盤上のイレギュラー~獲得SP2倍の冒険者は、世界の計算を狂わせる~ 作:上山マヤ
粉々になった水晶花が、日の光を反射しながら雪のように舞い落ちていく。
その幻想的な光景に、肩から血を流しながらもジャックが感嘆の声を漏らした。
「素晴らしい……」
「ラクン、こうなるって分かってて使ったのか?」
俺が呆然としながら尋ねると、ラクンは落ちてくる光の欠片を小さな両手で受け止めながら、誇らしげに胸を張った。
「我が神なら、答える、と、思った」
「……そっか」
(彼女の信じる
この力は、底知れなくて少しヤバい気がするけど……。
それを考えるのは後回しだ。
「じっとしててください」
俺はジャックの傷口に手をかざし、〈ヒール〉を発動させる。
温かな緑の光が傷を塞いでいくのを見て、ジャックが目を丸くした。
「タケル、君は回復魔法まで使えたのか!?」
「あっ……」
(しまった。何も考えずに使ってしまった。まあ、いいか)
「水魔法を……あれ? どういうことだ?」
ジャックが狐につままれたような顔で首を傾げる。
「デュアルなんですよ。デュアルデュアル」
「そんなアッサリと……。全く、ネームレスに目を付けられるわけだ」
俺が適当に手を振って誤魔化すと、ジャックは呆れたように息を吐いた。
(ネームレスに熱烈に勧誘されたのはユラの方だったんだけどね)
「そうだ! ユラは?」
俺はハッとして、パーティのマップを確認する。
ユラの位置は、ジャックの屋敷の敷地内にはいるみたいだけど……。
「屋根の上だ」
マップの光点は、建物の高い位置でピタリと止まっていた。
「タケルのことが心配で、安全な上から戦況を見てたんじゃないのか?」
ジャックが気を利かせたように言う。
(その割には、戦闘が終わったのに降りてこないな……)
「無事ならいいんです。この辺りの魔物は落ち着いたみたいなので、俺は他を見てきます」
「ああ、気をつけろよ」
俺はジャックたちを残し、ネームレスがルードを追っていた方向へと足を向けた。
◇ ◇ ◇
大通りに出ると、戦いはすでに決着がついていた。
マナを完全に使い果たしたのか、ルードは石畳の上に座り込んでいた。
拘束されているようだ。
その肩には、エリックのものと思われる銀色の矢が深々と刺さっている。
(エリックさんたちが、ルードを捕らえていたのか!)
俺が駆け寄ろうとした、その瞬間だった。
マップ上のユラの光点が、尋常ではない速度でルードのいる場所へ急接近してくるのが見えた。
(ユラ!?)
見上げると、屋根を伝って駆け抜けてきたユラが、音もなくルードの背後へと飛び降りてきた。
その手には、鋭く光るナイフが握られている。
普段の彼女からは想像もつかないような、冷たく暗い殺意が瞳に宿っていた。
「よせ!!」
俺は喉が張り裂けるほどの声で叫んだ。
彼女のもとへ全力で駆け出した。
ナイフを振り下ろそうとしたユラの腕を、俺の手が間一髪で掴む。
「離して!」
ユラが獣のように牙を剥き、俺の手を力いっぱい振り払おうと暴れる。
(ずっと……屋根の上で、ルードの隙ができるこの機会を窺っていたのか!)
「ユラが手を汚すくらいなら、俺がやる!」
俺は彼女を背後に庇うように立ち塞がり、ルードを睨みつけた。
その瞬間――。
足元から冷たい水流が蛇のように這い上がり、俺とユラの身体をきつく締め上げた。
(なっ!?)
「水魔法!?」
俺とユラは、クリスの放った水魔法の鎖によって、背中合わせに拘束されてしまった。
「悪いけどルードは僕たちが引き取らせてもらうよ」
静かな声と共に、黒いローブの男が進み出てきた。
その胸元にはフクロウの
「アリソンさん!?」
「騎士団を動かして防衛に当たらせる代わりに、ルードの身柄の引き渡しを魔法協会と約束していたんだ。悪かったね、黙っていて」
弓を下げたエリックが淡々と告げた。
「どうして俺たちに……」
「タケルはともかく、ユラの目からは、復讐に対する強い決意のようなモノを感じていた。殺意と言い換えてもいい。だから黙っておくことにしたんだ」
エリックの視線が、拘束されてなおルードを睨みつけるユラへと向けられる。
(エリックさんは、ユラの復讐心に気付いていたのか)
俺は、それに全く気付けなかった。
「それに……こいつには、まだ聞きたいこともあったからね」
エリックがルードを見下ろす。
ルードが少し顔を上げた。
「なぜ手加減をした?」
エリックの鋭い問いかけに、俺は思わず息を呑んだ。
(手加減……?)
そうだ、違和感はあった。
どうして新月だったんだ?
満月に力を増すモンスターが居たのに。
「くくく、言っただろう。試練だと。達成して貰わないと困る。……君たちの力量を、少々侮っていたようだがな」
ルードが血に汚れた口元を歪め、不敵に笑う。
俺たちを殺すためではなく、乗り越えさせるための災害?
「本気で進化のためにやっていたと?」
「……偽りの心で、進化など訪れはしない」
そう狂信的な言葉を残して、ルードは魔法協会の職員たちに連行されていった。
◇ ◇ ◇
「私たちは後処理が残ってるからね」
クリスがそう言って杖を振る。
俺たちを拘束していた水魔法の鎖が弾けて解かれた。
「今回の働きには、ギルドと国から相応の
エリックが労うように声をかけてくる。
その言葉に、俺は無言で頷くしかなかった。
「ユラ、帰ろう」
「……うん」
ナイフを取り落とし、俯いたままのユラの手を引く。
その手はひどく冷たかった。
俺は彼女の手をしっかりと握りしめ、静かに歩き出した。