幼馴染(天使)が幼馴染(偽)だった。天使なのはガチだった 作:ビスマルク
リルナに名前を付けた後、そのままなんとか眠らずに午前中の授業を受けきった僕はゾンビのように身体を引きずりながら学食に向かっていた。
健康優良児を自認している僕にとって一晩の睡眠を抜くというのは想像以上の苦行だったらしい。あと午前中に体育があったのがまずかった。休もうと思ったが部活動に参加していない僕にとって体育とは大勢と運動できる数少ない機会だ。
よって全力で動いた。疲れた体のことも忘れてそれはもう筋肉を動かした。滅茶苦茶楽しかったがその代償は今の僕を見れば分かるだろう。
「あの、リョウ君?本当に辛そうですけど大丈夫ですか?」
「ヘーキヘーキ。体育のサッカーで三人抜きをしてパスしてそのまま敵陣に突っ込みそこを智弘君のパスからのダイレクトボレーシュートを決めたんだ。超楽しかった」
「元気そうですね。午後もその調子で頑張りましょう」
別のクラスであるエルと途中で合流し、会話をしながら学食へ向かう。いつも一緒に食べているが普段はお弁当だし中庭で食べているので学食を利用するのは実は初めてだ。
その為少しワクワクしながら来たのだが、食堂で僕を待っていたのは想像以上の光景だった。
「どけぇ!!そのピザパンは俺のもんだぁ!!!」
「おばちゃんカレー一つ!!」
「ラーメン!!醤油ラーメンは残ってるか!!?」
「からあげぇ!!唐揚げ定食を寄こせぇ!!!」
「かつ丼を!!!私に勝利をもたらすかつ丼を!!!」
「パフェ!!今月の自分のご褒美にパフェを!!!」
まるでバーゲンセールに群がるおばちゃん達と表現すれば分かるだろうか。みんなが早い者勝ちで受付に突撃して行っている。これがお昼を迎えた学生たちの本来の姿なのだろうか。正直僕もお腹が空いているので気持ちは分かる。
「す、すごい光景ですね……」
「ここに突っ込むのは苦労しそうだね。まぁ掻き分ければ普通に行けるか」
「確かにお昼ご飯は食べたいですし、行きましょうか」
二人で顔を見合わせ頷き一気に駆けだす。筋トレとランニングが趣味の僕は当然そうだがエルの運動能力もまた学年でトップクラスだ。
いつもそのスレンダー、というより細い体のどこにその力があるのだと思っていたが彼女の正体を知ればそれでも大部分を抑え込んでいるのかもしれない。
「リョウ君!!こちらです!!」
「おうっ!!今だ!!!」
エルが無理矢理その細い身体を捻じ込み出来た隙間に刷り込ませ次はそのポジションを入れ替えて突き進む。二人で協力すればこの人混みの中でさえ突き進んでいけるのだ。完璧なコンビネーションを見せながら食堂の受付を目指す。
「すごいハリキリボーイが来たもんだね!!注文は!!」
「醤油ラーメン大盛りと牛カルビ丼大盛り!!!」
「はいよッ!!持っていきなッ!!!」
「ありがとうおばちゃん!!!」
横から押し込んでくる他生徒を逆に押しのけ互いに協力して学食の受付まで来た僕達は互いに目当ての品を注文することに成功。なんというか食堂のおばちゃんも慣れてるらしく何の困惑も見当たらなかった。もしかして僕が知らないだけでここの学生は物凄いアクロバティックなのだろうか。
そのまま商品を持って脱出した僕達はそのまま料理の匂いに疼く腹を満たす為に席に着こうとし。
「ちょっ!?やめ、押すにゃああああああああ!??!?」
「っと、危ない危ない」
学生の波に弾き飛ばされてきた女子生徒を咄嗟に抱え込む。僕が持っているのが牛カルビ丼でよかった。ラーメンだったら女子生徒の顔にスープがぶっかかっていた事だろう。
猫のような叫び声をあげて人混みから出てきたのは小柄な少女だった。長い透き通るような翡翠色の髪をツインテールにした少女は、どこかで見た記憶があるがあまり印象になくどこだったか思い出せない。眼鏡の奥にある金色の瞳には欠片も損なわれていない闘志が見えている。
「大丈夫?」
「だ、大丈夫よ……!!この程度で負けてられるもんですか!!私はバズる為にもここで負けられないの!!この学園の学食にあるパフェをアップすれば間違いなくバズる!!!有名だし滅茶苦茶美味しいって話題だし!!!私の承認欲求を舐めるなぁ!!!!」
「おお……なんて気迫だ。いいね!!僕は応援するよ!!!」
「応援と助けてくれてありがとう!!それじゃあ行くわよ!!!おりゃあああああ!!!!」
少女は再びあの人混みの中に突撃して行った。そして先程のシーンを繰り返すように再び弾き飛ばされてきたのでもう一度受け止める。
「くそぉ……!!何度でもチャレンジしてやる!!ごめんね!!もう少しだけクッション役お願いしていいかしら!?」
「別にいいよ!!見てて楽しいしね!!」
「良くありませんよリョウ君。お昼休みが終わってしまいますし私のラーメンがのびてしまいます。にしても……相変わらずですねシルフィ。もう少しこう、大人しくは出来ないのですか」
少女の戦意は決して消えず、その不屈の精神を認め応援する僕達に対して冷たい言葉と視線が突き刺さった。どこか不満そうにしているエルがその紅い目を細めてこちらを見ている。綺麗な顔をしているからかその表情は凄く怖い。
シルフィと呼ばれた少女はふんと鼻を鳴らしながらエルの方に負けずに睨みつけている。が、如何せん身長差があるのでどうしても見上げる形なので小型犬が頑張って威嚇してるように見える。背が高いとは決して言えないエルと比べても少女は華奢で儚げだった。その目の強さ以外は。
「なんだ、エルじゃない。私はファンと交流している所なんだから邪魔しないで欲しいわ」
「リョウ君は貴女のファンじゃありませんよ。というより、あの程度の人混みならば普通に行けるのではないですか、貴女なら」
「そりゃ本気出せば行けるけど、出すわけにもいかないでしょこんな事で。人に紛れるってことの意味が分かってるの?」
「分かっています。それを考慮した上でもう少しやり方があるのではないかと言っているんです。端的に言って、お昼ご飯の邪魔をしないでください」
「…………あの効率厨が変わったわね……その原因は……」
「リョウ君は別に関係ありません」
「えっ、なに。僕の顔になんかついてる?」
急に視線を向けられたことで驚くがそれよりもそろそろ席につかなければ周囲の邪魔になってしまう。通路で駄弁っている人間ほど密集地帯において邪魔な存在はいないだろう。
「まぁいいや。エルの言う事も確かだし……あっ、ごめんシルフィさん、だっけ。これ持っててもらっていい?」
「えっ、いや別にいいけど何を……」
「どけやオラァん!!!人間戦車のお通りじゃああああああああ!!!!!」
牛カルビ丼(特盛)を少女に預けて人混みに突撃して行く。さっきはエルとの協力で少しずつ確実に進んでいったが今回は一人なので違う。力で無理矢理こじ開けて先へ先へと進んでいく。その後ろから何人かが好機と見てついてくる。僕の背中を追うことで勝機を見出す作戦のようだ、その強かさには敬意すら覚える。
「おばちゃんフルーツ特盛パフェ“バージョンバズり目的”一つ!!!」
「ラスト一個運が良かったねぇ坊主!!!」
「勝ち取ったぜぇ!!!!」
周囲から怨嗟と祝福の声が上がる。こういうノリのいい学校と人々が僕は大好きだ。僕の後ろについてきた生徒達もまた注文をすることに成功したのかこちらにお礼を言いながら人混みから脱していく。
「これが、人間の力だ」
「素直に凄いと思うけどここまでする理由が分からない」
「えっ、理由?」
パフェを勝ち取り戻ってくればそんな言葉を投げかけられる。理由と言われても困るというか、そうしたかったからとかしか言いようがない。
「アイドルに恩を売っておくつもり?だったら後でサインをあげるわ。あと握手もね!!それ以上はだめだから!!」
「えっ、アイドル?誰が?」
「えっ、私だけど。……知らなかったの?」
コクリと頷けば少女は机の上に僕の牛カルビ丼(特盛)をゆっくりと置いた後両手を地面につけて項垂れる。流れるような動きでそこまで行くので止める暇もなかった。
エルはため息を吐きながらラーメンを食べ始めている。綺麗な髪を手でどかしながら食べる姿は相変わらず絵になる光景だ。
「……シルフィは私のクラスメイトで、確かにアイドルをやっていますよ。よくわかりませんがドーム公演もやったとかなんとか」
「へぇ、それは凄いや。智弘君ならなんか知ってるかもしれないかな」
「知らない方がおかしいと思うんですけど!!アイドルよ私!!学校だけじゃなく世間を賑わす今世紀最高の!!!」
「大きく出過ぎて自分でハードルを上げてますよ。まぁリョウ君はパソコンもニュースも見ないので知らなくても仕方ありません。ストイックに身体を鍛えたり料理のレパートリーを増やしているので」
「デジタルって結構苦手なんだよね。なんかこう、細々しい」
電子書籍とかあるが僕は紙の本が一番だと思う。読み込んだ後があればそこに歴史を感じられる。とかなんとか言っておいて本当は一度電子で本を買うとズルズルとそっち側に行きそうだからという理由でやっていないだけだが。
「しかしアイドル、アイドルかぁ……」
「あらなに?今更見惚れるのかしら。パフェのお礼に存分に見るといいわ。あ、後これ代金。本当にありがとうね」
「いえいえ。僕が勝手にやりたかったことをやっただけだし。むしろ頑張ってたのに邪魔してごめんね。えーっと、名前は……」
「本当に知らないのね……。コホン、私はシルフィ・エアロード。助けられておいて邪魔なんていう程私は落ちぶれてないのよ」
言葉は強いがどことなくその性根の良さを隠しきれてない。なんとなくそこにエルと仲のいい理由が分かった気がする。根本的な部分でこの二人は似た者同士なんだ。
「いや、アイドルって言うならエルもなれるんじゃないかって思って。容姿ならエアロードさんと同じくらい凄いし」
「私にアイドルは無理ですよリョウ君。シルフィのような愛想の良さは私にはありませんから」
「笑顔とか私も何年も見てないし。確かにアイドル向けじゃないわねコイツは」
「えっ、でも大きく笑う事は少ないけど結構笑ってくれるよ?美味しい物を食べてる時とかちょっと口角を上げる感じで、可愛く」
「…………私が、ですか?」
「エルが、笑う……?幻覚じゃなくて?」
「僕を何だと思ってるの?」
二人から信じられない物を見るような目で見つめられる。物凄い美少女二人に見られると流石に照れるがそれ以上にエルが周囲からどういう風に見られているのかが少しわかった。確かに彼女はあまり表情を動かさないが感情がないというわけではない。見慣れれば雰囲気で感情は分かりやすい方だと思う。
「いい人見つけたじゃない。よかったわねエル」
「お、幼馴染なので当然です」
今も照れてるのが分かる。エアロードさんと一緒に顔を見合わせて少し笑う。それに不満だが、それを隠す為にラーメンを啜るエルはやはりこうして見ると普通の少女だ。
クラスで孤立していないか少し心配だったがエアロードさんという友人がいるのであれば大丈夫だろうと僕は安堵の息を吐く。
それと同時にリルナが脳内で作業しながらふと気づいたように一言こちらに伝えてきた。
『お兄さんお兄さん。その緑色も天使だよ、アタシが言うんだから間違いない』
だからいきなり爆弾をぶち込むのはやめていただきたい。