神に恋した芦の花   作:レガシィ

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いよいよといった感じですね。
21話、どうぞお楽しみください!



第二十一話 芦の花に恋した邪神

 不確かな足取りで最初に見えたのはアバターショップ。装飾品などの課金アイテムがある城型のデパートに気紛れに立ち入り、眺めてしまう。

 

 彼女がこれを身に着けたら、この髪飾りで髪をまとめたら、この色は自分の瞳をどんなに美しく彩るだろうか。

 

「誰かへの贈り物ですか?」

 

「……………いや……冷やかしだ。すまない」

 

 そんなことは考えるな。そう思考を閉じようとしていた時、ポップアップが浮き出る。

 

 新着メール1件。

 

「………」

 

 ヤチヨとの約束を思い出し、それを開ける。

 

『初めて貴方にもらった、大切なもの』

 

 添付された1枚の写真には、何も嵌っていない彼女の右手の薬指が映っている。

 

 ジクジクと脳を刺激する思い出が、彼の動きを止める。

 

 22【成功】

 

 減少値【3】

 

「…お客さん?」

 

「ッすまない、あぁ…えと…そこの、簪を一つ」

 

「?まいどありー」

 

 店を出て、勢いで買ってしまった翠の簪を握り締める。愚かだと自分を嘲笑し、捨てようとする。

 

 ー大好きな人の初めてのプレゼントだよー

 

 リフレインする彼女の言葉。捨てきれず、胸ポケットに小箱をいれて歩き出す。

 

 この場所からさっさと離れてしまおう。揺らぐ気持ちとうるさいほどに鳴る心臓が位置する胸を抑えながら、再び歩き出す。

 

「やめろ…思い出すな…」

 

 自分の首を右手で絞めながらふらふらと歩き、当てもなく歩いていると、路地で出くわしたのは言い争う二人の男女。

 

「──ー!!」

 

「──!」

 

「──ー!!!」

 

 邪魔をしたと歩き去ろうとする。触覚のないツクヨミ内では過度な暴行などは行えず、いざとなればBANもされる。そんなことは知っていた。知っているが。

 

「……■■■(失せろ)

 

「ひっ…!!」

 

 減少値【5】

 

 狂気内容【逃走】

 

 ただ、目障りだった。ただ、何となくだった。ただ、"あの時"に似ていた。

 

 肉体への暴力を行わず、正気を削る言葉を囁いて有利に立とうとしていた男を一瞥する。

 

 感謝を告げる女性を気にもとめず歩き出し、我に帰った自分の腕を壁に叩きつける。

 

 じわりと熱を持った痛み。その腕を見つめていると。

 

 新着メール1件

 

 また、憂鬱になりながらもそれを開く。

 

『貴方の温もり、確かに覚えてるよ』

 

 ベッドの上の彼女の左手の写真と文章。忘却に務めてまた歩き出す。

 

 ー私はどこにも行かないよー

 

 自分は何処かに行こうとしている。一緒には居られないと、そう頭の中で反芻させながらおぼつかない足取りでまた歩を進めだす。

 

 79【失敗】

 

 減少値【10】

 

「くそっ…駄目だ……」

 

 動悸が止まらない、とめどなく溢れる想いが苦しめる。

 

 頭を冷やそうとさらに歩を進めた先は小さな露店が並ぶ通り。お店を出しているわけではない人達が売り物で小遣い稼ぎをする場所で、特段賑わうわけでもない小規模のエリア。その中で、白い煙が彼へ纏わりつくように薫り、気を取られた隙に後ろからその持ち主と思われるPLが現れる。

 

「この…エフェクトは…」

 

「おっ!お目が高いねお客さん!これね、匂いをなんとか再現しようとした商品なの!」

 

「匂い…」

 

「そうそうそう!でさ、記憶と一番直結するのは匂い!で、日常で香り高いものと言えば〜これよ!」

 

 目の前に置かれた黒い液体、これ見よがしの色とエフェクトに、横にはケーキが置かれた。

 

「コーヒー…」

 

「ご明察!ケーキとコーヒーはセットでしょ〜、香り高いものを目にすると効果も倍増!ファントムスメル!ご賞味あれ~!」

 

 勢いに乗せられたまま手に取り、それを飲む。

 

 確かに味はしないはず。しかし、相手は生身の邪神。商売する相手が悪かった。

 

 鮮明に通じて感じる香りと記憶。実装されていないものゆえに感じるものは確かには少ないが、確かにそれは彼の嗅覚を刺激する。

 

「どうですお客さん!感動的で…え!?」

 

 一筋の涙が伝う。同時に、ポップアップで表示される。新着メール1件

 

『貴方がいつも私の為に淹れてくれるお茶。凄く良い香りで好きだよ』

 

 机に並んだ紅茶とコーヒーの写真。ミルクや砂糖の数は彼女好みで、ティーカップは左利きのナイア用になっている。

 

 特別でもなんでもない、無数の日常の1幕がいつも飲んでいたものの偽物を通して刺激する。

 

「お、お客さ…?」

 

 ー美味しい紅茶だねー

 

 今にも倒れてしまいそうな重い足取り。掛けられた声も無視する。しかし、足を止められない。無意識に辿り着くいたのは。

 

「…………出店…通り……」

 

 ツクヨミ内で彼女と歩いた記憶。生身でありながら、この空間には匂いも味もない。ただ、"美味しそう"という感覚だけが支配する。そう、無意味だった。

 

「……一つ、くれないか」

 

「まいど!200ふじゅ〜ね!」

 

 不意に手に取った饅頭を頬張る。やはり雰囲気を感じるだけ。味覚などない。熱さもない。不味くも美味しくもない。なのに、舌が嗤うほど不味かった料理で、文字通りに大好きなあの食べ物が想起される。

 

 新着メール1件

 

 下手くそなオムライスの写真。

 

『貴方が好きな食べ物。こんなのが本心で好きなんて、笑っちゃう。けど…嬉しかった』

 

「なんで…なんでなんだ……」

 

 いつの間にか、彼は魔術を解いてアバターをいつもの自分の姿にしていた。魔術によって記憶が消えている数十万人。魔術に抵抗できる人物がいるかもしれないというのに、行方不明の理由を探しながらふらふらと歩いていく。

 

 88【失敗】

 

 減少値【8】

 

「何故、私に…罰をくれない……罪に殺してくれない……忘れてくれないんだ……!」

 

 次に辿り着いたのは配信の広場。日々活動する配信者や音楽系のライバー、見知った顔もいる通りで彼は足をとめる。花火大会の為に浴衣衣装のアバターが多く、和の雰囲気に沿っている。

 

 聞き耳【自動成功】

 

「ツクヨミの夜はまだまだこれから!!花火までの時間でさえ、暇になる暇なんて与えません!!」

 

「オタ公さんか…相変わらず…」

 

 バシンッ!

 

 自分の口を叩いて懐かしむ言葉をカットする。

 

 忘れるよう(忘れないように)努めた知り合いや友人達の声、カバーソングやアーカイブ等が入り混じる。

 

 届く彼ら彼女らの声が鼓膜に響き、聞きたくない思いと裏腹に両手は耳をふさごうとせず、立ち尽くしている。

 

 閉じれない紅い瞳からは涙がただ流れ続け、道行く人達の中には、それを不思議そうに眺める者もいた。

 

「今日はツクヨミの夏祭り!誰かと見たい景色、聞きたい音!届けたい言葉ァ!押し殺して秘めてるだけじゃあ始まらない!!好きな娘がいるなら誘っとけ!オタ公からのありがたいお言葉だぞ〜!」

 

「始まらない…そうだ、この物語は…始まらないことで終わりを迎えるはず。それが…彼女にとって一番…いちばん……!!」

 

 新着メール1件

 

 飛びつくようにポップアップを開く。

 

『愛してる。大好き、ずっとずっと。貴方に届けたい言葉が沢山ある、だから…』

 

「……あぁ…あぁぁぁ…!」

 

 新着メール1件

 

 崩れ落ち、涙が溢れて前が見えなくなる彼に最後のメールが届き、震える手でそれを開く。ボイスメッセージになっていたそれから、彼女の声が流れた。

 

「待ってる」

 

 呼んでしまえば、それで終わりだと分かっていた。せき止めていた自分の感情が決壊することくらい、分かりきっていた。それでも、愛しい人の名前を呼びたかった。呼ぶのを、止められなかった。

 

 

 

 

 ──芦花──

 

 

 

 

「芦花…芦花!芦花!!芦花!!!」

 

 崩れ落ち、愛おしそうに、必死に涙を流しながらひたすら名前を呼ぶ彼を、道行く人たちは興味本位に注目する。

 

「すまない…すまない、芦花…!!」

 

 ゾルンッ!

 

 魔術【無貌】

 

 肉体を黒い触手に覆われた異形へと変化させる。

 

 かつて彼女を追いかけた時を思い出すが、手段を選んでいられない彼は人間の姿をかなぐり捨てる。立ち上がって涙を拭い、残り少ない時間で行くには遠すぎる彼女のいる場所へと魔術を使い、進入禁止エリアを無視して最短で駆け出す。

 

 ざわつくそれを目撃した人たちのことなど気にもとめず、ただひたすら無貌の姿で、人の体を為さずに空中や城のデータを潜り、彼女のいるだろうあの場所へ。

 

■■(芦花)!!■■(芦花)!!!」

 

 ──はぁ…最悪、誕生日なのに──

 

 ──ねぇ…今度料理教えてよ──

 

 ──明日、一緒に何処か遊び行こ──

 

 ──サイコーじゃん──

 

 ──花丸つけてあげる──

 

 ──笑顔は最高の化粧だもん──

 

 ──笑顔の方が良いよ、可愛い──

 

 ──カッコイイよ──

 

 ──私達たった二人だけの場所──

 

 ──好き、愛してる──

 

 彼女の言葉でで埋めつくされる思考。

 

 階段を不浄の姿で駆け上がり、無貌の神が現れる。

 

 視線の先には、整えた短いコーラルピンクに紫紺の瞳。芦の花に、淡い桃色の浴衣。賽銭を投げた後なのか、彼女の周りにはキラキラとしたエフェクトが舞っている。

 

 その姿に目を奪われ呆けている彼に、彼女は笑いかける。

 

「ッ……っ…」

 

「ね、勝負しようよ。先に落ちたら負け。なんでも言うことを聞いてあげる」

 

 常人なら気が触れてしまう姿を気にもとめず、彼女は境内で立ち尽くす彼に線香花火を差し出す。静かにそれをうねる触手で受け取り、二人はあの時のようにしゃがみみ、境内で小さな花火を見つめる。

 

「あはは、キレ〜」

 

「…」

 

「この一瞬が、ずっと続けばいいのにね」

 

「……」

 

「あっ、でも貴方は過ぎ去るからこそ美しいって言うタイプだったね。まぁ、どっちでもいっか」

 

 パキパキパキッ

 

 ……ボダダッ…ボタッ…ぽたたっ…

 

「………」

 

「…泣いてるよりも、笑顔の貴方が見たいんだけどなぁ…。その紅い眼、すごく好きなんだ。いつも私だけを見ててくれるから」

 

 ただひたすら、最後の防波堤である沈黙と人ならざる姿を保っていた彼の姿は人へと戻り、嗚咽を漏らし始める。さらに、こぼれ落ちていた重い油のような黒いソレは徐々に透明な雫へと変わっていく。

 

 語りかけるだけの彼女の声が、言葉が、心を溶かす。

 

 ポトッ…

 

「あっ、落ちちゃった。私の負けかぁ…ねぇ、何して欲しい?」

 

 無邪気な、どこか妖艶さすら感じさせる彼女は前髪を耳にかけて上目遣いで問いかける。

 

 止まらない涙と嗚咽に苦しみ焼けるような熱を持った喉。罪悪感と、彼女を目の前にして痛いくらいに高鳴る心臓。

 

 絶え絶えになって、やっと紬いだ本心からくる言葉。

 

「……名前を………呼んでくれ…………」

 

 くすりと、少しだけ彼女は笑って応えた。

 

「ナイア…大好き」

 

 ヒュルルルッ……ドォンッ……!!

 

 まだ落ちていない線香花火を彼は手放した。芦花はその空いた両手を強く握る。もう二度と離さないと、彼女は強く握る。伝わる体温、聞こえてくる彼女の息遣い。

 

 笑っていた彼女はその気丈さを緩め、涙を流しながらナイアを捕まえ、同時に空へと咲く大輪の花。

 

「捕まえた、ナイア」

 

「…わ…私で…私で良いんだろうか……君と生きるのが…こんな男で…」

 

「ナイアが良い。貴方でいいなんて、他でもない貴方自身が言わないで。私にはナイアしかいないの」

 

「約束も…沢山、沢山破ってしまったのに…」

 

「全部許すよ。その代わりに、その分これから沢山約束を重ねて、全部守ってくれればいいよ」

 

「君を……閉じ込めてしまいたくなる……君が…人で……なくなってしまうかも…」

 

「…私ね、ナイアとなら永遠を生きてもいいし、今すぐに死んでもいいと思ってる」

 

 その言葉に面食らったように呆けるナイア。その表情に少しだけ彼女は怒りを見せ、頬を掴む。

 

「あんまり私をナメないでよ。ナイアの幸せは、私の幸せなの。貴方が幸せになれない世界なら、いつ逝ったって、壊れたって構わない」

 

「そっ…そんなのは駄目だ…!!君を…!」

 

「だったら!」

 

 初めて彼女はナイアに向けて声を荒げる。慣れない暴力で、彼の襟首を掴み、慣れない大きな声で、自分の意思をハッキリと伝える。

 

「私のこと、ちゃんと幸せにしてよ!!」

 

 続けて強引に重ねた唇。

 

 仮想の空間で、現実の肉体で、確かに互いの体温と心が重なる。

 

 五感全てが、確かにこの瞬間二人を繋げた。

 

 何度破れても、何度挫けても、何度すれ違っても、きっと最後に二人は世界で笑う。

 

 一目見て、惹かれてしまった黄昏に溺れた淡い紫紺の瞳。

 

 一目見て、惹かれてしまった決して黄昏にのまれぬ紅い瞳。

 

 離れ、互いに見つめ合う。溢れる芦花の涙を拭い、彼は誓う。何度も間違えた自分を恥じながら、今度こそと、強く。

 

「必ず…君を幸せにする…そう、君に誓う」

 

「私だけじゃないよ。二人で、幸せになろうよ」

 

「あぁ…約束…する…」

 

 差し出された小指。二人で童歌を歌いながら、確かな約束を交わす。

 

 何かないかと、ナイアは記憶を辿ってポケットから翠の簪を取り出す。

 

「なにそれ?」

 

「さっき…君を想って買ってしまったんだ。今はこれで我慢してくれ。必ず君に相応しいものをまた贈るが…今はこれで我慢してくれ」

 

 簪を髪に優しく添える。

 

「…ありがと…でも、我慢なんて言わないよ。これも大切な思い出だから」

 

「…君には敵わない、本当に…」

 

 カチンッ…ドォンッ…!!

 

 12時ぴったり。7月11日の時が刻まれる。

 

 勝手に決めた彼の誕生日。それを誰よりも速く、愛を込めて祝福する。

 

「ハッピー・バースデー、マイ・ディア…なんてね」

 

 静かに、確かに噛み締めたいつか彼女に贈ったその言葉。

 

「…ありがとう、芦花…」

 

 網膜の裏側に映る黄昏は、瞳を閉じても消えはしない。瞳を今一度開け、愛おしそうに彼女を見つめて手を握る。直後に打ち上がった最後の二尺玉を眺め、そう口にした。

 

「ね、ナイア」

 

「あぁ…全て戻すよ」

 

 

 余韻を残す小さな花火に交え、短い言葉を交わしてナイアは矢をつがえるように右手を伸ばし、左手の指を引く。

 

「とびきり綺麗なのを見せてね」

 

「仰せのままに…私だけのお姫様」

 

 魔術【破魔】×890619

 

 魔術【鏡合わせ】×890619

 

 魔術【虹】

 

 バシュッ!!!!

 

 虹色に輝く魔術の矢達がツクヨミの空を駆けていく。

 

 夜に輝く、上へと向かう虹の流れ星。ナイアのことを知っていた人物達へ、ツクヨミと現実の遍く人間達を魔術が貫いた。

 

「綺麗〜…!」

 

「色をつけるだけの魔術さ。さて、あの六人も戻さないとね…」

 

「一緒に戻さなかったの?」

 

「…約束は、約束だからね…」

 

 浮かない顔で、彼は扉を繋げた。




最終回じゃないよ!?最終回じゃないからね!?
まだまだ書きたいことがあるんだい!!
励みになりますので何卒応援、よろしくお願いします!
PS、普通に投稿ミスりました。この10分間早い時間には特に意味はないです(汗)
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