盤上のイレギュラー~獲得SP2倍の冒険者は、世界の計算を狂わせる~ 作:上山マヤ
獣人や亜人の体には魔石がある。
ユラの言葉を聞いた瞬間。
霧橋の宿での光景が蘇った。
解体屋のリザードマンが、ワイバーンから素材を取り出していた姿。
もし人間が、獣人や亜人を"それと同じ目"で見ていたら。
背筋が凍りついた。
彼女がボロボロになって逃げていた理由。
そのすべてが、残酷な線で繋がってしまった。
◇ ◇ ◇
冷たい雨が、荒野を静かに打ち抜いていた。
(なんで、こんな天気悪いんだ……)
トラベルの蹄がぬかるみに沈み込む。
引き上げるたびに泥が重たく絡みつく。
俺はフードを深くかぶり直す。
前を行く、小柄なユラの背を追った。
毛皮の外套が雨をはじく。
彼女のしっぽは、濡れながらも小さく揺れていた。
「この道、あと少しで丘を越えるわ。そこで一度休みましょう」
「わかった」
坂道を登る途中、ふと俺は思い出した。
「そういえば……パーティ、作れるんだよな」
半ば独り言のつもりだったけど、ユラが振り向く。
「なによ、急に」
「いや、もし組んだらどうなるのかなって。申請、してもいい?」
「……別に、いいけど」
ユラをパーティに招待してみる。
すると、ユラの名前やHPなどが視界の端に表示された。
(普通に……組めた)
どういうことだ?
ユラは間違いなく、この世界の住人だ。
そういうのは無関係にパーティは組めるのか。
「へぇ……タケルって、そんなにマナがあるのね。レベル6にしては多い気がする」
スキルや特性はパーティ情報に表示されないようだった。
「あ、えっと……」
「ごめん、詮索するつもりはないわ。答えなくていいから」
「やっぱり特性とかスキルって、隠した方がいいの?」
「それは、人によるけど……特性なんて誰もが持ってるわけじゃないから」
(持ってない人もいるのか)
「種族によっても、違う?」
「もちろんよ」
俺はもう一つ疑問を口にする。
「ユラにも、その……自分のステータスって見えてるの?」
不思議そうな視線が返ってきた。
「当たり前でしょ? そうじゃなきゃ、自分の状態もわからないじゃない」
「じゃあスキルって、
ユラは深くため息をついた。
「これは何? 人間が獣人をからかう遊び?」
「違うって! 本当に……ちょっと混乱してて」
「ホント、タケルって変わってる」
カホンでモーリンとも、似たようなやり取りがあった。
俺はいわゆるプレイヤーだから、UIが見えているのだと思っていた。
でも、それは違った。
俺の視界は、この世界の住人たちと同じだ。
じゃあ、いったい何が違うんだ?
◇ ◇ ◇
雨は小降りになり、丘の陰で小さな焚き火が揺れていた。
ユラは濡れた毛皮を乾かしながら、ポツリと話し出す。
「うちの村ではね、春になると『火の精霊』を迎える祭りがあるの」
「火の精霊?」
「冬を越えた火は、命を守る象徴だから。歌や踊りで一晩中、火を絶やさないの」
(……踊るんだ)
想像して、少し和んだ。
この過酷な旅の中で、彼女が故郷の話をしてくれるのが嬉しかった。
「……バカにした?」
「してないしてない!」
「なら、いいけど」
◇ ◇ ◇
翌日。
荒野の終わりが見えた。
地平線の向こう、鮮やかな緑の草原が広がっている。
「すごい……本当に境目だな。タール荒野と、こっちからは……何だろ?」
「タールはね、もともとエルフと獣人が作った集落だったの。でも戦争でなくなってしまった」
「人間と獣人が戦ってたの!?」
「違うわ。この国の一部の人間と、この辺りの種族よ。タールに味方する人間もいたそうよ」
ユラは荒野を見渡す。
「でもそのせいで、ここから向こうには、人間以外の種族がほとんど住まなくなってしまったの」
(なるほど……)
そういう歴史があったから、カホンやカウベルには人間しか居なかったのか。
「あ、でも生き残ったタールの人たちで集落を作り始めた、みたいな話は聞いたことがあるわ」
「それって
「どうかな? もしリザードマンがやっていたらそうかもね。父の知り合いなの。草木が好きで穏やかな人だったわ」
俺は、霧橋の宿で会ったリザードマンの宿主を思い出す。
「タール荒野に木を植えてる人がいるって聞いたけど、その人かな?」
「そうかもね」
(タールの跡地に緑を戻そうとしてるのか……)
雨上がりの風が、草原の匂いを運んできた。
俺たちは、その境界線を越えていく。
(俺やユラが生まれる前の戦争か)
クレーターみたいに窪んだ場所があるのも戦争の影響だったりするのかな?
俺は空を見上げた。
「また雨が降りそうだから、早めにキャンプの準備にしようか」
(なんかカホンを出てから、天気に恵まれないな)
「そうね、あそこなら濡れずに済みそうよ?」
「いい感じだね」
屋根のある地形はありがたい。
ちょうど荒野と境目になっているのも面白いな。
◇ ◇ ◇
その夜。
(……〈探知〉に反応!)
雨は荒野を叩きつけ、視界を塞ぐ。
その中で黒い影が四つ、ぬかるみを蹴って迫ってきた。
(……来た)
「ユラ! トラベルを頼む!」
俺は手綱をユラに渡し、一歩前へ出る。
現れたのは、厚手の外套を着込み、腰に曲刀や棍棒を下げた男たち。
目つきは鋭く、ただの野盗には見えない。
「俺たちに何の用?」
相手は何も答えない。
雨粒が頬を打つ音の中、俺は剣を抜いた。
(ついに、人間が相手か……)
いつか、こういうことがあるとは思っていた。
目の前の男たちの、生身の殺意がこもった眼が光る。
ゲームのキャラクターとは明らかに違っていた。
◇ ◇ ◇
先頭の男が、泥を蹴って突っ込んでくる。
俺は一歩踏み込む。
ぬかるみに足を取られて動きが鈍る。
振り下ろされる棍棒を、ギリギリで身体を引いて躱す。
(動きにくい!)
2人目、3人目も間髪入れずに襲いかかってくる。
俺は大きく跳び退き、距離を稼いだ。
その指先に熱が集まる。
〈ファイヤー・アロー〉
空気を裂いて炎の矢が走る。
追手の足元に突き刺さる。
ジュッと水蒸気が立ち昇り、ぬかるんだ地面を焦がした。
男たちが一瞬、息を呑んで足を止める。
(こんな天候だと、効果はいまひとつか)
「ま、魔法……!? こいつ、
「聞いてねえぞ!」
俺はわざと口角を吊り上げる。
「まだやる? 次は外さないよ」
男たちは互いを見やり、舌打ちをした。
「チッ……割に合わねえ。引き上げろ!」
捨て台詞と共に、追手たちは暗がりに消えた。
(なんとか……追い返せたか?)
俺は剣を下ろそうとした。
しかし、違和感があった。
雨音に混じって……。
(足音!)
ゾクリと背筋が泡立つ。
(〈探知〉には反応がない。でも……何かがいる!)
俺は反射的に振り返り、剣を横に薙いだ。
ガキンッ!
何もない空間で、火花が散った。
「……ちっ」
空間が揺らぐ。
1人の男が姿を現した。
さきほどの4人にはいなかった顔だ。
(こいつ、〈ステルス〉持ちか!)
「仲間は囮かよ」
「囮? 違うな。あいつらは雑魚だ。俺が本命さ」
男はユラに視線を向け、嗜虐的な笑みを浮かべる。
「おい、獣人。お前の仲間は全部、石になったぜ」
ユラの顔から血の気が引く。
雨に濡れた耳が力なく伏せられた。
男は短剣を
「二度と! 人間様に逆らうなよ」
その瞬間。
俺の中で冷たい風が吹き抜けた。
恐怖も、迷いも消える。
ただ、目の前の男を"敵"として認識した。
〈フィジカル・ブースト〉
俺は一息で距離を詰める。
男が驚愕に目を見開く。
「なっ……速いッ!?」
雨しぶきを切り裂き、俺の剣が男の短剣を弾き飛ばす。
体勢の崩れた男の肩口に、至近距離で〈ファイヤー・アロー〉を叩き込んだ。
「がぁぁっ……!」
男は悲鳴を上げて転がる。
俺はにじり寄って、剣を振り上げる。
男は恐怖に顔を歪めていた。
そして、俺は静かに告げた。
「行け。……二度と、追ってくるな」
男は腕を押さえながら、闇の中へ逃げ去っていった。
剣を振り下ろせば、終わる。
それでも――。
(……斬れなかった)
殺す覚悟は、まだ持てなかった。
「タケル!」
ユラが駆け寄ってくる。
俺は剣を収め、震える手を押さえて彼女の方を向いた。
「ごめん。追い返すことしかできなかった」
「ううん。……あれでいいの」
震えているのは俺なのか、彼女のなのか分からなかった。
「私は……仲間を置いて、逃げたの……」
彼女は、俺の胸の中で泣き崩れた。
彼女の温もりが、雨の冷たさを少しだけ遠ざけた。
俺は彼女の背にそっと手を回した。
今はこうして雨が止むのを待つことしか、俺にはできなかった。