ナイアとの関係が同居人から、恋人に変わった。
それ自体は望んでたことだし、凄く嬉しいことなんだけど。
色々と過程を飛ばして同棲まで来てるから、特に今までと変わることはない。
そう、思っていたのに。
「芦花、なんでそんなに距離をとろうとするんだい?」
「なんでって…!き、距離感がおかしいから!!」
本当に嫌ってわけじゃないんだけど、今までのつかず離れずの距離が、一気に0になった。
ソファを買って、向かい合わせのお茶の時間が隣り合わせに、朝は必ず額へのキスから始まって…要するに、彼が抑えていた、私への好意が溢れ出てるせいで、距離感がバグってる。
「愛する人とくっついていたいと思うのは自然のことだと思うが…」
「そっ、そうかもだけど、いきなりこれは風邪引くって」
「そうしたらまた一日中看病してあげるよ」
「そういう意味じゃない!」
肩に回された手がその場に留まることを強制してくる。
痛くはないけど、完全に止まっているせいで全く動かない。
「なんで動かないの〜…!!」
心底楽しそうにその様子をケラケラ笑っている彼の顔。
素の笑顔とも作り物とも違う人をからかう時の、そう、邪神の顔。
「まぁ、そこまで言われたら仕方ない。急な態度の変化に戸惑う気持ちも分かる」
手を離してわずかな距離を開けて手をひらひらとさせて嗤う彼。
優しさと悪戯が同居したその顔に私は弱い。
「ただ、あんまりゆっくりしていると、無理矢理この手に閉じ込めてしまうからね芦…んぐっ?」
「閉じ込められるならもっと広い檻がいいな」
顔を近づけて紅い瞳を開く彼。
もはやこれは癖なんだろうけど、たまにみせるその人外の言葉。半分冗談なのも知ってるし、仮に本気でも構わない。
「……はぁ…君は本当に…」
──
「芦花ちゃん、何か良いことあったの?」
「えっ、な、なんでですか?」
鎌田さんのオファーから撮影が増えて、今日も雑誌の特集の1ページを切り取っていた。
その終わり際。この人は相変わらず突然で、それでいて核心を突いてくる。
「え、えっと、実は…その…」
「あ~ら…なるほどねぇん。おめでとうで良いのかしら?」
「えっ?」
突然、私の視界が上向いた。頬を撫でられ、眼前に広がったのは彼の顔。
「や、迎えに来たよ」
「ナイア!?」
「やぁねぇ、独占欲丸出し。モテないわよ〜」
「問題無いよ。芦花以外に興味は無いからね」
「えと、その…そういうことです…」
鎌田さんには何故か心を許しているというか、ナイアは結構雑に接してる気がする。勝手なことはしないしするとしても巧妙に理由を作ってからするのに、鎌田さんがいる時だと突然来る。
「今日はバイトが早く終わったんだ。一緒に帰ろう」
「ナイアちゃんこっちのバイトは入らないの?」
「あれ、本気だったのかい?」
「当たり前よぉ。これ来週の予定。丸がついてる時にアタシいるからいらっしゃいな」
「…まぁ、気が向けば。それではこれで失礼するよ」
肩に手を回していつものエスコート。気恥ずかしいけど嬉しい。特に関係がはっきりしていると尚更。
「って、雨降ってたの?だから来たんだ」
「たとえ雨が降っていなくても迎えに行くよ。君が呼べばいつでも、望めば何処へでも」
「ずるい…」
期待通りの期待以上の言葉。むずがゆくなるくらいキザで、でも本心の言葉が心から嬉しい。
「今日の夕飯はどうしようか、何が食べたい?」
「ん〜…あ、ナイアの作ったオムライス食べてみたい」
「あぁ、確かに。作ったことなかったね」
家に帰って、お互いに作りあって食卓にならんだ2つのオムライス。
「ぐっ…やっぱり凄い美味しい…」
結局、ナイアの愉快そうな笑い声が部屋に残っただけだった。
──
「いよいよ明日だねぇ」
「うん。かなり頑張ったし、何より真実がすっごいやる気なんだよね。いつもなら横に並ぶなんて〜って遠慮するのに、運が絡まない実力勝負なら話は別みたい」
ナイアは器用にパソコンを片手で弄りながら並行して私がイメージしたモデリングを紙に写している。
脳内のイメージを抽出する魔術らしい。
「ふむ…こんな感じかな」
「完璧にイメージ通り…今さらだけど、これで応援するの?」
「巷では"推し"を応援するために、イメージカラーや概念?グッズなどを身につけるんだろう?私もそれに倣おうと思ってね。ほら、これなんて改心の出来だ」
全身に身につけてまで応援するのはいわゆるオタクだけど、現実で彼が来ても何故か特有の感じがしない。彩葉はよくヤチヨに対してはふにゃふにゃになる。彼からすれば私達がそういう感じなのかも。
「ま…いっか。あ、彩葉はいろPだからそこは直さないと」
「おっと、そうだったね。当日私は力になれないから、頑張っておいで」
──
そうやってグッズを作って準備万端で挑んだ当日。
ヤチヨと黒鬼達、オタ公さんと乙事照琴さん。
いつものメンバーで特に大きな問題はないまま大会は続いていった。
今、この瞬間までは。
『この対決に俺が勝ったら!結婚を前提にお付き合いしてくださぁぁい!!!!』
いや、無理。本当に無理。
というか、ここでそんな話を全国放送しないでほしい。
『んなこと許すわけぇ!!』
『ないでしょぉぉがぁぁ!!』
呆気にとられたのも束の間、二人は武器を抜いて阿久魔に殴りかかる。
感情が先行した二人の一撃を受け止めて飛び退いて、インベントリから取り出した薔薇の花束を差し出してくる。
でも、それを"彼"が許すわけないことくらい、予想できていた。
鋭い金属音と共に、一本の銀の剣が花束を破壊して舞い散り、私の視界は真っ赤に染まる。空を割って現れ、着地と同時に私を強引に抱き寄せた。いつもとアバターが違うのはいわゆる戦闘モード?わざわざ作り直すわけないし、"生身"でこの世界に侵入したんだろう。
「なっ、ナイアさん!?なんでアンタが…!」
「黙れ。今すぐその腸を引きずり出して使い魔に食わせ、下賤な脳髄は私が直接喰らってやる」
言い過ぎ言い過ぎ。
ナイアの沸点が分かんないけどいちゃつく、多分かなり怒ってるし武器も全部引っ込めて貰わないとこの人死んじゃう。
「うん、ナイアは笑顔の方が良いよ、可愛い」
「…君には…カッコいいと思われたい……」
「はいはい、かっこいいかっこいい」
「おーい、私ら放っていちゃつくな〜」
もうこの際バレるのは仕方ない。別に隠してないしガチ恋営業とかしてないからいい。それよりナイアを鎮めることの方が大事。下手すればここにログインしてる人全員おかしくなっちゃうし。
『っ!そういうことか…!!理解したぜ!心で!!っしゃあ!勝負だナイアぁ!!俺が勝ったらROKAたんを返してもらうからなぁ!!』
返すも何も貴方のものじゃありませんが。
「…返すも何も、君のじゃない」
この後はヤチヨが割って入り、戦術の変更と劇的な意味で真実が抜けてナイアが参加することになった。
ナイアKASSENを見たことないけど、率直に。
「「「…え、弱っ」」」
思わず声が漏れた。
だって奇術師なのに何故か物理に特化してるし、使いにくいウルトと隠密瞬歩の構成。
それを、楽しそうだからと選択する迷いのなさ。
仮に負けても私はナイアから離れるつもりはないけど、やっぱり勝ってほしい。
相手は黒鬼に迫るレベルのプロゲーマーだけど、経験値ほぼ0のナイアがどこまで迫れるか。
『両者準備が整ったようです!それではRANNSEN帝with、ROKA姫争奪決勝KASSEN!スタートだぁぁぁ!!!!』
お姫様なんて柄じゃないんだけど、ナイアがいつも私をそう表現するからすんなり受け入れてしまった。
私と彩葉、ナイアで別れる。
この作戦の肝は相手とこっちの単騎の強さによる。向こうはユーゴさん、こっちはナイア。
時間稼ぎがどこまで続けられるか。
「芦花、援護おねがい!」
「オッケ〜、いくよ!」
ユーゴさんは狙撃手。私と彩葉は二人揃わないと突破力に欠ける上、自力での回復手段がない彩葉が狙い撃ちされている。
でも、これでも毎日練習してたんだから、負けるわけには行かない。
双剣【成功】
ダメージ【2D6=11】
11HIT!!
SG【成功】
ダメージ【3D6=17】
17HIT!!
『いろP&ROKA、ユーゴを撃破ぁぁ!!勝利へ先に駒を進めたのはフォックステイルだぁぁ!』
数分の攻防。彩葉の連撃が引き金になって合わせて撃破。櫓が落ちる。
ナイアの時間稼ぎは上手くいったようで、一安心。
「あとは天守閣まで一気に…え、ナイア残るの!?」
「なんで!?」
「問題無い、二人で充分に突破できるよ。少々大人気ないが、仮にも彼はこの這い寄る混沌へ」
セオリー通りなら3人で天守閣へ向かう筈のところを、無視して残る。
そしてその判断は正しかった。
一瞬にして三タテ。オタ公さんの実況を聞いてて分かったのは、多分ナイアは全然本気じゃない。
勝つことを前提として動いてるような気がする。
「まぁ、そりゃそうだよね」
基礎的なスペックに違いがありすぎるんだと思う。反射神経や計算能力も桁違いだし、本当に遊びの範疇。ただ怒ってるからルール内で暴れてる。
「芦花、ナイア君の手綱ちゃんと握っててよ」
彩葉も気付いてるし、多分真実も。
でも、別に縛るつもりはないけど。
『さぁ続く2戦目!!このままストレートで終わってしまうのか!?それとも華麗な大逆転を見せるのかチェインロッカーズ!目が離せないぞー!!』
解説実況が進む中、対策され始めたことで僅かに攻めが滞る。ナイアもリアルでは隣でだんだんと声を漏らして嗤いはじめたし、苦戦してる、だと思う。
助けに行くべきか、なんてことを彩葉と話し合っていたら、全体のVCが展開された。
『芦花は芦花だ。天使などという別物の傀儡に例える時点で、君には彼女が見えていない』
彼の目には、私は私なんだと。私から見た彼も、ナイアはナイアだって分かってる。
それを当たり前に、綾紬芦花を見てくれている。
知っていて、分かっていることなのに、それがたまらなく嬉しい。
『じゃあテメェはROKAたんの何を見てんだよ!!』
『……デートで食事を共にした際の、黄昏を映す宝石のような瞳。小さな花火を見た時の無邪気な笑顔、ご飯を作るのを失敗した時の気まずそうな困り顔や、寝起きのぽやっとした表情…あ、これ言ってもいいのか?』
「ちょっ、芦花!前々!ミニオンいるから!?」
「ナイア!!なんで言っちゃうの!?」
駄目だ、顔があげられない。なんでツクヨミにも赤面するような感覚が実装されているんだろう。
リアルで行き場のない気恥ずかしさを彼にぶつけてみるけど、要するに嫉妬したから許してだって。
「…心配しなくても、私はナイアから離れてなんていかないから」
我ながら気恥ずかしい言葉。熱くなるのも、誰かに嫉妬するのも、今を変えたくないのも。この胸の高鳴りも…きっと全部ナイアのせい。
「責任、取ってもらうから…!」
SG【成功】
ダメージ【3D6=12】
12HIT!!
『おぉっと!?ROKAが向き直って一転攻勢!今までと動きが大きく変わったぞ!?』
「救難信号!いろP〜!」
「オッケー、行って!」
「だぁっ!リーダー、ボイチャ切ってんじゃねぇ!!」
ライドでナイアの元まで走る。彼の救難信号は"助けて"じゃない。きっと、"魅せる"合図だから。
ナイアの考えてること、お見通しだから。
「使ったな!!殺った!!」
ウルト発動【必中】
スキル発動【BD+1】
SG【成功】
ダメージ【4D6=17】
17HIT!!
「ROKA…たんっ…!?」
「ナイア!」
「流石だよ、芦花」
二人の勝利っていうのかな。
とにかく胸いっぱいで、頼ってくれたのもそうだけど、通じ合った。っていう感覚があった。
現実で重ねた手の温もり。
だったのに、一瞬でそれが消えた。
思わず目を開けると、そこに彼の姿は無かった。スマコンと、イヤホンだけ残して消えていた。
「ナイア!?」
「喚ばれた……?ッ!芦花、抱えるよ」
静かに、でも確実に。
ツクヨミで吹き飛んだ彼の腕は、私に虚構の現実を見せた。
人間と同じ赤い血液、言葉には決して出さないけど痛いはず。
ユーゴさんが魔術師を名乗り、ナイアは見たことのない表情を向けていた。
「芦花、天守閣へ向かっている酒寄さんを援護してくれ。大将落としを打ち込めば終わりだ。コイツは私が引き受けよう」
「そんな…チート使ってるんだから中止なんじゃないの?それにその腕…強がってるけど、ここにいるってことは、ナイアは痛いんでしょ?無理しないでよ……」
「君の前なんだ、格好付けさせてくれ。それに、彼等には聞きたいことがある」
「……なら、約束して。無理だけはしないで。何かあったら迷わず逃げて」
差し出した小指。迷わず重ねられたいつもと反対の小指。童歌はないものの、これは私達の"約束"。
続けて薬指を啄むようなキス。絶対応えてくれるはず。
そう信じて、私は天守閣へ向かった。
でも、どうしても心配が勝る。
文字通りに全てを掌握する彼を閉じ込めて、予想外を形にした人だ。ナイアも世界に絶対はないって言っていた。
「……ごめん、ナイア」
感情が先行した。普段の私ならもっと慎重だったと思う。少しだけ様子を見るとか、ヤチヨへ合図を送るとか。
遠目で彼が血を吐いてるのを見た瞬間、頭が真っ白になった。
「ナイア!逃げて!!」
「ロ"ァ"グぅ゙ア"!!」
あぁ、やってしまった。後悔はいつだって既に遅い。
目の前で使い魔がバラバラにされる。
ナイアが膝をついて血を流している。
私みたいな、ただの人間じゃ手に負えない。
「あっ…」
閉じた瞳。いくら待てど私への何かはやってこない。
代わりに目の前に広がったのは、壊れてしまった彼の姿。
理解が追いつかない。無敵の邪神が、私だけの神様が、やめて、置いてかないで、まだ何もあなたに
「返せてない…」
バキィンッ!!
「見つけた」
鏡が割れたような、私の日常と世界が壊れる音。
目を覆われ、聞こえてくるのは静かで淡々とした彼の怒り。
抱きしめられて、聞こえる彼の鼓動。さっきまで失うかもしれなかった大切な音。
「…すまない、怖かったね。私はここにいるよ。君を危険な目に…」
そんなことはどうでもいい。何かを恐れる心なんてとっくにない。
あるのは、あなたを失うかもしれない、いいようのない不安感。
「ナイアが……死んじゃうかもって……思ったぁ……」
「?…ふッ…クッククク…アハハハ!!」
「なんで笑うの!?本気なんだけど!!」
「…大丈夫。いつでも私がついてるよ。君だけの神様と、そう約束したのだから」
約束はした。でも…それが絶対かなんて誰にも分からない。だって、貴方でさえ、私と今この関係になることが分からなかったんだから。
その後は、すぐに皆にナイアの正体を明かした。
当然といえば当然。
勇気がいることだったし、理解なんて難しい。
でも、受け入れてもらえた。
私の世界に、彼はいていいんだって認めてもらえた。
それでも、不安は拭えない。
いつかふらっと消えてしまいそうな彼を、繋ぎ止めたかった。
「ね、ナイア。今日は一緒に寝ようよ」
「…………ッ!?な、え、なんっ……」
いつにない動揺。勇気を振り絞ったお誘い。
いつも強がりを見せる彼には甘えてほしいし、私もこれからも貴方に縋るから。
少しの会話を重ねて、体を重ねて、手を握る。
「…良いよ」
愛して、この魂の髄まで。
次回、芦花視点完結&重大発表!
ご期待ください!