「あっ、ゴウ先輩だぁ!」
げんきな声とぱたぱたという軽い足音に振り返る。金糸の髪と大きく裾の余る“万魔殿”のコートを振り回し、爛漫とした笑顔で駆け寄る小さな影がひとつ。
「─────おぉ、イブキ。こんにちは」
「えへへっ、こんにちは!」
腰を落として両手を広げてやると、彼女はどんと俺の胸へと飛び込んでくる。髪の毛が俺の頬をくすぐり、背中に回された小さな手と腹に感じるポカポカと温かい体温が不思議と心地いい。
─────丹花イブキ。“
10秒、20秒、30秒。時折聞こえるえへへという彼女のはにかむ声が心地いい。ゲヘナの治安の悪さに荒んだ心に染み入るようだった。
「ん〜。ゴウ先輩ちからつよいよぉ〜。イブキ潰れちゃう〜」
「おぉ、わるいわるい。やさしくな、やさしく」
「うんっ。女の子には優しくしなきゃダメだからねっ」
「そうだな。イブキちゃんみたいなかわいい子には特になぁ」
そういうと胸元に埋めていた頭をがばりと起こし、また一段と明るい笑顔で笑い。
「えへへっ。イブキ、かわいい?」
「かわいいぞぉ。いつも言ってるじゃねぇか。イブキちゃんはかわいくて俺の癒しだ。大好きだぜ」
「……そっか。ゴウ先輩、イブキのこと大好きなんだ」
その刹那、イブキの瞳が妖しく光る。
「─────なら、イブキと結婚する?」
「ん……?」
「ゴウ先輩、イブキのこと好きなんだよね。いま、そういったもん」
「お、おう。たしかに言ったけど……」
腕の中で少し距離を開き、そっと俺の顔を見上げてくるイブキ。幼い顔立ちに年頃らしくない大人びた感情の混ざる、らしくないがどうにも様になる顔つきだ。
ふと周囲に目をやる。今は下校時間でここは校庭。下校中の生徒たちの目が微笑ましいものを見る目から冷たいゴミを見るような視線に移り変っていた。
「で、でもよイブキちゃん。結婚っては好きな人同士でするもんだぜ?」
「なら大丈夫だよ。イブキ、ゴウ先輩のこと好きだもん」
「好きって言ったって、そりゃギチョー殿とかイロハとか、みんなのこともイブキちゃんは好きだろ」
「うん、みんな大好きっ」
「そうかそうか。イブキちゃんの好きはそれと一緒だぜ。ま、そんなに好きなら、俺の事お兄ちゃんって呼ぶくらいなら」
「─────ううん。違うの」
「ん?」
俺の言葉を遮ってゆったり首を振ったと思えば、そっとイブキの顔が右耳に近ずく。そして囁くような声で。
「─────ゴウ先輩への“好き”、みんなとは違うんだよ?」
「なっ」
イブキの髪が右頬をくすぐる。右耳にはダイレクトにイブキの呼吸がふきつけられていて。
絶対零度の視線とともに足元へと着弾し続ける銃弾にダラダラと冷や汗を流す。おそらく、ここ最近で一番ヒリつく状況だ。場合によっちゃ、そっかく司法取引で繋がった首の皮一枚のところがぶっ飛んじまう。
「ねぇ、イブキに教えて?みんなへの好きとゴウ先輩への好きの違い」
「えっ、いや、それはだなぁ」
「こうしてギュッとしてるとね、お胸がドキドキして、なんだかお腹とお股がむずむずするの」
「あー、っとだなぁ」
「イロハ先輩もチアキ先輩もサツキ先輩もマコト先輩も、みんなみんな教えてくれないの。でも、ゴウ先輩なら、教えてくれるよね……?」
少し荒れた息遣いとぽしょぽしょとしてくすぐったいイブキの声。ねとり、という水音とともにイブキの頭がそっと離れる。そして、俺の背中を小さな衝撃が連続して襲った。
「─────何をやっているのですか、あなたは」
「あだだっ。なにすんだよイロハぁ」
「あっ、イロハ先輩!」
びっくりした顔のイブキから手を離して後ろを振り向くと、そこには硝煙漂う銃口をこちらへ向けた臙脂色の女子を見上げる。
面倒くさそうにため息を着くのは棗イロハ。イブキと同じく“万魔殿”所属の戦車長で、ちっこい見た目の割に俺のタメである。
「お疲れ様です、イブキ。そして変態リーゼント、早いとこイブキから離れてください」
「離れるも何も、イブキちゃんが抱きついてるんだぜ?」
「離れろ」
「へいへい」
あーっ、と残念がるイブキの脇の下に手を突っ込んで無理くり引き剥がし、立ち上がって革ジャンをダメージを確認する。
「おい、お気にの革ジャンだってのに穴空いてんじゃねぇかよ。イロハ、お前にダメージ加工を頼んだことなんてあったか?」
「頼まれていれば、虎丸の主砲を向けてますよ。ついでにそのイカつい面ともおさらばですね」
ふふっと嘲笑を込めて笑うイロハを俺は鼻で笑う。
「はっ。流石のお前の愛車でも、俺の主砲にゃ叶わねぇっての。あの日みてぇに、毎夜だらしねぇ面晒してもらおうか」
「……言ってくれますね。それにまだ理解してないんですか?あなたみたいに暴力的なそれで情けない姿なんて見せませんよ。むしろ、私の手ごときに苦しそうな顔をするクセに」
「よだれも鼻水もだらだらたらして獣みてぇに声あげてんだろ。あとお前の手はダメだ、すべすべしてるし上手すぎる」
「……そうですか。まぁ、あなたの
「だろ?」
「……まぁ、あごとお腹の異物感は最悪ですけどね」
「俺だって腰と腿が筋肉痛になるんだよ。おあいこだ」
「筋肉痛でいえばこっちは全身です。あとあれ、喉がイガイガします」
「飲むからだろ」
帽子のつばを掴んで顔を隠し、そっぽ向くイロハ。俺はポンパドールを撫で上げ、胸を張ってタバコを咥える。
だがそこで、不思議そうな顔をしたイブキが俺たちを交互に見上げているのに気がついて、手にしたオイルライターを再びしまった。
「ゴウ先輩にイロハ先輩、なんのお話してたの?」
「あー、いや」
「イブキがもう少し大人になったらわかるお話です」
「おとな……、おとな……?」
純粋な瞳で首を傾げるイブキに、火をつけられないタバコを咥えたまま視線を彷徨わせる。イロハもまた目に見えてしまったと驚いた顔をして、少し赤くなった顔をイブキから逸らしながら苦し紛れの言い訳をする。
だがもちろん、イブキは聡い子だ。その場しのぎの誤魔化しは通用しなかった。不思議そうに俺たちを交互していた目を伏せ、しばらく考え込むと一言つぶやいた。
「もしかしてイロハ先輩とゴウ先輩って、
「ぶっ」
「ぇ……?」
イブキのつぶやきに思わずタバコを吹いて飛ばし、イロハが気の抜けた情けのない声を零す。
音もなく地面に転がったタバコ。いつもならまっさきに手を伸ばすのだが、俺はそんなことも忘れてイロハと目を見合わせた。
「……マズったか?」
「わかりません……。だってイブキですよ。イブキ、なんですよ……?イブキが、イブキがそんな……」
─────こいつ、死ぬほど動揺してやがる……っ!
イブキを子供だと思って溺愛していたイロハからすれば、イブキの今の発言は脳にすさまじいショックを食らったのだろう。これじゃあまるで使い物にならない。
このままじゃ誤魔化しきれない。周囲の視線はクズを見る目から痴話喧嘩を遠目に眺めるようなものに変わったものの、イブキは変わらずこちらをじっと見上げている。
こんなに
「あれ、3人でなにしてるの?」
「─────チアキ!」
救いは現れた。元宮チアキ、“万魔殿”で書記をやってるタメで、さらりと靡く黒髪と赤い瞳が綺麗なヤツ。ワンチャン、この場を治めてくれるかもしれないヤツだった。
「……チアキ、ですか」
「チアキ、お前なら助けてくれるよな!」
「え、なに?なにがあったの?」
イロハちゃん真っ赤だし。そう言って珍しいものを見たようにパシャリパシャリとシャッター音を鳴らしたチアキに、イブキが問いかける。
「ねぇねぇ、チアキ先輩」
「ん〜。どうしたのイブキちゃん」
「今ね、ゴウ先輩とイロハ先輩がぁ」
イブキの口が止まる。何かを思い出そうとする動きだ。うーんと悩み、やがてぽんと手を打って。
「S○Xしてるかもしれないの!」
「─────」
「─────」
「─────」
そして、時が止まった。イロハは帽子で顔を隠した。状況を理解できていないであろうチアキはぽかんと大きく口を開けてイブキを見つめている。俺はひとり、思わず頭を抱えた。よりにもよって、
「ねぇ、今の聞いた?」
「うん。それもイロハちゃん相手だって」
「やだ、あの人ロリコンじゃん」
「イブキちゃんに何言わせてんの」
「さいってー」
「やばくない?通報しとくか」
「それあんたも捕まるじゃん」
「そういやこの間やらかしてたっけ」
「もしかしてイブキちゃんにも手出してたり?」
「えっ、やばっ」
─────カス共がぁ……っ!
ザワつく野次馬どもに銃口を向けて威嚇してやると、蜘蛛の子を散らすようにわらわらと立ち去っていく。だがなおも遠目にこちらを見ているヤツらを睨みつけていると、ちょんと袖が引っ張られた。
「……ねぇ、ゴウくん」
「ん……、どうしたんだチアキ」
ダラダラと冷や汗が頬を伝って地面に落ちる。袖を引っ張る手が、がっしりと手首を掴みなおす。
凄まじい握力だ。それに、チアキから凄まじい圧を感じる。まるで、本気でカチキレた時のヒナを相手にしているような─────。
「ゴウくん、私以外ともしてるんだ、そういうこと」
─────やっべぇ。そういやそうだった。
デカイ帽子で顔を隠したままだったイロハがモコモコとした髪の毛を巻き込んでうずくまる。その様子からチアキは色々と察したのだろう。俺の後頭部に冷たく硬い銃口が突きつけれた。
「まっ、話を─────」
「あとで聞くね」
△
校門前、人だかりに囲まれるゴウくんを見上げる。彼は全身に銃痕と引っかき傷をつくり、十字架を背負い磔にされていた。
ひとつ石ころを拾い上げ、呻き声をあげる彼に投げつけた。
ガタガタと震えるイブキちゃんの頭を軽く撫で、隣に立つイロハちゃんを見た。
「イロハちゃん」
「……な、なんでしょうか」
びくりと震え、気まずそうに目を伏せるイロハちゃん。可哀想だなぁ。そんなに怯えることもないのに。
「単刀直入に言うけどさ、イロハちゃんもしたの?」
「その……はい」
「そっ、かっ!」
「─────んっ!」
ポケットに入っていた弾丸を取り出し投げつける。綺麗に真っ直ぐ飛んだ弾丸は、シャツが破れてむき出しになった腹筋の中心、へそへと深く刺さる。彼はへそが弱かったりするのだ。
それを見て更に震えるイブキちゃんをマコト先輩の元へ向かうよう伝え、とてとてと走り去っていくせなかを見送った。
「……そっか、私だけじゃなかったんだなぁ」
「……」
「あ、大丈夫だよイロハちゃん!悪いのは全部
「いや、その」
「多分イロハちゃんも誑かされちゃったんでしょ」
「それは……」
「でも意外だったなぁ。イロハちゃん、そういうの効かないと思ってたのに」
「……」
「なんだかんだ言って、イロハちゃんも結構ロマンチストだったり?それともゴウくんのルックスが好みだったとか?あんなんでもリーゼントじゃなければ美男子だからね。モテモテだもん」
投げつけようと拾い上げた小石が音を立てて割れた。私ってこんなことできたんだ、なんて驚きとともに、新しく拾い上げた石を力いっぱい投げつける。
すると、それを股間に受けて悶絶していたゴウくんが必死に声を絞り出して。
「い、いろ、は」
「なにー?」
「イ、イロハからさそって、きた……のに…………」
「……へぇ」
その瞬間、走り出そうとするイロハちゃんの肩を掴む。ひぃっという聞いた事のない声が聞こえたが、こちらを振り向くことはない。
「……どういうこと?」
思ったよりも低い声に対して、イロハちゃんは無言だった。
カチャリ、と無意識のうちに掴んだ
「たまたまその日にそういう授業がありまして、たまたまその日の放課後イブキがマコト先輩とでかけてまして、たまたま彼と一緒になりまして、たまたまストレスが溜まってまして、たまたまそこにちょうどいい密室があったので」
「つまり?」
「ストレス発散と好奇心から彼を誘いました」
蚊の鳴くような声で語るイロハちゃん。途端に元気になってそうだそうだと野次を飛ばすゴウくんの足元に発砲し黙らせる。
─────まぁ、正直わからなくはないかなぁ。
「その、チアキはどうなんですか」
「え、私?」
「だって別に、彼と付き合ってるとか、そういう訳じゃないんですよね」
「……それは。まぁ」
腹いせか、少し訝しげにこちらを見るイロハちゃん。
「たしかに付き合ってるとかそういうのじゃないけど」
たしかあれは彼の取材写真を撮影中。意識したこともなかったがいつものクソダサリーゼントを解いて髪を下ろした彼の姿にドキリとしてしまい、ついついイケメンですよねーだなんて話を振ってしまったときだ。
最初はその言葉に気を良くしていた彼だったが、何を思ったかおもむろに私の事を褒め始めた。最初はかわいいとか、黒髪が綺麗だとか、そんなことを言いながら
目を白黒させながらカメラを胸に抱き寄せてぎゅっと目をつぶると、彼は空いた手を私のおしりに添えてそっと抱き寄せてきた。そしてそのままの勢いで唇を─────。
「そこから流されてしちゃって、それからまぁ、何度か……?」
「セフレじゃないですか」
「思ってたけど言わないでよぉ」
「私も似たようなものですね。……チアキも、付き合ってるとかではなくただのセフレと」
「うぅ……。うん、そうだけど」
「……ならまぁ、よかったです」
こちらに向き直ったイロハちゃんが少しだけ笑う。
「
「イロハちゃん……っ!」
「うわっ」
少し恥ずかしそうに友達と口にするイロハちゃんを、思わずぎゅっと抱きしめる。
「うー、ごめんねイロハちゃん!冷たく当たっちゃって!」
「いいんですよ。まぁ、友達から竿姉妹になりましたけどね」
「それはやだなぁ」
「ですね。私も嫌です。あっ、これからも
「イロハちゃんならいいよっ。ってか、一緒にどう?」
「……そうですね。考えてみます」
「やった」
「─────な、何だこれはァ!?」
「う……あ…………」
「一体なにがあった、白河ゴウ!」
マコト先輩の叫び声に、抱きしめたままだったイロハちゃんと目を見合わせて笑う。ビビり散らかすマコト先輩の横に立ち、こちらを見てぱぁっと明るく笑うイブキちゃんに向かって、私たちは歩き出した。
やばいかな(?)
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