頭が痛い上に昨晩の記憶が曖昧だ。
確か…学校の人とご飯を食べに行って、お酒?お酒飲んだのかな。ナイアのことで頭いっぱいになって、一気に飲んで…。
「…あっ…!?」
ナイアの膝で私は寝ていた。
というかメイクも落としている。
「いや…そういえば私が頼んだんだった…」
だんだん記憶が戻ってきた。私はナイアになんてこと…。
顔から火が出そう。ってか、めちゃくちゃ器用な体勢で寝てるなこの人。
「……」
下から見上げると思ったより失望するなんて聞くけど、どこから見ても面が良すぎる。
いつまでも眺めていられる気さえする。
…何考えてるんだ私は。
「…ッ!?」
「お目覚めかい?随分と長考していたようだけど」
起きてたんなら声かけてよ!!
すっぴん見られた!!
飛び起きて、洗面所へ飛び込んで顔を洗う。
一刻も早く昨晩の記憶を思い出そうとして頭を回そうとすると、視界がぐるりと回った。
「あっ…」
近付いてくる地面、背けた目。しかし衝撃は来なかった。
「あっっぶなっ…!」
ナイアに抱きとめられた。それなりに距離があったのに、彼は一足で距離を縮めて私を受け止めた。よほど焦ってくれたのだろうか、魔術を使う暇もなかったんだろう。
…床がちょっと割れてるのは、今は気にしないでおく。
「芦花ァ…」
「あっ、ちょ、ごめ…」
怒りと困惑を主にして色々な感情が混ざった顔で怒られる。人外の牙と真っ赤な瞳に映った私。
特に声を荒げたりすることが無くても、ひしひしと彼の気持ちが伝わってくる。
〈彩葉の怒り方と真逆だ〜〉
〈彩葉はすーぐギャンギャン言うもんね〉
〈やかましいわ悪童ども〉
〈〈きゃ〜〉〉
魔術で台所を操作して作ったさっぱりしたフルーツジュース。最初はなんだかと思っていたその技術もすっかり見慣れたし便利そうだと思ってしまう。
「あ、美味しい」
膝の上も悪くなかった。誰かにすることは今まであったけど、されるのは本当に久し振りだった。
迷惑をかけたのに、彼は優しく微笑んで私の看病をしてくれる。
「意志を持って呟くだけでいい」
何かあったら呼べ。端的だけど、全て解決してくれる気がする言葉。
「それではよい夢を、My Dear」
いつものように小鳥のような軽いキス。しかし、いつまで経ってもその感覚が額に来なかった。
「…ナイア?」
「っ、あぁ、すまないね、おやすみ」
なんで謝るんだろう。謝罪よりもありがとうが好きなんて自分で言ってたのに、彼はすぐに謝る。
立場が立場だからだろうけど、もうとっくに私は気にしていないのに。
せめて部屋でナチュラルメイクだけでもしておこう。
なんだか変に身体が熱いし、くらくらする。二日酔いなんて縁のないものだと思っていたけどこんな感覚なんだろうか。
そんなことを思いながら、私は瞼を閉じた。
──
数十分、あるいは数時間。時間の感覚は分からないまま目が覚めた。
身体が痛い、熱いし気持ち悪い。
身体を起こす気力もないまま天井を眺めてここ数日考えていた一つの思考に沈む。
「……」
この数週間で変化したようなしないような、曖昧な生活が続いた。人生の中で数えれば100分の1にも満たないような時間のはずなのに、彼の存在は強烈だ。
言葉も、笑顔も、私に向けるあの瞳も、脳にこびりついて、好きなあの子を上書いて離れなくなってしまった。
何をするにしても、あの子と一緒だったらと思っていたのが、今では彼と一緒だったらに変わっている。
きっといつか、誰かの名前を咄嗟に呼ぶとなれば私は彼を呼んでしまう。
…最低だ。自分の中で完結する感情とはいえ、こんなに簡単に心変わる私に、誰かを好きになる資格なんてきっとない。
無いのに、無いはずなのに、求めてしまうのは酷い傲慢だろうか。
自分で問いかけたって変わらないことくらい知っている。でも、二人との関係を壊したくないし変えたくない、だから私は踏み込めない。
「…彩葉…ナイア…」
コンコンッ
扉を叩く音が聞こえた。
嘘でしょ?あんな囁き声でも聞こえるの?
魔術なのかただの超人的な五感か、どちらでもいいけどとにかく何か言い訳を…
「芦花、呼んだかな?あぁ、大丈夫。小さな声でも聞こえるようにしているよ」
「…」
「芦花?」
「ごめん…呼んだだけなの」
本当に、ただ本当に呼んだだけ。彩葉とナイア…2人の想い人の名前を呼んでみただけ。
それでも彼は理由も聞かずに、私の体調を気にかけてくれた。
「あっ、すまない。私は部屋に戻るから、食器は置いてても…」
「え、いてくれないの…?」
寂しい。人肌恋しいというか、誰かが近くに…この苦しい気持ちの正体が目の前の貴方でも、近くにいてほしい。
なんだか食欲が湧かない。いつも美味しい彼の手料理だが、手が伸びない。ふわふわとした意識を冷ますように、彼の冷たい掌が私の額に触れた。
ひんやりとして気持ちがいい。
人の温もりではない、ナイアの優しさの温かさを感じる。
「文字通り、手なら貸してあげるから。ちゃんと休むんだ」
「ほんと?」
「本当だとも。でも、元はといえば君の不注意なんだ。今日一日だけだからね」
「うん…て、何してるの?」
「五感を閉じているんだ。君との約束だからね」
部屋には入るなというあの言葉を律儀に守っている。
五感を閉じるとかいうちょっと抜け穴的な方法だけれど、それでも問題なく私を部屋へ運んでくれた。
熱で思考が回ってないとか、人肌恋しくなってるだけとかかもしれない。
そうじゃないことくらい、知っているけど。
「おやすみ…」
────
あの時から丸一日、泥のように眠ってしまった。
起きても彼は変わらず手を額に当てたまま隣にいた。
体調はすっかり回復し、ナイアは部屋から出て今は朝食を作っている。
私は…こんなことしかできないけど、自己満足だし、気付いてほしいとも、欲しくないとも思ってるけど。
片耳だけのピアスを外した。
「おはよう、ナイア」
「おはよう。体調は大丈夫かい?どこか悪いところは?」
いつも些細なことに気づく彼だけど、ピアスに関しては何も言ってくれない。というか…意味を知らないのか。
ドキドキして損した。
「大丈夫…昨日一昨日はありがと。今日は撮影でちょっと遅くなるけど、心配いらないから」
「あぁ、分かったよ。くれぐれも身体は気を付けて。君は病み上がりなんだからね」
「分かってるって」
いつものような会話。学校も普通。
特筆して変わるようなこともなし。ピアスの有無で気持ちも切り替えたものだと思ってたけど、現実はそうではない。
「はぁ…やっぱりそう簡単には変わらないかぁ…」
「綾紬さーん、撮影始めますよ〜」
「あっ、はい。今行きます!」
公園での撮影。噂に寄ると、この撮影で次の雑誌の表紙が決まるとか。好きな小物を取って自分の服装と合わせるシンプルなものだが、場所も相まって見物が多い。
私はシンプルなハンドバックで撮影に望んだ。
「撮りま〜す!」
切られるシャッターの音。揺れる若草や心地良い日差し。笑顔を作るのは慣れているけど、この笑顔は自分で知っている、嘘の笑顔。
もしここに、ナイアがいてくれたら私はもっと──
目星【成功】
「あっ…」
いた。なんで?どうして?来ちゃ駄目だとは言ってないけど、なんで貴方がここにいるの?
同じ疑問が一気に湧いて出るけど、それを置き去りにして私の感情と思いは一つ。
嬉しい。もっと貴方に見てほしい。
「良い笑顔だねぇ!」
「もう一枚行きましょう!」
「はい!」
上手く笑えた。
──
私の番が少しだけ長引いて撮影は終わった。夕立だろうか、激しく降る雨で立ち往生する同僚たち。
「…まだいたりして」
試しに連絡してみると、あっさりと繋がって公園の入口にいるらしい。
駆け寄って、傘に入る。
「あははっ、雨降るなんて予報──」
ファサッ…
二回りほど大きい彼の上着が不意に私を覆った。
この間とは違う、血の通った温かい手が私の手を包んで温める。
顔から火がでそうなほど、こんなことをさらっとできるこの男が恨めしい。
私はこんなにも悶々としているのに。
「あっ…」
離れてしまった彼の手を追いかけるものの、その手を止める理由が思いつかない。
話を変えようと、さっきのことを聞いてみる。
「それで…どうだった?」
「どう…そうだな…皆、メインの小物が映えるようにしていたのかな。撮影というのを初めて見たけれど、あれが普段読む雑誌になると思うと面白いと思ったね。表情一つでも人の印象は変わるものだなと」
他の人のことなんて聞いてない。
「そうじゃなくってっ…」
「でも、やっぱり君が一番綺麗だ。君の瞳や花のような笑顔…揺れる髪にさえ、私の目は奪われたよ」
……そこまで言えとは言ってない。
茹だるような頬の熱さ。冷たい外気温とは真反対に、私の体温は上がっている。
本当に、どこまでも…もう好きが溢れてしまう。
同時に心に抱くこの不安で潰れてしまいそう。
きっと肩は濡れないと分かっているから、この気持ちを振り切って私は駆け出した。
数日の後、連絡が来た。
あの時の撮影で私に雑誌の編集者からオファーが来た。
事務所は新しめなものの、編集長兼メイクアップの方が凄腕で、優秀な人材を発掘しているんだとか。
結構クセが強い人ではあったけど、敏腕なのは間違いないと思う。
──
「アタシね!芦花ちゃんの笑顔見てビビッと来たのよ〜!」
「え、笑顔…ですか?」
「はい、あの時の撮影…後半のあの顔に皆さん魅了されたんですよ。こぞって色んな雑誌が貴方を引き抜きたいと相談したんですが、うちが勝ちました」
「でも不思議なのよね〜。ちょっと気にするかもだけど、芦花ちゃん途中まで頑張って笑おうとしてるように見えたんだけど、あの瞬間に笑顔が変わったの。なんでか聞いていいかしら?」
あの瞬間というのには心当たりがある。
鎌田さんの洞察力が凄いのか、よっぽど私が分かりやすいのか。
「あ…えと…その…っ」
「アラ!?アラアラアラ!もしかして〜!?」
「…余計なお世話かもしれませんが、うちは特に禁止してませんよ。事務所がその辺も守ります」
「そうよ!恋する乙女ほど綺麗な子なんていないもの!」
「そ、そういうんじゃないっ…訳じゃないような…そのような…」
「んふふ、その気持ち、大切にしてね。きっと貴方を花開かせてくれるから」
──
「芦花?」
「あっ、ごめん。なんだっけ」
「ああいや、大した話じゃないから良いんだよ。疲れているのかい?最近忙しいみたいだね。この間も学校の予定を忘れていたし」
「う…忙しいのはそうなんだけど、あれはうっかりっていうか…」
正直ナイアのせいだし。
普段ならあんなミスはしない。というか、最近はナイアに心を乱されっぱなしだ。
溜息をつきながら台所で夕ご飯を作っていると、取ろうとした調味料に手が届かないのを察したナイアが不意に背後に現れた。
「おっと、取りたいのはこれかい?」
「あ、ありがと。うん、あとついでにそれも」
「これだね。随分と料理が上手になったね」
「あ〜、つまみ食いしないでよ」
「ふふ、すまない。テーブルで待っているよ」
不意に見せる、いつもの意地悪を孕んだ笑顔じゃない、自然の、素の笑顔。それが最近になって増えている気がする。それを見た私の顔も綻んでいる自覚はある。
「芦花、明日の土曜は休みかい?」
「うん。家にいると思うけど」
「この間、"忠犬オタ公"さんにコラボを持ちかけられて生配信をするんだ」
ナイアは本当に理外の生命体の割に人間に馴染んでいる。オタ公さんとのコラボなんてトップライバーへの階段を一気に駆け上がるようなものだ。
「へー…私なんだかんだナイアの配信見たことないし、折角だから行こうかな」
これは半分嘘。見たことないんじゃない。見ないようにしている。私の知らない彼を見るのが、なんだか怖くて、私以外にそういう言葉を向けているのが、なんだか悔しくて。
バイトでの嫉妬の目線や、学校での期待に、最近増えた告白の類。
忙しいのもあるけど、最近はそれに疲れている。
そんな時、彼の声と笑顔はとても落ち着く。
だから、このひとときが、とても大切になっている。
「仕事とか、バイトとかでちょっとだけね、嫌なこととか苦手な人もいるわけ。そういう時に、ナイアの声とご飯は落ち着くんだよね〜…」
何を言っている。彼が楽しみにしている会話に余計な気持ちと負の感情を出すのは違う。
「あ、な、な~んて……」
信用【成功】
「…芦花、誰かに弱みを見せることは恥ではない。嫌いなものは嫌い、好きなものは好き。そう、ハッキリと折り合いをつけるのは優しい君には難しいかもしれない。でも、言葉にしなければ苦しさや辛さは心に堆積していく…言ったろう、私は君だけの神様だと。遠慮なく話してくれていいし、頼ってくれていいんだ」
目の奥がじんわりと熱を持つのが分かる。
ナイアはきっと、私のことをそんな目で見ていないし、私じゃなくても、同じ言葉を投げかけるんだろう。
たまたまあの時私がいたから、都合が良かったから。
そんなことは理解してるのに、どうしようもなく、貴方の言葉が脳に響く。
「あーもう、スパダリすぎ〜……離れられなくなったらどうしてくれんの?」
「良いじゃないか。君に拒絶されない限り、私は黙って出ていかない。約束だ」
「指切りって……変なところで子供っぽーい」
涙を見せないようにテーブルに突っ伏して冗談を仄めかす。でも、それすら拒絶も嘲笑もせずに受け止めてくれる。
本当に、離れられなくなってしまったら責任を取ってくれるのだろうか。
そんなことを考えながら、私は彼との約束の指を切った。
まだまだ投稿していきますよ〜!
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