父親の心を読んだら「この子が死ねばよかったのに」と思われてた   作:キツネの皮衣

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テレパシーなんてロクなもんじゃない

 

物心がついた頃には、僕は他人の心を読むことが出来た。

 

クナ()の代わりに、この子が死ねばよかったのに』

 

目の前に広がる、黒塗りされた父の顔。

息子()にいなくなって欲しい』という父の心の内の願望を盗み見てしまったのが、僕の一番古い記憶だ。

 

あぁ、どうか一つ勘違いしないで欲しいのだが、僕の父は決してクズ親なんかではない。

彼は、僕が赤ん坊の頃に病気で死んでしまった母親の分まで、たった一人で僕をここまで育て上げてくれた立派な人物だ。

妻を永遠に失った悲しみと、育児と家事のワンオペのストレスで、『息子さえいなければ……』と心の隅で思ってしまったことも、決して責められることではない。

それに、彼はそんな自分の汚れた願望を、決して表には出さなかった。

彼は常に、僕に慈愛の笑顔をもって接してくれた。

 

だから悪いのは全部僕なのだ。

人の心を読む……テレパシーなんて余計な能力を持っていた僕のせい。

いや、テレパシーのせいにするのは良くないな。

僕という人間そのものが、どうしようもなく醜悪だったんだ。

 

「ぱぱ、ぼくのことがいらないの?」

 

現実世界の目の前には、愛おしそうに僕を見つめる父親が居たはずだっていうのに、愚かな僕は、彼の心の片隅ばかりに目を向けて、あまつさえこんなセリフを彼に吐いた。

僕に何度もこう言われて、父が泣きそうな顔をしたことを覚えている。

 

▲▼▲ 

 

「お前は、誰とも出会わない方が幸せになれる」

 

父はそう言って、僕をたった一人、地方の屋敷に閉じ込めた。

別にこれは虐待とかじゃない。

父なりの僕を思っての行動だ。

 

他人の心を読めるが故に、あらゆる人間の嘘と嫌悪を真正面から受け止めるしかなかった僕は、幼くして人間不信になってしまった。

父はそんな僕を見て、僕と他人とを接触させるべきではないと判断したのだ。

 

僕が軟禁されたその屋敷には、食べ物でもおもちゃでも、幼い僕が必要とするモノはなんでもあった。

他人(と言っても基本的に父だけだが)と話すのも、心を読まなくてすむ、スマホ等の機械を通した通話だけだった。

 

そんな屋敷での、他人の感情が自分に入り込んでこないその生活は、それまでと比べてとても穏やかで、理想的だった。

死ぬまでこのままでいいとすら、幼い僕は思っていた。

 

だが、そんな生活はとある一人の少女によって壊された。

 

「アナタが『探偵』が遺したお宝?」

 

二重に聞こえないその声が、僕の耳を貫いた。

 

「次代の『怪盗』であるこの私が、アナタというお宝を盗みに来てあげたよ」

 

満月の夜、屋敷の壁を爆薬で破壊して侵入してきた彼女は、笑ってそう言った。

 

10歳にして爆薬で建築物を破壊するなんていう罪を犯した非常識で危険な少女。

 

彼女の襲来に、僕は絶望した。

また、他人の感情に怯えないといけないのかと。

せっかく、一人ぼっちの世界を手に入れられたっていうのに、僕はそれを失うのかと。

 

だが、そんな心配は杞憂だった。

どうしてかは知らないが、彼女の心の内を、僕のテレパシー能力は盗み見ることが出来なかったからだ。

 

心が読めない彼女は、僕が上辺だけで関係を構築出来る初めての人間だった。

気軽に嘘を言い合える存在……友人というモノが、僕にも出来た。

まぁ実際のところは、僕が彼女に嘘をついたことはなかったけれど。

 

「今日1日アナタと過ごしてみたけどやっぱり、僕にアナタの言う『宝』としての価値があるとはやっぱり思えない」

「そう?」

「そうですよ。それに、それとは関係なく、僕を盗むのは勘弁してください、というよりも、僕を外に連れ出さないでください。僕は他人が怖いんです。だから、人が飽和を超えて存在する外の世界には行きたくない」

「え〜〜。『怖い』なんて言うけどさ、キミなら凡人達なんて、どれだけいようと恐るに足らないでしょ。だからさ、ビビってないで外の世界に触れてみようよ」

「イヤですよ。僕は、アナタの思ってる数千倍は弱いんです」

「う〜ん」

 

誰が彼女に僕のことを『宝物』なんて嘯いたのかなんて知らないが、なんにせよ彼女は、僕を盗み出そうした。

そのクセ彼女は、「誘拐なんて悪いことは『怪盗』のすることじゃないよねぇ」なんて、自分が他人の屋敷を爆破したことをさっぱり忘れてしまったかのように言った。

 

僕の合意がとれない限り、彼女は僕を外に連れ出そうとはしなかった。

でも僕は本当に、絶対に、これ以上は他人と出会いたくなかった。

僕を育てるハメになった可哀想な父親と、心を盗み見なくてすむ彼女以外とは、誰とも話したくなかったから、僕は頑なに彼女の誘いを拒んだ。

 

勧誘と拒否とを、大体3時間くらい続けて、ようやく彼女は折れた。

 

「分かったよ、しょうがない。キミを盗むのは諦める」

「ありがとうございます。あと、アナタの誘いを断った身で頼むのもなんですけど、もしよかったら、明日も僕に会いに来てくれませんか?」

「別にいいよ?キミ面白いから」

 

『明日の2時に、ウチのインターホンを押してくれ』

僕と彼女はそんな約束をした。

そしてそれは、次の日だけでなく、毎日の約束になった。

 

ゲームもおもちゃもお菓子も、遊ぶためのモノはなんでも屋敷にあったから、毎日遊んでも飽きるようなことはない。

僕と彼女は、一日中笑っていた。

 

何も考えずに彼女と笑い合えていたこの時が間違いなく、僕の17年の人生の中で最も幸せだった瞬間、僕の黄金時代だった。

 

だけどそれも、たった半年で終わりを迎えることになる。

 

「ゴメン、明日からはもうキミとは会えない」

 

ある日突然、彼女は僕にそう言った。

 

「え?会えないって……いつまでですか?」

「ずっと。一生だよ」

 

ぬるま湯い幸せから急転直下。

彼女の言葉に僕は泣いた。

イヤだイヤだと首を振って駄々をこねた。

 

「泣き虫だなぁ、シロは」

 

シロ……彼女がつけた僕のアダ名

 

彼女はしょうがないとでも言うように笑いながら僕の頭を撫でる。

 

「ごめんねぇ」

 

目尻に涙を浮かべながら彼女は謝ってくれたけど、結局、彼女が自らの『もう会えない』という言葉を覆すことはなかった。

 

「もし、もしもだよ?悪い人がこの世からいなくなったら、またキミに会えるかもね」

 

そう言い残して、彼女は僕の元を去っていった。

僕はまた、一人ぼっちになった。

 

▲▼▲

 

「犯人は、貴方だ」

 

目の前の、燕尾服を着た男を僕は指差す。

 

7年後、17歳になった僕は、『探偵』になっていた。

悪人がいなくなれば再会出来る、という彼女の言葉を信じた僕は、警察と探偵のどっちになるかの2択で悩み、最終的には父の望みを聞いて、亡き母の跡を継いで『探偵』になった。

 

僕が『探偵』を初めて、大体2年が経つ。

殺人鬼とか、誘拐犯とか、窃盗犯とか、事件の種類に関わらす、たくさんの犯罪者を、悪人を捕まえた。

それもこれも全部、もう一度彼女に会うためだ。

全ての悪人を捕まえれば、また彼女に出会えると思ったのだ。

 

……もちろん、自分が馬鹿なことを言ってるのは自覚している。

なんせ、悪人なんていくらでも世の中にいるのだ。

それこそあらゆる人間が、幼い頃に愉悦をもってアリ等の小さな虫を踏み潰すか叩き潰した経験があるであろう時点で、この地球に住む全ての人間が快楽奪命犯、極悪人だと言うことも出来る。

そしてら、ホントにもうキリがない。

悪人をこの世から撲滅するなんて不可能だ。

そしてそんなことを考えながらも、『探偵』として、細々と悪人を減らしている自分の姿は、客観的に見て滑稽だと自分でも思う。

だけど、お馬鹿な道化になってないととやってらんないくらいには、僕は追い詰められていたし、彼女の言葉に縋っていた。

 

「俺が犯人!?ふざけたことを抜かすなよ!!」

 

目の前の使用人の男が叫ぶ。

 

とある資産家の屋敷で起きた殺人事件。

その事件の情報を知り合いの『警官』から聞いた僕は、その屋敷に乗り込んだ。

 

亡くなったのは九尾糸(くびいと) (ひかり)、61歳女性。

首を紐状のナニカで絞められての窒息死。

屋敷内の自室で泡を吹いて倒れている所を、使用人に発見された。

屋敷に何者かが侵入した形跡がないことから、犯行は屋敷内にいる使用人達9人の内の誰かだと思われた。

 

警官達が、その使用人達のアリバイを聞いている時に、僕は屋敷に到着した。

 

屋敷の食堂に集められた、容疑者である9人の使用人。

彼らを見て一目で、誰が犯人なのか僕は分かった……というワケではないが、まぁ大体目星はついた。

 

「そもそも、証拠なんてないだろう!?」

 

僕が犯人だと名指した男が喚く。

 

確かに、証拠はまだない。

僕とこの使用人の男の心の中ならばともかく、現実に持ち出せる、カタチを持った証拠は未だ存在しない。

だけど、そんなことは何も問題じゃなかった。

 

「証拠なら、今からアナタに吐き出してもらいますよ」

「はぁ?」

 

僕のテレパシーは、こういう時には酷く役に立つ、実に探偵という職業に向いた能力だ。

なんせ相手の心を読めるのだ。

犯人が目の前にいさえすれば、その男がどんな巧妙なトリックを使ったとしても、犯人の思考がその答えを全部僕に教えてくれる。

それは今回の事件でも例外ではない。

 

僕は自分が犯人だと名指した男の腹を思いっきり蹴った。

 

「うげぇ!!」

 

相当強く、それも不意打ち気味に蹴ったせいだろう。

男は腹を抱えて(うずくま)り、苦しそうに呻いた。

 

「ちょっと(たき)クン!!」

 

隣に立っていた『警官』が制するように僕の肩を掴む。

 

「まぁ見ててくださいよ」

 

肩にある『警官』の手を払い除けて、僕は蹲る足元のの男を指さした。

 

使用人の男は、オゲェ、と、汚らしい音を立てながら、吐瀉物を口から撒き散らす。

白い床には、男が昼食で食べたであろうナニカと胃液の混合物が広がり、食堂には、ツンとした臭いが充満した。

 

そして……

 

「これは、ネックレス?」

 

『警官』が呟く。

 

吐瀉物に混ざって床に転がるのは真珠のネックレス。

 

「どうして、ネックレスなんてモノが人の口から?」

「主人を絞め殺すのに使った凶器を隠すために飲み込んだから、というのが、一番納得のいく理由でしょう。実際の所どうなんですか?使用人さん」

 

ネックレスから、足下の使用人の男に視線を移す。

男は、口の端から吐瀉物を零しながら、憎らしそうに、悔しそうにこちらを睨んでいた。

 

「…………どうして、俺がネックレスを飲み込んで隠したことに気づいたんだ」

 

使用人の男はもう、自分が犯人であることを隠そうとはしなかった。

 

「なぁに、ただの勘ですよ」

 

僕はテキトーに嘯いた。

 

いやぁしかし、男の心の内が、『気持ち悪い』と『吐き出したい』で一杯一杯だったのでもしやとは思ったが、まさか本当に凶器を飲み込んでいたとは。

ドン引きだぜ。

 

▲▼▲

 

九尾糸 光を殺した犯人を捕まえた日の夕方。

僕は、家の近くある橋の欄干の上に立っていた。

どうしてそんなことをしているのかというと、ここから飛び降りるためだ。

 

歯に衣着せずに言うならば、僕は自殺を試みていた。

死のうとしていた。

 

空を見上げる。

そこにあるのは曇天。

この空模様はまるで僕の心を表しているようだ、なんて戯言を言いたくなるくらいには、今の僕は参っていた。

 

なんでかというと、7年前の彼女との約束を果たせないことに、いよいよ気づいてしまったからだ。

 

僕はこれまで一応、悪人というモノを、倫理と法律に反する者として定義していた。

だけど僕は、僕がこれまで捕まえてきた犯罪者達が本当に悪人だったのか、分からなくなってしまった。

 

例えばとある連続殺人犯。

高校時代の同級生6人を殺し、つい先日死刑判決を宣告された彼。

彼が同級生を殺した、その同級生6人にイジメられ、自殺してしまった恋人の復讐のためだった。

 

例えば、今日捕まえた使用人の男。

彼が主人を殺したのは、老いて醜くなっていく主人をもうこれ以上見たくないからだった。

 

「それがどうした、どんな理由があろうと、殺人はしてはいけない」

僕が普通の人だったら、きっとそう言えた。

彼らが殺人に至った感情を、ただの電気信号として、調書に記された文字列として受け止めることが出来たならば、あの犯罪者達を悪人だと切り捨てられた。

 

ただ僕は、他人の心を盗み見てしまう欠陥品だった。

真正面から、彼らが殺人に至った感情をぶつけられてしまった。

その願望を

その切実を

それに触れた上で僕は、「そんなの知らない、強い心を持てば、常人が殺人に至ることはない。故に、耐えることが出来なかった殺人者は例外なくその全てが極悪人だ」なんてことを言うことは出来なかった。。

別に、彼らを善人だと思ってるワケではない。

どちらか言えば、悪人だとは思う。

ただ、断言をすることが出来ない。

そんな状態で、そんな曖昧な線引きしか出来ていないのに、「とある女の子に再会したいから」なんて理由で、彼らを悪人として捕まえている自分は、良い人なのだろうか?

悪い人ではないのだろうか?

 

そう思いながらも、この2年間僕は、色々な犯罪者を捕まえてきた。

そして今日、あの使用人の男を捕まえて、限界が来た。

 

「僕は悪い人だ」

 

『悪い人がこの世からいなくなったら、またキミに会えるかもね』

彼女の言葉を思い出す。

 

悪い人……僕がいなくなれば、僕は彼女にまた会える。

でも僕が死んだら当然、僕はもう彼女に会えない。

つまりもう僕は、彼女の笑顔を見ることが出来ない。

そのことに気づいてしまったら、もうダメだった。

生きてる意味が、分からなくなった。

 

「グッバイ世界」

 

そう言って、飛び降りようとして……

 

「あ」

 

その時、太陽を隠していた雲がどいて、夕日の明かりが地上に満ちた。

橙の光が僕の目を焼く。

その光のあまりの眩しさに僕はよろけて、後ろに向かって、飛び降りようとしていた川の反対側に倒れこんでしまった。

欄干の上から落ちた僕は、橋の上に勢いよく尻もちをついた。

 

打った臀部から発せられる電気信号は強烈だ。

痛い。

骨が折れたんじゃってくらい痛い。

でも、それ以上の感情が、僕の心を占領していた。

 

「綺麗だ」

 

暮れゆく日に、僕は目を奪われてしまった。

 

お天道様様が、僕を見てる。

 

そう思うと、自殺なんて悪いことを、する気がなくなってしまった。

 

「……今日じゃない。死ぬのは、違う日にしよう」

 

太陽の昇らない国、ノルウェーとか、フィンランドとか、そういう、極夜のある国に行って死のう。

そう思った。

もう、太陽のある場所で死ねる気がしなかった。

 

「ハッ」

 

そんなことを思っている自分を、鼻で笑った。

いくら夕日が綺麗だったとはいえ、たかが景色に心を動かされるなんて。

 

「本当に、惨めだ」

 

▲▼▲

 

その日の夜、僕は家への帰路についていた。

街中をゆっくりと歩くと、色々な人とすれ違う。

仕事終わりのサラリーマン

買い物帰りの主婦

部活が終わって、友人と並んで歩いている学生

目に映る彼らの感情は、その全てが、僕の中にも流れ込んでくる。

絶望、諦観、希望、幸福、不安、愛、愉快、失望、夢

その種類は言い出したらキリがない。

それに彼らの感情は、一人の一人のそれが、僕のそれと同等の価値と質量をもって流れ込んでくる。

しかも、今僕の周りには、たくさんの人がいるワケだ。

そうすると、僕の脳髄はパンクしてしまう。

なんせ、頭の中に何人も他人がいるようなものなのだ。

そうなると、他人の感情に流されて、押し潰されて、本当の自分の感情を見失いそうになる。

それが本当に、死にたくなるくらいに気持ち悪い。

 

『お前は、誰とも出会わない方が幸せになれる』

 

そう言った父は、正しかったのだろう。

誰とも出会わなかったら、きっと僕は、幼い頃に住んでいたあの屋敷の中にずっといたはずだ。

孤独の凍えるような寂しさに、いや、そもそも自分が一人ぼっちであることにすら気づかず、その代わり、今僕が味わっている自分が分からなくなるような苦しみも味合わずに生きて、そして死んだのだろう。

それは、たぶん凄く幸せなことだ。

でも僕は出会ってしまった。

心を盗み見なくてすむ、あの黒い少女に出会ってしまった。

他者と笑い合う幸せを知ってしまった。

そしたら、もう、しょうがない。

あれを知ってしまったら、一人でいることにはもう二度と耐えられない。

耐えられないから、死ぬしかないんだ。

 

家に帰ったら、ノルウェー行きの飛行機のチケットを買わなくちゃ。

いや、その前にパスポートを申請しないと。

 

そんなことを考えながら、夜の街を歩いていると……

 

「え」

 

うるさい感情で埋め尽くされていた世界に、僕の脳髄に、ぽっかり一つ、穴が空いた。

その穴に吸い込まれるように、僕の視線はそちらに向く。

そこには彼女が立っていた。

全身真っ黒の彼女。

何を考えているのか分からない彼女。

7年経っているから、顔とか、身体つきとか、変わっているところもたくさんある。

でも、僕が見間違えるわけがない。

 

「すいません!!」

 

人混みをかき分けて、彼女に近づく。

彼女は僕に気づいてないようで、僕は咄嗟に彼女の肩を掴んだ。

 

「……なんですか?」

 

振り向いた彼女は、不思議そうな顔をした。

 

「僕です。シロです。7年前、よく遊んだ。覚えて、いませんか?」

「あ〜」

 

彼女は少し気まずそうな顔をした後、僕に絶望を叩きつけた。

 

「私、4年間に交通事故に遭って、その時に記憶喪失になっていまして。まぁだから、アナタが昔の私の知り合いだったのだとしても、今の私は、アナタのことは何も覚えてないんです」

 

目の前が真っ暗になった。

 

「………………そう、ですか」

 

彼女は、僕のことを忘れていた。

悪人がいなくなればとか、そんなことは関係なく、もう、僕と『彼女』が再会することは叶わないようだった。

 

「……急に声かけて、肩とか掴んじゃって、すみませんでした」

 

知らない男から馴れ馴れしく声をかけられ、その上身体まで触られたんだ。

きっと気持ち悪かっただろう。

 

「さようなら」

 

そう言って僕は、彼女が歩いてた方とは反対側に、さっきまで自分がいた橋の方に向かって歩き出した。

 

空を見上げる。

時間が経って、また雲がかかったのだろう。

小さな星の光すら見えない。

 

そうだ、太陽のないところで死にたいだけなら、わざわざ海外に行く必要もないじゃないか。

日本に居たって、夜なら、太陽の光は届かない。

そんなことにも気づかないなんて、意外と自分は、死にたくなかったのかもしれない。

 

でも、もう、いいやぁ。

最後に彼女と話せたんだ。

満足だ。

 

少し駆け足で、橋に向かって進む。

すると、手首を誰かに掴まれた。

後ろに振り返ると、彼女がいた。

 

「ちょちょちょ、ストップストップ」

 

少し慌てたように、彼女は笑っている。

 

「記憶喪失なんて、ウソに決まってるじゃん。真に受けないでよ」

「え」

 

それは、つまり、どういう……

 

「フフ、また会えたね、シロ。」

 

7年前と同じように、彼女は笑う。

 

「7年ぶりの再会を祝おう!!、と言いたいところなんだけど、その前に……」

 

少し気まずそうな顔をした後、彼女は僕に手を差し出した。

 

「次に私が狙ってるお宝、ちょっと一人じゃ盗むのに苦戦しそうなんだよね。というワケで、ねぇシロ、私の助手になって、私の怪盗業務を手伝ってくれない?7年前みたいにさ、また一緒に遊ぼうよ」

 

そう言われて、僕は、差し出された彼女の手を取った。

 

空には月が輝いていた。

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