本編、超ハッピーエンド!の、前日譚になります。
月面。重力約6/1。平均温度−270℃、音を伝える物質が無く、見渡す限りの暗黒。
そこに、二人の人間が生身で降り立つ、異質な光景。
正確には一人と、一柱。
「う、うわ…本当に宇宙だ…!」
「相も変わらず退屈な場所だなここは」
溜息をつくナイアと、魔術で保護され地球と変わらずに活動できる彩葉は興味深そうに月の石や月から見た地球の壮大さに目を輝かせる。
「うわっ、身体軽っ」
「おっと、どこかに飛んでいかないでくれよ」
かぐやが月へ帰り5年。義体は多額の出資や彩葉本人の頭脳と努力によって完成した。
しかし、ただ一つの問題。本物のかぐや姫の魂だけがない。ヤチヨの人格を分裂させ、コピーすれば可能な話だが、それはどこまでいっても八千年を生きたかぐやであり、かぐやじゃない。その輪廻を、曖昧さを、全て崩しうる最大の一手。
這い寄る混沌が手を貸した。
人間を遥かに凌駕し、未来さえほぼ完璧に予知する彼の頭脳で出した10年という予想を裏切り、半分の時間で義体を完成させた叡智、酒寄彩葉に敬意を示した。
「さて、まずはおめでとう。前人未到のほぼ完璧な義体開発者、酒寄彩葉所長。私も鼻が高い」
「あ、ありがとう。ナイア君も出資とかプログラムとか…本当に助かったよ」
「そしてそれだけでなく…開発と並行してたった2年で、この魔術を習得したこと。この宇宙の這い寄る混沌から最大の敬意と、賛辞を」
パチンッ
音の響かない空間で、"音そのもの"がファンファーレとして彩葉の脳内に響き渡る。
「ここから先は、君達の竹取物語の"続き"だ。これ以上私は手を貸さない。応援しているよ、頑張って」
「うん…!本当にありがとう。じゃあ、行ってくる!」
事前に自らの血液で描いた冒涜的な魔法陣の布を噛みながら彩葉が人ならざる言葉を独自の方法で紡ぐ。
手を貸さないと言いつつ、ナイアは彩葉にバレないように絶えずそれを外側から補填する。
そして現れる、仮称"月都"への入り口。
自らの身体を電子化し、彼女は足を踏み入れた。
パシュンッ
月面へ一人残されたナイアはその場の適当な岩場に腰掛け、目を瞑って彼女の様子を監視する。
「うん、問題ないな」
──
七色と白黒、無色が入り交じるトンネルを通り、自分の存在が曖昧になってしまうほどに狂気な空間。
しかし、超人彩葉。八千年を一晩で追体験し尚無傷の彼女に、それらは効かない。
「ここが月…って、ツクヨミのアバター?なんで…?」
ツクヨミで使用している狐を模した彩葉のアバター。武器も背負っている。しかし変わらないのは、腕につけたかぐやからの贈り物。
「まぁいいや、行こう…えっ?」
歩けども歩けどもドットのようなリアルのような、視覚が情報を逐一塗り替える空間。敵対されるかと思われていたのに、過去に見たどれもの敵達が彼女を攻撃しない。それどころか、まるで彩葉を迎えるように道の端へ寄っていく。
「え、えと…その…」
その光景に唖然と立ち尽くしていると、かぐやを連れ去った大きな菩薩のような月人が目の前に現れ、深く腰を折る。
「■■■■■■」
「うゎっ!?なんで意味解るの!?」
慌てふためく彩葉を置き、背を向けた月人は独特の歩法で進み始めた。
先ほどの言葉は意味にすると"ついてこい"。
「■■■■」
「待ってた…?な、なんでですか?」
「■■■■■■」
「ナイア君、昔来てたんだ。大丈夫でした?暴れたりしました?」
「■■■」
「あぁ…まぁ…心中お察しします…」
「…■■■■」
「…そうです。貴方たちの事情も知っていますし、そんな単純な問題じゃない。私は…貴方たちの大切な姫を、攫いに来ました」
橋をわたり、扉をくぐり、階段を登り、だんだんと城の姿が顕著になっていく。
そして月人の問いに、強く、彩葉は確固たる意志で握る拳に力を込め、武器をいつでも抜けるようにしながら宣告する。
「…■■■■」
「えっ?」
ぽひゅんっ
間の抜けた音。同時に桜の花びらが舞い散った。あの時かぐやをさらった月人達。憎らしい恨めしいとさえ呪った者達が、彩葉を祝福する。
バサリと、先導していた菩薩のような月人が扇子を広げて微笑んだ。
「天晴…?」
書かれている日本語を口にした時、月人が大きな身体を翻した。
その先にいたのは元弱竹の、最愛のかぐや姫。
机にかじりつき、巻物にひたすら文字のようなプログラムのようなものを書き続けている彼女の姿。
人間のような仕草で、月人は呼びかける。
「■■■■」
「あ"~待ってって!忙しいから!!つか客人なんてここに来るわ…け…」
目が合った、それだけだった。
最初は笑顔で。そう決めていたのに、止まらなかった。
「かぐや!!」
「いろは!!」
かぐやは立ち上がって駆け出して、彩葉はそれを受け止めて、二人は5年分の想いを互いに移し合う。
寂しさを、無力さを、会いたいと願った努力を、この時間で埋めるように。強く抱き合い、互いに名前を呼び合う。
どうやって、なんで、そんな全ての疑問を置き去りに、ずっと伝えたかった言葉を、二人は声を揃えて届ける。
「「大好き。やっと会えた…!!」」
その光景を盗み見るのは無粋だと、ナイアは視覚をとじ、月人も静かに消える。
「話したいこといっぱいあるんだけどさ…まずは帰ろう?私達の家に」
「うんっ…あっ、やばっ。でもかぐや地球の身体ないよ?あの機械も作ってないし…」
「心配ご無用。向こうで人間に限りなく近い義体を作ってあるから。アンタを連れてくだけ!」
「どうやって!?」
「ん〜、魔法?」
彩葉がわざとらしく疑問符をつけて応えた瞬間、月の戦力が二人を捕らえようと部屋の外から侵入し始める。
「■■■■!」
「■■■!」
「えぇっ!?さっき祝ってくれたのに!!?」
「ちょっ、やばっ、どすんの!?」
「「……逃げる!!」」
彩葉とかぐやは立ち上がり、とにかく追っ手から逃げだした。
取り残された菩薩型の月人、その横には彼がいた。
「お優しいことだ。月の頭脳とも呼べる彼女を失うわけにはいかず、必死に追いかけたが逃げられた。そしてその裏には私がいた。その方が体裁が整う上、言い訳もできる」
「…■■、■■■」
「それはもちろん。まぁ、多少手は貸したが。ほぼ彼女の努力の賜物だ、見届けてやれ。そして約束通りに代わりは用意した。あんな気まぐれ姫よりもよっぽど働く私の下僕だ。好きに使ってくれて構わない」
「■■■■。■■■」
「地上に墜ちて感情という、醜く美しいものを彼女は知ってしまったんだろう」
「■■■■■」
「くくっ…確かに、私が思うより人の世界は醜いもので溢れているかもしれない。だが、君が思うより世界は美しいもので溢れているぞ」
「……■■■■■■■■」
「まだ、ただのナイアで、脚本家兼邪神だ。それではさらば。また会うその時まで、ごきげんよう」
──
「ねー彩葉〜!!どこまで行くの〜!?」
「わっかるわけないでしょ!アンタここに住んでんだから隠し扉の一つくらい知らないわけ!?」
「知らね〜!!かぐやずっと真面目に仕事してたもん!!」
ぎゃーぎゃーと騒ぎながら決して離れることなく二人は城を駆け上がっていく。
ついに追い詰められた天守閣(のような場所)で、二人は意を決する。
「飛ぶよ!!」
「マジで!?彩葉もしかしまた寝てないの!?」
「大丈夫だから行くよ!1.2の…!」
「無理無理無理無理!かぐやまだ死にたくなっ──」 「さぁぁん!!」
かぐやの否定を振り切り、彩葉はかぐやを持ち上げて飛んだ。
「うぎゃぁぁぁあああ!!!」
「ぎゃあああああ!!!」
「全く…君達、もう少し女性らしい悲鳴をあげたらどうだい?」
バサァッ…!!
コウモリのような皮膜の張った翼を広げ、二人の身の丈を越してなお余りある巨大な体躯の鳥が落ち行く二人をキャッチする。
「い、生きてる…ってか誰!?」
「死ぬかと思った…てか、ナイア君、結局来たのね」
「まぁ、後は帰るだけだしね。二人共、離れないで」
記憶のないかぐやは突如現れた紅目の男と巨大な鳥に宇宙へと連れて行かれる。
「私達の姿は地球からは観測できない。日本はまだ夜明け前だしね。少し遠回りしよう」
「…ね〜彩葉、この人誰?なんてーか…怖いんだけど」
「ククッ…再び会えて光栄だかぐや」
「うわっ、馴れ馴れしっ!」
数度の会話と彩葉の説明。かぐやを迎えに行くための手伝いや、芦花との関係性を話したことで納得する。
「ま、そういうわけだ。君の記憶も向こうで戻そう」
「なんていうか…私自身結構地球からすればやばーいやつって認識はあったんだけどさ。もっと段階無いのぉ?火星人とか」
「火星にいる下等生物と私を一緒にしないでほしいねぇ」
「いるんか〜い」
「虚空に入る。二人共、舌を噛むよ」
ぐるりとキリモミ飛行のように空中で回転しながらナイアが指先一つで空けた亜空間へ侵入する。
「この空間を抜ければ月の範囲外。つまりかぐやの身体は無いわけだ。というわけでこれに入れ」
「え、な、なに。このゴテゴテしたゲーミングPCみたいなやつ」
「取り敢えず一旦かぐやを収納できるように作ったから見た目は二の次でそこにリソースは割けなかったのよ」
「彼女は一刻も早くと頑張ったんだ。そろそろ虚空を抜けて亜空間だ。次に君が目を覚ますときは友人達に囲まれていることだろう」
魔術【飛行】
ナイアは立ち上がると、シャンタク鳥から飛び降りて黒いマントで身体を包みこみ平行に飛行する。
「息を止めて」
かぐやの意識はそこで消え、彩葉は自らの身体にかった精神的な超負荷で気絶した。
およそ3時間。彩葉は眠り続け、気づけば研究所にいた。
「…はっ!?」
「おや、おはよう。皆お待ちかねだよ」
目を覚ましたのは自分の研究室。そして広がっていた光景は、赤い瞳にスマコンの輪郭が映り、パソコンの画面に文字通りに手を突っ込んでいるナイアと、かぐやを守ろうとした時のリアルのメンバー達。
「えと…それは何を…」
「最終確認だって。致命的なバグとかあったらシャレにならないし」
「なんでそんな方法で?」
「これが一番早くて確実だ。あ、雷君、そこのコードに空白がある、消してくれ」
「ん…どれだ?」
「これだってば。ナイちゃん、雷に任せんの間違ってる」
「まぁ、そういうわけだ。で…この、なんだ、ゴテゴテしたプレステみたいな奴にかぐやちゃんが入ってんの?」
朝日が機械を指さして問いかけ、肯定する。
「彩葉、どうやってこっちのKG型ボディに移すの?」
「ふふん、魔術と科学の合わせ技よ。見ててヤチヨ、こっからは、私大活躍だからっ」
かぐやのボディに各種のコードが繋がったヘルメットを被せ、かぐや本体を一本のコードで繋げる。
そして一つ呼吸を置き、ゆっくり呪文を呟き始める。
「〜〜〜〜……──……###」
無限に続くかのように思えた魔力と電気の奔流。
祈るように手を合わせる真実。
冷静に努めながらも緊張の走る黒鬼達。
大丈夫だと言う風に笑うヤチヨ。
先ほどと変わらないナイアの瞳を見て成功を確信し、その表情で芦花は安心する。
アップロード完了の文字と共に、かぐやが起き上がる。
「うぁっ、重〜…」
「せ、せせ、せっ…」
「…おはよっ、いろは」
「成功だぁああ!!!」
かぐやの姿、かぐやの声、かぐやの瞳。
感涙と絶叫で彩葉はかぐやに抱きついて笑う。
真実や黒鬼たちも一緒に祝う中、芦花がナイアの隣で笑う。
「…優し〜」
「はて、何のことかな?酒寄所長の努力の賜物さ」
芦花には見えていた。絶えず紡ぐ呪文を、ズレがあるたび外側から調整していたのを。
「えへへぇ…あっ、てか!全部思い出した!!ナイアでしょ!?」
「ん、いかにも。久し振りだね、かぐや」
「元気そ〜っじゃん!大丈夫?芦花泣かしてないよな!?」
「無論。蝶より花より宝石より。愛しく愛でているとも。君も退屈な宇宙での勤め、ご苦労だったね」
「■■■■■!」
「■■■、■■」
「え、なんて?」
「さ、流石宇宙人…そういう言語もあんのね」
月の言語で会話して、かぐやが差し出した手にタイミングを合わせてハイタッチし、ヤチヨも笑う。
会話が一段落した後、ナイアな話し出す。
「さて…お互いに賭けは負けたね」
「ね。やーっぱ彩葉だ。最高にいろぴってる」
「変な造語を作らんといて」
「私は僅差ですら無い大敗北だ。かぐや、この這い寄る混沌を負かせた君の栄光に褒賞を。何が欲しい?」
「え!?なんでも良いの!?」
「あぁ。ただし、感覚の実装はもう少しだけ待て。酒寄さんが頑張っているからね」
「分かってるよぉ〜。んとねぇ、じゃあ…ライブしよう!超〜でっかい規模で!現実とツクヨミで〜、海と新曲と…」
邪神を負かしたその偉業に、かぐやのお願いを一つ一つ聞いていく。しかし、ナイア一人だけへのお願いにはならない。
「皆と!!」
「…えっ?」
「黒鬼の皆や彩葉はともかく私達も!?」
「無理無理無理!私もう親なんだよ!?」
「マジ!真実子供いんの!?じゃあ子供も出ちゃう!?」
「バカバカバカ、何言ってんのアンタ。いくらなんでも…」
「良いだろう」
「ナイア!?」
「施設も舞台も予算も、私が用意に全面的に協力しよう。目の前にいるが、諫山さんと酒寄さんと芦花の説得も。帝君達は当然やるだろう?」
ナイアは当然の如くと我儘を受け止める。
「なんでナイア君そんなノリノリなの…?」
「月の姫がこの地へ降り立ち、穢れを知り忘却させられてなお、愛しき人との思い出を糧にここにいる」
魔術【空間の掌握】
両手を広げ、空間を丸ごと美しい虹色と月の風景に置き換え、ナイアは語り、深紅の瞳がさらに深く輝く。
「悔いも憂いも感動も、喜怒も別れも抱きしめここにいて、それでなお笑っている。これが感動せずにいられようか!」
「わっはぁ!かぐやのこと超解ってるじゃ〜ん!」
「うんうん!やっちょもさんせ〜い!!」
3人の宇宙人は心の底からの感動をそれぞれの形で表し、黒鬼が先に声を上げる。
「ま、やるかやらないかでいったら、当然やるよな」
「俺も新しい衣装欲しいし〜」
「勿論だ。俺達も全面的に協力しよう」
「お兄ちゃんはそりゃそうだけどっ」
「私はやる〜、ナイアウキウキだし。ね、彩葉もやろうよ」
「そうそう〜、もうここまで来たらいろP&かぐやwithヤチヨと再来でさぁ。私もやるしぃ〜」
「二人も!?」
「ほらほら〜観念しなよ彩葉ぁ〜」
「そうだよ彩葉〜」
「折角だしやろうぜ?お兄ちゃんも妹とセッションしたいな〜」
ジリジリと詰められ、逃げ場がなくなった彩葉はついに観念する。
「うっぐぅっ…わ…分かったよ!やるよ!やればいいんでしょ!?」
「「イェ~イ!」」
「もう!こうなったら妥協はナシね!目標は東京ドームとツクヨミ!目指せ合計5千万人規模!」
「大きく出たな」
「芦花とナイア君がいれば海外からも人は呼べる!時期が来たらオタ公さんとかにも伝えて宣伝は手伝ってもらって、お兄ちゃんとナイア君はお金貸して!」
「おまっ、堂々と…」
「だってかぐやの身体作ったからお金ないもん。暫くは毎食もやしだよもやし。しかも義体作るからヤチヨの分も必要だし!」
「…今度、差し入れでも持っていこうか。お金に関しては全面的に支援するよ。どうせ私はあまり使わないし」
「そう言えば母さん言ってたな。ナイアが金使わなさすぎて税金大変になるぞって」
「物に変えて貯蓄はしてるんだけどねぇ。多すぎてまともに使い切れん。義体開発にも出資したが、酒寄さんがそんなに受け取ってくれなかったし」
「イヤミか貴様っ!」
現実問題に直面し、ナイアの言葉にかぐやが反応する。
帝やヤチヨも協力するとはいえ、規模が規模。いつになるかは検討がつかない。
「今すぐは無理だろうが、必ず実現する。少し待っていたまえ。この這い寄る混沌からの約束だ。約束は決して違えないとも」
「ぃぃいっよっっっしゃあ~!!」
両手を広げて元気いっぱいの様子を全身で体現する。
あの頃と変わらない彼女の姿。変わっているのは、もう離さないと誓った思いと、彼女へ向ける確かな想い。
「…おかえり、かぐや」
かぐや姫を月から連れ戻した竹取の翁は、静かに笑った。
というわけで、この世界のかぐや姫と月見ヤチヨは別々の人格で、独立した一人一人の存在になれたのでした。
ま、ヤチヨは八千年の間のかぐやの記憶はありますが。