神に恋した芦の花   作:レガシィ

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映画もいよいよ最終周期ですね!
最後はワールドイズマインのポスカとかぐいろやちのウェルカムアナウンス。ゲットするしかないですね!
手を出すまいと思ってたアクスタも買ってしまったし、もうどうなってもいいや…。
ということで、第十六話、お楽しみください!


第十六話 蕾はついぞ花開けず

 小鳥の囀り、少し強い風の音と爽やかさを感じ始めた乾いた風。

 

 久し振りに横になって寝たからか、動いた疲労のせいか、いつも当然のように思っていた倦怠感と疲労感が嘘のように彼は目を覚ます。

 

 僅かに身体の節々や右腕に痛みを感じながら、だんだんと覚醒していく意識。すっかり明るくなった窓から差し込む暑さを感じる朝日と、腕の中にない温もりに、冷や汗をかきながらリビングに走り出す。

 

「芦花!!」

 

「うぉわっ!?び、びっくりした……どうかしたの?まだ焦がしてないよ?」

 

 台所に立ち、朝食を用意しているエプロン姿の彼女。杞憂だったと安堵すると同時に、幸せを噛み締めるようにその場にへたり込む。

 

「いや……なんでもないんだ。ただ、初めて……眠れた気がする」

 

「あははっ、なにそれ。もうすぐ朝ごはん出来るよ、顔洗って、着替えてきて〜」

 

 しゃがむナイアに目線を合わせて頭を撫でる芦花。咲夜を思い出して気恥ずかしくなった彼は立ち上がり、誤魔化すように額に軽くキスをして洗面台へ向かう。

 

 二人は休日といえど、いつものように準備をして休日を謳歌する。

 

「いつも美味しい紅茶だよね。パックとはやっぱり違うよ」

 

「光栄だ。君の好みに拘っているからね」

 

「ふふ、愛を感じるなぁ」

 

 右隣に座った芦花の温もりを腕に感じながら、ナイアは呟く。

 

「何もせずに過ごすのも、贅沢なものだね」

 

「うん……ただ、ネットの反響ヤバいね。私達のことでいっぱい……あっ」

 

「どうかしたかい?」

 

「ジューンブライドの雑誌、来週だって。完成品も届くから楽しみにしててってさ」

 

「そうか。結婚式か……芦花ならどんな衣装も似合うと思うが、どんな式にしたい?」

 

「ん〜……将来的には考えてるけど、今はもう少しこの時間を大事にしたいな」

 

「ふふ、そうか。まだ学生だしね。ゆっくり考えようか」

 

 ただただ、何でもない時を過ごす。無為ではなく、愛おしいと、そう心の底から思えるように、二人は確かにこの一瞬を噛みしめていく。

 

「あ、そうだ。見て見て」

 

 そういってスマホの画面に出したのは7/11の大花火大会のパンフレット。

 

「花火大会か……確かに、あの時約束したね」

 

「そう。それで、提案っていうか、その……」

 

「可愛い顔をしてどうしたのかな?なんでも言ってごらん」

 

 困り顔の彼女の頬を指で擦りながら、笑顔でナイアは詰まる芦花の言葉を促す。

 

「確認なんだけど、ナイアって誕生日ある?」

 

「無いねぇ……あるのかもしれないけど、確認のしようも無いし、それがどうかしたのかい?」

 

「いや、ほら……私との出会いが誕生日だったんだし、祝いたいなって思って。でも、そういうのなさそうだから……その花火の日を、ナイアの誕生日にしない?」

 

「…………私の誕生日?」

 

「あ、えとね、花火の日だし、語呂合わせが……711(ナイア)だから……ごめん!やっぱり変だよね、別の──」

 

 顔を赤くして、あわてて自分の考えを訂正しようとする芦花の口をナイアが唇を重ねて塞ぐ。

 

「「え?」」

 

 お互いにさらに真っ赤に染まった顔。見合わせて同時に漏らす疑問符のついた声に、思わず顔を合わせて笑ってしまう。

 

「なんでナイアも驚いてるの!」

 

「いや……ごめ……なんだろう……感動してしまって……?……嬉しいよ、凄く……凄く」

 

 いつもスラスラと出てくる感謝の言葉が出ない様子。

 

 感動したり、予想外が起こると彼はいつも言葉に詰まり、ストレートで稚拙な表現しか出来なくなる。

 

 そう気づいている芦花は、心の底から嬉しいのだと理解し、安心で笑みが溢れる。

 

「こら、何を笑っているんだ」

 

「ん〜?嬉しいなって」

 

 頬を大きな手で掴み、優しく撫でて怒りながらも、芦花は笑うのをやめない。

 

「前の日の夜はツクヨミでも花火大会やるんだって、ヤチヨが言ってた。夏は…あの二人にとっても大事な日だから。私たちは私達で一緒に行こうね」

 

「むぅ……だが、まずは5日だ。君と私が出逢って3ヶ月の節目。この日だけじゃない、これから先も沢山祝うし、君に感謝を伝えるよ」

 

「感謝だけ〜?」

 

「ふふ、もちろん愛もだ」

 

 下らない話、昨日の続き、また刻まれる明日への秒針。

 

 日々が愛おしくて仕方ない、極彩色で彩られる景色が、音が、味が、香りが、感触が、自分を邪神だと忘れさせる。人間が大好きで、芦花を愛しているナイアはこの感情を抱きしめて過ごしていた。

 

 抱きしめすぎて、手放せないほどに。

 

 ──

 

 7月5日

 

 二人で示し合わせ、互いにバイトは夕方より前に終わらせる予定を組んだ。

 

「お疲れ様、ナイア君。ランチタイムだけなんて珍しいね?それでも助かるけど」

 

「お疲れ様です店長。今日は大切な日なんです。シフトの変更、ありがとうございます」 

 

「それは良いんだけど。大切っていうと、例の彼女さん?」

 

「えぇ、3ヶ月の記念日でして」

 

「なるほど〜。ウチのスタッフ達も慣れたけど、最近幸せオーラ凄いもんね君。お客さんの中にはナイア君目当てもいるくらいなんだよ?罪な男だね〜」

 

「ハッハハ、興味ないですねぇ」

 

「君、ほんとに素直になったね!そのくらいの方が人間味があっていいよ」

 

「人間味……えぇ、ありがとうございます」

 

「あ、良かったらケーキ持っていきなよ。キッチンスタッフの子達が、明後日出す七夕ケーキの試作をしたんだ。彼女さんとどう?」

 

「いいんですか?きっと喜ぶ。彼女はここが好きだから」

 

「酒寄さんも今日は大事な日らしくて、丸っと休みなんだよね。妹さんの誕生日だったかな?」

 

「妹……あぁ、なるほど。それじゃあ夜、頑張ってください。さっき小耳に挟みましたが、団体の予約が入ったらしいので」

 

「えっ、それ知らな……」

 

「それでは」

 

 そういって、店長の気遣いからカフェのランチタイムより少しだけ早く終え、思わぬ手土産を持ち帰った家で記念日を祝う準備をしていた。

 

「うん、我ながら完璧だ。プレゼントも用意したし、後は待つだけ……」

 

 独り言を呟きながら、先日芦花が欲しがっていた包装された珍しい化粧品を虚空に入れ、セッティングを終えて1人くつろぐ。

 

 ふと思い立ち、バイクのキーを握って家を出た。

 

 ──

 

「うん、完璧!」

 

「ふぅ……お疲れ様でした」

 

 一息ついた芦花は撮影を終えて水を飲む。

 

 そこへ鎌田が隣に座って労う。

 

「お疲れ様、芦花ちゃん!今日も素敵な笑顔だったわ!もう最ッ高!」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「にしても、ナイアちゃんのこと、もっと早く教えてくれれば良かったのに〜!」

 

「あはは、なんだか気恥ずかしくて」

 

 つい先日、ナイアが迎えに来た時に事情を知った鎌田はその時以来、すっかり二人を推すファンになっていた。

 

「ねねね、次はナイアちゃんと一緒に浴衣でカップルの撮影なんてどうかしら!今度の夏祭りでの撮影なんて……」

 

「あ……ごめんなさい、その日は彼の誕生日なんです」

 

「アラ、そうなの。ならそっちを優先しなくちゃね!撮影はまた別の日取りを組みましょう!」

 

「別の人じゃないんですか?」

 

「嫌よ!私は貴方達を撮りたいの!まだまだ蕾の貴方達は、これからもっと花開くわ!アタシが保証する!」

 

「困った人ですよ本当に……」

 

 横から現れた秋元は困ったような嬉しいような顔で呟く。

 

「アラ、秋元さん」

 

 言いくるめ【成功】

 

「二人共、お疲れ様です。それよりも芦花さん、今日は大事な日なんでしょう?早く帰ってあげた方が彼も喜ぶんじゃないですか?」

 

「そうよ、また次もよろしくね!」

 

「あ、ありがとうございますっ」

 

 二人に促され、芦花はさっさと帰り支度を整え、小走りで駆けていく。

 

 それを見送る二人は微笑ましく思いつつも、明かせない複雑な事情があると知っている。それでも、苦難を乗り越えた二人に幸あれと願った。

 

 芦花を見送って暫く、残りの仕事に着手していた二人に珍客が訪れる。

 

「アラ?ナイアちゃん、こんなところでどうしたの?」

 

「鎌田さん。どうしたもなにも……芦花を迎えに来ただけだが?」

 

「え、芦花ちゃんなら結構前に帰ったわよ?」

 

「ん……?今日の終わりは16時では?」

 

「大事な日だっていうから、撮影だけして帰しちゃったわよ!ほらほら、早く連絡して!浮気を疑われちゃうわ!」

 

「誰が貴方と逢引などするものか」

 

「やかましいわ」

 

 軽口を叩きつつ、芦花へ連絡する。しかし、何度コールが鳴っても、応答することはなく二人に沈黙が流れる。

 

 ナイアの連絡を無視するのは、今回が初めてだ。

 

 考えすぎかもと思いつつ、冷やりとした汗が首を伝う。

 

「……どうやら、嬉しいことに少々浮かれてしまっているらしい。探してくるよ」

 

「え、えぇ、早く行ってらっしゃい」

 

 ナイアはバイクのキーを握って急ぐ。

 

 彼女の帰り道をくまなく探しつつ、約束を破ることになっても構わないと魔術によって芦花を探そうとする。

 

「いた」

 

 認識を阻害する魔術で、バイクを乗り捨てて人から外れた動きで最短で芦花の元まで走る。

 

 なぜ、こんな場所に。目の前の男は誰だ。なぜ、動かない。なぜ……魔力が抜けていくんだ。

 

 そう駆け巡る思考を務めて冷静に処理し、動悸がするほどの苦しさと胸の痛みを押し付ける自分に殺されそうになりながら、彼は人気のない路地裏にたどり着く。

 

 21【成功】

 

 減少値【45】

 

 アイデア【成功】

 

 一時的発狂【無し】

 

 不定の狂気【無し】

 

 狂気内容【無し】

 

 彼女はいた。

 

 ひゅーひゅーと、まるで穴の開いた風船から抜けるような音で浅く息をしながらお腹を抑えて壁を背に座り、散らばった彼女の持ち物が現場の凄惨さを語る。

 

 むせる程の血の匂いと、立ち尽くして震える男の手には血塗られた包丁。魔術師の気配ではない、深く被った帽子から表情は読めないが、ソレはナイアに向けて包丁を向け、発狂しながら走り、避けることもせずに腹部に突き刺さる。

 

 ダメージ【9】

 

「墸壥妛彁挧暃椦槞蟐袮閠!!!」

 

 言葉が分からない。

 

 魔術の触手で男を壁に叩きつけ、固定する。刺さった包丁が自分の身体から血を流すのを、気にもとめないまま芦花の元まで駆け寄り、頬を撫でながら治癒の魔術をかけ続ける。失血と混濁している意識、魂が離れていくのがナイアの目にはハッキリと視えてしまう。喉が焼けるような焦りで出なかった懇願にも似た言葉が、やっと吐き出されていく。

 

「まて……まって……いかないで……頼む、いかないでくれ……芦花……」

 

「暃椦槞蟐袮!!墸壥妛!!」

 

「ナイ……ァ……」

 

 世界から音が消えたように、ナイアの耳には芦花の浅い息遣いしか聞こえない。何かを紡ごうとする彼女の言葉の、一言一文字でさえ聞き逃さないように、耳を澄ませる。

 

 彼女は、お腹を抑える手と反対の手を差し出す。

 

 血塗れの小さな小包が地面に落ち、縋るように彼の頬へ手を伸ばして、言葉を紬ぐ。

 

「ご……めん……ね……あ、りが……と…………」

 

 流れた一雫の涙はナイアの右手を濡らした。

 

「………………芦花…………?」

 

 とさりと力なく落ちた腕。今の今まで聞こえていた呼吸はまるで霧のように静かに消えていく。

 

 バキンッ

 

「待って……何の、謝罪なんだ、何の……感謝なんだ……私は、まだ君に……何も……なにも……」

 

 抱きしめた彼女の身体には体温があり、息もある。無意識に魔術で繋ぎ止めてしまったから。ただ、彼女の心だけは逝ってしまった。力の抜けた彼女を抱え、立ち上がれずに人の言葉をゆっくりと繋ぐ。

 

 渾沌とする感情が溢れ出しそうになるのを、噛み切った舌と血が滲む握り拳の痛みで必死に抑える。優しい彼女はきっと望まないだろう、普通である彼女はきっと願わないだろう、人間である彼女は、きっと請うことなどしないだろう。だから、ただ壁に拘束しているソレに、流すことすら拒んだ涙を飲んで問いかける。

 

「……何故……何故、芦花だった……?もし……彼女に悪意があったのなら……もし、彼女に何か少しでも非があったのなら……私はまだ……」 

 

「槞蟐……から!!」

 

 意味を失ってしまった言葉を必死に解読し、もう一度問いかける。

 

「何故だ……?」

 

「そこに!いたから!!!」

 

「………………ぁ……?」

 

「誰だっていいんだよ!クソ上司のパワハラにうんざりして!!挙句5年付き合った彼女は他の男と寝やがった!なんだよ愛が感じられないとかセックスが下手だったとか!!クソが!俺が一番不幸だ!世の中全員死ね!!」

 

「…………八つ……当た……り…………?」

 

「あぁそうだよ!!テメェらみてぇな幸せですって面した奴が気に食わねぇ!たまたま見かけてたまたまいただけ!!分かった!?お前らが悪ぃんだよ!俺の前にきたテメェを恨めよ!!」

 

「……ふざ……けるな……」

 

 文字通りに、ナイアの周りの空が割れる。

 

 溢れ出す黒い泥濁、覗く深淵、怒れる殺意。

 

 人の姿を喪い、天を冒涜するが如くを空を紅黒く染め上げていく。無数の紅い瞳が男を狂気に誘う。向けられる殺意は実態を伴い、首に這う渾沌は男を発狂へと導く。

 

 減少値【1】【2】【3】……

 

「ぁぁ……おぁ……?」

 

「何故……他者の幸福を祝ってやれない……!何故奪うんだ!!……まだ……彼女は……理不尽を、突き付けてきたのはお前だ……!お前を殺したって誰も……世界も…………」

 

「……駄目だ……」

 

 彼女の言葉が、声が瞳が温もりが、彼を人の形に繋ぎ止める。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!」

 

 知っていたはずだ、日常は脆いものだと。薄氷の上に成り立つ、いくつもの奇跡の産物だと。それを崩す側の存在が自分だと。人である日々が、鈍らせた。自らの怠惰を呪えと、叫んでいた。

 

 そこからは、真っ暗だった。黄昏の筈の時間帯は加速したように夜に変わり、彼等がいた周辺の人間は一部が強烈な悪寒と恐怖に似た感情を体験したと語る。

 

 某日某所、致死量の血溜まりが路地裏で発見され、現場には犯人とみられる男が、凶器と思われる血の付いた包丁を放置して近くに立ち尽くす姿が目撃された。

 

 尚、血溜まりを作った人間は発見されず、事件の解決は困難を極めた。

 

 




ただ想いが繋がって、いつもと同じ朝日を浴び、彩に満ちた幸福に浸れただけの、偽りの真実が残る最期なら、どれほど良かっただろうね。
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