【三章完結】いずれ神成る恋物語-天使と悪魔とラブコメ生活- 作:ビスマルク
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気まずい、と言う言葉が今以上に似合うシチュエーションを僕は知らない。タオルを巻いているとはいえ無防備に、白く染み一つない素肌を晒しているエルを前にしてタオルを持った僕は固まっている。
「あの、流石に嫁入り前の少女を洗うのは問題じゃないかなって思うんだけど……」
「むぅ……、分かりました。髪と前側は自分で洗いますから背中くらいはお願いしてもいいですか?」
「ま、まぁそれくらいなら……」
これ完全にドアインザフェイスだよね。初にわざと大きな要求をして断らせ、その後に本命の小さな要求を通しやすくする心理テクニック。それに気付いたのはこうしてスポンジを手に持ってエルの背中に触れる直前になってからだ。まぁそれがなかったとしても鏡に映るエルの上目遣いから来るお願いを断ることなんて僕には出来ない訳なんだが。
「……リョウ君?どうかしましたか?」
「いや、ちょっと。勇気を絞り出してるというか理性を総動員しているというか」
「なるほど。だけど折角あったまってるのに寒くなっちゃいますから出来れば早くお願いしますね」
背中越しに振り向いて舌をペロリと出してそう告げるエルにたじたじになってしまう。これが天使であることを隠す必要がなくなりストレス案件がなくなった完全体エルだというのか。こんなのに勝てる奴なんているわけないだろと心の底から思う。
しかしエルの言うことも正しい。このままでいたら夏とはいえ風邪をひいてしまうかもしれない。僕は生まれてこの方風邪なんて引いたことないがこれからもそうだとは限らないし、エルが風邪をひくとなったら悔やんでも悔やみきれない。“我欲”を抑え込める僕の理性を信じていくしかない。
「あっ、すみませんリョウ君。背中、ちょっと肌が弱いので出来れば掌で泡を広げてほしいんですが……駄目ですか?」
「」
「リョウ君?」
「ナンデモナイデス。ガンバリマス」
手に持ったスポンジから泡を掬い上げて白く、だけどお湯を浴びたことにより少しだけ赤くなっている背中に触れる。肌に優しいボディーソープだが洗い流さないと肌が荒れることになる。天使がそこまで肌が弱いかと疑問に思うが“愛”の力を使わないと身体能力も身体強度も人と大差ないことを考えるとそこまで不思議でもないだろう。
無心になりきめ細かい肌に触れそのまま泡を伸ばす。出来る限り見ないようにしたいところだがそうした場合逆に変な所を触ってしまうかもしれないと考えると却下するしかない。変な気分というか興奮しそうになる分身に対して色即是空を唱えながら頑張る。
「ん……、あっ、そこです……」
理性が死にそうになり暴れ出しそうな“欲望”を、ここで発散したらエルが傷つくという“愛”で抑え込む。辛うじて“愛”が勝ち、無心になることに成功した僕は菩薩のような心でエルの背中の泡を流しきるまで出来た。これ我慢できたことを誰かに自慢したいところだ。エルと一緒にお風呂入ったってバレたらその瞬間嫉妬で殺されそうだから言うわけにはいかないが。
「じゃあリョウ君、一緒にお風呂に入りましょう?」
「えっ」
エルの予想外の一言に思考が止まっている間に手を取られて先に湯船の中に浸からされる。朝のジョギングによって疲れた体に温かく、柑橘類の匂いが鼻をくすぐった。シルフィが入る時に入れているお気に入りの入浴剤だろう。緊張によって固まった筋肉がほぐれて力が抜けていく。
「失礼します」
「ちょ、ま」
止める隙もなくエルが僕の足の上に座る。両親がゆっくりしたいという考えから作られた広い浴槽は二人が入っても問題ない。問題なのは攻め続けられる僕の理性だ。今もガリガリと削られている音が聞こえる気がする。
僕に背を向けるように座ったエルの、お尻が足に乗っかっている。非常に柔らかい女体の神秘というものを感じる。いつの間にかエルの髪は光るヒモによって結ばれてお湯に浸からないように纏められていた。彼女の光の能力だろう。普段長髪で見れないうなじが見える。更に先ほど見ないようにしていたエルの胸のふくらみも。服を着ていた時には気付かなかったが着やせするタイプだったらしくそこには確かな存在感があった。エルの全てが僕を虜にする為に生まれたのではないかと錯覚するくらいには僕の好みど真ん中ストレートだ。
……なんかもう、ここまで来たら気にしない方がいいかもしれない。自然体でいた方がいいだろう。エルにとっても僕にとっても。この数ヵ月、伊達に美少女達と一つ屋根の下で暮らしてきたわけではない。今こそその経験を生かすべきだ!!
「いいお湯ですね……」
「うん。っふーーー……あ”あ”あ”ーーーーー……」
「ふふ、良いくつろぎっぷりですよリョウ君」
深く息を吸い、吐く。お風呂に入った時にする動作で身体の力を抜く。僕の腕の中にすっぽりと入り込むように膝を抱えて座っているエルも身体から力を抜き僕に寄り掛かっている。その吸いつくような肌が今までにないくらいにくっつく。見た目同様軽いその身体に寄り掛かられてもまるで気にならない。むしろこの細さと軽さで今まで戦ってきたことを凄いと思った。
「……夢、みたいです。こんな風に過ごせるなんて」
ぽつりとエルは呟いた。その言葉には色々な意味が込められているのだろう。こんな風に一緒にお風呂に入るなんてすると思わなかった。天使という正体を僕にばらすなんて思わなかった。そしてそれを笑って受け入れてもらえるなんて思わなかった。僕に分かるだけでもそれだけある。エルの内心はきっともっと多くの困惑の理由があるのだろう。それらを一つ一つ暴くような風情のないような真似はしない。ただ後ろからエルを軽く抱きしめる。
「大丈夫。僕はここにいるし、エルもここにいる。置いてかれるつもりも、置いてくつもりもないよ。例えこれから先何があろうと」
『強欲』が動き出すまでの数ヵ月。それが平穏な生活が続けられるまでの時間。だけど僕はそれでもあえて強い言葉で断言する。魔王が何を考えていようと何をしようとも僕達ならばなんとかできる。そうすればこんな生活を続けることだって出来る。これから先の長い人生を共に生きるのだから。これで終わりになるはずがないのだ。
「そう、ですね。リョウ君と一緒ならなんだって越えていける。そんな気になります」
少し振り向き、片目で僕の顔を見たエルは笑ってくれた。何の心配もないように僕に身体を預けて、僕はその身体を軽く抱いて未来の話をする。
「夏休みだし、ちょっと遠出したいよね。温泉とか入りに行きたいや」
「いいですね。夏祭りもありますし、私も浴衣を着て行ってみたいです」
「みんなの浴衣は楽しみだけどナンパとか絶対来そうだよね」
「その時はちゃんと守ってくださいね。ああ、夏祭りと言えば花火も見てみたいです。大きな音と綺麗な火花。きっと迫力も感動もあると思うから」
「始めて見るならきっと凄いって感想になると思う。戦いの時に見る炎とは全然違うからさ」
「夏祭りも旅行も行って、そうしたら二学期ですね。学園祭もあるからしっかり準備しておかないと」
「お店とかやるからね。エルの所はメイド喫茶とかやる?エルとシルフィのメイド服は絶対見たいんだけど」
「そ、そういうのはあんまり積極的にはやらないです。あんまり目立つと認識阻害にも問題が出てしまいそうですし……」
何でもない日常からこの先に待ってる楽しい日々を想像して話す。思った以上に長風呂になってしまいそろそろあがらないとのぼせてしまう。僕がそう思った時にエルは立ち上がり湯船から出た。色々と見えそうになるのを見ないようにして先に出て行くエルを見送る。流石に一緒に脱衣所にいるのは無理だ。
「あ、そうです。リョウ君に一つ聞きたいことがあったんです」
「なにかな……?」
先程までそこにあった感触を思い出さないように必死になっている僕に振り向きながらエルは不思議そうな顔をしていた。
「リョウ君、なんで今私を襲ってくれなかったんですか?」
「全部わざとだったの!!?」
びっくりである。というかあまりに吹っ切れすぎててエルが強すぎる。今までとは違って僕がたじたじになっている。
「いやだって……初めてがお風呂は流石にちょっと、駄目でしょって思って」
「そう、ですね。確かに私も先走り過ぎました。うん、ちょっと欲望に流されてる気がしてます。リョウ君と繋がった影響、でしょうか?」
あの日からリルナと結んだ契約の繋がりをエルからも感じる。精神的、魂的に近づいているのは否定できない。だとしてもここまで大胆な行動に出るのを僕のせいだけにしないでほしいところだ。
「それじゃあリョウ君。今日の夜、ベッドの中で楽しみにしてますね♪」
そう言ってイタズラが成功したかのように笑ったエルの顔は真っ赤だった。色々と誘い文句を考えて、その上で出した答えがこれなのだろう。扉の向こうに消えた彼女を見送り、一度湯船の中に顔を沈める。
「あれは、反則でしょ……」
お湯の中で呟いたその言葉は誰の耳に届くこともなく泡になって消えた。
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