【三章開始】いずれ神成る恋物語-天使と悪魔とラブコメ生活- 作:ビスマルク
屑同士のカスみたいな友情見せられても、困る……。
光天使エルと『永死殺総』アネモネがぶつかり合う少し前に時は戻る。ショッピングモールの一部が大火によって燃えているのを眺めながら屋上の駐車場で『炎天渇奪』アドラメレクは静かに待っていた。その背後には逃げ場を探して上まで上がってきてしまった人間達が意識を失い倒れている。その全てが例外なく何かが抜け落ちてしまったような表情で、既にアドラメレクは目的の一つを達成していた。
「足りない」
自身が何を望んでいるのか、何を求めているのかアドラメレクは分かっていない。それは“欲望”を糧とし、人間を使い自身の力を発現させる悪魔にとっては致命的なエラーだ。悪魔の能力はその全てが“欲望”を形どったものになっている。
『大飢万征』であれば小さい自分を覆い隠し支配したいという“欲望”から、相手の身体を小さくし弱らせ自身を大きくし強くするという能力が生まれた。
『病孤涙苦』であれば自身の存在を全ての人類に認めさせたいという“欲望”から、あらゆる病を作り感染させることでその存在を全ての人間に根付かせた。
『永死殺総』であれば自身が全てよりも上に立っていると認めさせたいという“欲望”から、殺した相手の魂を死体に定着させることで延々と使い倒すことが出来る。
「足りない」
だが、『炎天渇奪』にはその能力の根源となる“欲望”が分からない。何を得たいか何をしたいか何を求めているかが分からない。自分が本能から求める確かなものがないという現状を許せない。だから彼女の能力は「燃やした人間、天使、悪魔の“欲望”を奪う」という形で発現した。自分が何を求めているか分からないのならば何かを欲している全てから“欲望”を集めればいつか分かるのではないかという考えで。
「こんなものでは、足りない」
だからアドラメレクは『炎天渇奪』と呼ばれることを許さない。これはただの仮称なのだから。自分の求める何かが見つかったその時こそ自分は本当の自分になれる。名乗りたい名前を理解しようやく名乗ることが出来るはずだと考えている。それが本当にあるのだと信じてやまない。他人から奪い続ければ乾いている魂を潤す何かを得られると本気で考えている。
「やっぱり、こんな有象無象では駄目ね。私が求めている何かを埋めるものは何一つない。」
倒れている人間はその“欲望”を奪われていた。もっとも大切にしていた想いを奪われ今後の人生でそれを求めることは二度とないだろう。美味い料理を食べることを楽しみにしていた人はもう食事に価値を見出すことはない。家族の為に働いていた父親はその行為に価値を見出せず、今後その家庭はボロボロになっていくだろう。新しい服を買いに来たお客さんに一番似合う服を用意したいと考えていた名物店員はもう誰がどんな服を着ていても気にすることすらない。
「誰も彼もが似たような“欲望”ばかり。こんな物では私の渇きは癒えない」
美しい金髪を風でなびかせながらぺろりと舌で唇を舐めとる。既に食らいつくした餌に興味はなく、この状況を作り出した原因である影法師が現われるのを待っていた。“欲望”を奪った人間を生かしているのも誘き出すのに利用できるからでしかない。これまでの活動からドッペルは人命に大きく価値を見出しているのは分かっている。こうして悪魔に襲われてそれでも生きている人間をあの影法師は見捨てられないとアドラメレクは確信していた。
「早く来なさい。その為に準備して来たのだから」
ドッペルが最初確認されたのは『大飢万征』ドルザルクの討伐。その次に確認されたのは『病孤涙苦』の討伐。共にこの街を中心に事件を起こし、その結果として殺された。その後の二ヵ月は日本を越え全国で転々と上級悪魔を討ち続けているが移動手段などどうとでもなる。間違いなくここで人間を大量に巻き込めば乗り込んでくる。
「私にお前の欲望を寄こしなさい。お前が欲しているものを理解すれば私はようやく私が本当に求めているものを理解できるかもしれない」
「――――今、俺が求めてるのはテメェの死体だけだぞ、クソ悪魔」
はたして、アドラメレクの考え通りドッペルは現われた。アドラメレクの背後に倒れていた人々を即座に全て影の中に取り込みこの場から引き離す。ドッペルと上級悪魔が戦えば倒れている人間などひとたまりもないと分かっているから。
「ディアンナ、この人達を病院に運べ。終わったら戻ってこい。こっちもさっさと終わらせる」
「了解デス。本当にわたし達のご主人様は悪魔使いが荒いデスね。休暇はちゃんともらうのデス」
「教授に要求してくれ。雇用形態に関しちゃ俺に発言権はねぇよ」
ドッペルの足元から顔だけ出したディアンナは不満を口にしながら再び影の中に戻る。その能力を使い大勢の人間の命を助けるだろう。報酬交渉くらいはしていいかとドッペルは一瞬だけ仮面の下で笑い、次の瞬間には鋭い目でアドラメレクを睨む。
影の中を通り、最も生存者が多かったこの場に来た。教授こと『観測希究』の魂感知能力さえあればどこにどれほどの生存者がいるかは容易に分かる。アドラメレクの考えた通りドッペルは人命を優先し、守ることを自分に課しているのだから。
守ることこそリョウの本質。大切な何かを手に入れそれを守り切ることを最も強く求めている。その大切の中には日常で視界に入っただけの人々もいる。そんな彼らがいる「いつもの」日常こそが大切な少女達と積み重ねてきた守りたいものなのだから。
「テメェはここで潰す」
「奪われに来た分際で、吠えるわね。弱い犬ほどなんとやらとこの国では言うのよ?」
ドッペルの足元で影が蠢き今にも襲い掛かりそうになっている。影の操作を任せられているリルナは今この瞬間にも爆発しそうな感情を必死に抑え込んでいる。握り締めた手のひらに爪が食い込み血が流れていることに本人は気付いていなかった。
アドラメレクを囲むように赤い炎が出現し広がっていく。際限なく他者から“欲望”を奪い続けてきた悪魔の能力は次の獲物を求めるようにドッペルに近づいていく。徐々に広がるそれは生物の本能を刺激し、決して触れてはいけないとそう予感させる。
「戦う前に、一つ聞かせろ。お前の最期の意味ある言葉だ」
「答える必要もないけど聞いてあげるわ。そこからお前が何を求めているのかを理解できるかもしれないから」
「…………なんで殺した」
「今までの人間達のこと?それとも天使?私の目的の為としか答えようがないのだけど」
「違う。お前が作った下級悪魔達だ。中には中級悪魔もいたって聞いたぞ。自分の手駒として作ったなら殺す必要はなかったはずだろ」
あっけにとられる。まさかそんなことを聞かれるとは思っていなかったと。そしてアドラメレクは一つの核心を得る。この影法師と契約しているのはいつか自分が生み出した眷属なのだと。それが人間と契約することで上級悪魔を超える力を手に入れたのだと歓喜に笑う。それを奪えばようやく自分が何を求めているのか理解できるかもしれない。本当の自分を手に入れることが出来るかもしれない。だから彼女にしては珍しく上機嫌でその問いに答えた。
「要らなくなったから。それだけじゃなく私を苛立たせたから。そうなったのは一人だけだけど、周囲も庇うのならば丸ごと焼き殺してもいいじゃない。私が作った、私の人形なのだから」
『――――アドラメレクッッッ!!!!!!!!!!!』
一瞬の絶句の後、リルナの怒りが爆発した。契約したリョウのことを考え抑え込んできたそれが大切な姉を奪った理由を聞いて限界を迎えた。リョウもまた、大切な相棒の大切な家族を奪ったその理由に怒りを漲らせる。
「分かった。もう聞かねぇ。やっぱりテメェはここで死ね」
「ああ、楽しみだわ。ようやく、私は私を手に入れる」
膨張した影と周囲を取り囲んだ炎が爆発し互いに襲い掛かったのは同時だった。
上級悪魔は基本皆カスだけど『炎天渇奪』はカス度の上限突破してんなぁって書いてて思った。