幼馴染(天使)が幼馴染(偽)だった。天使なのはガチだった 作:ビスマルク
なんであんな同じ文章二回繰り返す形になってたんだ……?
足元がふらつく。立っていることさえ億劫になってくる。視界が回り、世界がどう存在しているのかの認識さえもあやふやだ。これは最早精神力でどうなるかの範疇を越えているだろう。それでも必死に思考だけは回す。
僕はエルが好きだ。それは間違いない。彼女の輝く銀髪が好きだ。全てを見通しているような紅い目が好きだ。いつもは無表情なのに美味しい物を食べたり、ふとした時に微笑むその輝きが好きだ。
だが、それは要するに彼女のことを何も知らないということを指し示す。
「う、ぐぉぉお……!?」
頭を両手で抱えて白い空間を転がりまわる。何かがおかしいと理性が叫び、本能がそれ以上考えるなと叫び続ける。だがそんなものは感情が跳ねのけて思い出す、過去の全ての記憶を。
「僕に、幼馴染はいない……?」
先程悪魔の少女に言われたことを反復するように口にする。それを起点に結び付けられていた記憶が解かれていく。
そもそもの話、僕にはエルと共に幼少期を過ごしていたという記憶がない。彼女と共に小学校を過ごしたという記憶も、中学生で笑い合ったという記憶もない。
常識と同じくこれまで疑ったことのなかった認識が捻じ曲がっていたと分かってくる。
「エル、は、彼女は、一体……!?」
共に過ごした過去などなく、彼女は唐突に僕と一緒に住み始めた。ああ、それは一ヵ月前のことだった。彼女と住むことに一切の違和感を覚えないようにされたのだろう。その結果があの歪な認識だった。
そもそも僕は彼女の両親と会ったことがない。その時点でおかしいだろう。大切な一人娘をどこの誰とも知れない男と一緒に住むことを許す親がどこにいるものか。
父さんと母さんだって、僕達がなんらかの間違いを犯した場合のことを考えれば同棲など許さずもっと慎重に動いていたはずだ。色々と適当なところはあるがそこらへんはしっかりしているのが僕の自慢の両親なのだから。
全ての認識が裏返って、覆いかぶさった偽物の記憶が剥がれた時そこにあるのは本物の記憶だ。いや、これが本物だという保証はどこにもない。
だってそうだろう?大切な「恋心」さえ植え付けられたものではないと誰が保証してくれる。誰も保証など出来はしない。彼女がここに住むために都合のいい人間を用意する為にやった可能性は非常に高いのだから。
『可哀そうにねぇ。信頼して来た女にこんな簡単に騙されてたなんて知ったらそうもなるよねぇ』
いつの間にか白い空間から弾き出され元の世界、僕の自室に戻っていた。先程と違うのは確かに聞こえてくるのは悪魔の少女の声。甘ったるい砂糖をはちみつに混ぜたような声が僕の脳を侵食するように響いてくる。
『でもこれは事実だし、それももう分かってるでしょ?』
その言葉は正しいと確信する。むしろ今まで何故疑問に思わなかったのかという部分が多々ある。僕を構成する部分の一角が一気に崩壊し声にならないうめき声が口から漏れ出る。
『アンタの幼馴染は“天使”だよ~~~ん』
「てん、し……?」
先程も言っていたその単語。さっきは幼馴染を褒められたことにより有頂天になっていたのが色んな物をはがされた今、とても重要な物なのだと理解できる。
『そうそう。アタシ達と同じ人外って言うべき存在だよぉ?といってもこの世界のじゃないけどねぇ』
「どういう意味だよ……?」
何とか、理性を手繰り寄せて質問を返す。無理矢理にでも思考をそちらに回さなければどうにかなってしまいそうだから。
起き上がり、ベッドに腰を掛けて頭に響く声に話をするように促す。場合によってはなんらかの交渉が必要だったと思うが声の主は今までいいようにやられた鬱憤を晴らすように生き生きと語りだす。
『要するにアタシ達はアンタ達の言うところの異世界の出身者。天使と悪魔が存在して滅ぼしあう世界。そんな世界からやってきた“神魔戦争”の兵士なのさ』
「は、はははっ……!!異世界、天使と悪魔、神魔戦争……、どこかの小説で見たような単語ばっかだ……」
『だけど事実だ』
そこだけ、最後の事実だと告げる部分だけ他とは違うゾッとするような声音で悪魔は言う。その冷たさはそれが本当なのだという事と、彼女が悪魔だということを証明するかのような温度で。僕はそれが事実なのだと理解せずにはいられなかった。
『アタシ達の世界にはもう人間がいない。互いの兵力として使い潰しちゃったからねぇ。だけど人間って言う戦いの緩衝装置がないと本気で滅ぼしあうことになっちゃう。だからこの世界に来て色々とやって、代理戦争状態ってことだね』
「クッソ迷惑だと思うんだけど。いや本当に他所でやってくれない?」
『うん、アンタの言うことが正しいと思うよ。少なくともアタシはね。ただそれを正しいと思うのは極少数、くっだらない戦いの結末を求めてこっちに来てる連中にそれは通用しないんだよねぇ』
本当に傍迷惑すぎる。互いに滅ぼしあう中で人間という道具がなくなったからまだいる世界に来てそれを使ってまた同じことを繰り返すと彼女は言っているのだ。巻き込まれるこちら側のことなど何も考えてないだろう。
『つってもこっちに来て好き放題し始めたのは悪魔が先で、天使はそれを止めに来た形って言うのは覚えて欲しいかなぁ。アイツら既に人間の上層部と関わって組織とか立ち上げてるみたいだし、人間の協力者は多いんだよねぇ』
「渡してる情報は少なくして、天使側はあくまで味方って形にして、か」
『そういうこと。いやぁ、その状態でそこまで頭回せるとかすごいね。頭の中盛大にシェイクしているようなもんなんだけど』
「大分慣れてきた。埋め込まれた物を無理矢理引きずり出して色々と穴だらけになってる気分だけど。だけど、そんな話をして何がしたいんだよ」
『ん?ああ、簡単だよ。アタシはね、この戦争から一抜けしたいのさ』
何でもないように語るがそれは難しいのではないかと思う。だって聞いた話が本当だったとしたら彼女達の戦いとは種族間による絶滅戦争だ。そこから逃げ出すなんてことをしたら天使からはもちろん悪魔からも追い掛け回される事は間違いないだろう。
そもそもこんな簡単に目的を話すなどそれこそ信用できない。しかも相手からしたら精々道具にしか見ていない人間になど。
『まぁまぁ、かなり不信感があるのは分かるよ?アタシだって同じような事言われたら絶対疑うし。疑わないのは善人というよりただの馬鹿だ。で、アタシの目的を考えるとただの馬鹿じゃ困るわけだ』
「…………そもそも一抜けするって言ったってその方法はどうするんだ?」
色々と言いたいことはあるが無理矢理抑え込み方法を聞く。今は少しでも情報が欲しい。僕がエル……天使によって認識を弄られていたことを考えれば正常だと思われるこの状態がいつまで続けられるか分からない。
ならば対抗策などを手に入れるまでは深入りしなければならない。自分の身は自分で守らなければどうにもならないだろうから。
『それに関しては簡単だね。アタシは今このネックレスの中に自分の魂ごと封じ込めてる。そんでさらにこの中にアタシがいるってことを隠ぺいしてる。見ただけじゃただのアクセサリーだよ。例え上級天使だろうが見抜けない自信があるね』
「……だから、僕に匿えってことか」
『そうそう、話しが早いのはいいことだ。悪魔側は個人主義ばっかでさ、一応は集団組織ってことになってるけどわざわざ誰かを探したりはしない。その内アタシは天使に負けて死んだってことになるだろうからね』
「こんなネックレスの中で、ずっと動かないでいるって状況に我慢できるの?」
『死ぬよりはマシだよ』
嘘ではない、と思う。その言葉は心の底からの本音と言わんばかりだった。死ぬということを僕よりずっと理解しているのだろう。
『戦争、大義、くだらないね。天使側は自分達が正義だって言ってるし、悪魔側は欲望満たす為にアレコレやってる。上の勝手でアタシ達は戦っているけど、そんなものアタシにはどうでもいい。ただアタシは生きていたい、何もせずに寝ているだけでもいいから』
「それはそれで悪魔っぽいな」
『怠惰って奴でしょ?こっち側来て色々と見て思ったけど人間ってやっぱりそういう発想は凄いよね。アタシを的確に表現してくれる言葉なんて元の世界にはなかったし』
創作というものがなかったのだろうか、彼女の世界には。いや、わざわざ聞くまでもなくないのだろう。彼女の言うことが本当ならば人間はとうに滅んでいる。だとしたらいるのは戦争を戦っている天使と悪魔だけ。創作活動なんてする存在も暇もない。
『アタシが生まれる前から始まってる戦争なんてどうでもいい。だからアタシが生き残るために協力して欲しい。その代わりアタシはアンタの願いを可能な限り叶えるために力を貸す』
「うん、それは別にいいんだけどさ」
『もちろん信用できないだろうから儀式でもして裏切れないようにすr、いいのぉ!?!!?』
「だって僕を利用したい理由って生きたいからなんだろ?そんな当たり前の望みなら、まぁ協力するのも吝かではないよ」
これが僕を利用して天使と戦うとかだったら絶対に逃げ出す。今度こそこのネックレスを岩に縛り付けて川ではなく海に投げ捨てる。それか西遊記の孫悟空のように岩を乗せて封印するしかなかっただろう。だけど生きたいから、寝ているだけでいいからなんて言われたら断る理由もあまりない。
「僕は今の世界がどうなってるのか何も知らない。だからそれに関しての知識が欲しい。君は安穏と寝て過ごせる環境が欲しい。僕達の利害は一致してる……だろ?」
『だとしても割り切りが凄いと思うけどねぇ。だけどまぁそのおかげで寝て過ごせるなら感謝すべきかなぁ』
こうして僕達は協力関係を結ぶに至る。もっと詳細を煮詰めるべきだとは思うけれどそんなことをしている暇はないだろう。
聞きたいことは山程あるが、今はただ速やかにやらなければならないことを進めなくてはならない。ネックレスとの格闘の末荒らされた部屋の中を軽く片付けてから動き出す。そう、今しなくてはならない事は決まっている。
「急いで味噌汁とハンバーグを温めてエルを出迎える準備をしなくては……!!」
『天使だと分かっていてもそれするとか実に献身的だねぇ』
脳内で悪魔の声が響いているがそんなことに構っている暇はない。スマホには彼女からのメッセージが送られてきており、それにはもうすぐ帰ると短く表示されていた。
様々な過去の記憶は偽物だったが一つだけエルに関して間違いないことがある。お腹が空いた彼女は非常に機嫌が悪くなるというのは揺るぎのない事実ということだ……!!