【三章開始】いずれ神成る恋物語-天使と悪魔とラブコメ生活-   作:ビスマルク

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『強欲』と『怠惰』

 

 月がぶ厚い雲に覆われてその明かりもささない暗闇の中。日本という国で長い間象徴として存在する電波塔の頂点付近で一人の男が腕を組みながら眼下を眺めていた。人々の営みが存在する世界を見下しながらそれは己の“欲望”が叶うその条件が整いつつあることに笑いをかみ殺す。

 

 

「随分と楽しそうだ、ね。その計画、ぶち壊してあげよう、か?」

 

 

 だからその男――――『強欲』の魔王、マモンにとってもその存在の到来は予想外だった。

 目を見開きながら声がした方を見れば背丈が自分よりもはるかに低い少女が空中に立っている。その鈴の音のような声は鼓膜を震わせ、それにふさわしい小柄な容姿は可憐というほかない。腰まで伸びた黒髪は艶やかな、鴉の濡れ羽色のようで同じ黒であるはずなのに夜の闇の中に紛れることは決してない。

 しかし普段黒いはずのその目は今は金色に輝いており、その眼光は真っ直ぐ『強欲』に向けられている。今世では秋野鈴として生きている少女、『怠惰』の魔王ベルフェゴールがそこにはいた。

 

 

「お前さんがこんな所に来るとはな。学校はいいのかお嬢さん?」

 

「お前の配下のせいで休校になってる。あちこちで火事起こしまくって、“欲望”を集めて何のつもり、かな?私はもうすぐ気軽な夏休みでぐうたらする予定を立ててたん、だけど」

 

 

 あのショッピングモールの戦いから既に一週間が経っている。その間ドッペル陣営は動いていない。唯一その活動が活発化しているのは『愛求堕喰』と『永死殺総』の二人の上級悪魔。アドラメレクが日本中、更には他国にも及ぶ仕込まれた種火は次々と発火を始めその炎で人々から“欲望”を奪い続けていた。既に自然現象ではありえないとされ日本はおろか世界各国からすら異常現象と認識されている。

 人が多く集まっている場所ほど燃え上がりやすいそれに対して出来ることなどなく、学校の多くは早めの夏休みに入っている。だが夏にある多くのイベントは中止に持ち込まれるだろう。もっとも、そのイベントに参加する程の熱量を持つ人間の“欲望”は既にその多くが奪われていることで気にする人間は少なくなっているだろうが。

 

 

「生憎(オレ)はそこまでアイツらのやってることに関わっちゃいねぇ。『傲慢』の馬鹿と違って(オレ)は放任主義なんでな。お前さんほど無責任じゃないつもりだが」

 

「この世界全てを巻き込むようなことやらせておいて、その言い草。そっちの方が十分無責任だと思う、ね。――――この世界の均衡をぶち壊す気?」

 

「均衡なんざ天使共が必死こいて保ってきただけだろ。(オレ)には関係ねぇし、(オレ)の部下共も知ったっこっちゃねぇだろうよ」

 

 

 天界が、天使が隠し続けてきた認識阻害が打ち破られようとしている。無論天界もそれを危惧し既に動いているが同時期に各国で上級悪魔、中級悪魔の活動が活発化してそちらの対応に回っており後手に回らざるをえない。各国の世界の“真実”を知っている上層部はこの状況に焦って対応しようとしているが、人の手で何とかなるのであればここまで好き放題されてはいない。自力でどうにかできる可能性は残念ながら低いだろう。世界の在り方が変わる時期が来たのだと『強欲』は嗤う。

 

 

「それが、無責任だって言ってるんだ、よ」

 

「『怠惰』のお前さんがそれを言うのかよ、ベルフェゴール」

 

「今の私は秋野鈴だ。間違えるなマモン」

 

「おお、怖い怖い。(オレ)が言うのもなんだが、随分と楽しんでるみたいじゃねぇか?」

 

 

 空間が軋み、時間の流れが荒れ狂って不安定になる。世界の全ての法則を書き換える『怠惰』の能力(ちから)が漏れ出る。天高いこの場所でなければその漏れ出た欠片だけで被害が増えるだろう。上級悪魔でさえ真正面からその怒気を受ければ委縮し口を開くことすら難しいその空間。ベルフェゴールの能力の影響をまるで受けずに、その長い赤髪を揺らすことなくマモンは笑って受け流す。

 

 

「今、ここで、殺すぞ」

 

「お前とやるには今は時期が悪いからごめんだ。(オレ)が動くにはあと四ヵ月程度必要だしな。お前も(オレ)とやり合ったらどうなるか分からねぇだろ。『怠惰』のお前らしくもねぇ。いつも通り全部流せばいいだろ。それがなんだ。わざわざ(オレ)を探し回ってここまで来て。死んで、生まれ直して、いつも通りに怠惰に過ごせばいい。それともなんだ?」

 

 

 美しい金色の双眸に殺意を込める『怠惰』に対して笑いながら『強欲』はその禁忌に触れる。互いに魔王、互いに同格、互いに殺せるであろう相手に対して平常と変わらない調子で告げる。

 

 

「お前、今の人生が。今の家族を好きにでもなったのか?」

 

 

 瞬間、空を覆う雲が爆散し大気が大きく揺れた。しかしその余波は下に届く前に霧散し、下にいる人間は急に雲が消え月明かりが出たことに首を傾げながらもそれぞれの生活に戻っていく。

 『怠惰』の“法則支配”。ただその場に存在し続けるだけで思うがままに世界を塗り替えていく。重力を自分の周囲のみ十倍にする。大気は急激に広がる。雨は上に落ち、夜は昼のように明るくなる。何もかも、指一つ動かすことなく為すことが出来る。命一つを奪うことなどそれこそ呼吸する労力以下で出来る。文字通り、世界を支配し壊すも直すも可能な化け物。

 

 

「――――おいおい。あんまり手荒にしないでくれよ。(オレ)の一張羅なんだぜ、このスーツ。お気に入りだってのに破られたら困るだろ?」

 

 

 そんな化け物に相対する『強欲』もまた怪物。大気が弾け、空を覆っていた雲が消えうせるそれを受けていながらも埃一つ、塵一つもそのスーツにはついていない。儀礼的にスーツを叩いているがその行為は一切必要ない。世界が変わろうが何が怒ろうが自らが望まない変化の一切を否定し受け入れないその精神性と能力(ちから)は健在だった。

 

 

「図星さされたからっていきなり殺しにくることはねぇだろ。お前さん、あまりに沸点が低くねぇか?それともまさか生まれて初めて怒ったから加減が分からねぇのか?まぁありえない訳じゃない。生も死もお前の中じゃ等価値だ。痛みも何もかも受け流して反応する事すら億劫な『怠惰』のお前さんが怒る事なんざありえねぇだろうしな」

 

「……話しが長いんだ、よ。お前、私を怒らせてそんなに楽しい、か?」

 

「楽しいねぇ。今まで見たことのない魔王の姿、これが娯楽にならなくてなんになる?出来ることなら上質なワインでも片手に持って眺めていたいくらいだぜ」

 

「そのワイン、腐らせたうえで喉に流し込んでやろう、か」

 

「おいおい、お前さんの能力ならそりゃワインの発酵具合なんざ赤子の手をひねる以上に軽く変えられるだろうが、そりゃ長年作ってきた人間に対する侮辱ってもんだろ?少しは敬意ってもんを持ったらどうだ?」

 

「お前よりは持ってるつもり、だ」

 

 

 金の瞳を丸くして心外だとばかりに口を開けるマモンに対してベルフェゴールは言葉で刺された分を返そうと嘲笑う。それが相手に何の痛手にもならない事は知っているが言わなければ気が済まないから。それが既に『怠惰』からかけ離れていると自覚しながら。

 

 

「お前は、この世界にも人間にも敬意なんて、持ってない。それどころか執着も、していない。お前の配下も、お前にとっては暇つぶしの道具で、本当に受け入れている奴なんか、いない」

 

「ほう?ああ、こういう時はこう聞けばよかったか?そのエビデンスは?」

 

「だってそいつら、お前に触れることも出来ない、でしょ?」

 

 

 先程まで饒舌で多弁だった口数が消え、笑みを浮かべながらその目は『怠惰』を射抜く。魔王同士、互いの能力について話したことはなかった。『怠惰』は隠すつもりもなかったが故にその長年の在り方である程度推測はされているが『強欲』は違う。欲しい物を手に入れる為に全力を尽くす魔王は己の障害になりえるものを見過ごさない。無論、自身の力については配下にすら黙っている。それが看破されたかもしれない。しかも自分と同格の魔王に。

 

 

「とんだ言いがかりじゃねぇか。(オレ)は配下をちゃーんと大事に思ってるぜ?(オレ)の計画でもアイツらだけは死なねぇように保護するつもりだしな」

 

「でも、失っても別に構わない程度の手駒、でしょ。そうじゃなかったら、リョウ兄にあれだけ狩られてるのにお前が出てこない意味、ないもんね」

 

「アイツらの自由意思に任せてるだけ――――いや、やめておくか。これ以上言い繕ってもダサいだけだ。(オレ)の美学に反する」

 

「口数が多い時点でダサすぎる、ね。もう少し言葉を大事にしな、よ」

 

「はっ!!今日のお前に言われたくはねぇなぁ。お前がこれだけ話すなんざ天変地異の前触れかと疑っちまう所だ。おっと、だからと言って起こさないでくれよ?(オレ)がやる前にぶっ壊されても困るからなぁ」

 

 

 空中で浮遊している『怠惰』。

 空中に足をつけている『強欲』。

 その目が金色から通常の色に戻った。それは互いに今ここで潰しあうことをやめたことを意味する。『怠惰』はマモンの能力を確認できた。『強欲』はベルフェゴールが敵に回ることを理解した。今ここで戦えば間違いなく双方とも望まない結末に至る。それを察したが故の決定。

 背を向けて地面に降下していくベルフェゴール、鈴に向けてマモンは今回の件に関する自身の立ち位置を説明する。これ以上同格と必要のない戦いをするのは幾ら“我欲”を持ち、無尽と言える力を持つ魔王にとっても不利益が多すぎる。

 

 

「今回のアドラメレクのやることに(オレ)はノータッチだ。お前が潰したきゃ潰せばいい」

 

「御免被る、よ。天界の連中が注視できてない現状で、私が目を離せばお前が何をするか分からないから、ね。面倒くさい諸々は天界に任せて、私はお前を潰す」

 

「そこまで憎まれるなんて(オレ)が何をしたんだか。まだ何もしてないはずなんだがなぁ

?」

 

「遅いんだよ。うちのお兄がもう焼かれた。怪我は大したことないけど、“欲望”を持ってかれた。それはもう、私に対する宣戦布告でしょ」

 

 

 その双眸を金に染めて肩越しにマモンを睨む。吹き出そうになる怒りを抑え込みながら今すぐにでも叩き潰したくなる欲求を無理矢理鎮める。その威圧感に思わず冷や汗をかきながらマモンは悟る。これがこれまで存在しなかったはずの『怠惰』の本気なのだと。自身が欲する結果を手に入れる為にはこれを打倒せねばならないのだと。

 

 

「お前が双世界で何をしようと構わ、ない。そんなこと、知ったこっちゃない。私は死んでもまた違う生き物として生き続ける、から。それにこの世界は私達魔王が作った物だから、所有権があるともいえる、し」

 

「そうだな。この世界は前の世界を基に作り出した人間の為の箱庭だ。(オレ)達悪魔や天使が存在しない世界で悪魔の為の“欲望”を熟成させるために作り上げた人間の為の世界。(オレ)達七体の魔王の合作。いわば(オレ)達がこの世界の創造主であり神ともいえる」

 

「だからこそ、あっちの輪廻の輪とこの世界は繋がっている。じゃなかったらあっちの世界で前世を過ごした魂がこっちで生を受ける何てこと、ありえない。もっとも、もう魔王は揃わないから二度と同じことは出来ないけど、ね」

 

「だからだよ」

 

「…………?」

 

「人間の“欲望”はここまで世界を発展させた。悪魔という天敵がいないだけで、天使という道標がないだけで己が独学でここまで進化した。そんなもの(オレ)達は想定していなかった。この世界はただの狩場だったはずなのにな」

 

「……だから?」

 

(オレ)達が意図して作ったこの世界はここまで想定外の色彩を手に入れた。だったら、誰も意図しない形で生まれた世界は一体どんなもんになるんだろうな?」

 

 

 今日この日。いや、生まれて初めて本心からの笑みを浮かべながら『強欲』の魔王は『怠惰』の魔王を見る。その声音にはどうしようもない歓喜が宿っており、胸を躍らせていることがはっきりわかる。

 

 

「誰も知らない、誰も分からない。そんな世界が俺は欲しい」

 

 

 それが今のマモンが望む、ただ一つの事。

 





魔王は本気で戦う時は目が金色になります。

あと『強欲』と『怠惰』は人間の姿が本性だけど、他の魔王もそうだとは限りません。

『憤怒』とか普段はもろドラゴンだし。本気の時は異形だし。

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