幼馴染(天使)が幼馴染(偽)だった。天使なのはガチだった 作:ビスマルク
食器の音が鳴りやみ暫く満腹になった感覚に酔う。これ以上食べれないというこの状態は長く続かないが中々に心地いいと思うのは僕個人だけだろうか?
「ごちそうさまでした。今日も美味しかったですよ、リョウ君」
「お粗末さまでした。挽肉が安かったから作ったんだよね。仕送りは貰ってるけどこういうところで少しでも節約しないと」
「お金を大事にするのはいいことだと思います。リョウ君は将来いい主夫になりますね。私が断言します」
「はは、ありがと」
反射的にそれならお嫁に来てくださいって言いそうになったがぐっと我慢する。急にそんなこと言ってもエルが困るだけだし、裏事情を知ってしまえば断られる可能性が100を越えかねない。一度駄目で二度目で更に断られるから200%になるだろう。
「お皿は水につけておいてください。お風呂から出た後、私が洗っておきますので」
「任せていいの?疲れてるんじゃない?」
「大丈夫ですよ。それにこれくらいはやらせてほしいんです。この家に置いてもらっているのにその程度のこともしないなんて私が耐えられませんので」
「そっか、じゃあお願いしようかな」
「お風呂は……リョウ君が先にどうぞ。私の後だと何故か湯船につかりませんから。ちゃんと肩まで浸かって100秒数えるんですよ?」
「僕の事お母さんって言ってたけどエルも十分そうだと思うよ……」
こういう時の彼女は非常に頑固だ。言う事を聞かない限り梃子でも動かなくなってしまう。それに僕も色々と考えたいことがあったので彼女に任せて部屋に着替えを取りに戻ることにした。
ちなみにエルの後にお湯に浸からないのは男子高校生として当然のことだと思ってほしい。好きな人が入った湯船に入るとか、今の僕には難易度が高すぎるのだ。
そんな感じでお風呂に入る。男の脱衣シーンなんて需要など欠片もないので描写などしない。頭と身体を洗って湯船に浸かる。大きく息を吐きだしながら徐々に温まっていく体温を感じながら目を閉じて意識を集中させる。さっき、悪魔の少女に連れ込まれた心の中に入る感覚を思い出しながら。
はたして閉じていていた目を開けばそこは何もない白い空間。ここが僕の心の中だというなら非常に殺風景極まりないだろう。そんな空間で唯一色のついている少女は口元を抑え丸くなり顔が見えない。その髪の色からまるで金色のボールのようにも見えてくる。とはいえこのままというわけにもいかないで勇気を出して声を掛ける。
「えっと、何かあった?」
「くひ……」
「くひ?もしかして口の事?怪我したの?」
口のことかと尋ねれば上下に首を振り、怪我をしたのかと聞けば横に振る。何歳かは分からないが見た目年下の少女がそんな様子になっていれば心配にもなる。
しばらく片手をこちらに向けてきたので待っててほしいのだと判断しこの空間についての考察する。どうやらここでは自分にとって最も馴染のある服になるのだろう。現実の僕はお風呂に入っているはずなのにここでは学校の制服を着ている。
やはり心の中というだけあってそこらへんは色々と融通が利くのだろう。
ではここで出来ることは現実と変わらないのかを考察する為にとりあえず走り回ることにした。結論から言うと、ここでも走れば息切れするし運動能力は現実と変わらない。恐らくここで筋トレしても現実の肉体には何も反映されないのだと思う。少し残念だが気分転換をしたり、考え事をする時にはこの静かな空間は結構落ち着けると思う。
しかし改めて思うが随分とファンタジーだ。心の中の世界やら、黒い翼を持つ悪魔の少女やら、記憶を弄ることの出来る天使やら、僕の周囲にこれだけ集まること自体が驚きである。なんらかの主人公になった気分だが不思議な力が芽生えた様子などはなく、その事を少し残念に思った。
「や、やっと、落ち着いたっぽい……」
「そりゃよかった。しかし一体全体何がどうしてあんなことに?」
「いや、お兄さんがネックレス着けてる時感覚を共有できるんだよね。それで食事って言うのを一回は経験してみたくて味覚を共有した結果」
「結果?」
「味が濃すぎて舌が痺れた」
今まで雑草やら何やらを食べてきた彼女にデミグラスハンバーグなんて物は劇物とそう変わらなかったらしい。しかしそうなるとしばらくの間はお粥とかで舌を慣らしていった方が良いのかもしれない。不可抗力だがこうして色々と共有している以上こちらも配慮すべき点はあるだろう。
「あーあーあー、別に気にしなくていいよ。共有しないでいることも出来るしね。今回はアタシが馬鹿だったってことで」
「何を言うかと思えば。食事を楽しむというのは生物にとって最も原始的にして最も効率的な娯楽だよ?何も味のしないレーションをこれから一生食って生きて行けとか言われたら栄養があってもストレスで僕なら死ぬね」
「大袈裟……ってわけでもなさそうだねぇ。あの味の濃さに慣れてたらそれこそ無味無臭な食べ物とか食べ物として認識できないだろうし。……さて、こうして一人きりになった途端にこっち来たってことはなんか相談あるんでしょ?」
「正解。話しが早くて助かるよ」
彼女は自分を木っ端だと言っていたがそれにしては頭が良さそう、というより察しがいいように感じる。ちゃんと考えないと使い捨てられる立場にいた影響なのか、それとも生来の物なのかはわからないが関係を築いたばかりの現状では聞くべきことではないのは確かだ。
「まぁ、相談の内容は大体想像がつくよ。悪魔の内情とか天使達が何を出来るかとかでしょ?話せることは話すけどそこまで詳しくは無理だと思うよ。悪魔側はともかくあっちのことなんてあんまり知らないし」
「いや、そう言う事じゃなくて」
「ん?これじゃないってことは自分の記憶が偽物だったことに対するショックを慰めて欲しいってことかな。でもアタシの身体って癒しにするには色々とお粗末だと思うんだよねぇ」
「いや普通以上に可愛いと思うし見てるだけで癒しになると思うけどそっちでもなくて」
「…………降参。何が聞きたいのか分からないや」
彼女は褒められ慣れてないのか耳を赤くしながら両手を上げる。いや確かに彼女はその食事環境の成果貧相と言われても仕方ないくらいにはスレンダーだ。だがそれが逆に保護欲を掻き立てることにもつながっている。
エルを奇跡的なバランスを持った神秘的な美少女と表現するならば、彼女は守りたくなる系の可憐な美少女だろう。そんな少女と相対一番に腹パンをぶち込んだのが僕なわけだが。
そんな少女が困った顔で降参している。エルという美少女をよく見ている僕でさえそれには答えたくなるのが年頃の男子高校生というものだ。
「…………記憶というか認識を弄られてるのは分かったんだけどさ」
「ああ、成程ねぇ。認識を弄った相手とどう生活するかが分からないと」
「いや、そうじゃなくて」
「ん?」
「僕、エルの事本当に好きみたいで。その……これからどうすれば彼女と一緒に居られるかというか、恋人になれるかなぁって」
「…………………………人間って時々変なのがいるって同僚が言ってたけどこういう事かぁ」
少女が乾いた笑みを浮かべながら同時に呆れた目でこちらを見てくる。
そりゃそうだ。自分の認識を弄り倒して同棲までしてくる相手。夕食などの準備もさせている、要するに利用している存在に恋焦がれて恋人になれるかを聞いてくるとか想像できるわけもない。
「分かってるんだ。僕がおかしいことを言っていることくらいは。ただ、本当に……その、好きになってしまって……。でも告白とか出来ないだろ?」
「うーん、まぁそりゃそうだよねぇ。あっちからしたら利用しているだけの存在に求婚とかされたところで困るだけの案件なわけだし。最悪記憶を弄ってはいさよならってことになるだろうね」
「うん、エルの立場を考えればそうなるのが当然だと思う。今後もエルと暮らすってことを前提にするとこの気持ちはしまっておくしかないよね」
「そうなるとー。あっちに惚れさせるって言うのが一番手っ取り早いけど……。アイツらに恋愛感情とかあるのかな……。悪魔相手だと一切慈悲なくぶっ殺しにかかるし……」
「それはあんまり聞きたくなかったなぁ……」
思わず目が遠くなる。我ながら厄介な相手に恋したと思うが、恋愛なんて自分で操ろうと思って操れるものじゃない。それに僕は元からそんなに器用な方ではないのでこうなることは当然の帰結だと言えるだろう。
問題なのはそこではなく、どうエルに対してアプローチをかけるかだ。これこそ本当の恋愛頭脳戦と言えるのではないだろうか。
「とりあえずまず前提から確認しておくけど、僕の認識が戻ってることは絶対にバレちゃいけないよね。そこから怪しまれる可能性高い、というより確定と言ってもいいし」
「うん、そりゃあそうだろうねぇ。アイツらも馬鹿じゃないし問題なく暮らしていられるから別にいいか―はい放置、とか絶対にしないと思う」
「つまりこれまで通り幼馴染として暮らしていくしかないか……。これまで通りって言うのが一番難しいけど」
「とりあえず昔の話はあんまりしない方が良いと思うよ。正常に戻る前もしてなかったはずだしね。そういう僅かな違和感を覚えたら一気に瓦解する類の術だろうし」
「確かに、幼馴染というには昔の話どころか中学の話すらしてなかったもんな……。今思うと違和感バリバリなんだけど全然気にしてなかった」
「まぁお兄さんだけじゃなくて周囲の人間もそれに合わせて弄られてるだろうしね。いやぁ、必要だとはいえよくもまぁやるもんだよ」
それに関しては僕も思う。というかそもそも人間社会に溶け込む意味があるのかという疑問があるのだが、それのおかげで僕はエルに出会えてこうして好きになれたのだからいいということにしておく。
とりあえず今日はこの辺にしておこう。現実の僕はお風呂に入っているわけで、あまりに長湯をしていると溺れてると思われて風呂場に乱入される可能性もある。そんな逆ラッキースケベ的展開はごめんだ。僕は覗かれるより覗きたい。
「あっ、お兄さんに一つ言い忘れてたや」
「何を?」
「いやアタシがお兄さんの手元にいることは絶対バレない方が良いと思って。認識に関しては最悪記憶を消されるだけだと思うけど、悪魔を手元で匿っているとバレたら」
「バレたら?」
「存在自体容認できなくて文字通り抹殺しに来ると思うよ。うん、アイツら潔癖症ってくらい綺麗好きな天使様だし」
最後の最後に特段の爆弾を投げないで欲しい。お腹が膨れたのか真っ白い空間の中に布団を出して寝息を立て始めた悪魔の少女に対してその祈りは当然届かなかった。