【三章開始】いずれ神成る恋物語-天使と悪魔とラブコメ生活- 作:ビスマルク
口に溢れる血の味に混乱しながら身体を無理矢理前に倒してヒャンの持つ剣を引き抜く。すぐに出血しそうになるところをリルナが影を巻き付けて体外へこれ以上血を流れるのを防ぐもそれですぐに動けるようになるわけではない。
「ごふっ……!!」
「心臓を狙ったのに、案外しぶといですね。流石は悪魔と契約する程の欲深さ。生き汚いにも程がありますよ」
咳き込みながら口から血を吐き出しながら呼吸が激しくなりながら後ろから刺してきた少女を見る。その目には理性がないように見える。
(いや、理性というより抑えが消えてるのか……!?もとよりドッペル、僕に不満を持っていたとして、不満を抑えつけていた我慢なんかを
出血と痛みが激しく思考がドッペルより沢渡リョウに戻っていく。それでも重ねてきた戦闘経験が思考を止めるのを許さない。血に濡れた剣を持つヒャンはドッペルを見下ろす。まるで害虫を見るようなその目はある種の使命感にも似ている光を宿している。
「ひゃ、ヒャン!!?何をしているのですか!!今はそんなことをしている場合では!!!」
「今だからですエル様ッ!!!今ここでコイツを殺さなければエル様の立場が悪くなるッ!!!」
ドッペルが膝をつき、血が流れていく様子を見て呆然としていたエルもまた動き出し後輩であり部下であるヒャンを怒鳴るも、それに被せるようにヒャンが叫ぶ。その叫びには切実な想いが宿っており、これが独断ではない事を教えてくれた。
「天界はドッペルを危険視しています!!!それだけじゃない。ドッペルと共闘を重ねているエル様に対しても不信感を募らせている!!!ミカエル様などはエル様を最上位天使に今すぐにでもするべきだと仰っているのですよ!!?これ以上コイツの影響を受ける前に!!!!」
「なっ……!?そ、そんな話……私は何も聞いて……」
「私や、アリナにまで伝えられています。貴女の監視をし、場合によっては最上位への真価を急ぐと。今のエル様の幸せな日常を早くでも終わらせて先の大戦への備えにすると」
エルは次々と明かされる事実に絶句し何も言えなくなる。今の日常、愛しい少年と大好きな親友との三人で暮らしている生活。それだけではなく今は学園で話せる友人も出来てきた。
(その日々を早く終わらせる?最上位になれば、そう簡単にこちらに来ることも出来なくなる。最上位天使の仮想敵は魔王で、それの対策を進めなければならないから)
それは認めがたいこと。いつかそんな日が来るかもしれないと覚悟していても、それはまだまだ先だと思っていた。そんな未来が自分の知らないうちに近づいていたという事実にエルは動けなくなる。それでも強い使命感で精神をすぐに立て直す。ここで動揺していてもどうにもならないと。
「だ、としても!!それは私の役割です!!!私がやるべきことで、私が背負うべき責務!!!それから逃げる為に今も悪魔から人々を守る為に戦っているドッペルを後ろから刺すなど許されるはずがないでしょう!!!私が最上位になれば済む話ならばなるだけの話で」
「それが、それを選択することは、貴女が沢渡リョウを殺すことになってでもですか」
ヒャンの言葉が耳に上手く入らない。誰が誰を殺すと言ったのか。言葉は耳に入っているのにその意味を理解しようとすれば脳が拒む。それでも優秀な頭脳は拒絶する理性を抑えつけて答えを出してしまう。
「私、が……リョウ君、を……?」
「そうです。最上位天使になる為に必要なのはツガイとなる相手の魂。それを自身と融合させることが唯一無二の進化方法。魂を永遠に自身のモノにするそれが、殺すという事でなくて何なんですか。エル様はそれを本当に望みますか?」
望むはずがない。エルはいずれリョウと離れてもいいと思っていた。自分のことを忘れてもいいと考えていた。それは遠く離れていても彼が幸福に生きてくれると考えていたからだ。その為なら最上位となり魔王と永遠の闘争に飛び込もうと構わないと本気で思っていた。だがその選択は何よりも愛しい少年を巻き込むことと同義だという事実に身体から力が抜けて両膝が地面に着き、両目から涙が溢れる。
「わたし、が……、わたしがリョウ君を、まき、こんで……」
自分が最上位になるとなればその材料となるツガイなど一人しか存在しない。そして彼の天使達はエルを最上位にすることを躊躇わないだろう。なにせそれはかつて自分達が行ってきた者なのだから。『嫉妬』の魔王の眷属として生まれた天使達はエルがこのままでいることを許さない。使命感と生まれ持った嫉妬の感情から。自分がリョウを想ってしまったから、永遠の地獄に彼を巻き込んでしまう。その事実がどこまでもエルの思考を止めて追い詰める。
「ガタ、ガタ、うるっせえええええええええええ!!!!!!」
その思考を裂くようにドッペルの声が響く。文字通り血を吐きながらの叫びは破滅へ向かっていたエルの思考を止める。呆然と叫んだドッペルの白い仮面から流れ出る血は尋常ではなく、致命傷ではなくともすぐに治療しなければ命が零れ落ちるのは間違いない。そんな状態であっても立ち上がりドッペルはヒャンとアドラメレクを見据える。
「『炎天渇奪』、テメェ……何をしやがった……!!コイツから、我慢やらなにやら全部奪ったんだろうが!!!」
「随分と、追い詰められているのに頭の回転が早いわね……。ええ、その通りよ。お前と戦っている時、お前が影の球体の中に閉じこもっている時に、ね」
「あの、二回目のぶつけ合いの時か……!!」
“影牢”を使い全方位からの炎攻撃を防いだあの時にアドラメレクは動き出していた。光天使の近くにいた未熟な天使を決定的な場面で使う為の仕掛けをあの時に仕込んでいた。知らず知らずのうちにその炎に我慢という感情を奪われていたヒャンはエルを少しでも守る為にドッペルを刺したのだ。それを責める気はドッペルは毛頭ない。憎むべきは、怒るべきはそれを利用した目の前の悪魔だから。
「お前は殺さないわ。その“欲望”は私にとって必要な物なのだから」
ゆっくりと近づいてくるアドラメレクは右手に赤い炎を灯らせながらドッペルを見る。叫び、立ち上がったはいいもののドッペルはそれ以上身体を動かすことは出来ない。リルナもまた影によって怪我を塞ぐことに集中している為それを防ぐことは出来ない。
「ッ!!させませんッ!!!」
「行かせませんエル様!!!」
この後何が起きるかは分からない。だが間違いなく良いことは起きないと判断したエルは身体に鞭をうちアドラメレクに槍を突き立てようとするもその前に立ちはだかったヒャンが手に持った剣で槍を止める。鍔迫り合いになりながら互いの目を見ながら戦意をぶつける二人の天使。
「どきなさいヒャン!!!これ以上あの悪魔の思い通りになればどうなるか!!!被害はここだけにとどまらない、日本中……いや世界中が被害が広がりかねない!!!」
「どうでもいいですよそんなの!!!人間なんて、私達が守らなきゃ生きていけないんですよ!?少しくらい減ったっていいじゃないですか!!!そんな有象無象の為にエル様の幸せな時間が消ええるかもしれないんですよ!?少しくらい我儘になったっていいじゃないですか!!!」
「その為にドッペルを見殺しにすると!?それが天使のすることですか!!!私達の使命が何なのかを思い出しなさ――――」
「じゃあその使命の為に!!!あの馬鹿みたいにお人好しで!!馬鹿みたいにエル様やシルフィ様を想ってる
「っ!!!」
動揺した瞬間を突かれ槍が弾き飛ばされる。同時に腹部に衝撃が来て距離を取らされた。ヒャンが蹴りを出した体勢のまま泣きそうな顔でエルを見つめる。憎まれようと恨まれようと嫌われようと、尊敬し憧れた人の幸せを守ろうとする姿がそこにはあった。
アドラメレクがヒャンから奪ったのは天使としての使命感。それを失くせば彼女がとる行動はドッペルを排除し、少しでもエルが最上位天使になるのを遅らせること。そこまでアドラメレクが知っていたはずもないが、今この場においてヒャンは最高の行動を取ったと言える。
「お前から“欲望”を貰う。だけどその尽きない“欲望”を全てのみ込むのは不可能。だから私が奪うのはお前達の“魂魄契約”」
「な、に……?」
ドッペルの仮面にアドラメレクの手が触れる。炎が熱を発さず、奪うことに全能力を使い始めた。徐々に魂に干渉されていく感触にドッペルが身じろぐもそれで外せるはずもなく作業は続いていく。
「下級悪魔如きがそれほどの力を発揮出来る。ならその契約を私に移せば半永久的にお前の“欲望”は私に流れ込む。そうすればようやく私は私の望みを理解出来る」
「や、め」
「嫌よ」
瞬間ドッペルが叫び声をあげる。これまでどんな痛みにも耐えてきたドッペルでも、魂が引き剥がされる痛みには耐えられない。ドッペルの声に交じりリルナの叫びも混じる。二人分の叫びがショッピングモールに響き渡り、それを止めることが出来る者はどこにもいなかった。
「あ、が……」
アドラメレクの手が離れて仮面が砕ける。意識を失ったドッペルは立っていられずそのまま倒れる。“魂魄契約”を奪われた以上、その能力を行使することは出来ない。
「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………えっ」
膝を折り、瓦礫が転がる地面に倒れ伏す少年の姿がスローモーションで目に映る。すぐ傍には弾き出されたように金髪の少女も尻もちをつき、次の瞬間色の違う両目から涙を流しながら少年に縋りつく。
その少女はつい先ほど見て、話して、言い合いをした少女で。その彼女が縋りついている少年の姿をエルが見間違えることなどありえない。それでも信じがたい。信じたくない。信じられない。
「リョウ、く、ん……?」
愛しい少年が今の今まで命懸けで戦って、今この瞬間その命を散らそうとしている事実はエルの心をへし折るのに十分すぎた。
「え、あ……」
降りかかる暖かさ。見下ろせばそこにあるのは血の赤で、誰よりも巻き込みたくないと思っていた少年の体温と同じ温度を感じて。それが急速に消えていくのを認めたくないと腕を抱きしめて膝をつく。
「い、や……」
命が流れ出ていく。赤が広がって地面を染めていく。それは何よりも恐れていた光景で、今までの思い出が泡のように湧き出てきて、どんどん弾けて消えていく。
「あ、あああああ」
何も知らずに笑っていた自分。何もかも知りながら笑っていてくれた少年。罪が重ねってエルの小さい身体を圧し潰そうとして、それに耐えるだけの力はもう残っていなかった。ただ、倒れた少年に手を伸ばすしか出来なくて。それが致命的なまでに遠くて、届かなくて。
「い、やぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”!!!!!!!!!!!!!!!!!」
少年が綺麗だと言ってくれた銀髪を血の赤で染めながら、彼女はただ絶叫し続けた。
これが書きたかった!!!!!!
まぁ本来はエルがドッペルを刺して目の前で仮面が割れてリョウ君の血を浴びながらその正体を知るって感じだったけどそれやったらエルちゃんマジで自殺しちゃうから……。