【三章開始】いずれ神成る恋物語-天使と悪魔とラブコメ生活- 作:ビスマルク
「で、どういう状況なの?」
「敵は二体、『炎天渇奪』ともう一人。単独なら俺が勝てるが、今は右目の視力と右腕一部の感覚を奪われてる。それでもまだやれるけどな」
「やってもらわなきゃ困るわ」
その言葉と同時に二か所から炎が巻き上がる。それぞれ別の方向から赤と青の炎が激情を伴って。自身の“欲望”をようやく見つけられるという生まれてから今に至るまで一瞬たりとも癒えなかった渇きを満たせるチャンスを邪魔されたことに対する怒り。大切な妹達をこの手に取り戻すあと一歩でそれが遠のいたことへの怒り。それが形となって噴き上がる。
「流石に上級悪魔二体は私一人じゃきついもの……来るわよッ!!!」
シルフィが風を操り膝をついていたドッペルを空中に飛ばし、自分は広げた翼を持って地面を這うように広がる炎から逃げる。二体の上級悪魔は姿を見せないまま炎を広げて影法師と風天使を追い込もうとする。
「エアロードッ!!奴らの場所を教えろッ!!!」
「二時の方向と六時の方向!!熱源的に大きいの来るわ!!!」
「それだけわかりゃ十分だ!!!」
風を操るシルフィにとって空気の流れを把握して相手がどこにいるのか、何をしようとしているのかを把握することは容易い。そしてそれを一切の疑いなく信用し命を懸けることなどドッペルにとっては歩くこと以上に簡単だ。愛しい少女の言葉を信じて進むなどいつもやっていることなのだから。
『リョウちゃん!!右の方はアタシが見る!!!』
「任せたッ!!!“突影”!!!」
同時に空中に向かって吐き出される炎を伸ばした影で壁を作り防ぐ。だが炎は防げてもそれによっておこる熱までは防げない。肌を焼き焦がす熱量に思わず呻き声を上げそうになり、唐突にその熱が消えた。
「“
「そんだけあれば十分だ。勝負を決めるにはな!!!」
痒い所に手が届く、シルフィの能力に感謝しながら屋上に降り立ったドッペルはそのまま影の中に入り込む。ドッペルが消えたことを確認したシルフィはそのまま右手に溜めた竜巻を屋上全域に放ち広がろうとしていた炎を消し飛ばす。
「炎消したわよ!!!」
「そっちは頼む!!出来れば殺さないでくれ!!!」
「難しいこと言うわね!!!そっちも死ぬんじゃないわよ!!!」
シルフィの声に合わせて影から飛び出したドッペルは自身の視力を奪ったアドラメレクに迫る。自分を隠していた炎を消されたことに一瞬だけ動揺するもそこは経験豊富な上級悪魔。即座にまき散らしていた火種から火柱を生み出しドッペルに差し向ける。
『能力制御譲渡!!アタシの言うとおりに動かして!!』
「任せたッ!!」
火柱は駆け抜けることも出来ないようにドッペルをドームのように囲む。辛うじてそこにアドラメレクがいると分かっている以上ここで引くことは出来ないと判断したドッペルはその場に立ち止まる。それを待っていたかのように炎がドッペルに襲い掛かった。
『右、左、正面、右上、左下、後ろ頭狙い、上、右足元――――!!!』
視界が半分奪われているドッペルの死角を含めた全方位からの火炎攻撃。その全てを避けきるのは非常に困難だとアドラメレクが考えるのも仕方がない。だがその全てをドッペルは紙一重で受け続ける。リルナが全体を見て、それに全幅の信頼を寄せるドッペルが影を操作して一切通さない。普段とは役割が逆であっても重ねた信頼と経験が問題なく機能する。
「なんでこれで奪えない――――!!!?」
『中央ぶち抜いて!!!』
「“突影”ッ!!!!」
動揺が炎に伝わりドッペルを囲んでいた一部の炎が薄くなる。そこを狙い定めて影がアドラメレクに襲い掛かり強打する。ギリギリでそれを受け止めるも勢いは止められず地面に叩きつけられる。屋上が破壊され階下に落ちていく『炎天渇奪』の後をドッペルも追い下に降りる。シルフィと戦っているベルサシエを横目で確認しつつ、先にアドラメレクを仕留めることを決めて。
「悪い、リルナ」
『良いよリョウちゃん。まずはベル姉よりアイツだッ!!!!』
一階に向かって墜ちていくアドラメレクは黒い翼を広げてそれを阻止しようとする。それをさせないと言わんばかりに影による追撃を数多く放つ。この勢い、高さから叩き落されれば流石の上級悪魔でもダメージは免れない。顔を歪めて抵抗するもそれは失敗しついに二階の床を破壊して一階に到達する。
「ドッペル!?何故ここに!!?」
「ライトガーデンッ!!上級悪魔一体追加だ!!!」
今にも『永死殺総』に止めを刺そうとしていたエルの動きが突然の乱入者の登場で思わず固まる。その隙を逃すはずもなくアネモネは大きく跳び下がる。近距離で戦い続ければ敗北は必至だと理性で判断したからだ。だが理性が持つのはそこまで。新たに登場した影法師はアネモネにとって友の仇そのものなのだから。
「ドッペルぅうううううう!!!!!!!!」
広さも負担も全て投げ捨ててアネモネがその能力を全開にする。スカート下から出てきた百を超える鳥籠から大量の死体が飛び出て次々にエルとドッペルに群がろうと動き出す。アドラメレクの炎に焼かれることもいとわない死者の軍団は二人に殺到した。
「“影牢”!!!」
「“光鎖”!!!」
ドッペルが空中で影で球体を作り出し、それをエアが光の鎖を巻き付けそのままハンマーのようにゾンビ達にぶつける。何一つ合図も声掛けもせずに連携をとる光景にアネモネは奥歯に罅が入るほど強く噛みしめて苛立つ。
「簡単に潰されるなお前ら!!!囲んで殺せ!!!そいつらを!!今すぐに!!殺すんだよぉおおオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!」
たった二人に自身が集めたゾンビ達が一蹴されていく光景を認めることが出来ないアネモネは指示も出さずに闇雲に突撃させる。憎い相手が二人もいるというのに一人も殺せないなど許せないとばかりに。これが冷静さを保っていたのであれば的確に、天使ゾンビの能力を使うことで突破することが出来ただろう。
「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”!!!なんでなんでなんでだよおおおお!!!!」
だが今のアネモネにその冷静さはない。普段から作っているキャラも全て投げ捨てて我武者羅になっているが故に仇に届かない。影で出来た球体をハンマーのように振り回すエルを目の前にして狂乱する。
「す・き・あ・りぃいいいいい!!!!!!!!」
「へ?な、があああああああああああ!!!!?!??!」
だからゾンビが数を減らしていることに気付かずそのまま振り回されている影の直撃を許し壁に叩きつけられる。壁を破壊しながら外に飛び出していったアネモネに意識はなく、ゾンビ達もまた動かなくなった。
「はぁ、はぁ、はぁ……!!ドッペル!!貴方が何故ここにいるかは聞きませんが、あの登場の仕方はどうにかならないのですか!!驚いて止まりました!!」
「悪かったよ。こっちも上級悪魔二体を相手にしてて必死だったんだ。引きはがさなきゃ勝てねぇと思った」
「むぅ……。事情は分かりました。それで、もう一人の上級悪魔はどこに?」
「エアロードが相手してくれてる。上級って言ってもなり立てだからアイツなら余裕あるだろ」
「それならシルフィ一人でも勝てますね。それで残りの一人はあちらですか」
エルが視線を向けた先には金色の美しい髪を乱した赤いドレスを着ている悪魔が瓦礫の中から立ち上がる所だった。息を荒げながらも未だに爛々と輝いている目は真っ直ぐドッペルを見つめてその中にある“欲望”を手にすることだけに執着している。
「……なんか、どこかで見たような気が……ごくごく直近で……」
「気のせいだろ。どこにでもいるってあんな容姿」
仮面の下で冷や汗をかきながら言い訳をする。『炎天渇奪』アドラメレクの容姿はリルナが大人になったらこうなると言うくらいにはそっくりだった。違いはその目の色。元より自身の複製をつくるという目的で作られた下級悪魔だったから容姿が似通うのは仕方ないともいえる。
「チェックメイトだぜ、アドラメレク。テメェはここで死ね」
「降伏するというのならば痛みなく終わらせましょう」
そう勧告する二人に対してアドラメレクは口角を大きく上げる。その目には諦観などまるでなく、何かを狙っていると二人が察するのも当然だった。
「諦める?観念する?降伏する?冗談じゃないわね。ようやく、ようやく私は私の願いを、“欲望”を理解することが出来るのよ。私が本当の私になることが出来る。邪魔は誰にもさせない」
炎が噴き上がり未だ戦意が衰えていない事を理解させられる。これ以上の被害を増やさないためにもここで仕留めなければならないと影法師と光天使が構えた。
「エル様!!ここにいた人間の避難が完了しました!!」
「よくやってくれましたヒャン。手伝ってください。これから目の前の一人を片付けて残りを確保します」
後ろから中級天使、ヒャン・フレイムが人々を安全地帯に送ったと報告しながら走り寄ってくる。人数差は逆転し、戦力的に詰みに等しい状態。それでもアドラメレクの口元の笑みは変わらずに。
「死になさいドッペル」
ヒャンが走ってきた勢いそのままで手に持った凶器でドッペルを背後から刺した。刃がドッペルを貫きその口から血を吐き出す。エルの銀色の髪がドッペルの血で赤く汚れ、その目は飛び散る血の飛沫一つ一つを捉えながら身体を動かすことに失敗する。
影法師を刺した炎天使の口元は狂喜に満たされて口が裂ける程大きく開かれていた。