「運」があれば生きていける。
僕は、それを「真理」と呼んでいた。
神だとかいう偶像とは違い、運は確実にあるもの。なので僕は、毎日運に媚びている。そう。運さえあればどんな外道や異端でも生きて行けるのだ。
僕はただの愚人。僕の尊敬している上司も愚人。所属している組織も愚人だらけ。名前は「愚人衆」こう書いてファデュイと呼ぶ。僕たち愚人衆は、女皇陛下に仕えている。
きっと、はたから見た者は不思議に思うだろう。
「Q. 執行官たちは何故女皇に忠実なのか?」
──博士や淑女、富者といった多くの思念を抱える人間が集まっているのに、統率は取れるのか。前に一度、僕は女皇陛下の姿を見たことがある。そのお姿は威厳に満ちていた。執行官が魅せられるのも訳ない。君も会ってみたら分かるだろう。さあ、愚人衆へようこそ。
「……おい」
「はい博士?」
「任務だ。来たまえ」
思考の沼から目が覚めた。僕は彼の後を追う。
途中顎で使われ、博士の荷物を持った。目的地はナド・クライだと仰る。それはスネージナヤの南端にあり、僕が目覚めて以来初めて行く場所だ。「未知」である。そんな未来へ思いを馳せていると、博士様に注意された。
「……集中しろ」
「だって仕方無いでしょう?未知の領域に興奮するのは人間の性です!」
「フン。まあその気持ちは分からなくもない」
博士はクツクツと笑う。今日は機嫌が良いのだろうか?少し無茶なお願いをしてみよう──と思ったところで、心を見透かされたのか、睨まれる。ちぇ!と吐き出してみては博士は目線を外した。
その他数十人の部下を共に。僕の長い旅路が始まる。未体験、ナド・クライへと歩き続けた。
◯
あれから数週間。僕はナド・クライでの生活を満喫していた。博士は何やら研究に勤しんでいて、下っ端の僕はその内容を知らない。
手伝えることがあれば!と何度も申し出てみた。しかし「ああ」とか「うん」とか空返事ばかりで、その後もすぐ足早に僕を置いていった。
きっと博士は、僕の対応も面倒臭がっているのだろう。他の部下共とは違い、僕は彼を尊敬しているというのに。1度も彼の元から逃げ出そうなど考えたことは無かったのに!
話が逸れてしまった。閑話休題。
博士から頂いた唯一のご下命は、ファデュイの身分を明かさずにナド・クライに溶け込むこと。
正直退屈だ。これなら博士様の楽しい実験を眺めていたい──と思っていたのが、数日前まで。
今じゃもう真逆!!実験?職務?クソ食らえ!ナド・クライの食事は美味しいものばかりだし、程よい治安の悪さが癖になる。博士様にただ感謝を!と、いうわけで。彼から毎日貰っているお小遣いで、今日はフラッグシップに来た。人の金で飲む酒はさぞかし美味いだろう。
「すみません!オススメを1杯!」
「はい──って、失礼ですがお客さん、ご年齢は?」
バーテンダーは見知らぬ顔を不審に思ったのか。それとも、僕の見た目が幼く見えたのか。
「失礼ですねー。僕が子供に見えるとでも?」
「おやおやすみません…では、こちらのカクテルを」
嫌味っぽく言ってみせると、彼は苦笑した。「謝礼も兼ねて、今回は奢りましょう」と慣れた手付きでカクテルを差し出した。別に上司の金だから良いんだけどね!と思いつつ、ありがたく受け取った。浮いた分は、僕のヘソクリとして貯めておこう。
──と、思ったのだが。久しぶりの酒に魔が差した。もう少し飲んでみたい、これ以上は博士様に叱られるか?僕の脳内で、理性と悪魔の囁きが戦う。まあ、仕方あるまい。
さあ!偉大なるこの新天地に乾杯を!!
僕はまた、新しいグラスを傾けた。
◯
ただのバーテンダー。お客様と談笑して、グラスに注ぎ、沢山の人の物語を聞いてきた。ただの1日。他愛のない生活の中、お客様にカクテルを振る舞う。
「──オススメを1杯!」
カウンターに座った少年、いや大人?彼が僕を呼んだ。白髪に深い金色の瞳。片目の眼帯は、どこか異国情緒を感じる。未成年者に見える彼に確認した。「……ご年齢は?」返ってきた答えは内心皮肉めいた笑いだった。当店自慢のカクテルを振る舞いながら、恐らく初のご来店だろう少年に話を聞く。
「お客さん若く見えますね。年はいくつでしょうか」
「……さあ、もう覚えてない!」
美味しそうにグラスを傾けた少年が、あっけらかんと笑った。もう酔いが回ってきましたか?と冗談を交えつつ、雑談は続く。少年は酒を嗜む。
「もしかして、旅の者ですか?」
「うーん?まあそうかなぁ。多分。スネージナヤから歩いてきたんだ〜」
彼は、自身の毛先を弄りながら答えた。
恋しいのだろうか、といった表情だった。
「やっと一休みってところだよ……」
「それはそれは、お疲れ様です」
「ナド・クライっていい場所だねぇ?初めて来たんだけど、もう、すっごく気に入った!」
「いい場所でしょう?」
「……素晴らしい日々のためもう1杯!!」
「大丈夫ですか……」とは言いつつも、新たなカクテルに注ぐ。「飲み過ぎには気をつけるように」と念を押してみたが、彼は元気に返したのち、勢いよくグラスを傾けた。
「ぷは!美味い!!」
──心配だ。
一口、また一口。そしてグラスをカウンターに置く。赤らんだ頬の少年は人差し指で「もう1杯!」と。既に2杯飲まれた彼を心配した。
「あの……大丈夫ですか?」
「んー?ダイジョブ!」
「…………」
自信満々に答えた少年に、「この1杯が最後なこと・水を飲むこと」の条件を申す。彼は少し考えた後、頷いた。
「──お!ありがとうございまーす!」
「本当に、体調が悪くなったら仰ってくださいね?」
「はーい!」
水を豪快に飲み干したあと、またグラスを傾けた。
このあとの流れは、簡単に言うと、ご推測の通り。
「困りましたね。」
「──おや?どうかされましたか?」
「……フリンズさん」
先程の少年を覗くように、黒コートを纏うライトキーパーの一員の彼が問いかける。
「いやぁ、彼、酔い潰れちゃいまして……」
「なるほど。どうりでこの有様。」
「……止めたんですけどねぇ」
「…………」
住所は分からない。少年の身内も分からない
──彼は悩んだ様子で「僕の部屋に泊まらせましょうか?」と、まるで天使の一声。少し驚きつつも、お言葉に甘えて……ということで。少年の宿泊先はフラッグシップのフリンズさんの泊まる部屋、となった。
そして、少年を持ち上げては部屋へ向かうフリンズさんを見送り、本日のフラッグシップの営業は終了した。少しの心配と安らぎを得た本日。バーテンダー「ダミアン」は眠りについた。