皆朝から落ち込めばいいんだ…(性格悪)
ナイア視点はおそらくあと2話程度。もうしばしのお付き合いを。
感じたことのない脱力感と幸福感で目が覚めた。
「……」
寝て起きるという当たり前を、初めて感じた気がする。
脳の機能を休ませるという行為を幾億年ぶりかに行ったが、自発的にかしたことがなかったから新鮮だ。
芦花も同じ感覚なのだろうか、昨夜は…。
「…芦花…?」
気づけなかった?魔術師が存在し、私を認識していると確定した昨日のあの出来事の後で私が油断を…ッ!
「芦花!!」
「うぉわっ!?び、びっくりした…どうかしたの?まだ焦がしてないよ?」
薄着にエプロン姿の彼女が台所に立っていた。
キョトンして目を丸くする彼女の顔。思わず膝をついてしまった私に目線を合わせて来るが…その格好は、その
無防備だ芦花。初めてあの感覚を知った私が暴走でもしたらどうする。
「いや…なんでもないんだ。ただ、初めて…眠れた気がする」
「あははっ、なにそれ。もうすぐ朝ごはん出来るよ、顔洗って、着替えてきて〜」
洗面台の前に立ち、魔術でいつものように服を作る。
「…?」
ピリピリとした痛みの正体。上半身に刻まれた"彼女の跡"。昨日味わったような不愉快さとはかけ離れた"執着"、あるいは"依存"。そう考えると、この痛みも愛せる。
まぁ、実際は初めての痛みと感覚に悶えただけなのだろうが。
〈噛み跡と引っかき傷エグ〉
〈芦花の首もけっこう跡あったね〉
〈休日にしかしないよ。コンシーラーで隠せるしね〉
〈この間撮影前に着けたくせに〉
〈あの現場は口が硬いから大丈夫だよ〉
〈そう言っていつも知らないうちにつけてるじゃん!〉
〈はいはい、痴話喧嘩は後でね〜〉
〈てか今更ながら親友のそういう話は少し複雑なんですケド〉
〈邪神を相手にしてる時点で何を今更〉
芦花はいつも私の右側に座る。ソファでも、少し前私の横で寝てた時もだ。心理学的に言えば芦花から見て左側、つまり心臓がある位置が落ち着くということなのかもしれないが、そこまで考えているようには思えないし、無意識か。というか単純に利き手が右なだけか。
そんなことを考えながら、雑誌や仕事、将来の話など、本当に何でもない時間を過す。
「そうか。結婚式か……芦花ならどんな衣装も似合うと思うが、どんな式にしたい?」
「ん〜…将来的には考えてるけど、今はもう少しこの時間を大事にしたいな」
「ふふ、そうか。まだ学生だしね。ゆっくり考えようか」
とはいいつつ、私は戸籍も無いし色々と結婚の条件もある。いくらでも改竄するのはできるが、それは最後の手段だしなるべくならやりたくない。
そして彼女は、また一つ私にプレゼントをくれるらしい。
「……私の誕生日?」
7月11日。私と出逢えったのは芦花の誕生日。ただの語呂合わせだが、私に誕生日を贈ってくれるという。
気づけば宇宙にいた私なのに、生まれた日など興味もなかった私なのに。何度君は、私に大切をプレゼントしてくれれば気が済むのだろう。
「「え?」」
思わず重ねてしまった唇。私自身意識などしていないが、そんなことは芦花の真っ赤な顔と溢れる幸福で吹き飛んでしまった。
「いや…ごめ…なんだろう…感動してしまって…?…嬉しいよ、凄く…凄く」
我ながら稚拙で単純な言葉しか出てこない。
いつもの反動からだろうか、芦花はこういう時少し意地悪だ。決まって君は無邪気で、悪戯を孕んだ笑顔を向けてくる。
「前の日の夜はツクヨミでも花火大会やるんだって、ヤチヨが言ってた。夏は…あの二人にとっても大事な日だから。私たちは私達で一緒に行こうね」
あの二人とは…あぁ、かぐや姫だったか。
一夏の向こう側にいけなかった彼女達の無念は計れない。人になると誓った今、魔術の過干渉を行うつもりは毛ほどもないが、応援くらいはしておこう。
悪いが、私も自分の幸福を追うので忙しいからな。
「むぅ…だが、まずは5日だ。君と私が出逢って3ヶ月の節目。この日だけじゃない、これから先も沢山祝うし、君に感謝を伝えるよ」
「感謝だけ〜?」
「ふふ、もちろん愛もだ」
大切な大切な、私の愛しい人。
まだ君は蕾で、この3ヶ月がなくてもきっといつか誰もが見惚れる大輪の花になっている。
だから、今君に出会えた私は世界の誰よりも幸運だ。
ありがとう、私と出会ってくれて。
──
「あ、ナイア君おつかれ~」
「お疲れ様ですナイアさん!」
「その、君達の祝福は嬉しいんだが…スタッフ全員からそんな目をされる私の身になってくれ」
「あれだけ例の大会の配信で盛り上がっといて今さらでしょ」
「そうですよ〜、先輩。大事にしてあげてくださいね!浮気とか駄目ですよ!」
「誰がするものか。それにむしろ、私自身が捨てられないように必死だよ」
「「……」」
「なぜ黙る」
「ナイア君はもうちょっと自覚した方がいいよ」
「何を?」
「…愛?」
「しているからこうなって…」
「あー、もういいもういい、お疲れ様〜。早く芦花の迎え行ってあげて」
腑に落ちない。こんなにも愛に苦しんだし幸せをもらっているのに、これ以上何を自覚しろと。
ランチタイムを終えてその場を後にし、芦花の下へ。
「ナイアちゃん!!」
うるさいなこの人。この反応からして十中八九、アレを見たんだろう、やはり帝君プロデュースなだけあってあの大会は知名度があったらしい。
「この間の撮影良かったワ〜!次はいつにしようかしら!」
「お手柔らかに。今日は芦花を迎えに来ただけだよ」
「若いっていいわね〜、大切にしなさいよ。っと、噂をすれば来たわね」
今日はなんの撮影だったんだろうか。パタパタと小さく手を振りながら駆け寄る彼女は小動物にも見まがう。
そしてこの匂い…
「ふむ…香水かな?リップの色と香りから察するにシトラス。夏らしい香りと色だ」
「ナイア、来たんだ…ぇっ?」
「アラ…!」
「やっぱり、正解だ」
重ねた唇から薫る匂いと味、そして彼女の照れ顔。
真っ赤な頬から垣間見える無言の抗議、だが君を目で追う男達への牽制代わりだ。許してくれ。
「…人前なんですけど〜…」
「私は気にしない。というわけだ、鎌田さん。今日は失礼するよ」
「えぇ、大丈夫よ。それと、あまりイジメちゃダメよ」
「心得てるとも」
帰り道、呟くようにさっきの行動を諌めるような言葉をぶつけてくる。私の目が壊れてなければ嫌がってるようには見えない。
「すまないね、芦花。君が魅力的で思わずだったんだ。許しておくれ」
「ぅ…つ、次から気をつけてくれれば…それで良いです…」
〈ちょろか〜〉
〈ちょろかですねぇ〉
〈ちょろかも可愛いよ〜!〉
〈ナイア限定だから!〉
〈……〉
〈…ナイア?〉
〈あぁいや…その…〉
〈顔青くない?ナイアどうしたん?〉
歯切れの悪い返事。暗い部屋でも分かるくらいに動悸を起こしながら青ざめるナイア。腕の中にいる芦花は察して頬を優しく撫で、真っ直ぐに紅い彼の瞳を見つめて薄く笑う。
〈大丈夫。私はここにいるから。ちゃんと貴方の腕の中。だから…見せて、全部〉
〈…君が強いことは知っている。だからこれは私が弱いせいだ。解っていても、君に失望されるのも、またあの日と同じような絶望を味わうのも、日常が突然終わるのも…全てが怖くて仕方ない〉
〈ナイ──〉
〈でもっ…君が信じてくれた私を信じると、そう決めた そして幸せになると、二人で約束した。だから…見せるよ、全て。かぐや〉
静かに呼ぶ彼の声はいつものような嗤笑混じりの声ではない。本物の憂いを帯びたような、人と理外の混じった声色にかぐやは思わず身体をこわばらせる。
〈…いいな?〉
〈…おっす!どんとこい!〉
7月5日
幸せが続くと怖くなる。
大切な3ヶ月の記念日。二人で示して早く帰り、今日を祝福したかった。
大切なこの日の為に選んだプレゼント。
想いを伝えるために整えた感情。
夕暮れの前に彼女をバイクで迎えに行った。
「大事な日だっていうから、撮影だけして帰しちゃったわよ!ほらほら、早く連絡して!浮気を疑われちゃうわ!」
電話に出ない。
バイトも終わり、今日は何もないはず。
となるとサプライズ? 残念だが、本気で脳を回した私に隠し事をできる者はいない。
私(這い寄る混沌)が、運命をも指先一つで壊せる人ならざる私(邪神)が、こんな言葉を使いたくはないが、
嫌な予感がする。
魔術【探知】
魔術【無貌】
「いた」
なぜ、こんな場所に。目の前の男は誰だ。なぜ、動かない。なぜ…魔力が抜けていくんだ。
人に近づこうとした私の腕が鈍っただけだ。
きっと私の間違いだ。
この路地裏の角を曲がれば君はいつものように──
21【成功】
減少値【45】
アイデア【成功】
一時的発狂【無し】
不定の狂気【無し】
狂気内容【無し】
「………ぁ…ぁぁぅ…?」
ズブッ
包丁が芦花の脇腹に刺さった跡、芦花の血の匂い、むせ返るほど、吐き気がするほど気色の悪い憎悪の臭い。
「まて…まって……いかないで……頼む、いかないでくれ……芦花……」
魔術【治癒】
逝かないで…待って、間に合うはずなんだ。君はまだ助かるんだ。わたっ、わたしに、願って、いつもみたいに、些細な願い事だよ?叶えてあげられるんだよ、助けてって、一言でいいんだよ!
君の一言で、こ…こんな、運命を破壊することに歯止めをかけてるいらない感情を切り捨てられるんだよ。
だから願ってくれ!!!
「ご……めん……ね……あ、りが……と…………」
…は……?
「………………芦花…………?」
ちがう、ちがうよ芦花、そんなことばをききたいんじゃないんだよ。
君は幸せになるんだ、ふうんなんてぜんぶ私がぬりつぶせるんだ。
ねがうだけでいいんだ、このせかいには芦花がひつようなんだ…
「待って……何の、謝罪なんだ、何の……感謝なんだ……私は、まだ君に……何も……なにも……」
バキンッ!!
魔術【 】
魔術【並列思考加速】
君は、きっと…駄目だって言う。そんな事したら駄目だって、怒ってくれるんだ。
私が君を連れ帰る理由が欲しい。何でも良いんだ。君に少し非があるのなら、初めて君を本気で叱ってあげられる。
もしかしたらこの男がストーカーか君を付け狙う殺人鬼なら、私の責任で、防げた事故にできるんだ。
「そこに!いたから!!!」
「………………ぁ……?…………八つ……当た……り…………?」
「あぁそうだよ!!テメェらみてぇな幸せですって面した奴が気に食わねぇ!たまたま見かけてたまたまいただけ!!分かった!?お前らが悪ぃんだよ!俺の前にきたテメェを恨めよ!!」
「……ふざ……けるな……」
八つ当たりだと…それはつまり…つまり…?
「何故……他者の幸福を祝ってやれない……!何故奪うんだ!!……まだ……彼女は……理不尽を、突き付けてきたのはお前だ……!お前を殺したって誰も……世界も…………」
殺してやる…殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる…!!
「……駄目だ……」
芦花は望まない。
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!」
私と出逢ったせいだ。
何が人間になりたいだ。
流れる血も似た色をつけたただの偽物。
胸の痛みだって脳を誤認させていただけで今初めて見て気づいたような偽物。
涙だって…人の身体から生成できなかった偽物に過ぎない…!
この感情だって…!本当に、本当に私のものなのか…?
所詮、化け物だ、怪物だ、理外の生物だ。
君に出会ってしまったのは幸運なんかじゃない。
最低の…最悪だったんだ。
〈はぁ"っ…ゔぷっ…!〉
〈ちょっ、息、息して!!〉
〈ヤチヨ止めて!〉
〈止めてる止めてる、ナイア君本当にごめん!もう終わりにしよ!?ね!?〉
芦花から離れ、口を抑えて部屋の端へ移動するナイア。
全てを完全に記憶出来る彼が、唯一忘れようと努めたトラウマを刺激されたことで電子の肉体に異常が走る。
しかし、ヤチヨの提案に首を振る。
〈君達が背負った孤独を、乗り越えたその姿を…私は尊敬している〉
〈ナイア…〉
深呼吸し、戻らない体調を見せたまま顔を上げる。側に寄り添う芦花だが、ナイアの正面にかぐやがしゃがみ込んで目線を合わせる。
〈大丈夫、大丈夫だ…〉
〈かぐや…〉
〈かぐや達、月で彩葉と芦花のことめっっちゃ自慢しあったじゃん?楽しかったことも辛かったこともぜーんぶ。でも…一番辛かった話の時だけは、目を背けて忘れようとしてるってナイアは言ってたし、かぐやには後悔してるように見えたんだよね〉
〈……〉
〈だから、やっぱり…見なきゃ駄目だよ。それに悪いことばっかりじゃないっしょ。ここで目を逸らさなかったら、明日はまた別の、今以上にスッキリしためちゃ綺麗な景色が待ってるかもじゃん?〉
〈全く…敵わん…礼を、言わせてもらうよ。かぐや〉
再びの深呼吸、ナイアは荷が下りたようにくすりと笑い、もう大丈夫だと席へ戻る。そしてかぐやはナイアの背中をバシバシと叩いて笑った。
〈同郷?のよしみ!お礼は今度のコラボ配信でいいよ〜ん!〉
〈…もう少し余韻に浸らせてくれてもいいと思うんだが〉
〈仕方ないよ、かぐやだもん〉
うぎゃぁぁぁ!!
辛いぃぃぃ!!!
書けないよぉ!ナイアの絶望はもっと深いよおお!!
はい、皆さんお待ちかね。SAN値チェックのお時間でした。
余談ですけど、芦花は付き添う恋人(妻)ですが、かぐやは一番対等に近い友人?理解者?のつもりです。