ただし「引き出せるものは全て引き出す」という条件付きで。この辺は本当にあの子らしいと思う。

 

 そして交渉の末に、アヤネちゃんはカイザーから最大限の譲歩を引き出した。

 借金の一部棒引きに、最低ラインまでの金利引き下げ。当の本人はもう少し粘りたかったみたいだけど……あのカイザーからこれだけの条件を引き出せたなら、十分な大勝利だ。

 

 これに黒服が肩代わりした分を含めれば、アビドスの借金は―――残り3億円。

 一生かかっても返しきれないはずの借金は、たった数日で3分の1まで減っていた。

 


 

「そんな訳でさ~、今日はシロコちゃんとノノミちゃんが講師として出向いてるんだよ」

 

「トリニティ系列の中小校ですか。なら金払いもいいでしょう」

 

「うん、びっくりするくらい。本当にお金持ってるんだね、あの辺の人達って」

 

 そんなある日の休日。

 ようやく修繕が終わった柴関ラーメンのテーブルで、私はカナメちゃんと向かい合っていた。

 話題に上がるのはアビドスの近況について。その一つ一つに、カナメちゃんはそっと口元を緩ませる。

 

 あれからアビドスに生じた変化。それには知名度の向上という、予想だにしないものがあった。

 たった5人の生徒しかいない学校が、カイザーと互角以上に渡り合った―――どこからか漏れたその情報が、急速に拡散していたのだ。

 そのおかげか、物は試しと作っていた不良生徒対策講座のホームページには、キヴォトス各地の中小校からの応募が届き始めるようになっていた。

 

 それで支払われる指導料は、アビドスにとっての収入になる。

 今はまだ応募も少ないし、5人しかいないから捌ける数も少ない。

 それでも、このまま評判が広まっていけば……もしかすると、アビドスの安定した収入源になるかもしれない。

「……けどさ、みんなどこから知ったんだろうね。こんなところでカイザーが負けたなんてさ」

 

「あの場には便利屋も、トリニティの生徒もいました。漏れるとすればその辺りかと」

 

「そういう人達が口を滑らせたってこと?」

 

「いつの世も、人の口に戸は立てられないものです」

 

 どこか他人事のように、そう言ってお冷のグラスに口をつけるカナメちゃん。

 ……でも、彼女は一つだけ見落としている。いや、意図的に目を逸らしている。

 あの場で私達と共にカイザーと戦い、一部始終を見届けた勢力が他にいる事を。

 

 そもそも不良対策のインストラクターだって、元はカナメちゃんが出した案だ。

 先生と一緒にアビドスを去る前に、ホームページの製作をアヤネちゃんに提案したのも他ならぬ彼女。そして程なくして噂が広まり、応募が届き始めた。

 全部偶然と言えば確かにそう。でも、本当にそれだけなのだろうか?

 

「……うへ~、そういうものなのかもねー」

 

 けどここで問いただしてみても、きっと真相は分からない。

 仮に裏でカナメちゃんが糸を引いているのなら、きっと全力ではぐらかしにかかる。もっともらしい、反論しにくい理屈のオンパレードで。

 ……これだから、自分のやりたいようにやる人は厄介だ。私も人の事は言えないけど。

 

 だから私は話を切って、別の話題へと切り替える。

 

「そういえば、例の件なんだけど」

 

「例の件?」

 

「報酬の話。やっぱりあれ、安すぎるんじゃないかなーって」

 

 私の救出のために、アビドスからKSSヘ行われた依頼。その報酬は驚くほどに安いものだった。

 月に一度、行われる演習の敵役(アグレッサー)になってほしい。ただそれだけ。お金や何かの権利といったものは、一切要求される事はなかった。

 別にPMC業界の相場に詳しい訳ではない。それでもこれが法外に安い事は、少し考えれば誰にだって分かる。

 

「そっちも一応、企業みたいなものでしょ? 赤字になっちゃうのはまずいんじゃない?」

 

「心配ありませんよ。連邦生徒会からせしめた追加料金で、今回はしっかり黒字です……便利屋68への補填も含めて」

 

「あ、ちゃんと弁償はしたんだ」

 

「どんな形であれ、作戦の中で彼女達の資産を犠牲にしたのは事実ですから」

 あの作戦の後、お説教に続いて開かれたささやかな祝勝会。その片隅で肩を落としていた便利屋の社長の姿が脳裏に浮かぶ。

 確かカナメちゃんが「あの行動で便利屋68の任務遂行に懸ける熱意が証明された。だから決して無駄じゃない」なんて言って励ましてたっけ。

 あの後、ちゃんと装甲車の弁償もしていたんだ。本当にこういうところはしっかりしている。

 

「もっとも今度は、自分達で稼いだ金で買うつもりだそうですが」

 

「ふーん……やっぱりアウトローらしくないね、あの子達って」

 

「そんな訳なので、追加の支払いは不要です。月に一度、演習相手になってもらえれば十分です」

 

「……ずるいなぁ、本当に」

 

 きっとこれも、カナメちゃんが()()()()()()を貫き通した結果なのだろう。

 借金を抱えたアビドスに、これ以上の出費はさせられない。だけどKSSとしては、何か受け取らなければ商売にならない。

 そんな現実を理解した上で、それでも自分の意思を貫き通した。だからこんな形に落ち着いたんだ。

 すっかりそれっぽい理屈で固められているせいで、こっちは文句もつけられない。こういうところは、少しだけカイザーのやり方に似ている。

 

「……もし気にかかるようなら、一つだけ約束してください」

 

 そんなことを考えていると、不意にカナメちゃんが真剣な顔になった。

 琥珀色の瞳が、まっすぐ私の瞳を見据える。

 

「もしまた一人で突っ走りたい気分になった時は、必ず誰かに相談してください。それを守ってくれるなら、貸し借りは一切無しです」

 

「そんなことでいいの?」

 

()()()()()が、取り返しのつかない事態に発展する事もあります」

 

 ……それを言われると、何も反論できない。

 もしあの時先生と話していなかったら。その場にカナメちゃんが居合わせていなければ。私は間違いなく、一人で黒服の取引に乗っていた。

 そうなれば副会長職の継承が行われていないアビドスは学校と見なされず、カイザーに潰される事になっていたかもしれない。

 

 一人で解決しようとしても、できない事もある。

 悔しいけど、それは認めるしかないのだろう。

 

「……分かった。約束する」

 

「ありがとうございます」

 

 軽く息を吐いて頷くと、カナメちゃんの顔に笑顔が戻った。

 

「その時はさ、カナメちゃんに相談してもいいのかな?」

 

「別に構いませんが……他のアビドスの方でも良いのでは?」

 

「いや、そこはさ? やっぱ後輩にはちょっと相談しにくい事もあるっていうか……」

 

「……ですが今のアビドスでは、一番の()()()ですよね?」

 

「ちょっとぉ? なんでカナメちゃんまでそんな事言うかなぁ!?」

 

 確かに私は一度退学し、編入という形でアビドスに戻ってきた。だから理屈の上ではアビドスで一番新しい生徒という事になる。

 そのせいか最近、どこかみんなからの扱いが変わってきた気がする。いや、決して軽んじられている訳ではないけど……どこか遠慮がなくなってきているような。

 

 別に悪い事じゃないけど、どこか気になるそんな事。

 それを指摘された事で、思わず声が大きくなってしまう。そんなこちらの様子に、カナメちゃんは肩を震わせて笑う。

 彼女も人をからかう事があるんだ。そう思いながら、わざと頬を膨らませていると。

 

「お待たせしました! 柴関ラーメン、2人前です!」

 

 ちょうどバイトに入っていたセリカちゃんが、注文していたラーメンを持ってきてくれた。

 机に置かれる二つのラーメン丼。その中身を見たカナメちゃんの目が丸くなる。

 

「……これはオーダーミスでは? 注文したのは並盛だったはずですが」

 

 そう、彼女が注文したのは並盛。しかし目の前に盛られた量は明らかに大盛のそれ。しかもトッピング全種がついた、贅沢なものだ。

 予想通りセリカちゃんに問いかけるカナメちゃん。だけどセリカちゃんは黙って首を横に振る。

 

「いいえ、注文通りですよ。ね、ホシノ先輩!」

 

「そうだよー。前もって一人分は大盛にするようにお願いしてたんだ」

 

「それはまた……どうして?」

 

「そりゃこういう形でもないと、お礼を受け取ってくれそうになかったからねー」

 

 あくまで自分のやりたいことをやっただけ。そうやって余計な恩を背負わせないつもりなのだろう。

 でも、それではこちらの気持ちも伝えられない。伝えたい感謝は山ほどあるのに。

 だからこうして、そのための場を作った。これで返せるものなんて、ほんのわずかだけど。

 

「ありがとね。色々と親身になってくれて」

 

「……アビドスを救ったのはあなたの意思だ。私は余計なお節介を焼いただけですよ」

 

「うん、知ってる。でも、ありがとう」

 

「……そうですか」

 

 そう短く呟くと、照れくさそうに視線を逸らすカナメちゃん。

 かと思えば軽く手を合わせてから、箸を手に取ると……何やらきょろきょろと周囲を見渡し始めた。

 

「ん、どったの?」

 

「……いえ。ここに来ると、何かと面倒な事が起きてばかりなので」

 

「あー……でも、流石に今回は大丈夫よ! ほら、三度目の正直って言うじゃない!」

 

「二度あることは三度ある、とも言いますけどね……」

 

 確か一度目は先生の護衛をしていて、二度目は便利屋とのいざこざに巻き込まれて。確かそんな理由で、今まで食べる事ができていなかったんだっけ。

 でも今回は大丈夫。何も起こらないように、人の少ない時間帯を見計らって誘ったのだから。

 やがて警戒が解けたのか、箸を麺に触れさせるカナメちゃん。そして髪を僅かにかき上げると、上品な仕草で口へと運ぶ。

 

「……うん、美味しい」

 

 満面の笑みが咲くまでには、さほど時間はかからなかった。




 ご精読頂き、大変ありがとうございました。
 本来の予定では10~20話程度でまとまる予定だったのですが、気づけばこの話数になっていました。ここまで読んでいただいた読者の皆様には、本当に感謝以外にありません。
 次回からはイベント編を挟むか、もしくは直接エデン条約編に移行する形になるかと思います。
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