それではどうぞ、お楽しみを〜。
帰り際、彼らの目がやたら生温かったのが気になるがそれはこの際いい。
扉越しにノックと共に声をかけたのに返事がない。
「芦花、呼んだかな?あぁ、大丈夫。小さな声でも聞こえるようにしているよ」
「…」
「芦花?」
聞き耳【成功】
「ごめん…呼んだだけなの」
名前を呼んだだけ?何故…もう今日だけで何度目だ、この自問は。
とにかく、ただ呼ばれただけだというのは納得したが何もしないのもバツが悪い。
「…そう。芦花、水とそろそろ何か胃に入れたほうがいい。お昼時だし消化にいいものを作ろう。出来たら呼ぶから、まだ寝ていていいよ」
「うん、ごめ…じゃなくて、ありがとう」
先程の私の言葉をちゃんと汲んでいる。素直な娘だ、相も変わらず愛おしい。
「芦花、出来たよ。リビングまで来れるかい?それか、部屋に…」
言い切る前に扉を開けて芦花が現れる。流石というべきか、こんな時でもちゃんとメイクを落として整えている。
「あっ、すまない。私は部屋に戻るから、食器は置いてても…」
「え、いてくれないの…?」
〈魔性の女〜〉
〈彩葉もだけど、芦花も大概だよね〉
〈いやその…ここ飛ばさない?〉
〈〈それはダメ~〉〉
見上げるようにして私の裾を掴んでくる芦花。愛らしいのはそうなんだが、居て良いのか。本当に私に信用を置き過ぎじゃないだろうか。ますます心配が募ってしまう。机に並べた少量だが栄養の多い食事。小鳥が啄むような小さな口で食べる仕草はいくらでも見ていられるが、少し熱かっただろうか顔が赤いような気がする。
…いや、流石におかしいな。朝から変に茹だるような赤い顔と、荒い息もある。
「芦花、失礼」
「…?」
やっぱりだ、額が熱い。アルコールの酔いが冷めていないのかと思っていたが、当てられて身体が驚いたのか、風邪を引いたんだろう。
「…ナイアの手、ひんやりしてるね…」
「あぁ、血が通っていないから…すまないね、今離すよ」
こんな所で人外を感じさせてしまった。まぁ、所詮ガワだけ似せた偽物の身体。普段肌はあまり露出させていないから生活に支障はなかったが、こんな所で弊害が出るとは。
「え、冷やしてくれるんじゃないの?」
「こういう時は人肌が恋しくなるものだろう…」
「これも人肌でしょ」
「あぁ、まぁ確かに。その通りか」
いや、何が確かにだ。ガワだけで冷たいだけの偽物だぞ。納得してはいけないだろう。
さっきからやたらと私を側に置きたがるのは、やはり不安からだろうか。
「薬を飲んだら、部屋に戻って寝るんだよ。明日までに治そう」
撫でた頬を傾けて不満気に俯く彼女。体調を崩すなどありえない私には解らないが、小説で何度か読んだことがある。
「文字通り、手なら貸してあげるから。ちゃんと休むんだ」
「ほんと?」
「本当だとも。でも、元はといえば君の不注意なんだ。今日一日だけだからね」
「うん…て、何してるの?」
「五感を閉じているんだ。君との約束だからね」
ナビゲート【成功】
聞き耳【成功】
部屋まで運び、ベッドに横向ける。
思ったより高い熱で、思考も回っていないんだろう。
口数もかなり減って、すぐに目を瞑ってしまった。
額に手を当て、そのまま固定する。
何も出来ないこの状態が日暮れまで。だが、隣に彼女がいるだけ、五感を閉じて、第六感で彼女を知覚するだけ。それでも不思議と心地はいい。
この様子では、明日も体調は戻っていないだろう。
それは、私が近くにいなければの話だが。
パチンッ
12時の刻が刻まれた瞬間、彼女の額に手を当てて魔術を使い、中のウィルスを全て殺す。並の魔術では、脆い人間の身体では壊れてしまうリスクがあるが、私にとっては些事。無いなら創れば良いだけの話だ。
「本当に、世話が焼けるな君は…そこが愛おしいがね」
翌日、完全に回復した芦花は学校へ、私もバイトへ行く。
一昨日からどうにもおかしい。思考はまとまっている。理解も納得も脳にある。
なのに、身体が別に動いてしまう。
「めっずらし〜、ナイア君がミスするの初めて見たかも」
「…私自身、大分驚いています」
なんてこともあった。
芦花の事を考えていると、心配で胸が痛くなる。魔術が使えないのがもどかしい。いっそ芦花に直接言ってしまえば良いのかもしれないが、そういうわけにもいかない。
得た信用を壊してしまいかねない。
「芦花は、確かモデルのバイトか…」
なんとなく、モデルの彼女を見てみたくなった。今日は昼までで終わりだから時間はある。
撮影場所は芦花が事前に教えてくれたからすぐに向かうことができる。
家から少し遠くの公園。多くのギャラリーがいる中で、恐らく新人が中心の撮影なんだろう。
自信家な者、少し緊張している者、楽しんでいる者。
芦花はどうだろうか、目星などつけるまでもなく、彼女は一番美しいからすぐに目についた。
服はバラバラ、メインは小物だろうか、全て同じメーカーだ。
髪の揺れ、光の差し方。流石だ、才能だけに驕らない彼女の努力を、私は知っている。
…だが、その貼り付けたような笑顔だけは不安になってしまう。彼女は、私に何を隠している?
目星【成功】
「あっ…」
しまった、目が合った。戻ったら怒られてしまう。
そう思った直後、今日一番のざわめきが起こった。
「良い笑顔だねぇ!」
「もう一枚行きましょう!」
「…気づかれなかったか…?」
ともかく、これ以上は危ない。もう満足したし、帰ろう。
魔術【コガナマの瞳】
視界の端に揺れる不愉快な影。私だから気付けた悪意。
全く、彼女は底なしの悪運だな。
だからこそ、それを塗りつぶす
「モデルの子達には近づかないようにお願いしまーす」
忍び歩き【成功】
反吐が出るぞ、噛み殺したくなるほどに。
「いい趣味をしているね」
「ッ!?」
ナイフ【成功】
DEX×5【自動成功】
STR×5【自動成功】
役立たず(警備)達は無視して彼に接触してみたが、振り向きざまに便箋から獲物を取り出すとは。
「まぁ、仮に抜けても意味ないけどね、ソレ」
所詮、既存の人間の皮に入り込んで稚拙な魔術で強化しただけだろう。0から10まで私の魔力で作った身体に効くものか。
「こら、君達、そこのラインは越えちゃいけないよ」
「ぐっ…ぎぎ…」
「あぁ、すまない。つい前のめりになってしまった。移動するよ。ほら、君もだ」
魔術【消音】
STR×5【自動成功】
メショッ!
「────」
「邪魔したね」
絶叫を消し、抑えた拳を握り潰してなるべく違和感の無いようにその場を後にする。
流石に芦花にもバレてしまっただろう。帰ったら怒られそうだが、そうも言ってられない。
「大人しくしていれば、私も放っておいたものを」
「────」
「あぁ、別に弁明はいらない。興味もないし。だが、人は殺さないことにしているんだ。きっと芦花が悲しんでしまうだろうから」
魔術【シャンの退散】
ずるりと脳直下に空いた穴から掌ほどの虫を引きずり出す。
別に潰してもよかったが、メッセンジャーは必要だ。
「星に帰って知らせろ。ここは私の縄張りだ、勝手をするなら星ごと灰にする。良いな」
話す気力も無いのだろう。残っている僅かな魔力で奴は空を飛んで帰って行った。死んではないだろう彼の治癒だけ済ませ、放置でいいだろう。
「はぁ、全く」
ポタッ…ザァァッ…
不運というのはここまで重なるものか。天気予報は外れ、雨が降ってくる。芦花は今朝傘を持って出ていないし、体調も万全とは言い難い。
戻った公園では案の定、大多数が小さな東屋で雨宿りをしている。外聞を気にする彼女に、"男が迎えに来た"というのは体裁上非常によろしくないだろう。
ピロンッ
『どこにいるの?』
…やはり気づかれていたか。
公園の入り口にいて、傘を置こうとしていることを伝えたが、すぐに返信が来た。
『待ってて』
彼女はここに来るということか?それはつまり…
「あ、いた!入れて!」
あぁ、やっぱり。春の暮れとはいえ、僅かな距離とはいえ、その格好では冷えるだろうに。
濡れながら走り寄る彼女に上着を脱いで着せる。体格の差からして、充分に身体を包めるだろう。
「全く、こんなに手も冷えて…」
昨晩の反省を活かして血潮も通わせた。これで、いつでも彼女の手を包んで温めることができる。
「よし、帰って温かいココアでも入れようか」
「あっ…」
「ん、どうかしたかい?」
「い…や、なんでもない」
「芦花、もっとこちらへ。大きい傘とはいえ、濡れてしまう」
何故か笑って離れようとする彼女の身体の肩を掴んで引き寄せる。
「心配いらない。ちゃんと約束通り、バレないようにしているよ」
認識を軽く阻害する魔術を使っている。だというのに、彼女は顔を背けている。嫌がられてはいないと思うが、それにしては言動がチグハグだ。
「そういえば、今日の夜は雨の影響で冷えるらしいよ」
「そ、そうなんだ。ナイアも寝る時に身体冷やさないようにね」
「私としては君の体調の方が心配だ。まぁでも、また風邪を引いたら私が手を貸してあげよう。一晩中ね」
冷たい空気が吹く中で、彼女の顔を崩したくて少しだけからかってみた。
いつものように呆れて笑うだろうか、適当に流すだろうか、いつだったかのように慣れない荒っぽい言葉を吐くだろうか。
楽しみに反応を待っても、言葉が返ってこない。
「芦花?」
「あ、えと…ごめっ、じゃなくて、ありがとう…」
ありがとう?
「君、自分が乙女だということを理解しているのかい…?」
「…それ、ちょー失礼じゃない?」
「これ、私が悪いのか…?」
〈〈〈〈うん〉〉〉〉
〈声を揃えるな〉
〈あっ!芦花ピアス外してるじゃん!!〉
〈いつの間に…〉
〈この日の朝からで〜す〉
〈おい鈍感〉
〈おい色ボケ〉
〈そのやたら目立つ紅い目ん玉は飾りか?〉
〈すいませんでした…〉
少しむすりとした顔になってしまったが、いつもの調子に戻ってくれたように感じる。
「それで…どうだった?」
「どう…そうだな…皆、メインの小物が映えるようにしていたのかな。撮影というのを初めて見たけれど、あれが普段読む雑誌になると思うと面白いと思ったね。表情一つでも人の印象は変わるものだなと」
「そうじゃなくってっ…」
「でも、やっぱり君が一番綺麗だ。君の瞳や花のような笑顔…揺れる髪にさえ、私の目は奪われたよ」
…待て、ここまで言う必要があったのか?
いや、本心だ。悪戯心で彼女を欺くことはあっても、言葉に嘘偽りを混ぜたことはない。だが、こんなセリフではまるでチープなソープオペラじゃないか。
「すまないね、こういう言い回し、君は好きじゃ…芦花?」
俯いていても分かる。季節外れの紅葉が真っ赤な頬に染まっている。花が咲くようだと形容した笑みとは違うその綻びも、その仕草も、私が知らないものだ。
「芦花、それはどういう…」
「…知らなーいっ」
私が彼女を濡らすことは無いと分かっているんだろう。背けた顔を見せようとしない彼女は早足で進み始めた。
少し歩幅を大きくすれば良いだけだが、なんとなく暴き見るのは違う気がして、彼女の後ろから傘を差してついていくことしかできなかった。
「お詫びだ。何か食べたいものはあるかな?」
「あ、それなら料理教えてよ」
そういえばそうだったと、つい先日交わした約束だ。同時に彼女が作ってくれたオムライスも思い出して不意に笑いがこぼれてしまった。
「ねぇ!今絶対オムライス…もどきで笑ったでしょ!?」
「ふふ、すまない。思い出深くてね。許しておくれ」
「…良いよ、今日はもっと美味しいの作ってみせるから」
「それは楽しみだ。なら、私も腕によりをかけよう」
制作(料理)【決定的成功/クリティカル】
制作(料理)【致命的失敗/ファンブル】
2人で台所に立ち、手解きしつつオムライスを作っていった。芦花は決して不器用ではないし、変にアレンジを加えようという気もない。だというのに、食卓には僅かな炭の匂いとこ気味のよい野菜本来の音。
突っ伏して項垂れる芦花の姿。
「一度二度では上達しないものさ。慣れだよ慣れ」
「…どうせナイアは最初から出来たんでしょ」
「それを言われてしまうとね、どうにも弱い」
正直に言ってしまえば私に食事は不要な上、味すらどうでもいいし率先して記憶もしない。だが、どうにもこの味だけは不思議なことに一口で覚えてしまったし忘れられない。
「ククッ…ご馳走様」
「ほんっとーに変わり者…そんな焦げてるオムライスもどきの何処が良いの」
「前も言ったはずさ」
「私が作るものに価値があるってやつ?私はナイアにもっと美味しい物食べてほしいんだけど」
「ふふ、楽しみにしているよ」
「…次はもっと頑張るから」
机に項垂れる彼女の台詞にはどうにも後ろ首を引かれるものがある。
それはそうとして、
友人とツクヨミで会うらしい彼女は部屋へと戻り、私も顔合わせの時間の為、送られたURLの場所へと移動する。
「おっ、一番乗りは貴方でしたか!」
「久し振りだねぇ。"あの部屋"以来か」
「…やっぱり、夢ではないんですね」
二人だけのスタジオで、この地球上において私の正体を知る者の三人目。彼女自身、あの経験を経てなお私にこの態度とは。
どうにも、地球の女性は皆精神力が強いらしい。
心理学【成功】
と、思ったが、やはり恐怖の色はあるらしい。やっぱり芦花が例外なようだ。
「あの~…一応、本当に一応聞くんですが、あの部屋の出来事は全部事実で、貴方の正体は…」
「言うのも野暮だ。が、私は今の生が気に入っていてね。ついでに言うなら、この星の安全は保証してあげよう。永劫にね」
「"星の安全"と来ましたか。全くの規格外。その様子ですと、私がこの情報を漏らすのも許されなさそうですね」
「ハッハハ。やってみても良いよ。その結果がどうなるかは保証しないがね」
「ひっ、しません!しませんから!!」
…やっぱり、芦花とは違うな。彼女なら、"どうせしないくせに"くらい言ってくれるのに。
対面した彼女は怯えている様子を隠せていないが、まぁこれでも肝が据わっている方だ。
〈これ、オタ公が怯えてるんじゃなくてナイアの芦花以外の態度が違うんじゃないの?〉
〈ナイア君の芦花ちゃんへの態度が甘々なだけだよね〜〉
「改めて、お招き感謝するよオタ公さん。他の者もあと数分程度だろうし、私のことは極めて一般的なライバーとして見てくれ」
「り、了解しましたぁ〜…」
人の感情に触れ続けるのとで鈍感になったナイア君の様子をもう少しだけお楽しみください。