神に恋した芦の花   作:レガシィ

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うっ、辛い。


第十七話 何処にも行けず、何者にもなれぬ者

 ──

 

 7月7日

 

「ナイア君、来ないねぇ」

 

 七夕フェアで忙しくなるBAMBOOカフェ。昨日と今日のシフトに入っていたはずのナイアは一向に姿を見せず、連絡も取れない。こんなことは今まで一度もなかったと店内のスタッフ達はざわつく。その理由からヘルプに呼ばれていた彩葉も、芦花との連絡がとれないことを不思議に思っていた。

 

「店長。私、この後行ってみます。芦花とナイア君、一緒に住んでますから」

 

「うん。念のために二人の共通の友達と一緒に行ってあげてくれるかな」

 

「はい、真実と……一応、兄と」

 

 先程の予め連絡していたスマホには、二人の了承の旨の返信が映っていた。

 

 ランチタイムを終え、夕方頃に三人は集まる。リアルの帝に緊張しながらも、連絡の繋がらないことに不安を覚える真実と、同じく嫌な感覚を覚える酒寄兄妹。ドアの前に立ち、何度もインターホンを鳴らす。

 

「……出ない」

 

「どうする、管理人さん呼ぶか?」

 

「……裏技使おう。ね、ヤチヨ。ここ開けられる?」

 

『良いよ。ヤッチョもそうしようとしてた』

 

 電気修理(応用)【自動成功】

 

 ガチャッ

 

 聞き耳(五感の判定)【成功】×3

 

 スマホに映るヤチヨも賛成し、オートロックを容易く解錠する。見て見ぬふりをする2人と扉を開け、真っ先に刺激されたのは鼻。夏場に放置された料理が腐り始めているらしく、臭気が溢れる。

 

 丁寧な二人にはあり得ないことだと彩葉と真実は気づき、最悪のケースを想定して朝日が先導する。

 

 目星【成功】×3

 

 警戒しながらゆっくりと足を踏み入れたリビング。ソファには、眠っている芦花とその横で座り、手を握って祈るように俯くナイアの後ろ姿。

 

 一先ずの無事に安堵などできない。明らかな異常事態。

 

「ナイアか……?」

 

「私、窓開けるね」

 

 目星【成功】

 

 アイデア【自動成功】

 

 返事はなく、取り敢えずといった様子で真実は窓を開け、彩葉は台所とテーブルに目を向ける。彩葉は自分も食した七夕のケーキの試作が腐り、テーブルセットの花は異常なほど萎れて枯れているのを発見する。二人のお祝いの為に用意されたであろう数種の料理も同じく、時間が経って腐敗の影を見せていることに思い至る。

 

「お兄ちゃん、ナイア君は……」

 

「おいナイア、起き……!?」

 

 朝日は呼びかけ続けても返事がなかった彼を振り向かせる。

 

 彼の顔を覗き込んできたのは深く広がり続ける深淵。朝日もまた、一瞬とはいえ深淵を覗いたことで正気に影響を受ける。

 

 43【成功】

 

 減少値【4】

 

「ッ二人共こっち向くなよ!!」

 

 咄嗟の判断でソレを近くのテーブルクロスをひったくって隠し、ソファの方に顔を向け直す。声に驚いた二人は目を背け、何があったのかを目を閉じたまま恐る恐る聞く。

 

「……何があったの……?」

 

「…気にするなとは言えないが…駄目だ、手を離そうとしない」

 

 芦花とナイアの生身の手を離そうと力を加えるも、まるで世界に元々そうであったかのように固定されて離れない。

 

 しかし、朝日がナイアの手に触れたことで反応を示し、布越しに彼が話し始める。

 

「……帝君…か……?」

 

「!…酒寄朝日、リアルの方だ。彩葉の兄、分かるか?」

 

「……酒寄さん……と……諫山さん……か…?」

 

「う、うん……。ねぇ……何があったの?3日も連絡取れなかったんだけど……」

 

「3日……そうか、そんなに……すまない、顔を整える。少しだけ待っていてくれ」

 

 太い枝が割れるような、ガラスにヒビがはいるような、そんな音がナイアの顔から発せられる。もう大丈夫だと、そういって取った布の奥の彼の顔はやつれきっていた。

 

「「「!!」」」

 

 もう何週間、もはや何年というレベルの疲労が蓄積されたような表情に、文字通り壊れているかのような頬のヒビ。今にも自らを殺してしまうんじゃないかと思えるほどに、彼の瞳に光は無かった。

 

 精神分析【失敗】

 

「……何があったか、話せるか?」

 

「…………あぁ……ただ少しだけ、待ってくれないか……まだ、現実を整理できていないんだ……」

 

「……オーケー。彩葉、少し掃除するぞ。真実ちゃんも良いか?」

 

「うん、オッケ」

 

「は、はい!」

 

 特に据えた臭いのする台所を中心に、三人は掃除する。その間にもナイアは一歩も動かず、芦花に付き添い続ける。

 

 およそ30分程度で現状を復帰し換気も済むと、勝手を知っている彩葉がお茶をいれ、話をきり出す。

 

「そろそろ……良い?」

 

「あぁ……」

 

 76【失敗】

 

 82【失敗】

 

 減少値【4】

 

 減少値【4】

 

 7月5に起こった事故。ニュースと照らし合わせて簡潔に、細かにナイアは語った。言葉の出ない一同。失意で崩れ落ちそうになるお互いの手を握って耐える二人。

 

 しかし、朝日は会話を終わらせてはならないと、ナイアに問いかける。

 

「「…………」」

 

「なら今、芦花ちゃんは……」

 

「芦花の肉体は今……魂のない抜け殻だ」

 

「抜け殻?」

 

「人間の肉体は……生存の可能性がなくなった時に、魂が乖離し……魂の洗浄場所、ドリームランドへ渡る」

 

「待ってよ。じゃあ芦花は……もう……目覚めないってこと……?」

 

 ヴァンッ

 

 彩葉と真実が絶望の表情を覗かせる。震える手でナイアは虚空に穴を開け、表せない色を持つ一つの塊を取り出す。

 

「……治療直後に、ドリームランドの管理者から奪った。芦花の魂だ」

 

「「「「!!」」」」

 

「……戻せないの……?」

 

「戻すのは容易だし……副作用もこの状態なら恐らくそこまで無い」

 

「な、なんでやらないの?」

 

 当然の疑問。自分ならそうすると、彩葉と真実はナイアに理由を問う。

 

「……芦花は、望むだろうか…。一度、確実に彼女は死んだ。これは……理外の業だ。人として誤っていることくらい、私にだって分かる」

 

「で、でも今回は仕方ないじゃん!通り魔なんて……」

 

「仕方ない……?そうだ……狂った通り魔の狂刃なら仕方ないかもしれないな……車に撥ねられても仕方ないかも。災害に巻き込まれても仕方ないのか?病気で若くして死んでも仕方ない!寿命で死んでも仕方ない!?そうやって!仕方ないなんて都合のいい言葉を言い訳に!愛という感情を物種に!!彼女の命を弄ぶのも仕方ないのか!!?」

 

 とめどなく溢れ出る涙とその言葉、ナイアが激怒する時に覗かせる気迫とは、別の雰囲気に一同は絶句し言葉の意味を噛み締める。

 

「少し前の私なら……迷わずそうした。でも……様々な感情や君達(人間)を知った今、その決断が途方もない暗闇の始まりのようで……いつか……私にとって芦花という存在が、私を満たすためだけの人形になりそうで……怖くて……怖くて怖くて怖くて怖くて……」

 

 両手で握った芦花の右手を、体温を確かめるように強く握り直す。

 

「辛いんだ……悠久を生きる私にとって、この過ぎゆく日々は刹那の一時。私が少しでも気を抜いた次の瞬間には、時間が君達を奪い去っているかもしれない。この瞬間でさえ、私が見ている幻かもしれない。夢の続きを見たいと私が思えば、理外の業で続きを描くかもしれない……そんな思いが日に日に増してゆく…!」

 

 自分自身の言葉が告げた事実に絶望した彼は脱力して芦花の手を離し、そばに崩れ落ちる。

 

「……こんなに苦しくなるのなら、知りたくなんてなかった…辛くて辛くて……もう死にたい。…芦花を失うのが…失う運命を自分の手で壊すのが……怖くてたまらないんだ…」

 

「ナイア君……」

 

「所詮……何処まで行っても私は邪神で……芦花は人間だ。初めから間違っていたんだ……何が幸運だ、何が幸せだ、何が芦花だけの神だ!!こんなにも無力で!愚かしくて、馬鹿らしい…!!」

 

 人に近付きすぎてしまった故に、これ以上の決断を下せない。言っていることは人として正解で、神としては愚かで、一人を想う男としては大間違い。その狭間でゆれる彼に掛けられる言葉が、その場の誰にも見つからない。

 

 しかし、それでも彩葉と真実は願ってしまう。

 

「傲慢でもいいよ…間違っててもいいよ!芦花が生きててくれれば……幸せになってくれれば私達は…!」

 

「……お願い。これが最初で最後でいい。二度とこんなことが起きないようにするから、芦花を救けて。なんでもするから!」

 

「……分かっている……分かっているんだ……そう決めていた。ただ……これで……この物語は終わりだ。魂を戻して…………君達の記憶を消す」

 

「……は?」

 

 ナイアの突然の言葉に息を呑む一同と、怒りと困惑を混ぜた言葉を漏らす朝日。

 

「私はもう……ダメだ。これだけ自分で並べた御託も意味をなさなかった。彼女を生き返らせると、決めていた。もう間違いは起こせない。私は……君達と…彼女とは、生きられない」

 

 説得【失敗】

 

 説得【失敗】

 

「待って、待ってよ、それは話が違うじゃん!!」

 

「やっと……芦花は前に進めたんだよ。苦しかったのに、抑えてたのに、それを全部受け止めてくれる人が現れて、自分の思いもきちんと整理できて……!今からもっと楽しくなるんだよ!?それなのに黙っていなくなるの!?責任取らなきゃ駄目だよ!!」

 

「すまない……芦花はきっと……もっと普通の恋ができるよ。私みたいな中途半端な奴じゃ……なくて……きっと…もっと……!」

 

 そこまで言うとナイアは、言葉が出ないほどに涙で顔を濡らす。流れっぱなしの涙と、抑えても止まらない鼻水と、悲しさとやるせない後悔ばかりで次の言葉が喉から出てこない。

 

 説得【失敗】

 

「ナイア、お前はどうなる?お前自身も記憶を消して終わりにするのか?」

 

「…………無理だ、出来ない……私には……出来ないよ。……彼女との思い出が消えるのなんて……耐えられない……」

 

「それが答えだろ、芦花ちゃんも同じ思いの筈だ。記憶を消してはい終わり、自分だけが苦しんではい終わり……ざけんなや、なんやえらい自己犠牲の気持ち持っとるみたいやね」

 

「お、お兄ちゃん……?」

 

 珍しく京都弁で喋る朝日。彩葉は気づく、兄妹に共通する癖、兄はキレていると直感する。胸ぐらを掴んで自分より体格の良いナイアを持ち上げ、感情的に怒る彩葉と違い、静かに言刃をぶつけていく。

 

「KASSENの時の言葉は?アンタ自身のプロポーズは?届けたプレゼントは?なんや全部その程度だったんか?そないな程度の覚悟やったんやな」

 

「…………そう、言われても……」

 

「仕方ないなんて甘いこと言うつもりやあらへんやろな?手が出ぇへんわけやないで」

 

「……それで、君の気が済むのなら……」

 

 拳【成功】

 

 ダメージ【1D3=2】

 

 バキイッ!

 

「「!!?」」

 

「ちょっ、マジで!?」

 

「……ほんまに人外なんやね」

 

 ダメージ【2】

 

 朝日の手に、爛れるようにジクジクと火傷の跡が出始める。ほんの数時間前まで不完全ながら神の形をとっていた彼の身体は、魔力が暴走して触れるだけで傷がつく不定形の存在になっている。

 

「触るな……君の身体のほうが……」

 

 治療しようとするナイアの腕を払い除け、痛みに耐えながらも朝日はまだ言葉を止めない。

 

「何度でも言うし、何度でも殴るで。骨が擦り切れたら左手で、ないなったら蹴飛ばしたる。それすらなくなってもアンタに届ける言葉はあるで」

 

 朝日の言葉は間違っていない。そう、ナイアも理解している。芦花ならば、自分の為にしてくれたその行動を喜んで肯定しくれると。彼も、この行動を肯定されたのなら、もう迷うことはなくなってしまうと。

 

 ただ、それら全てが最後に芦花を苦しめてしまうと、彼が自分で結論づけているという点を除けばの話である。

 

「……どうあってもそう言うのなら……強硬手段しかない」

 

 ゆらりと立ち上がり、音を立てて彼の顔が崩れていく。窓から差し込む黄昏は彼を誰そ彼へと変えていき、何度か見た見ていられる程度の異形とは違う、冒涜的な無貌の影が現れはじめる。文字通りに狂気が一同の魂へ這い寄る。

 

 アイデア【成功】

 

 言いくるめ【決定的成功/クリティカル】

 

 瞬間、真実が口を開く。

 

「待って……!!その……ゲーム……!ゲーム……をしよう!?」

 

「……ゲーム?」

 

「そう、この場にいる全員と!…そんな強制的な取り付けじゃ納得なんてできない。それに……負けたら諦めもつく……かも……」

 

「……分かった……最後に、君達の土俵に降りよう。内容は」

 

「内容……と、とらん──」

 

 アイデア【成功】

 

「KASSEN、モードはTENKATORIだ」

 

「それって……!」

 

 慌てて真実が取り付けたチャンスを棒に振るわけにいかないと、朝日が間に割ってゲームを決める。

 

「……ヤチヨ、聞いているね」

 

『言っておくけど、やっちょは手伝わないよ。永い時間で愛しい人を忘れるかもしれない辛さ、痛いほどよく知ってるからね』

 

「構わない。ただ、永劫口を閉ざしてくれればいい。君の記憶を消すのはツクヨミにとってリスクが大きすぎる。手荒は……私とて本心ではない」

 

『…やめるつもりはないんだね』

 

「……あぁ。そのゲームに私が勝てば、君達に魔術をかけ、ヤチヨはこの記憶を奥底にしまいこむ。君達は?」

 

「えっと……えっと……」

 

「今回の件は忘れる。んで、お前は二度と記憶を消すとか俺達の前から消えるとか言い出すな。人間じゃないとか不貞腐れるのもなしだ。あともう一個、芦花ちゃんを絶対に幸せにしろ」

 

「……………………契約……成立だ。時は今日の夕方。神戦の舞台で、君達を待つ」

 

 芦花を魔術で保護し、三人に目配せする。

 

 直後、黒い影が彼を包み、現実世界に現れたデータのヒビが彼を電脳世界に連れて行った。




幸せになる努力を怠った怠惰
向けることすらできなかった憤怒
乗り越えたはずの嫉妬
好きな食べ物すら放置し腐らせる暴食
人になろうとして理外の業を使わなかった傲慢
真に欲しい物が掌から零れ落ちた強欲
最悪な形で愛しい人を幸せにする色欲
笑えるね、とんだ大罪者だ(笑)
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