盤上のイレギュラー~獲得SP2倍の冒険者は、世界の計算を狂わせる~ 作:上山マヤ
ワイバーンの口が青白く輝いた。
次の瞬間、風を裂くような音とともに圧縮された空気が放たれた。
ブレスだ。
耳を裂く風鳴りが迫る。
「ぐわっ!?」
一気に砂が巻き上がる。
体は木の葉のように吹き飛ばされる。
数回転しながら、背中から枯れた井戸の
「痛った……」
(なんだ今の……くそっ)
よろけながら立ち上がる。
擦り傷が腕を走り、新調したばかりのマントは裂けてぼろぼろになった。
皮鎧を着ていなければ、背骨が折れていたかもしれない。
(ムスターは……よし、無事だな)
〈ヒール〉で自分の傷を応急処置しつつ、視線を走らせる。
馬車は遠くへ退避できている。
けど、空中のワイバーンはなおも旋回している。
次の獲物を品定めしているようだった。
(馬を狙ってるのか? ……そうはさせるか!)
俺は指をワイバーンに向けた。
〈ファイヤー・アロー〉
指先から放たれた火の矢が、まっすぐワイバーンを射抜こうとする。
しかし、翼竜の風圧に煽られ、わずかに軌道が逸れて鱗をかすめたところで炸裂した。
(効き目が薄い……!)
ふと、スキル取得時の記憶が蘇る。
◇ ◇ ◇
カホンでのボス戦後。
俺は報酬のスキル書で〈マナブースト〉を取得した。
そして、新たなシナジーボーナスを手に入れた。
シナジーボーナス:〈マナの
条件:〈マナコスト軽減〉、〈マナ回復強化〉、〈マナブースト〉の同時取得。
効果:WISの上昇と、最大マナの増加。
賭けではあったけど、スキルツリーの並びを見て何らかのシナジーが発動する予感はあった。
WISが上がる。
それだけで、魔法使いにとっては世界が変わる。
(これ、もう魔法スキル取るしかないだろ!)
俺は残していたSPを注ぎ込み、一気に攻撃魔法ルートを解放した。
剣とは違う力。
この力があれば、どんな敵とも戦えるような気がした。
◇ ◇ ◇
俺は矢継ぎ早に〈ファイヤー・アロー〉を連発する。
次々と放たれる火の矢がワイバーンの注意を引く。
奴の
(牽制程度にしかならないか。それなら……)
俺は一歩踏み込み、マナを溜める。
「中級魔法なら……どうだっ!」
〈インパクト・フレア〉
放たれた火球が、ワイバーンの脇腹に命中する。
膨張する
その爆発は、連鎖するように連続で続いた。
翼竜の苦悶の唸り声が荒野に響く。
焦げ臭い煙が鼻を刺す。
(効いてるっぽいけど……!)
この程度じゃ落ちないか。
それにクールタイムもあるし、連発は無理だ。
高度を下げたワイバーンの口が、再び青白く輝きだした。
(この角度はマズイ! さっきのブレスが来る!)
逃げ場はない。
井戸を背にしている俺には、回避するスペースがない。
(だったら――撃ち落とすしかない!)
俺は
「突き刺されーッ!」
〈フレイム・ランス〉
体の奥から、マナが根こそぎ持っていかれる感覚があった。
直線に放たれた巨大な炎の槍。
ワイバーンのブレスごと空気を切り裂いた。
上級魔法の一撃。
着弾の瞬間。
羽ばたいていた翼の一部が根こそぎ裂け飛ぶ。
焦げた羽根と肉片が宙を舞った。
「ギャオオオオッ!!」
空気が焼けるような音が耳を打つ。
衝撃波が荒野の砂を巻き上げた。
周囲に熱の余波を撒き散らす。
(やったか!?)
俺は期待を込めて見上げる。
しかし、ワイバーンは墜落しなかった。
片翼を失い、血を撒き散らしながらも、怒り狂った形相でバランスを保っている。
(まだ飛べるのか!? まずい!)
上級魔法〈フレイム・ランス〉のクールタイムは360秒。
それに残りのマナじゃ二発目は無理だ。
次の手がない。
(逃げるしかない!?)
〈ステルス〉で姿を消すことはできる。
でも、今それをやったらどうなる?
ムスターが狙われるんじゃないのか?
ワイバーンが狂ったように急降下してくる。
鉤爪が迫る。
死が見えた。
(あ、やば――)
その時――。
ヒュンッ! ドスッ!
鋭い風切り音と共に、ワイバーンの残った翼に太い矢が突き刺さった。
「グルァッ!?」
体勢を崩したワイバーンが、俺の数メートル横に激突する。
土煙が上がる中、俺は驚いて視線を向けた。
砂煙の向こうから、二台の馬車が猛スピードで近づいてきていた。
「援護する! 今のうちに畳み掛けろ!」
御者台にはムスター。
そして荷台には、見たことのない一団が乗っていた。
緑色の鱗を持つ長身の戦士たち。
そして、髭を蓄えた小柄で屈強な戦士たち。
(リザードマン!? それにドワーフ!?)
初めて見る亜人の姿に、驚きと興奮で思考が止まりそうになる。
しかし、戦場は待ってくれない。
「撃てぇッ!」
リザードマンたちが、身の丈ほどある長弓を引き絞り、矢の雨を降らせる。
ドワーフたちは重厚なクロスボウを構える。
正確無比にワイバーンの急所を狙い撃つ。
「グルルルッ!」
地上に落ちたワイバーンが暴れるが、矢の雨に阻まれて飛び立てない。
(ムスターが連れてきたのか?)
呆然としている場合じゃない。
俺もやらなきゃ!
俺は残ったマナを振り絞った。
〈インパクト・フレア〉
亜人たちの物理攻撃と、俺の魔法攻撃。
集中砲火を浴びたワイバーンは断末魔を上げる暇もなく、その巨体を大地に沈めた。
(助かった……!)
◇ ◇ ◇
(しんどすぎる……)
へたり込んだ俺は、荒く息を吐いた。
泥だらけになった両手で顔を覆い、安堵の苦笑を漏らす。
全身から力が抜けていくような疲労感が、ゆっくりと押し寄せてきた。
(まーじで魔法は取っておいてよかった……)
ふと指先を見ると、じりじりとした熱を感じる。
魔法の発動によって、指の皮が赤く腫れ、軽く火傷を負っていた。
(なるほど……)
魔法に杖が必要って、こういうことか。
生身でマナを放出し続けると、体が耐えきれないんだ。
痛みを感じてようやく、実感が湧いてくる。
俺は、死ぬところだったんだ。
「……お前、本当に駆け出しか?」
声に顔を上げると、ムスターが立っていた。
その顔には驚きと困惑が浮かんでいる。
後ろでは、リザードマンやドワーフたちがワイバーンの死体を検分しながら、俺の方を見て何か囁き合っている。
「いや……まあ、頑張ってレベル上げてましたから」
(そういえば、人前で戦うのってこれが初めてか)
「剣持って飛び出すから前衛職かと思ったが、あんな魔法、久しぶりに見たぞ」
「まだ覚えたばかりで、うまく使えなくて。火傷もしちゃいましたし」
俺は苦笑いで誤魔化した。
ムスターはぶっきらぼうに言うと、ごしごしと乱暴に俺の頭を撫でた。
「ありがとよ。無事でなによりだ。お前も、馬も、……荷物もな」
「……いえ、助かったのは俺の方です。彼らを連れて来てくれなかったら、どうなっていたか」
「お前が引き付けてくれたおかげで、応援を呼べたんだ。……命の恩人だな」
その手は、ゴツゴツしていて、泥臭くて。
でも、これまでのどんな言葉よりも温かかった。
「……俺は、ムスターが無事じゃなかったら、たぶん、すごく後悔したと思うんで」
「生意気言いやがって」
ムスターが照れ隠しのように背を向け、亜人たちの元へ歩いていく。
俺はその背中を見送りながら、拳を握りしめた。
(考えが甘かった)
初めて対峙するモンスターに、覚えたてのスキルを試すなんて。
絶対にやっちゃいけなかった。
もしあの時、彼らが来なかったら?
俺の命だけじゃない。
ムスターも、ルイーザさんの大切な遺品も、モーリンの信頼も、全てを失うところだった。
どれだけ危険な賭けだったか、考えたら分かるはずなのに。
俺は強くなった気でいた。
今日助かったのは、ただ運が良かっただけだ。
(英雄みたいな真似をしたけど)
俺は空を見上げる。
そこには、どこまでも広がる荒野の空があった。
(俺にはまだ、英雄になる覚悟なんてなかったんだな)
その痛みと悔しさを胸に刻み込み、俺は立ち上がった。