盤上のイレギュラー~獲得SP2倍の冒険者は、世界の計算を狂わせる~ 作:上山マヤ
上空で弾けた赤色の光が、夕闇に沈みかけた草原を不気味に照らし出した。
救難信号の余韻が消える頃。
3つの人影が俺の目の前に現れた。
揃いの革鎧に、目深にかぶったフード。
手にはそれぞれ、短剣や棍棒が握られている。
荒野で見た連中よりも、手慣れた雰囲気が漂っていた。
「チッ……面倒なことを」
先頭に立つ男。
リーダー格と思われる短剣使いが、空を見上げて舌打ちした。
「馬の足じゃ、今から追っても間に合いませんね」
後ろに控える棍棒の男が、逃げたトラベルの方角を見て言う。
「ああ。それにあの信号だ。近くに高ランクの冒険者がいりゃあ、すぐに嗅ぎつけてくる」
「どうする? 撤退するか?」
「いや……」
リーダーの男が、値踏みするような冷たい視線を俺に向けた。
「顔を見られた。それにこのガキ、エナック持ちだ。てことはアカデミーのボンボンだ。生かしておくと面倒なことになる」
(やっぱり、そう来るか)
俺は剣の柄に手をかけ、震える足を地面に踏ん張る。
「おい、それは命令に無いだろ! 引き上げようぜ」
棍棒の男が焦ったように言うが、リーダーは聞く耳を持たない。
「数分で済む。……やるぞ」
その一言で、空気が張り詰めた。
3人が扇状に広がり、包囲網を敷く。
俺は時間を稼ぐために、声を張り上げた。
「お前たち、『ヒューマンズ』なのか?」
「はあ?」
リーダーが怪訝な顔をする。
「なんだそりゃ。知らねえよ、そんなクズ共」
(違うのか……?)
その反応は演技には見えなかった。
思想犯じゃない。
金で雇われた実行部隊か。
だとしたら、交渉の余地はない。
「死ね、ガキ」
リーダーの男が地面を蹴る。
(速い……)
同時に左右からも男たちが迫ってくる。
(1対3。まともにやり合えば一瞬で終わる!)
俺は大きく息を吸い込み、マナを練り上げた。
〈フォッグ・クラウド〉
ブワァッ!
濃密な白霧が、爆発するように広がる。
一瞬で視界が真っ白に染まり、男たちの足を止めた。
「くそっ! てめえ、
男たちの狼狽する声が、霧の中で反響する。
視界は奪った。
けど、俺には〈探知〉がある。
(やるしかない! 1人だけでも捕える!)
俺は〈探知〉の反応を頼りに、一番近くにいたリーダーの男へと音もなく接近した。
抜刀する音さえ消すため、鞘に収めたままの剣を構える。
(一撃入れて、怯んだ隙に距離を取る!)
霧の中、男の背中が無防備に見えた。
(いける!)
俺は踏み込み、渾身の力で剣を叩きつけた。
ガキンッ!
硬い金属音が響く。
手首に痺れが走った。
男は振り返りもせず、背中に回した短剣で俺の一撃を受け止めていた。
「なっ……!?」
「良い手だと思うぜ。相手に〈探知〉持ちがいなけりゃな!」
男はニヤリと笑い、振り返りざまに回転蹴りを放つ。
「ぐっ!」
ドスッ、と重い衝撃が腹に突き刺さる。
胃の中身が逆流しそうな吐き気と共に、俺の体は霧の外へと吹き飛ばされた。
「がはっ……」
地面を転がり、受け身も取れずにうずくまる。
「魔法使いのくせに殴りかかってくるとはな。いい度胸だ」
霧が晴れていく中。
リーダーの男がゆっくりと歩み寄ってくる。
後ろでは、残りの2人もニタニタと笑っていた。
(くそっ……レベルが違う……)
魔法も、奇襲も、通じない。
これが対人戦のプロか。
男は俺の胸ぐらを掴み上げると、短剣の切っ先を喉元に突きつけた。
「はい、終わり。最後に言い残すことはあるか? 坊ちゃん」
冷たい刃の感触が肌に触れる。
(……無理だ)
魔法も、強化も、間に合わない。
行動を起こせば、次の瞬間に首を切られる。
(終わるのか? ここで)
死の恐怖が全身を駆け巡る。
男の手が動き、刃が食い込もうとした。
その時――
ヒュンッ!
鋭い風切り音が鳴り、男の足元の地面に何かが突き刺さった。
銀色の矢だ。
「あ?」
男が動きを止める。
俺の視線の先。
霧が晴れた草原の向こうから、凛とした声が響いた。
「はい、そこまで!」
現れたのは、3人の影だった。
先頭には、巨大剣を背負った短髪の男。
その隣には、勝気な瞳をした女魔法使い。
そして少し後ろに、細身の優男風の弓使いが、にこやかな表情で矢を番えていた。
「なんだあ? てめえらは?」
リーダーの男が不機嫌そうに吐き捨てる。
しかし、弓使いの男は細めた目を開くことなく、穏やかに告げた。
「『ネームレス』のエリック。……と言えば、その物騒なナイフを収めてもらえるかな?」
その名を耳にした瞬間。
俺を取り押さえていた男の顔色がさっと変わった。
「『人形遣い』!?」
「ま、まさか……なんでこんなところに『ネームレス』がいるんだよ!」
後ろの2人も、悲鳴のような声を上げて後ずさる。
(ネームレス? 有名な冒険者なのか?)
エリックと名乗る弓使いは構えたまま、首をかしげて見せた。
「救難信号が見えたから、寄ってみただけだよ。……で? どうする?」
言葉は丁寧なのに、その糸目の奥には一切の笑いがなかった。
リーダーの男は
「……分かった。降参だ」
男は短剣を収め、両手を上げる。
「俺たちは引く。見逃してくれ」
「いいよ。行きな」
エリックがあっさりと許可を出す。
男たちは安堵の表情を浮かべ、背を向けて去ろうとした。
「ダメです!」
俺は痛む腹を押さえながら叫んだ。
「俺の仲間が、こいつらにさらわれたんです! 事情を聞きたいんです!」
「おっと」
エリックが意外そうに眉を上げる。
「だってさ。……なんだ、君たち、ただの野盗じゃなかったのか」
「チッ、逃げろ!」
リーダーが叫び、3人が一斉に走り出す。
「逃がすわけないだろ。――クリス、拘束して」
「はーい」
クリスと呼ばれた女魔法使いが杖を振るった。
地面から水流が蛇のように湧き上がる。
逃げ出した3人の足に絡みついた。
水は瞬時に締まる。
男たちを転倒させて
(なんだ、あの魔法は?)
「うわっぷ!?」
「離せッ!」
もがく男たちを見下ろし、大剣の男が低く呟く。
「……捕らえたぞ」
あっという間の出来事だった。
俺が命がけで戦っても敵わなかった相手を、彼らは息をするように制圧してしまった。
エリックが俺の方へと歩いてくる。
「ああ、そうそう。救難信号を出して助けられたら、緑の信号を上げるんだ。それが"終わった"合図だからね」
「は、はい」
俺は震える手でエナックを操作し、緑の信号弾を打ち上げる。
夜空に緑色の光が広がり、戦いの終わりを告げた。
「助けた方が上げることもあるけど、無事だった場合は、救助された側が上げるのがマナーなのさ」
エリックは優しく微笑むと、俺の肩をポンと叩いた。
そして、拘束された男たちの方へと向き直る。
「さて……詳しい話を聞かせてもらおうか」
拘束された男の1人が、小さく喉を鳴らした。
エリックの背中からは、先ほどまでの穏やかさとは違う、冷徹な空気が漂っていた。