KSS警備学園奮闘記~うちの学校が廃校になりそうなので、先に独立することにしました~   作:卵パサパサ感

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予定変更

「ほら、早く乗れ」

 

「急かすなよ! まだ頭クラクラしてるんだから

さ!」

 

「自業自得でしょう。会長に騙し討ちなんて仕掛けるからです」

 

 次々と護送車へと詰め込まれていくヘルメット団員達。

 その最後の一人が乗り込んだのを確認すると、ヴァルキューレ警察学校の制服を端正に着こなした生徒はこちらへぴしりと敬礼を向けた。

 

「では、こちらでお預かりいたします!」

 

「お勤めご苦労さまです。ここまで来るのは大変だったでしょう」

 

「あはは……ですけど、これが仕事ですので!」

 

 そう言って踵を返すと、足早に護送車の運転席へ乗り込むヴァルキューレ生。

 元気の良さから察するに、きっと公安局に配属されたばかりの1年生に違いない。

 願わくばどうか、そのまま擦り切れずに成長していってほしいものだ。そうすればきっと、彼女達の上司も少しは楽になる。

 

「はぁ……なんでこんな業務に当たっちゃうかなぁ」

 

「仕方ないよ、カンナ局長にあんな真面目な顔で頼まれちゃったら」

 

「局長はいっつも真面目じゃん!」

 

 ……車内から漏れ出た愚痴は、聞かなかったことにしよう。彼女達だって人間だ。

 

 そして護送車が走り去ると、監視にあたっていたι小隊の面々が駆け寄ってきた。

 私は彼女達のほうへ振り向くと、各人の顔を一瞥してから口を開く。

 

「……とまあ、これがヴァルキューレへの引き渡しのやり方だ。今後も行う機会が多くなると思うから、しっかり覚えておいてくれ」

 

「分かりました!」

 

「名前を聞いていたのは何でですか? やっぱりクレームを入れるため……」

 

「いや、後で差し入れを送るためだ。これは真似しなくていい」

 

 公安局も決して楽な懐事情ではない。そんな中で頑張ってくれているのだから、少しくらいの役得はあってもいいだろう。

 「個人的な感謝の印」なら、彼女達が上司に咎められることもない。それで何か便宜を計ってもらうわけでもないのだから。

 

「……でも変な奴らだったなぁ、あいつら」

 

 そんな事を考えていると、不意に小隊長がぽつりと何かを呟いた。

 

「どうしたんだ?」

 

「いえ、何でもありません。ちょっと気になったことがあっただけで」

 

「それでもいい、聞かせてくれ」

 

「はい、さっき監視中に聞こえてきたんですけど……」

 

 そう言って一度言葉を切ると、自信なさげに続ける小隊長。

 

「あの連中、何も考えてなかったみたいなんです。アビドスの校舎を占拠した後の事を」

 

「……それ、本当か?」

 

「はい、何というか……これでアガリだ、みたいな雰囲気だったみたいで」

 

 ……それはおかしい。

 アビドス高校の校舎を乗っ取り、自分達のアジトにする。それはあくまでより大きな目的を達成するための手段であるはずだ。

 校舎をアジトにしてそれで終わりというのは、あまりにも尻切れトンボすぎる。私達のように独立宣言をするつもりだった訳でもないだろうに。

 

「単に考えなしの集まりだったんじゃないの?」

 

「それは考えにくい。あいつらの装備は意外としっかりしてた。それに作戦も」

 

「まあまあ良いやつだったよね、あれ。普通に買ったら結構な値段するよ」

 

 無鉄砲な連中と切り捨てるのは容易い。しかしそう断じるには、少しノイズとなる要素が多すぎる。

 それなりの規模の前哨基地を用意する計画性に、ヘルメット団にしては充実した武装を揃えるだけの経済力。そして波状攻撃でアビドスの物資を枯渇させる手段を取るだけの戦略性。

 それだけのものが揃っていて、どうして校舎占拠後の事を何も考えていないんだ?

 

「……どうも引っかかるな」

 

「どうします? 対策委員会の方にも伝えてみますか?」

 

「それもいいが、もう少し情報を集めてからにしよう」

 

 事と次第によっては、アビドスの生徒達にも伝えておく必要があるだろう。

 しかし今のところ、根拠になっているのは何か様子が変だったという違和感だけ。それでは曖昧すぎて逆に混乱させることになりかねないし、何より信じてもらえるとも思えない。

 とはいえ証拠を集めるのが難しいのもまた事実。一番の証拠になり得る張本人達は、今しがた連行されていってしまった。

 

「奴らが使っていた武器は?」

 

「教室に保管してます。状態がいいので、アビドスに寄贈しようかと思いまして」

 

「よし、ならそこから当たってみるか」

 

 先導する形で校舎へと向かう小隊長。

 その背中を追って一歩足を踏み出した、その時。

 

『カナメ先輩、休憩中に失礼します』

 

 左耳のインカムに声が飛び込んできた。

 私から護衛を引き継いだ、ζ小隊の小隊長だ。

 

「どうした?」

 

『問題が発生しました。ちょっと私の一存では決めきれなさそうです』

 


 

「……なるほど、事情は分かりました」

 

 アビドス対策委員会の教室。

 そこに居合わせた人達から事の経緯を聞いた私は、一つ頷きを返した。

 

「つまり先生はアビドスへの長期滞在を希望されている、という事ですね?」

 

「うん。今の対策委員会を見捨てて戻るわけにはいかないから」

 

 先生がここまで言い切る理由。話を聞く限りでは、それは現在のアビドス高校が抱える大きな問題にある。

 数十年前から頻発する砂嵐という自然災害を克服するため、アビドスは借金を重ねてまで対策を行ってきていたらしい。

 しかしそれらは功を奏さず……結果的に残ったのは半分以上が砂に埋もれた自治区と、多額の借金だけだった。

 

 その額、9億6235万円。

 はっきり言って、もはや一つの中小校が背負い切れる額ではない。現在のアビドスの状況を鑑みれば、まともな手段で返済し切ることはまず不可能だろう。

 現に返済を試みている対策委員会も、既に利息の返済のみで手一杯の状況。弾薬や補給品に事欠いていたのも、その影響らしい。

 

 そんな窮状を、先生は見捨てることはしなかった。

 この事情を知った「大人」として、何かできることをしたい。そう考えた結果、対策委員会の顧問に就任し、彼女達とともにこの問題解決のために取り組むことにした……というのが、事の顛末のようだ。

 

「対策委員会の方でも、それを希望されているのですね?」

 

「はい。「シャーレ」が力になってくれるなら……少しだけでも、希望が持てる気がするんです」

 

「話をちゃんと聞いてくれたのは先生が初めて。力を貸してくれるというなら、とてもありがたい」

 

「変わり者だよねー、こんなことに自分から首を突っ込むなんてさ」

 

 少なくともここに居並ぶ対策委員会の面々も、先生の決定を歓迎している。

 しかし全員がそうという訳でもないらしい。現にセリカは先生に反発して教室を飛び出していったそうだ。それを追いかけていったというノノミもまた、今は席を外している。

 まあ、無理もないことだろう。皆が皆、いきなり現れた大人を信頼できるはずもない。まして今まで誰も真面目に向き合ってくれなかったのなら、なおのことだ。

 

「こういう訳なんです、先輩」

 

 隣に並んだ小隊長がそっと耳打ちする。

 

「護衛期間の延長となると、私の一存だけでは決められません。なので先輩の判断を仰ぎたくて」

 

「うん、良い判断だ」

 

 確かにこれは一小隊長で判断できる範疇を超えている。むしろ独断専行された方が面倒なことになるタイプの問題だった。

 こういう時に迷わず上位者の指示を仰げる判断力も、部隊の指揮官には必要なスキル。その点、彼女はとてもよくできている。

 

「こちらとしても問題はありません。現状でも長期間の護衛は可能です」

 

「いいの? だいぶ急な話だけど」

 

「はい。可能な限り護衛対象(VIP)の要望に応えるのが、我々のやり方ですから」

 

 守る対象を雁字搦めにして護衛するのは、さほど難しいことではない。その程度なら知識さえあれば誰だってできる。

 だが私達は元SRT。その肩書を売りにするなら、相応にふさわしいやり方というものがある。

 それに物資は多めに持ってきているから、数日伸びたぐらいならどうということはない。足りない分はKSSの校舎に要請するだけの話だ。

 

「ただ連邦生徒会から追加料金は貰うことになりますね。そのときはどうか、先生の方からも口添えを」

 

「……お手柔らかにね?」

 

「配慮はしますが、こちらも仕事ですので」

 

 その言葉に、困ったように笑う先生。いかにシャーレの顧問といえど、連邦生徒会には遠慮する所もあるらしい。

 そんな彼から視線を外すと、私は相変わらずだらけた様子のホシノを見据える。

 

「ホシノ委員長。そういうことになりましたので、グラウンドに野営地を設ける許可を頂いてもよろしいでしょうか?」

 

「うへ〜、野営? こんなところでキャンプするの?」

 

「先生の身に何かあった場合、迅速に増援が駆けつけられる体制が必要です。そのためにもこの校舎のすぐ近くに、我々の拠点を置いておきたいのです」

 

 SRTでは散々野外訓練をやっていたから、1年生でもキャンプ暮らしは苦ではない。

 それにまだ信頼を得られていないのだから、必要以上に校舎内へ踏み込むことは避けた方が良いだろう。

 そう考えた上でのお願いだったのだが、事はこちらの思うようには運ばなかった。

 

「だったらここの空き教室を使って下さい! アビドスで野宿は流石に危険です!」

 

「アヤネのいう通り。砂漠を甘く見ると、大変な目に遭うことになる」

 

「そだよー。先生の護衛なんだから、遠慮することないって」

 

 一斉に野営へ反対しだすアビドス生達。ほかの二人はまだしも、ホシノまでも招き入れる側に回っているのは驚きだ。

 地元の住民にしか分からない何かがあるのか、あるいはもっと別の理由があるのか。何にせよ表情をみる限りでは、打算ではなく純粋な心配から出た言葉ではあるらしい。

 そしてこうも静止されると、下手に断ることができないのも事実。何しろこちらはここに来るまでに、突発的な砂嵐というアビドスの洗礼にあっているのだから。

 

「……分かりました。では、お言葉に甘えて」

 

 それに考えようによっては、これはチャンスだ。空き教室を貸与されたことで、こちらには()()ができた。

 味方の数が限られた敵地(アウェー)での任務。そして周囲には敵ではないが、こちらを信用しているわけでもない生徒達。

 このような状況で打つべき手は、一つ。

 

「そのお礼と言っては何ですが―――アヤネさん」

 

「はい、何ですか?」

 

「何かお困りのことはありませんか? 特に人手がいるようなこととか」

 


 

『急ぎの物資は既にドローン輸送を手配済みよ。それ以外のものは手隙の生徒に送らせるわ』

 

「その時は中継機付きの有線ドローンを持たせておいてくれ。確か持ち出してきた機材の中にあったはずだ」

 

『ええ、あるわね。必要になるとも思えないけど』

 

「ここの砂嵐は何か変だ。備えておくに越したことはない」

 

 突然のアビドス滞在が決まった日の夜。

 月明かりが差し込む空き教室で、私はインカム越しにホナミと話し合っていた。

 

『それで、どうだった? あなたから見た「シャーレの先生」は』

 

「まだなんとも言えない。少なくとも見える範囲ではいい大人なんだが」 

 

『裏があっても不思議ではない、と』

 

「そうではないと信じたいんだけどな」

 

 アビドスの現状を知ってもなお、迷うことなく彼女達の助けになることを選んだのだ。きっと相当「大人の責任」に誠実であろうとしているのだろう。

 悲しいことにキヴォトスではそのようなオトナは滅多にいない。だから彼くらいは本物であってほしいが……果たしてどうなる事やら。

 

「そっちはどうだ? 何も問題はないか?」

 

『ええ、全て順調よ。連邦生徒会からの治安回復任務も、順調にこなせているわ』

 

「会長無しでも回る学園か。これじゃ立つ瀬がないな」

 

『……そうなるように作ったのは、他ならぬあなたでしょうに』

 

 ホナミの呆れ声に、からかいを込めた笑いを返す。

 会長無しでも回る制度。会長の仕事は前線働きが専らとなる学園。急拵えで作った金型の割には、今のところ想定通りに機能しているようだ。

 

『とにかく、こちらの事は任せて頂戴。その代わり1年生(あの子)達の事は頼んだわよ』

 

「ああ、任された」

 

 そのやり取りを最後に通信が切れる。

 同時に私も、座っていたスクールチェアから立ち上がった。

 

「ちょっとペースを上げていかないとな」

 

 物置がわりに使われていたらしい、机や荷物が雑多に置かれた教室。

 これでも入った時よりは片付いている方だが、整理する余地はまだいくらでもある。

 次の交代まで後数時間。それまでにここ以外にも、後1つか2つの教室は片付けて置きたいところだ。

 

「よし、やるか」

 

 両肩を一度大きく回すと、私は目の前の机に置かれた机を持ち上げた。

 


 

 机を並び替え、段ボール箱を教室の端に積み重ね、床の砂埃を掃き清める。

 そうして教室が概ね片付いてきたところで、ふと人の気配を感じた。

 

「任務中失礼します、カナメ先輩」

 

 振り向いて見ると、その正体はすぐに分かった。ζ小隊の小隊長だ。

 教室の扉をくぐって現れた彼女は、様変わりした室内の様子に目を丸くする。

 

「わ、もうこんなに片付いたんですね」

 

「これも任務の一環だ。いつもと同じように、手際良くやるに越したことはない」

 

「……でもやっぱり、雑用ですよね?」

 

「雑用じゃない。「現地生徒の慰撫を目的とした総合雑役任務」だ」

 

「言い方が違うだけじゃないですか」

 

「かもな。でも大事なことだ」

 

 今回のような遠隔地での任務では、どれだけ現地住民の協力を得られるかが成否を左右する。

 どれだけ優秀な指揮官や兵士が揃っていても、現地住民を敵に回せば任務は達成できない。その事を知らなかったために、昔は痛い目に遭ったこともあった。

 だからアビドス生の信頼を得られる可能性があるなら、それは立派な主作戦遂行を助ける支援任務だ。例えその実態が、ただの雑用だったとしても。

 

 その辺りを言い含めておいたおかげか、小隊長は呆れこそすれど不満がある様子ではないらしい。

 そんな彼女に向けて、私は積まれていたスクールチェアの一つを差し出した。

 

「まあ座れ。何か話したいことがあるんだろう?」

 

「……やっぱり、お見通しですか」

 

「顔を見れば分かるさ」

 

 何かを思い詰めている人間は、どうしても険しさが顔に現れるもの。今の彼女はまさにそんな顔をしている。

 それにローテーション的には、今ζ小隊は休憩時間のはず。そんな時にわざわざ尋ねてくるのだから、その用件もおおよそは察せられる。

 

 差し出された椅子に、小隊長は遠慮がちに腰をかける。

 本当ならコーヒーの一杯でも出したいところだが、生憎そんな気の利いたものはない。だから彼女が話し出すのを、ただ黙って待つ。

 ややあって、軽く頷いた小隊長は、どこか迷いを帯びた視線を投げかけながら口を開いた。

 

「先輩はどう思っていますか? このアビドスのこと」

 

「どう、というのは?」

 

「将来についてです。先輩から見て、この学園は先があるように思えますか?」

 

 てっきり部隊指揮に関することかと思っていたが、どうやらそうではなかったようだ。

 予想外の質問に、私は少し瞠目して考えを巡らせる。幸い、答えはすぐにまとまった。

 

「……今のままでは、長くは持たないだろうな」

 

「やっぱり、先輩もそう思うんですね」

 

「借金もそうだが、生徒があまりに少なすぎる。このままじゃ今の1年生が卒業したら、そこでおしまいだ」

 

 莫大な借金に半分以上が砂に埋もれた自治区。今のアビドスには、入学生を呼び寄せる訴求力があまりに乏しい。

 正直に言えば、むしろ1年生が2人もいる時点でだいぶ健闘している方だと思う。だがこの頑張りも、いつまでも続くものではないだろう。

 借金か砂嵐のどちらかが解決しなければ、恐らくアヤネとセリカが最後のアビドス生になる。そしてどちらの問題も、そう容易く解決できるものではない。

 

「でも、どうしてそんな事を?」

 

「……借金の話を聞いた時、つい思ってしまったんです。どうしてこの人達は転校しないんだろう、なんでアビドスに残り続けてるんだろうって」

 

「……」

 

「だってどう考えても無謀じゃないですか。たった5人で、9億円の借金を返済しようだなんて。なのに彼女達は一切諦める様子もなくて……なんだか、よく分からなくなってきたんです」

 

 そう言って小隊長は顔を伏せる。

 その言葉と仕草で、おおよその事情は理解できた。

 

 彼女にはどう考えても無謀な試みに挑むアビドス生達の考えが理解できない。だからどう接すればいいかも分からない。

 護衛としての任務を果たす以上、現地住民であるアビドス生との接し方が分からないのは致命的。だから思案してみたものの答えが出ず、こちらに相談しに来た……といったところだろうか。

 彼女が教室に響かせているのは、侮蔑でも憐憫でもない。理解の及ばないものを解するための問いかけだ。

 

 なら私の役割は、その問いを答えに導くヒントを与えること。

 

「無謀さで言えば、私達も人のことは言えないぞ」

 

「えっ?」

 

「学園の体はとっているが、結局のところ私達は反逆者。SRTの元仲間から裏切り者と謗られて当然だし、何なら追討部隊を差し向けられても不思議じゃない」

 

 顔を上げ、目を丸くする小隊長。

 その瞳に映る己の顔を見つめながら、私はさらに言葉を続けていく。

 

「KSSの生徒は皆それを承知で、自分の意思で離反することを決めた。もちろん、あなたも含めて」

 

「……はい」

 

「ミツキ、教えてくれ。あなたは何故、KSSを選んだんだ?」

 

「―――悔しかったからです」

 

 その問いに目の前の少女は、迷いなく言葉を返した。

 

「連邦生徒会長がいなくなって、治安が悪くなり始めて……それでもSRTは動けなかった。こういう時のための特殊部隊のはずなのに」

 

「そんな時にカナメ先輩から誘いを受けて、どんな形でもSRTとしての使命を果たせるならって……!」

 

 そこまで口にしたところで、小隊長の言葉が止まる。

 そして幾ばくかの沈黙の後、小さく息を吐いた。

 

「……そっか、同じなんだ」

 

 片や廃校を回避しようとする生徒達。片や使命を果たそうとする特殊部隊。

 違いこそあれど、その根底にあるものは同じ。現状をよしとしない反抗心、あるいは意思だ。

 その事に気づいた彼女へと、私は一つ頷きを返す。

 

「アビドスの生徒にもあるんだろう。無茶や無謀を承知で貫きたいもの、守りたいものが」

 

「何なんでしょうか、それって。全然想像がつきません」

 

「さあな。でもきっと彼女達にとっては、この世で一番尊いものだ」

 

 私達はまだ出会ったばかり。彼女達が何を大切に思っていて、何のために廃校回避に取り組むのか、そんな事は何一つ知っていない。

 それでもその価値は推し測れる。何しろたった5人で、9億もの借金返済に臨む原動力となっているのだから。

 

「それを愚弄できる権利は誰にもない。私たちにも……この世界の誰にも」

 

 手のひらに痛みを感じる。見ると無意識のうちに、拳を強く握りしめていた。

 ……いけない、こういう話題だと、つい熱が入ってしまう。どうにも悪い癖だ。

 いい加減悩みの方に移らないと、聞いている側も面倒だろう。

 

「まあ、こういう事はあまり理性だけで考えすぎない方が良い。多少感情を織り交ぜた方が、大抵はうまくいくだろう」

 

「……難しいですね。できるでしょうか、私に」

 

「できるさ。少なくとも、昔の私よりは」

 

 感情というのは定量化や定型化ができないもの。だからこういうアドバイスは、どうしても曖昧な形になってしまう。

 それでもされる側からすれば、多少は役に立つものにはなってくれたらしい。

 

「先輩、ありがとうございました。もう一度自分なりに考えてみようと思います」

 

「交代は3時間後だ。しっかり休めよ」

 

「はい!」

 

 来たときよりは幾分か晴れやかな顔になって戻っていく小隊長。

 その背中を見送り、スクールチェアの背もたれに手をかけた―――その時。

 

「!」

 

 ふと、壁越しに小さな音が響いた。

 よく耳を澄まさなければ聞こえないほどに抑えられた足音。それはやや速いテンポを刻みながら、次第に遠ざかっていく。

 ……どうやらさっきの話には、思いもよらぬ聴衆がいたようだ。

 

「OWL1からι1へ、先生の様子はどうだ?」

 

『こちらι1、先生は只今業務中。何かありましたか?』

 

「いや、ただ何かあるならこれからの時間帯だ。気を抜くなよ」

 

『了解です』

 

一応先生の護衛にあたっている小隊に警戒を促しておく。ただそこまで心配する必要もないだろう。

 足音が消えていったのは、先生に割り当てられた教室とは反対の方向。それに少なくとも、今の時点では殺気らしきものも感じなかった。

 全くの無警戒というわけにもいかないが、過度に警戒する必要もない。経験に鑑みれば、恐らくあれはそういった手合いだ。

 

 スクールチェアを持ち上げ、机の上に積み重ねる。

 交代までは後3時間。その間に三つ、いや四つは教室を片付けてしまおう。

 ここでの働きが、明日からの任務に有利に働くかもしれない。そう思えば、多少の苦労はどうということもない。

 

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