KSS警備学園奮闘記~うちの学校が廃校になりそうなので、先に独立することにしました~   作:卵パサパサ感

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セリカのせわしない夜

「はぁ……今日は目まぐるしい一日だったわ」

 

 寂れた夜の住宅街に、セリカの独り言が響き渡る。

 柴関ラーメンでのアルバイトを終えた彼女は、いつも以上に疲弊した体を引きずって家路についていた。

 その道中、脳裏に浮かぶのは今日の出来事。突然訪ねてきた対策委員会の仲間達と、あの「先生」のこと。

 

「ホシノ先輩、昨日のことがあったからって……」

 

 大方ホシノが気を利かせて、自分との仲を取り持つために連れてきたのだろう。

 しかしそんな事をされても、そう簡単に意見を変えるつもりはない。今まで誰もまともに向き合ってこなかったアビドスの問題に、今更首を突っ込んでくる大人など……信頼できるはずもないのだ。

 

「……そう簡単に折れると思ったら、大間違いなんだから」

 

 そう呟いた直後、背後から軽い物音がした。

 見ればそこに転がっていたのは空のペットボトル。どうやら風に流されて転がってきたらしい。

 普段なら気にしないような物音でも、今日はどうも敏感になってしまう。その原因もおおよそ見当がついている。

 

(本当、何がしたかったのかしら。あの護衛の人も)

 

 思い出すのは先生の護衛。飲食店に来たのに何を注文する訳でもなく、ただ店の片隅に立ち続けていた、よく分からない人。

 店の邪魔にならないよう配慮はしてくれていたようだが、それでも店内に突っ立っている人間がいれば気になる事には変わりない。おかげで今日のセリカは随分とそちらに意識を割かれる事になってしまった。

 しかも立ち去ったかと思えば、その後は彼女と同じ学園の生徒が入れ替わり立ち替わり訪れる始末。何も頼まなかった詫びとして、宣伝でもしたのだろうか。

 

 もちろん客が来ることは悪いことではない。店主の柴大将だって、客足が増えたことには喜んでいた。

 それでもセリカにとってカナメの行動は、得体の知れない相手という印象を強める形となってしまっていた。

 

 そんな事を思い返しながら、近場の自販機に併設されたゴミ箱へペットボトルを捨てようとする。

 だがそこは既にペットボトルであふれかえっていた。よく見れば、ペットボトルや缶以外のゴミも詰め込まれている。

 

「……この辺も治安悪くなったなぁ。前はここまでじゃなかったのに」

 

 利用者が少ないから回収の頻度も少なくなった。管理が不十分になったから、マナーの悪い使い方も増えてきた。

 こんな小さなことからも、アビドスが衰退している現実を否応なく実感してしまう。

 

「このままじゃダメだ。私たちが頑張らないと」

 

 とりあえずバイト代が入ったら、それは全て利息の返済に充てよう。それから……。

 手の内でペットボトルを握りつぶしながら、セリカが考えを巡らせ始めた、その時。

 

「黒見セリカ……だな?」

 

「っ!?」

 

 不意に横から声が投げかけられた。

 見れば、そこに立っていたのは数人の生徒。同じ意匠のヘルメットで顔を隠したその姿は、何者なのかをどんな言葉よりも鮮明に物語っている。

 

「……カタカタヘルメット団?あんたたち、まだこの辺をうろついてんの?」

 

 懲りずにアビドスの校舎占拠を目論む、対策委員会にとっての頭痛の種。

 今の不機嫌なセリカにとって、彼女達はまさに怒りの火に油を注ぐ存在だ。

 

「ちょうど良かった。虫の居所が悪かったの」

 

 ペットボトルを放り捨て、愛銃である「シンシアリティ」を構える。

 

「二度とこの辺りに足を踏み入れられないように―――」

 

 そしてトリガーに指をかけた―――次の瞬間。

 

「ぎゃあっ!!」

 

 背後から爆発と、悲鳴が巻き起こった。

 

「えっ!?」

 

 予想外の出来事に、正面に敵がいることさえ忘れて振り返るセリカ。

 するとそこには数人のヘルメット団が地面に倒れ伏していた。その近くに微かに残る地面の焦げ跡は、爆発物が地表近くで炸裂したことを物語っている。

 もし彼女達が健在なら、セリカは間違いなく背後からの奇襲を受けていただろう。その点では助かったのは間違いないが……しかし、一体誰が?

 

「な、なんだ!?」

 

「馬鹿、攻撃だ―――ぐわっ!」

 

「くそっ、こっちからもだ! 待ち伏せかよ!?」

 

 その答えが出るよりも早く、さらに状況は変化する。

 頭部への銃撃を受けて倒れる隊長格のヘルメット団。それを皮切りに複数の火線が動揺する彼女達に容赦なく襲いかかっていく。

 

「な、何が起きているのよ……?」

 

 理解が追いつかず、呆気に取られるセリカ。

 そんな彼女の前へと、不意に誰かが割り込んだ。

 

「ζ3とζ4は制圧射撃を継続! ζ2、11時の家屋陰、距離120、榴弾1!」

 

 盾を構えて立ちはだかり、サブマシンガンによる射撃を行いながら矢継ぎ早に指示を出す生徒。

 その青と白の制服に、袖口に描かれた白黒のストライプ。そして右肩の松明をくわえた鳩の校章に、その下に描かれた「ζ」の文字。

 その姿にセリカは見覚えがあった。見間違えるはずもなかった。

 

「あんた、夕方にラーメンを食べに来た……!」

 

「はい。特製味噌ラーメン、とっても美味しかったです」

 

 銃撃を加える手は緩めないまま、その生徒はセリカに振り返る。

 

「そのお礼って訳でもありませんが……KSS学園・ζ小隊、これより援護に入ります!」

 


 

護衛対象(クラウン)の確保及び接触した敵勢力の排除には成功しました。現在は追跡を振り切りながら離脱中です』

 

「数はどうだ? 多そうか?」

 

『4か5、といったところでしょうか。適宜こちらで対処します』 

 

「分かった、2ブロック先の交差点で合流しよう。後3分で着く」

 

 通信を切り、アクセルを一段と強く踏み込む。

 幸か不幸か、こちらの予想は当たってくれたようだ。それもどちらかといえば対処がしやすい方向で。

 

 柴関ラーメンを見張っていて、それでいて対策委員会や校舎に攻撃を仕掛ける訳でもない。

 この状況を踏まえて考えれば、予測はおおよそ2択に絞られる。行きつけである柴関ラーメンを襲撃して対策委員会の士気を落とすか、バイト店員であるセリカが一人になったタイミングで危害を加えるかだ。

 だからどちらでも対応できるよう、雑役支援任務(ざつよう)の内容を変更して店内にKSSの生徒が常駐するように仕向けた。そして営業時間中に襲撃の兆候が見られなかった事から、後者の可能性が高いと踏んでζ小隊をセリカの護衛に貼り付けた。

 正直なところ根拠に乏しい予測だったが、どうにか正解を引き当てることができたらしい。

 

 だが安心するのはまだ早い。少なくとも標的となったセリカを安全圏まで避難させるまでは、真の意味で安全を確保できたとは言えない。

 だからこうして自ら装甲車を駆って、増援として駆けつけているのだ。

 後でカノンから文句を言われそうだが……ζ小隊はセリカの、ι小隊は先生の護衛中。人手が足りないのだから、こればかりは仕方がない。

 

「後2分……持ちこたえていてくれよ」

 

 ζ小隊も立派な元SRT生。いくら経験が足りないといえど、へルメット団程度の相手に後れを取ることはない。

 頭ではそう理解していても、万が一の可能性は拭いきれない。それを消すためにも、一刻も早く合力地点へ辿り着きたい。

 しかしいくら気持ちが逸っても、装甲車には最高速度というものがある。その枷が取り払えない以上、できるのは頭に叩き込んだ最短ルートを突っ走ることだけだ。

 

『ζ1よりOWL1、緊急事態発生です』

 

 速度は法定制限の目一杯。幅員ぎりぎりの路地を攻め、短縮できるところは短縮する。

 ζ小隊の小隊長の緊迫した声がインカム越しに届いたのは、そんなドライビングの真っ最中だった。

 

「何があった?」

 

『敵が重戦車を投入してきました。型式は不明ですが……発射音からして、主砲はFlak41対空砲の改造型と推測されます』

 

「Flak41だと!?」

 

 それはキヴォトスで流通する中でも、高い火力を持つ部類に該当する兵器。その分管理も厳重で、普通なら不良生徒が持てるような代物ではない。

 にもかかわらずそれを主砲として搭載した戦車が、カタカタヘルメット団の手に渡っている。一体どういう事だ?

 

 何か裏がある。そう直感が告げるが、一旦耳をふさぐ。

 今考えるべきは「何故あるか」ではない。「どう対処すべきか」だ。

 発射音が分かっているということは、最低でも一度敵は既に発砲している事になる。まずはその影響から把握しなくては。

 

 

「そちらの損害は? 怪我はないか?」

 

『大丈夫です。どうやらこちらを炙り出すための威嚇射撃だったみたいで』

 

「なら良かった。だが決して立ち止まるなよ。もし本当にFlak41なら、並の障害物はないも同然だ」

 

 あの対空砲は対戦車砲としても十分に通用するレベルの貫通力を持っている。味方の頃はとてもありがたかったが、敵に回ると厄介なことこの上ない。

 少なくとも住宅街にあるような遮蔽物では、隠れたところでそのまま貫かれるのがオチ。それならまだ動き回っていた方が生き残る目はあるはずだ。

 

『ζ2、多目的榴弾(HEDP)は何発ある?』

 

『4発。でもこれじゃあの装甲は……いや、履帯か!』

 

『私が撹乱するから、あいつの足にぶち込んで! ζ3とζ4はセリカさんの護送を!』

 

 通信の向こう側では、ζ小隊による対戦車戦闘が始まろうとしていた。

 今の状況と彼女達の装備を考えれば、妥当な戦術ではある。しかしリスクも相応に高いことは否定できない。

 もし自分がいれば、そんな役目は真っ先に引き受けていたというのに。ただその場にいないがために参加できないという事実が、ただただもどかしい。

 

「砲身の向きをよく見ろ! 絶対に正面には立つな!」

 

 せめてもの加勢に、インカムに向けてそう叫ぶ。同時にハンドルから手を離し、傍らのライフルにライフルグレネードを装填する。

 それが終わったちょうどその時、ナビの画面の上端に2つの光点が現れた。ζ小隊が持つ発信機からの信号だ。

 どうやら既に合流地点の交差点まで来ていたらしい。それはすなわち、戦車と戦う2人もすぐ近くにいるということ。

 

「だったら!」

 

 ハンドルを握り直し、勢いよく右へと切る。同時に足はブレーキを全力で踏みしめる。

 急制動をかけられ、強烈なGを伴いながら右旋回する装甲車。道路に薄く積もる砂を薙ぎ払うように回転した車は、やがて計算通り交差点に後部を向ける形で停車した。

 それと同時にコンソールを操作し、後部兵員輸送室のハッチを解放。さらに操縦席天井のハッチを開けて身を乗り出すと、ちょうどセリカを伴ってこちらへ駆けてくるζ小隊の2人が見えた。

 

「2人は!?」

 

『1ブロック先で戦闘中です!』

 

「よし、分かった! 装甲車を頼む」

 

 その程度の距離ならないも同然。すぐに辿り着ける。

 右手でライフルを抱えたまま、左手で腰のホルスターから大型のハンドガンを抜いて構える。周囲を見渡せば、ちょうどお誂向きの電柱があった。

 狙いを定めてトリガーを引くと、後部にワイヤーを伴って射出される円錐状の物体。ミレニアムのエンジニア部謹製の高性能吸盤は、狙い違わず電柱の上端へと吸着した。

 その状態でグリップを強く握ると、凄まじい勢いで巻き上げられるワイヤー。同時に足で装甲車の上部を蹴れば、勢いに引かれた身体は宙へ浮く。

 

 銃側面のボタンで吸盤の吸着を解除し、翼を大きく羽ばたかせて軌道変更。

 上空から俯瞰してみれば、戦いの様子はすぐに伺いしれた。

 複数の煙幕を焚きながら駆け回る小隊長を追って、主砲と機銃を乱射する重戦車。その隙を縫って飛来する擲弾が、その足元で爆炎を咲かせる。

 

『両履帯の破壊を確認! ζ2、先に離脱して!』

 

『了解! でもζ1、あんたはどうするの?!』

 

『隙を見て離脱を……あっ!?』

 

 進路を塞ぐ形で放たれた機銃弾を、盾で受け止める小隊長。それにより動きが止まったことで、鈍重な砲塔がゆっくりと、だが確実に狙いを定めようと動き出す。

 このままではまずい。そう考えた瞬間、身体は勝手に動いていた。

 

「させるかっ!」

 

 体を傾け地表に急降下しながら、右手のライフルのトリガーを引く。

 放たれたライフルグレネードはおおよそ狙い通りに着弾し、小さな爆発を引き起こした。

 爆発こそ生じなかったものの、動きを止める砲塔。メタルジェットは弾薬には誘爆しなかったようだが、砲塔旋回装置か中の人員にダメージを与えたらしい。

 

「か、カナメ先輩?!」

 

「掴まれっ!」

 

「わ、わあっ!?」

 

 それを傍目にさらに高度を下げ、左手を伸ばして反射的に差し出された小隊長の手を掴む。

 その状態で翼を大きくはためかせると、失われつつあった高度は一定値へと回復。同時に彼女の身体もまた空へ舞い上がる。

 流石に人一人ぶら下げた状態では長距離を飛ぶことはできない。それでも装甲車の元まで舞い戻るだけなら、これだけの高度でも十分だ。

 

「怪我はないか?」

 

『は、はい。危ない所をありがとうございました』

 

「気にするな、ちょっと手柄が欲しくなっただけだ」

 

 地表に降り立つと、そこへ合流するζ2。

 そのまま装甲車に乗り込みハッチを閉めると、待機していた小隊員は勢いよく車を発進させた。

 追いすがる罵声も、装甲を叩く弾丸の音も聞こえてこない。どうやら敵の追撃戦力も打ち止めらしい。

 

 これでひとまずは問題ないだろう。そう考えて大きく息を吐いたところで、急に頭が冷えてきた。

 ―――よく考えたら、別に私が出る必要もなかったんじゃないか?

 

 現にζ小隊は重戦車の足止めという目標を達成していた。主砲に狙われかけていたのは確かにピンチだったが、あの程度ならいくらでも自力で切り抜ける術もあっただろう。小隊長もれっきとした元SRTなのだから。

 そう考えてみると、私がやった事は特に必要のない余計なお節介という事になってしまう。困った事に、これに対する反論は今一つ思いつかない。

 

 ……やっぱり戦車が絡むと駄目だ。どうしても自分でカタをつけたくなってしまう。

 おかげで同期からは「戦車殺し」などという異名を付けられてしまったが、内実を考えるとあまり嬉しいことでもない。それだけ冷静な思考ができなくなっている証なのだから。

 全く……自分のことながら、いつまで昔のトラウマに引っ張られているのだろうか。

 


 

「アビドス高校に到着しました」

 

「よし、各員周囲を警戒。まずないとは思うが、つけられている可能性もある」

 

「「「了解!」」」

 

 装甲車のハッチが開くが早いが、続々と駆け降りていくζ小隊の隊員達。

 やがて操縦席の生徒も降車すると、中に残っているのは私とセリカだけになった。

 未だ座席から立つ様子のない彼女に対し、私は対面の座席に腰かけて声をかける。

 

「ひとまず追手は追い払えましたが、自宅に張り込んでいる恐れもあります。今日のところは校舎に泊まり込むのが一番安全かと」

 

「……ええ」

 

「我々が宿舎としている教室であれば、簡易的ですが就寝用の設備が揃っています。よければお使いください」

 

「……そうね」

 

 伏し目のまま、要領を得ない生返事ばかりを返すセリカ。

 その心ここにあらずといった様子から見るに、何か考え込んでいるらしい。

 こういった場合の対応はよく心得ている。彼女がこちらの考える通りの性格なら、きっと効果はあるはず。

 

「……もしかして、どこか痛むのですか? 先ほどの戦闘で怪我を―――」

 

「べ、別に怪我なんてしてないわよ!」

 

 真剣な口調で問いかけてみると、すぐさま顔を上げて否定してくる。予想通りだ。

 そしてこちらと目があってしまったセリカは、再びうつむくこともできず所在なさげに視線をさまよわせる。

 しかしそれもほんの数秒の事。やがて意を決したように息を吸い込んだ彼女は、その割には拍子抜けするほど小さな声を絞りだした。

 

「……その、そういえばちゃんとお礼を言えてなかったな、って」

 

「礼、ですか」

 

「あのヘルメット団は普通じゃなかった。あれだけの数に重戦車まで来たんじゃ、きっと私一人ではやられてたと思う」

 

「……」

 

「だから……あ、ありがとう。助けてくれて」

 

 その言葉と態度は、とても既視感があるものだった。

 どうやら彼女は前に感じた通り、どこぞのFOX3と良く似た性格をしているようだ。

 そんなこちらの内心など知る由もないセリカは、今度は一転して棘のある態度を取り始める。

 

「だ、だからって別にこれで信頼したとか、そんな話じゃないわよ! あくまで今回は助かったってだけなんだから!」

 

「ええ。分かっています。KSSの生徒一同を代表して、その言葉をお受けしましょう」

 

 私の知る前例と同じなら、言葉とは裏腹に一定の信頼は確保できたものと見ていいだろう。

 未だに信頼を得られているとは言い難いアビドスにおいて、最も頑なだった彼女が少しでも軟化してくれるのは、こちらにとって非常にありがたい。

 ……ただ折角の機会だ。どうせなら一つ、お節介を焼かせてもらおうか。

 

「ですが感謝でしたら、我々よりも先生の方がふさわしいかもしれません」

 

「はあ!? 何でここであの大人が出てくるのよ!」

 

「我々にセリカさんの警護を依頼したのは、他ならぬ先生だからですよ」

 

「……そ、そうなの?」

 

 私の言葉に目を丸くするセリカ。

 そこに付け込む形で、私はさらに言葉を続けていく。

 

「紫関ラーメンを出た後、先生がこちらに依頼してきたのです。「店の周りで不審な人影を見つけたので、念のためセリカを見守ってほしい」と」

 

「私にはホシノ先輩たちと騒いでるようにしか見えなかったけど……」

 

「傍からはそうみえなくても、意外とよく見ているものですよ。大人というものは」

 

「……」

 

 こちらの言葉をすっかり信じ込んだ様子のセリカは、再び黙り込んでしまった。

 もちろん今の内容は全て嘘だ。しかしあの時店内にいたセリカには、この話の真偽を確かめる術はない。

 ……ただそれはそれとして、ちょっと信じるのが速すぎはしないだろうか。あくまでまだ序の口のつもりだったのだが。

 

「……ねえ、一つ聞きたいんだけど」

 

 しっかりしているように見えて、意外と騙されやすい性格なのかもしれない。

 そんなことを考えていると、今度はセリカの方がこちらに問いを投げかけてくる。

 

「あんた達から見て、先生ってどんな大人なの?」

 

「……まだ何とも言えませんね。何しろ我々も、出会ってまだ数日ですから」

 

「そうなの? もっと前からの知り合いだと思ってたわ」

 

「ですが少なくとも、アビドスの味方でいてくれる存在だとは思いますよ」

 

「どうして?」

 

 投げかけられる怪訝そうな視線から逃げることなく、まっすぐ視線を投げ返す。

 同時に脳裏に思い起こすのはこの依頼の初日、先生と初めて出会った時の事。

 

「―――実は先生、水も持たずにアビドスに向かうつもりだったんですよ。何でも現地で調達するるもりだったんだとか」

 

「うわあ……無謀すぎるでしょ、それ。土地勘の無い人がやったら遭難まっしぐらのルートじゃない」

 

「ええ。もしかしたら砂漠をさまよい歩いた末に、対策委員会の誰かに拾われる……そんな未来もあったかもしれません」

 

 これは単に先生の認識が甘かった、というだけのエピソード。

 しかし見方を少し変えれば、嘘を吐かずに別の意味合いを持たせる事ができる。

 

「ですがそうなるリスクを冒してでも、先生は応えようとしていた。アヤネさんが送った、対策委員会からの支援要請に」

 

「それは単に「先生」がそういう仕事だから、じゃないの?」

 

「前に聞きましたが、シャーレの業務というのは基本的に決まったものはないそうです。強いて言えば、彼がやるべきと決めた事が仕事、という形だそうで」

 

「……じゃあ先生が、アビドスの助けになりたいって言ってたのは」

 

「少なくとも私は本心だと思いますよ。彼にそうする義務はありませんから」

 

「……」

 

 三度黙り込むセリカ。

 だが今度は何を考えているかは、おおよそ見当がつく。

 

「今の時間、先生は3階で執務中ですよ」

 

「べ、別に先生の所へ行くなんて言ってないじゃない!……でも、ありがと」

 

 大声が返ってくるも、どうやらそれは反射的なものだったらしい。

 すぐに元通りの声量に戻った彼女は短く礼を言うと、足早に装甲車を駆け降りていった。

 

「……良かったんですか?」

 

 その背中を見送っていると、不意に背後から投げかけられる声。

 見れば操縦席から乗り込んだζ小隊の小隊長が、前後の連絡ハッチからこちらの様子を伺っていた。

 

「何がだ?」

 

「ヘルメット団を見つけたのはカナメ先輩ですよね? だったら別に先生の手柄にしなくてもいいじゃないですか」

 

「いや、これでいいんだ。むしろ先生からの指示という事にしておいた方が、こちらとしても都合がいい」

 

 明らかに危険が迫っている状況を放置しておく訳にはいかない。その考えの元行った今回の作戦だが、実の所KSSとしてはかなりグレーゾーンだった。

 KSSはあくまで依頼を根拠として軍事行動を行う組織。現在受けている依頼は「先生の護衛」だから、セリカの護衛は目的から逸脱しているのは間違いない。

 先生が顧問を務める対策委員会のメンバーが負傷すれば、先生の危険が相対的に増す。そんな形で理由をこじつける事もできるが、少しばかり面倒だ。

 

 しかし「連邦捜査部(シャーレ)の顧問」からの依頼という形にすれば、この問題はすぐに解決する。

 何しろシャーレは必要に応じて生徒を自由に編入する権限を持つ組織。そこに「要請」されたのなら、出来立ての弱小校であるKSSに逆らう力はない。だから致し方ない……と、まあこんな理屈だ。

 これならKSSの行動規範を損なう事もなく、今回の作戦を正当化する事が出来る。もっとも、あまり乱発できる方法でもないが。

 

「先生にも既に話は通してある。だからこれでいいんだ」

 

「なるほど、これが政治の世界ってやつですね」

 

「それとはまた違う気もするが……ところで、何か用事があるんじゃないのか?」

 

 警戒任務中なのにわざわざこうして訪ねてきたあたり、何かしらの用があるのだろう。

 その予想通り、小隊長はどこか自信に満ちた顔つきで携帯デバイスの画面をこちらに差し向ける。

 

「ヘルメット団に取り付けた発信機、全機問題なく作動中です。これで奴らの位置は筒抜けですよ」

 

「そんなものを取り付けてたのか!?」

 

「ええ。こうなった以上、一度本拠地を突き止めておく必要があると思いまして」

 

 私だって元SRTですから。そう言外に主張せんばかりに胸を張る小隊長。

 だがこれはそれが許される立派な機転だ。本拠地を突き止める事ができれば、奴らが持つ兵器の入手経路を辿ることもできるかもしれない。

 「どう対処するか」の段階は既に通り越した。次は「何故あるか」を突き止める番だ。




私の中だとKSSのモブ達は、SRTの制服を着たヴァルキューレモブというイメージです。
公式でSRTモブが出てくることがあれば、そちらに変換されます。
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